第15話 不可視の影
「――後ろだ!理巧!!」」
「っ【泡緩】!!」
ファイの呼びかけに咄嗟に反応し、水の泡で攻撃を緩衝する。
水泡が耐えきれなかった勢いをその破裂に転じ、広場に水飛沫が舞う。
土曜日の新都心、人通りもそこそこだ。衆人観衆の中での攻撃を防がれ、自分の不利を察したのか、人影は再び影にもどる。
「光学迷彩か、」
理巧の口にしたそれは特殊な屈折のさせ方で周囲に溶け込む迷彩の1つ。その原理を利用した魔法としては【壊光迷彩】が有名である。
しかし、この影の使っている魔法らしきものは理巧の知っているそれとは術式、すなわち魔法記述体系の記述が異なるように思える。
あれは、【壊光迷彩】の劣化品と言ってもいい。わざわざ腕を振るタイミングで魔法を切る必要などないのだ。
考えられる可能性としては、魔法そのものが粗悪な模造魔法であるか、ハードが貧弱で通常の魔法が使えない。もしくは、影自身がスリルを楽しんだり自己顕示欲を満たしたいと思っている可能性だ。
危険を感じた周囲の人々は避難し始め、異変を感じた警察官が近くの交番から出てきて一般歩行者の誘導を行う。魔術師が対処している場合、特殊な訓練を受けていない彼らは基本的に制圧に参加せず、民間人の安全に専念する。
「理巧、おそらくまだ周囲にいるぞ」
「場所は?」
「素早く移動しているのと、情報場が乱されて捕捉できない」
影は逃げたのかと思われたがまだ機を伺っているようだ。
「理巧っ」
駆け寄ってきたのは陽斗と燐。既に杖を構え警戒態勢だが、2人とも動きを決めあぐねていた。これは2人が弱いというわけではなく、相性が悪すぎるのだ。
相手は近接戦闘をしかけてきている。魔術での戦いは遠距離攻撃にすぐれても、手が届くような近接戦には向かない。魔法が顕現する前に杖を、命を奪われるからである。
理巧がなんとか防御できているのはファイが引数を代わりに入力しているからであって、ファイがいなければ魔法が顕現させられる前に殺されていただろう。
「何があったんです?」
「これは襲撃って言えばいいのか」
「でも、敵はどこに?」
燐の質問に答えようとした瞬間、街路樹からわずかに音がすると、空気が爆ぜるような大きな音を伴って殺気が、影が飛んでくる。
「【水柱】、――【浮遊】」
理巧は、足元から湧き出る高圧の噴水に重心を乗せ、そのまま高く跳び上がって影をかわす。跳んだ先でさらに飛ぶ。
先ほど同じように影は攻撃時に一瞬姿を現すが、再び影となって視界から消える。
――が、噴き上げた水が重力に従い雨を降らす。すると、影の輪郭が、
「なんだありゃ、」
ファイが想定外の事態に思わず声を漏らす。透明人間にスプレーをかけたように体の輪郭がはっきり出るのかと思ったらそうでもないのだ。
地面から5mほどの高さに浮遊し理巧は現状を観察、瞬時に考察する。
よく見れば人型ではないが、雨がスッと消えていく領域がある。
「そうか、紛い物だからか」
【壊光迷彩】のような類の魔法は、術者の生体結界に縫い付ける形で顕現させる。生体結界はいわば天然のモーションキャプチャーなのだ。迷彩の効果範囲を自動的に術者の身体に合わせられるため、いちいち範囲を引数で設定する必要がない。
一方で、あの紛い物はかなり雑なキャプチャをしているのだろう。生体結界より外側で領域が設定されているから雨が消えていくように見えるし、素早く腕を振れば処理が追いつかずに姿が露呈する。
「ちょっとこれ持ってて」
邪魔になる荷物を陽斗に向かって背負っていたリュックを投げると、水がちょうど落ちきり敵の位置が分からなくなる。
「――――」
次の瞬間、猛烈な下降気流で理巧が地面にひきよせられると同時に、地面の水溜りが戦場の外まで押し出される。
「光学迷彩以外の魔法も使えるのか」
――と、
「っ陽斗の方行ったぞ!!」
ファイが乱れる情報場から敵の位置をなんとか捕捉すると、どうやら陽斗の方へ向かっているらしい。
「目的はなんなんだ」
斯々然々で恨まれれる身に覚えは多少ある理巧だが、その相手に自分の正体は分からないはずだし、陽斗は全く関係ないではないか。
「――、【防衛星】!」
陽斗が自分と燐の周りに防御系魔法を展開。間一髪攻撃を弾き飛ばす。
よく防いだ、と理巧はある可能性を考え陽斗に向かって叫ぶ。
「僕の荷物を空中に放り投げてくれ!」
「お、おう分かった」
理巧の浮遊する高さには届かないが、魔法で引き寄せる。
「【念力】」
荷物を再び背負うと再び殺気がこっちに向けられたように感じる。
「やっぱりか。お目当ては僕のリュック、正確には――」
理巧が確信した次の瞬間、いつの間にか真下にまで移動していた影が人影に変わり、その両手から黒く輝く何かを撃ち落とさんと言わんばかりに理巧に向かって投げた。
速い。突然の中距離攻撃に理巧もファイも反応が遅れる。このままでは避けられない。
――そこへ
「磁圧」
詠唱に呼応し、周囲の磁場が変質する。2本の黒い飛び道具――クナイは負の加速度を受けるもまだ止まらない。しかし、さらに横から飛び蹴りを喰らうことで軌道を完全に変え撃墜させられた。周囲に固い音を響かせる。
「いやぁ、強磁性体でよかったぁ」
「ちょ、ちょっとギャンブラーじゃないですか」
「そうかな。弱まんなかったらもっと強く蹴っただけだよ」
理巧は、ははっと思わず苦笑い。そうだ、天然なんだった。
「で、私の後輩に何しているのかな」
理巧より少し小柄な体に、三つ編みを垂らしたクリーム色の髪、実年齢より少し幼く見える可愛い顔には確かな怒りが表れていた。




