第13話 エスカレーター
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
玄関のドアをリンリーンと開けて外へ出ると、春風というにはかなり暖かい風が吹いている。
理巧は家から歩いて桜町駅へ向かう。1曲目の2番のサビの辺まで聞いて電車に乗り込むと、そのまま目的の駅へ。
4曲目が再生されようとしたところでイヤホン越しにファイが話しかけてきた。
『なぁ、今日はなんか楽しそうだな』
『そりゃそうでしょ 初めての調査だし』
理巧はケータイを取り出し、テキストを打ってファイと会話している。車内での通話はご遠慮くださいだ。
『最初は怪しいって疑ってただろ?』
『まぁそうだけどさ ほら、科学が発展して世界について結構なことが分かってきてるじゃん でも、超自然学にはきっと まだまだ知らないことがあるってそう思えてさ』
『なるほどな。なんでも知りたがる性格だもんな。おっ、もう降りる駅だぞ。』
本当だ、と駅を降りてエスカレーターへ向かう。人がそこまでいなかったので、理巧はエスカレーターのステップの真ん中に止まり、音声に切り替えてファイとの会話を続ける。
『その真ん中に立ち止まるの、いちゃもんつけれるからやめろって。特に”壁”の外とかじゃ絶対』
「そんなことされた魔法で黙らせるから、」
理巧はポケットから杖を取り出し、魔法を放つフリをしてみせる。
『冗談だろ?』
「冗談だよ。……まぁ燐はやりかねないけど。いや、法律は守るし何言われても気にしないかもな」
燐にいちゃもんをつける者がいたら、代わりに陽斗が黙ってないかもしれないが。
『燐はルールを絶対守るって感じだからわかるけど、理巧はなんで止まるんだ?歩いた方が速いだろ。輸送効率か?』
「輸送効率って、人間そんな理屈じゃ動かないって、まぁこの場合止まるんだけどね。だいたい今そんなに人いないし、人いるときに1人で中央に乗ってたら効率下がるでしょ」
『それじゃどうしてだ?』
『うーん、まぁ僕が怪我したくないからな。ほら、エスカレーターの段って階段よりちょっと高いじゃん。僕が歩いてつまずくのも、横を通った人とぶつかるのも、抜かしてった人がつまずいて転がり落ちてくるのも、痛いのは全部嫌だからね』
『そういうもんかぁ…』
ファイがそう口にし、理巧がエスカレーターから降りる。
「お、あれ」
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「よ、行くか」
「えぇ、行きましょう」
陽斗の自宅から徒歩一分。当たり前のように燐を家まで迎えに行き、一緒に目的地へと向かう。通学時間が重なるときは一緒に行くのでこの光景は日常茶飯事だ。
既に葉桜になった用水路脇の桜並木の下を歩き、大きな公園近くの駅へ向かう。このあたりは彩魔大のある新田街の北の端にあたり、中心地に比べて木造の高層ビルが少なくなってくるエリアだ。
「今日は4月なのに暑いわね」
「夏日だって話だぜ」
「それは暑いわけだわ。ん、どうしたの?」
陽斗は杖を取り出すと、燐に向かって魔法を唱える。
「冷気」
「ひゃん!」
首元を魔法で冷やされた燐は、思わず黄色い声をあげる。
「なんか、想像してたのと違う」
「あんたの妄想なんか知らないわよ!というか、魔法でイタズラするなら魔対か警察に突き出すわよ。そうだわ、陽斗のパパ、SMTに所属してたわよね」
「っやめろやめろ。イタズラっていうか、暑いっつうから冷やしてあげたのになんで罪に問われるんだよ。そんな嫌だったのか」
「別に嫌じゃなかったけど……」
「けど?」
「非親告罪」
「だからその犯罪に当てはめないでくれ!」
そんな独特な会話をしながら、2人は電車に揺られ目的の駅へと到着。電車から降りると改札階に上がるべくエスカレーターへ。
「どうして後ろにいるのよ。隣にくればいいでしょう?」
燐は隣に陽斗が来ると思って右側を空けておくが、陽斗はそこには入らない。
「何度も言ったけど、隣に行ったら右側塞がっちゃうだろ」
「その時代遅れの悪しき伝統、さっさと滅びてしまいなさい」
冷たい声で答える。親の仇でもあるのだろうか。
「そりゃあ、燐が法律とかルールを重んじるのは分かるけどさ、何で恨み買って刺されるか分かんないぜ」
「刺される前に正当防衛で魔法を行使するわ」
奇しくも燐は理巧と同じく、エスカレーターの上で魔法を放つフリをする。
「冗談だよな」
「冗談じゃないわ」
「はぁ、心配して言ってるのに……」
もちろん刺されることも十分心配なのだが、陽斗は一拍置いて質問する。
「なぁ、もし燐の友達が、自分の許せないルールを破ってたらどうするんだ?」
燐は振り返らない。その左手をエスカレーターの手すりに乗せたまま、わずかな間を入れて答える。
「そんな人、友達じゃないわ」
「……そうか」
表情が見えない。こんなことなら隣にいれば良かっただろうか。
エスカレーターもそろそろ終点というところで燐が再び口を開く。
「陽斗は絶対に、ルール守ってくれるでしょ?」
燐と陽斗が順にエスカレーターを降りる。
「お、あれ」
偶然同じタイミングで反対側のエスカレーターを上がってきた理巧の声に2人は気が付く。
「おはようございます」
「燐、おはよう。陽斗もおはよー」
「ああ、おはよう」
燐のいつも通りの声と表情に陽斗は安堵する。
「ひとまず改札出て先輩たち探そうか」
1年3人組は、ポンッと実体化したファイとともに駅の外へ向かう。
そして、質問の意味も、それに対する答えも、ステップから降りることなくエスカレーターの淵に飲み込まれてしまった。




