93.卓と海斗
93.卓と海斗
2人は夏祭りの会場から離れた。
遠くの方で微かにまだ夏祭りの会場の灯りが見えている。
暗い夜道を家路に向かって真っすぐ歩いていた。
「やっぱり遼の事を忘れられないんだよね」
海斗は立ち止まり聞きたくなかったセリフを聞いた。
それを卓は黙って下を向き歩いている。
「俺といるのは遼の事を忘れるため?」
続けて海斗は言うと卓は下を向いたまま
歩くのをやめない。
「そうだよな・・・もともと俺の事好きじゃなかったもんな・・・」
海斗は立ち止まると、さっきのセリフをもう一度伝えた。
”もう終わりにしよう”
卓はその言葉を投げかけられるも振りかえることはない。
「2人のためにもう恋人ごっこはやめよう。
卓は俺に甘えてるだけだ。そんなのずるいよ」
海斗の言葉に卓は後ろをようやく振り返った。
「そうか・・・俺はずるい奴だな。ごめんな・・・」
卓の言葉と表情を見て海斗はすぐに理解した。
「ずるいのは俺も同じなんだ。
本当は遼に振られたら俺と付き合ってくれるんじゃないかと思ってた。
俺は内心では卓がふられることを望んでた」
「俺も海斗のこと大好きだよ。
海斗と一緒にいると幸せだと感じるし、付き合うのも良いと思ってる。
でも・・・遼の事が忘れられない。
今も俺の中心に遼がいるんだよ」
耳をすませば君の声が聞こえる。
目を閉じれば君の面影が瞳の奥に蘇る。
ふられてからずっと抑えていた気持ち。
卓の中の遼はまだ過去の人になっていなかった。
それに気づいた海斗はもう自分に出来ることは何もないと悟った。
君が彼と過ごした20年に敵うはずもない。
俺が出来ることはただ一つ・・・
「卓の気持ちの整理がついて、
俺と一緒にいたいと思うまで、俺はそれまで待ってる。
だから、今は一緒にいない方がいい」
海斗はこの言葉を言ってしまえば、
もう二度と卓とは会えなくなってしまうかもしれないと思った。
ただ、そうせずにはいられなかった。
お互いのためにこうすることが正しいとそう信じていたから。
「もしかしたら、何年もかかるかもしれないよ」
卓の言葉に海斗は間髪いれずに
「何年でも待つよ。卓の気のすむまで悩んで欲しい。俺が出来ることはそれだけだから」
海斗の言葉に卓は、うんと頷いた。
夜道の中、蝉の声がうるさく響いていた。
数日後
海斗の家から卓の荷物は跡形もなく消えていた。
玄関先で2人は顔を見合わせていた。
「それじゃあそろそろ行くね」
卓は玄関の扉を開けた。
「あぁ、今までありがとうな卓・・・」
海斗は笑顔で言うと
「ううん。海斗にはいっぱい世話になった。ありがとう。またな」
卓も笑顔で返した。
卓は玄関の扉をゆっくりと閉めて外へと出て行った。
この扉がしまったらもうシェアハウスも終了だ。
楽しかったこの時間も終わってしまう。
「卓!!」
扉が閉まる瞬間、
最後に振り絞った大きな声に
卓は扉をあけて振り返った。
「いってらっしゃい!!!」
涙が滲んだその笑顔に思わず、涙が零れた。
涙をふいて笑顔つくった卓は
「いってきます!!」
と返事をした。
こうして男2人のシェアハウスは終わった。




