92.月を見る
夜。
蒼がふと思い出したように提案して、皆で海の上に出ている月も眺めに行った。
残念ながらソルトは寝てしまっていたので、ソウと共に、リクさんもお留守番だ。
でも、ソルトも見たいと言いそうだ。
「ソルトを起こします?」
「駄目だ。特に子どもにとって良質な睡眠はとても大事なんだ。初めてのことばかりで今日は疲れてる。見たいとは思うけどさ、明日もあるから気にしないで行ってきて」
「分かりました・・・。僕が留守番しましょうか。リクさんも、海、初めてなんでしょう?」
「大丈夫。ユリちゃんと楽しんでおいでよ。そっちの方が大事だからさ」
「・・・はい」
ちょっと後ろ髪を引かれる気分。
とはいえ、現金なもので、皆で出かけると僕はあっという間に浮かれてしまった。
海は視界が開けていて、何も無いところに月が浮かんでいるように見える。
良い月だなぁ、と、ガーホイと僕とユリと蒼と茜でしみじみと見入る。
波の音も磯の香りも全て新鮮で、来れて良かったと本当に思う。
「僕たちは、視覚も嗅覚も触覚も味覚も聴覚も、全部再現できる環境で手軽に見るけど。本当に見ていると思うと、こう、特別な感じになるね」
と蒼が言ったのが印象的だ。
ガーホイは逆に首を捻っていた。
「あのよ、再現されてるもんは、全部中途半端だろ? 本物とは違うぜ?」
その言葉に蒼と茜が驚いたのが分かったので、
「ガーホイさんは、視力とか味覚とかすごいから、本物と再現されているものとの違いがよく分かるんだ」
と僕が皆に説明しておく。
皆がガーホイに、すごい、と感心した。
***
翌日。
今日はガーホイが釣りに誘ってくれて、皆でガーホイの船に乗ることに。
ガーホイ専用になっている港で準備をしていたら、ご老人の1人が散歩がてら様子を見に来たようだ。
「今日は大勢じゃなぁ」
とニコニコしている。
「キューメじぃさんも船乗るか?」
「冗談はよせよ、陸もヨロヨロしてるんじゃから。まぁ気を付けていっといで」
「おぅ」
皆で、行ってきます、と声をかけて出港だ。
***
予想以上に船は揺れた。でも、これでもまだ穏やからしい。
ガーホイオススメの釣りポイントに着く前に、蒼と茜とユリが船酔いになった。
ちなみに、リクさんとソルトとソウと僕は平気。まぁ、そういうことだってあるだろう。
8人のうち3人が青い顔になって弱ってしまったので、陸にすぐ戻る事になった。
「ごめんなさい・・・」
と弱っている3人が呟くけど、皆ぐったりしている。
寝ている状態が楽みたいなので、陸に戻って、シートを引いて、休ませる。
リクさんが水分補給にとドリンクを渡してくれた。
「ありがとうございます。あの、リクさんはソルトたちと遊んできてください」
「うん、そうさせてもらうよ。リクはユリちゃんの傍だろう?」
「はい」
「じゃあ、任せた。何かあったらすぐ呼んで」
「はい」
リクさんは、ガーホイと、ガーホイに抱きかかえられているソウと、ソルトのところに歩いて行った。
ガーホイは釣り道具を船から降ろしている。
見守っていると、港の先端に行って、釣りをすることにしたようだ。
そのうち3人も徐々に回復して、僕たちの釣りをさせてもらった。
とはいえ、全く釣れなかったのは残念。陸の近くには、魚はあまりいないらしい。
最後の方には、皆でどこまでウキを遠くまで飛ばせるか、という競争に変わっていて、それはそれで楽しかった。
勿論ガーホイが一番だけど、二番手がユリだったので驚いた。
***
ソウを小さな浮き輪にいれて一緒に海に浮かんだり。
一人がお題を出して、皆で一人一人、砂に大きく絵を描いて出来栄えを競ってみたり。
無意味に穴を掘ってみたり。
何も考えずに遊んでいた気がする。
とても楽しかった。
***
僕たちは2泊させてもらうことになったので、夜にまた月を見に行くことができる。
ソルトが、今日こそは、と意気込んでいた。
晩御飯を食べて、皆リビングで遊んでいた時だ。
ソルトが、チラチラと僕を気にしていることに気がついた。
なんだろう。
僕も見つめてみると、目線をドアの方に向けて僕に促す。
密やかな話があるようだ。
「ちょっとトイレ」
と僕は立ち上がってみる。
「あ、私も!」
とソルトも慌てて立ち上がる。
トイレと言い出しにくかっただけかな?
僕の後ろをソルトがついてくる。
部屋を出て皆の姿が見えなくなってから、ツイツイ、とソルトは僕の服を引っ張った。
そして、ソルトはコソコソ、と、廊下の端っこに僕を連れていって耳打ちした。
「お願いがあるの」
うん、と僕は頷く。
「月を見る時、リクさんと2人きりにしてほしいの」
・・・うん。
頷いてから、ソルトの顔を見る。ソルトも頷いた。
「ありがとう」
とソルトが言った。
「・・・協力者としてユリにも伝えておいても良い?」
「リクさんにバレないようにして。自然に」
「分かった」
僕の言葉に、ソルトは真剣な顔で頷きを返してくる。
・・・ソウはその時間に寝ていてくれるかなぁ。
***
夜。
リクさんは上手くソウを寝かしつけたようだ。
今日は僕が留守番をします、と言っていたので安心した。
「じゃあ、ソウをお願いできるかな、サク」
「はい」
「なぁ、せっかく来たんだからよ、サク坊は行って来いよ。俺が留守番してるからよ」
とガーホイが僕たちの会話に入ってきた。
「・・・」
申し訳ないな、という気持ちで、答えられずに困ってしまう。
とはいえ、ユリにお願いしたとはいえ、行った方がソルトの願いを叶えやすいとは分かっている。
「ユリちゃん行くなら、サク坊もいかねぇと変だろ」
ガーホイが心配したように不思議そうに言う。
「・・・本当にお言葉に甘えても良いですか?」
「おぅ。遠慮なんていらねぇぜ」
「ありがとうございます。・・・リクさん、ガーホイさんにソウをお願いして、僕も行って良いですか?」
「あぁ・・・ソウは一度寝たらぐっすり寝る子だしなぁ。留守番いらないかもしれないんだけど・・・」
「それだと可哀想だろ」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、出かけさせてもらいます」
とリクさん。
「ありがとうございます」
と僕も。
「構わねぇよ。楽しんできてくれ」
ガーホイが安堵したように答えた。
***
昨日と同じ場所に来た。
月が今日も浮かんで見える。
きれいだなぁ。
チラ、とソルトが僕たちに視線を送ってきた。
そしてリクさんを突っついている。
「私、あっちに歩いてみたい」
「うん? 良いよ」
とリクさんも答えている。
それからリクさんが僕たちに視線を向けたので、僕はニッコリ笑って手を振った。
「僕たち、あっちに行ってきます」
とユリの腕を取ってみたりする。
「じゃあ、20分後ぐらいにここに集合で」
と蒼が今いる場所を示して見せ、茜が蒼と手を繋いで肩に頭の重みを乗せるようにした。
リクさんが目を丸くしてから、苦笑した。
「了解。じゃあそれぞれに」
「はい」




