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88.日が過ぎて

さて。

箱詰めと発送が終わったら、部屋で仕事中のユリに一声かけて、僕はリクさんのサポートとして、車で、野菜とウズラの卵とともに研究所に向かう。


ほぼ毎日、ソルトがソウの部屋にいる。代わりに、リクさんは午前中を研究の仕事時間に割り当てたらしく、あまり会わなくなった。


僕がソルトに荷物を渡すと、ソルトは隣に設置された調理室にそれを運び、AIによってオススメの料理が作られていく様を眺め、出来上がったら料理をソウに運び、ソウに食べさせる。


ニコニコ食べてくれるソウと、優し気な表情でいるソルトの様子を見て和む。

あとは話したり遊んだり。


午前中はガーホイが来ることは少ないけど、都合で午前中に来る時もあって、そんな日はとても賑やかになる。


***


ある日。研究所に行ってみると、いつもはいるソルトがソウの部屋にいなかった。

「あー」

と、僕を見て声を上げるソウ。


「あれ? ソウ一人? ソルトは?」

「ソーちゃ、あ、あー」

ソウが、座ったまま、扉の一つを指す。


「向こうにいるの?」

「ん」

コクリと頷くソウ。


ちなみにソウは、ガーホイのことは「まんま」と呼び、ソルトのことは「ソーちゃ」と呼び、リクさんのことは「クー」と呼び、僕のことは「あ」としか呼ばない。優先順位が明確に表れていて悲しい。


「じゃあ、先にソルトに食材を渡してくるね」

「ん」

コクリ、と頷くソウは、まだ話せないけれど、こちらの言う事を理解できている様子。


***


ソウが示した扉から出て進むと、中庭的にとても小さなスペースがあった。

こんな場所あったんだ。


「あら、サクくん」

振り返ったソルトの後ろに、植木鉢がある。


「何を育ててるの?」

「ハーブよ。サクくんこの前、種をくれたでしょ。私も作ってみるのよ」

「そっか」


自分たちも育ててみたい、という人はちらほらいる。

ソルトもそう思ったみたいで、お手軽にハーブの種を依頼してきた。色々気軽に使えそう、というのがハーブを指定した理由だそうだ。


立ち上がって手を差し出すソルトに、いつものように食材を入れた箱を渡す。

すると、蓋は閉めてあって中は見えないのに、ソルトはしばらくじっと箱を見つめた。

どうしたんだろう。


ソルトはふと僕を見上げ、唐突にこう言った。

「サクくん、覚えてる? 前に、サクくんが大変な目に遭って、とても暗くなって、重いテーマについて考えて悩んで困って私に連絡を入れてきたことがあったわ」


そんなことも、あった。

僕が中央で事故にあって、その後精神的ショックを受けてメンタルケアも受けていた時期。

僕は思い出して、改めて詫びた。

「うん、そうだった。ごめんね、あの時は変な連絡をして。僕は聞いてもらえて良かったんだけど、ソルトは負担だったよね」


ソルトはじっと僕を見てから、表情を和らげた。

「サクくんの悩み、私、結構覚えているのよ。この世の中が全部、崩れてしまったらどうしようって、サクくんは怯えていた。全部、急に崩れてしまったら何もなくなってしまう、って」

「そ、うだったかな。言ってた気がする」

本当にごめんね。


「私、時々思い出すの。もし、分解物質から作られているこの社会が急に全部壊れてしまったらどうなるのだろうって考えてみるの」

「・・・」

どうしたんだろう。僕はじっとソルトを見つめる。


ソルトは少し天を見上げるように目を閉じた。

「そんな未来あるのかしら? だけど想像したの。妄想ね。そうしたら、分解物質からできていないものだけが残っている世界なのね。服すら無くなった人間の目には、何が見えるのかしら。何が残っているのかしら。分かるのは・・・サクくんの畑とウズラは見えるし触れる。釣った魚と海。それから・・・。そういうものって、残される人間にとっての希望に見えるわ」


ソルトは微笑んで目を開けて僕を見た。

「だから、私も希望の種を育ててみたくなったのよ」

「・・・すごい事考えたね」

なんだかちょっとついていけなくて、それでもできる限り理解しなきゃと思うと緊張を覚えた。


だけどソルトは少し楽しそうに笑った。

「いつかこれが人類に役立つかもしれない」

と言ったソルトの言葉は冗談めいて聞こえる。


だからちょっと安心し、そして愉快な楽しい気分になる。


メンタルケアを受けていた時は、不安が酷くて、ぐちゃぐちゃにいろんなことに怯えていた。

だけどもう薬もいらず、僕は回復できている。


今考えるなら、世の中の全てが急に崩壊なんてことは無いはずだ。手を打つはずだから。

それに、社会全てが一度に作り上げられたわけでは無いから、理論的にも全てが一度に壊れることはない。

まぁ、同時期に一気につくられた部分は、一気に崩れていく可能性はあるのだけど。


だけど。少し妄想してみるなら。

ソルトの言う事も楽しく正しいかもしれない。


例えば、システムだらけで無人にさえ思えた中央の町に、チームの皆が集って建物を建ててしまったように。食べ物をワイワイ楽しんでいたように。


野菜やウズラをきちんと育てているという事は、どうしてだか心強さを感じるのだ。


***


さて。昼食の時間には家に帰る。

ユリに帰宅を告げたら、一緒に昼食。

それから一緒に少しくつろいだりする。

メンタルケアは終了したけど、運動プログラムは健康維持のために良いので、一緒にそれをこなしたり、ドライブしたり。


そうしているうちに夕食になり、それからまたのんびり好きな事をして過ごす。

夜はコンサートが開かれる事も多いので、家の画面でその様子を観賞したり。

来ていたメッセージをまとめて確認したり、返事を出したり。


そんな風に、1日を過ごす。


***


ソウの目が覚めてから、半年ほど経った。ソウはもう歩いて片言の言葉を話す。


ある日、ガーホイから連絡が来た。

困ってしまっていて、一緒に来てくれないか、という内容だ。

ユリにも相談して、僕とユリとで、行くことに。


***


ガーホイは、海の近くの町で暮らすことを希望している。

だけど色んなことがあってすぐに定住できず、今も中央のチームのリーダーであるドーギーが色々と証明や手続きを取ってくれている。リクさんの方からもいくつか支援の申請をしているそうだ。

そうやってガーホイの定住計画を進めて、この前、ガーホイを受け入れたい、という町が決まったところ。

なお、今ではご老人8人のみが暮らしている町とのこと。


ちなみに、ご老人というのは、排他的になることもある、ということなのだけど、その町は、ガーホイが、ある事故で救出された僕の第一発見者、と知って、ぜひともおいで、すぐおいで、と大歓迎になったそうだ。



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