来るべき時が…
深夜1時頃、カリイナは部屋の外で女の咳払いをしたような声を聞く。
眠りの浅い彼女はそれで目覚めてしまう。
気のせい?
外の雨の音を聞き間違えた?
いえ、雨の音を人の咳と間違えることなんかない…
なんだろう、こんな時間になんだか気味が悪い。
カリイナはそんなことを気にする自分の神経質なところを反省し再び眠りにつこうとしたが、やはり気になる。
一応廊下をのぞくだけのぞいてみようか。
どうせこのままでは気になって眠れないし…
カリイナは暗闇の中手探りでガウンを羽織り廊下に出てみた。
誰もいる気配がない。
やはり気のせいだったと思い、部屋に戻ろうとした時、少し違和感を感じた。
部屋の中より廊下の方がかすかに明るい気がする。
その原因は一階だ。
手すりから乗り出して下を見てみる。
玄関ホールの右側、調理場のある方がほんのり明るい。
こんな時間に…
誰が調理場を使っているの?
今日の宿直はビルド。
こっそり食物庫を漁るようなことは絶対にしない人だ。
じゃあ誰?
誰が…
カリイナの胸には疑問が広がってゆく。
こうなるともう確かめずにはいられない。
しばらく廊下に佇んで目が暗闇になれてから、彼女は玄関ホールに通じる階段を降りていった。
そして手探りで廊下の壁際を歩く。
突き当たりの調理場には明かりが灯っていた。
ドアは開けっ放しになっている。
調理場内に暖炉の炎に照らされた人影を見つけた時、カリイナは絶句した。
リンカだ!
男の格好をしてるけどあれはリンカだ!
なぜ彼女がここにいるの?ルシファーと一緒に!
膝がガクガク震えてきてそれ以上は足が前に進まなかった。
リンカがなにかをルシファーに差し出したのを見た後、カリイナは部屋に引き返した。
調理場には乗り込んで行けなかった。
どんな現実を突きつけられるかが怖くって。
カリイナは部屋に戻って頭から布団を被り寝ようとした。
もしかしたら夢かもしれない。そうであってほしい。
そんなことを願いながら。
もちろん眠るなんてことは不可能だった。
あらゆる憶測がカリイナの頭の中を巡る。
ルシファーはリンカといつからあんな仲に…
なんでこんな夜中に…
ひどい。
ここは私の大切な場所なのに。私の家なのに。
よりによってリンカを引き入れるなんて!
付き合っていたの?私や、みんなに内緒で。
好き…なの?リンカのことを。
あんな人を?
あんな人をっ!!
ああ、ルシファーあなたってどうしてそうなの…
あなたはどんな人にでも愛情を与えることができるのよね。
だから私にも…
カリイナの胸には今まで感じたことのないルシファーへの怒りが湧いてくる。
カリイナはしばらく心の中でルシファーを非難し続けていた。
空が白み始めた頃、カリイナはやっと決意する。
ルシファーとの対決を。
ルシファーの部屋に行きドアをノックしたが返事がない。
彼女は自分でドアを開け部屋に入った。
床に落ちた白いシーツが目に入る。
何かよくわからないが、それを見たときカリイナは言いようのない嫌悪を感じた。
ルシファーは膝から下をベッドの下に落とし眠っていた。
多分ベッドに腰掛けていてそのまま体を倒し眠ってしまったのだろう。
全然起きる気配がない。
そのルシファーの手元には波打った便箋が落ちている。
カリイナはそれを拾って読んだ。そして衝撃を受ける。
あっ!これはセシルの字!
セシルからの手紙だ…
ルシファーがさっきリンカから受け取っていたのはこれだったんだ。
カリイナはセシルからの手紙を読んでついに来るべき時が来たと思った。
震える足元の振動が脳に伝わった瞬間、あるストーリーが浮かぶ。
やっぱりルシファーはどうしてもセシルが諦められなかったんだ。
それで屋敷を辞めて時間のあるリンカに伝言、もしくは手紙を届けてもらったに違いない。
きっとこれはそれに対してのセシルからの返事だ。
セシルもあの日ルシファーの手を取らなかったことをずっと後悔してたんだ。
と、いうことは…
リンカはただの使いに過ぎなかったのかもしれない。
あの人の家、昔はお金持ちで馬を飼っていたから馬に乗れるって言ってたし。
そう考えるとさっきの格好にも納得がいく。
そう思った途端、カリイナは少しほっとする。
彼女は安堵の表情を浮かべルシファーの部屋を後にした。
そして自分の部屋に戻ると急いで髪をハーフアップに結い、グリーンの小花柄のドレスに着替えて、その上にグレーの外套を羽織り手には観劇用に買ってもらったバックを持ち当主の部屋に向かった。