91.遼のいない日々
91.遼のいない日々
“あの日から卓はずっと元気がない”
俺は何事もないように普通に接していた。
卓は海斗に、遼へ告白したことを打ち明けた。
淡々と・・・表情一つ変えずに
海斗はうんうんと頷きながら聞くと
辛かったね・・・大丈夫だよ。
きっと時間が経てばまた昔の様に戻れるよ。
と励ました。
”うん”とだけ返事をした卓は、
その日からいつも通りの日常を送っていた。
最初の頃は心から笑う様子もなく
日々を淡々と過ごしている様子に海斗は心配していたが、
何日かして少しずつ感情の落差が無くなり、
普通に笑えるようになっていたようだった。
時間は心を癒すのに最適であった。
卓は徐々に元気を取り戻していき、
俺の気持ちに応えてくれると信じていた。
そう信じて待っていた。
そんな日々を続けて4か月、
気付けば真夏の太陽照りつける8月になっていた。
「なぁ!卓!今日近くの公園で祭りがあるみたいだよ!一緒に行こうぜ」
海斗は卓を誘った。
海斗は祭りが大好きだったのだが、
去年の夏は仕事の用事でどうしても行けずじまいだったので、
今年こそ卓と祭りで良い思い出を作りたかったのだ。
「いいよ。夏どこも行ってなかったし、行こう」
卓も乗り気で支度をした。
「折角だから浴衣来てこうぜ」
と海斗はせがむように言うと
「浴衣なんてないだろ」
「それが!」
と言うと海斗は棚から自分の浴衣を見せた。
「あるんですよ!そして!」
と海斗はもう一枚浴衣を見せると
「卓のもあるんですよぉ」
と海斗は浴衣をもう一枚出した
「おぉ!ってかなんで俺のもあるんだよ」
と卓は言うと
「似合うと思って実は前々から買っていたのです」
と海斗は自慢げに答えた。
「なんだよそれ・・・」
と卓は少し恥ずかしそうに笑うと
「良いから来てみて!お願い!」
と海斗は目を輝かせて言った。
「分かったよ。着るよ」
卓は海斗のお願いする時の表情に弱い。
いつもなんやかんや海斗のお願いを聞いてしまう。
卓は2階の自室で着替え1階のリビングに入ろうとすると
「ちょっと待って!まだ心の準備が」
と海斗は言うと
「そんなのいらん!」
と卓は強引にリビングを開いた。
「イイッ!凄くいい!最高!かわゆい」
と海斗はもだえるように叫んだ。
「はいはい。ってか海斗もいつのまに着替えたんだね」
リビングに卓を迎えた海斗は、ちゃっかり自分も浴衣を着て準備万端の様子だった。
卓は、じーっと下から上まで見わたした
「どう?似合う似合う?」
「おう!良いじゃん!浴衣姿も似合ってるよ。スタイル良いからなぁ」
と卓は言うと海斗は嬉しそうに笑った。
卓に褒められた・・・
外見褒められたの初めてかもしれない・・・
いつも遼の話ばっかりしてたけど、
最近の卓は遼の話全然しないし、
きっと俺のことを好きになってくれてる途中かもしれない。
遼の事なんてもう忘れて俺とずっと一緒にいて欲しい。
海斗はそんな風に思いながら卓の事を見ていると
「おーい。なんか別の世界に行ってるぞぉー」
と卓に言われ、はっと我に返った。
「ごめんごめん。
ちょっと早いけど先に会場に向かおうよ。
大きな祭りだから混雑する前に行きたい」
海斗の言葉に
そうだなと卓は返事をしてお祭り会場に向かった。
遼が海外出向に行ってから
どこかに出かける事がめっきり少なくなった2人にとって
久しぶりのお出かけだ。
海斗は卓と出かける事の喜びでいっぱいになっていたが、
卓が時折見せる寂しい表情に気がつかなかった。
「ねぇ手を繋いで歩いてみる?」
歩いている最中に海斗は卓に向かって言うと
黙って卓は海斗の手を握った。
行き交う人々がいるなかで
堂々と隣で手を繋ぐ卓に海斗は嬉しさがこみあげてきた。
もしかして卓が本当に徐々に俺に好意を持ってくれている?
遼にふられたから俺の気持ちに応えてくれようとしてるってことだよな!
卓に好きになってもらえるように頑張らないと!
海斗は卓の手を握りながらそう心に決めた。
次回、卓と海斗の夏祭り




