寝坊
ルシファーは寝坊した。
あれから眠れず、いっそのこと朝まで起きていようと思っていたのだが、明け方近くに少しうとうとしてしまった。
目覚めればすでに9時。
10時からは王室の広報係との打ち合わせがある。
今日は父は休みで、自分一人に任されている。
遅刻などしたら後でその気の緩みを父親にどれだけ注意されるかわからない。
ルシファーは急いで身支度を済ませていつも乗る馬車ではなく馬に乗り全速力で城に向かった。
用事を済ませ彼が城から戻ってきたのは夕方。
馬上で考え事をしながら帰ってきた。
夜中のことはもちろん、毎朝一緒に朝食を取るカリイナがどうして起こしてくれなかったのかと。
屋敷に戻ってからルシファーはカリイナを探す。
「ビルド、カリイナはどこにいる?」
「はい。そのことにつきまして、当主様がルシファー様にお話したいことがあるそうです。
書斎でお待ちです」
カリイナのことについて話がある?
ルシファーは早足で父の書斎に向かった。
妙な胸騒ぎを感じながら。
書斎では父親が書き物をしていたが、ルシファーの姿を見るとペンを止めた。
「父上、カリイナのことで話とは?
彼女の姿が見当たらないのですが」
机の正面に立ったルシファーに父親は告げた。
「カリイナは早朝、この屋敷を出て行った」
「えっ…?」
思いもよらない父親の言葉にルシファーは動揺する。
「そ…れはどういう…
一体なぜ?!」
「…夜中のことが原因ではないのか?」
「!!見て…いたのですか?調理場でのことを?!」
「ああ、カリイナがな。
君は真夜中にリンカを屋敷に引き入れたらしいな」
「誤解です!あなたもカリイナも誤解してる!
カリイナがどこに行ったか教えて下さい。
彼女と話がしたい!」
「彼女がどこに行ったか私も知らない」
ルシファーは思わず机を叩き、叫んだ。
「どういうことだっ!」
興奮している彼に父親は「君は女が側にいないと生きていけないタイプの人間なのか?」と尋ねる。
ルシファーはその淡々とした物言いにひどく腹が立った。
少し呼吸を整えた後、座っている父を見下ろして「多分そうです」と吐き捨てるように言った。
「そうだろうな…婚約者に拒否されたのと同時に違う娘を選んで連れて来たのだから…」
今更ながらの非難にルシファーの拳に思わず力が入る。
が、今は父と争うよりカリイナのことが知りたい。
ルシファーは早口で父親に自分の胸の内を語った。
「私はあなたが現れたことによって、今までの自分の生活から突然切り離され寂しさの頂点にいた。それで孤児院に残してきた恋人に救いを求めました。
けれど彼女は知らせの一族である私を拒んだ。絶望しました。
正直あの時は誰でもいいから側にいてくれる人間が欲しかった。
それでカリイナを連れてきたのです。
けれどここ数ヶ月の間に彼女は自分にとって誰でもいい誰かではなくなってしまった。
教えて下さい!
カリイナが今朝あなたにどんなことを言ったのかを」
「うむ、その前に。
夜中、何があったのかを先に君が話したまえ」
父の求めに応じ、ルシファーは覚えている限りを正確に正直に話した。
夜中に目覚めたら足元にずぶ濡れのリンカがいたこと。
追い返そうと思ったのだけれど彼女のひどく哀れな姿に同情心が湧いたこと。
そして濡れた姿は逆に魅力的でもあり、そのことに警戒心が湧き密室で過ごすのは良くないと思い公共の場所である調理場に移動して話をしたこと。
リンカがこの屋敷を退職後、自分の育った孤児院のある村に行き自分のかつての恋人と友達になったこと。
彼女から預かって来たという手紙を渡されたこと。
そしてその手紙が限りなく恋人の筆跡に似せた偽物であったことを。
「最初は本物だと思いました。
けれど何度も何度も見ているうちに、彼女の癖を誇張して書いた偽物だと気づいた…」
そう言うと、さあ、今度はあなたが話す番ですと言わんばかりにルシファーは落としていた視線を父親に向けた。




