89.ガーホイ、海の町
僕たちにとって、あの件は災難以外の何物でもなかった。
どう振り返っても酷くて大変で、起こらなければどんなに良かっただろう。
だけど、僕が事故に遭っていなかったら、地下に仕事があること、そこで働く人たちの存在を普通の人は知らないままだった。
あの日、事故は起こり、僕たちのことを全く知らなかったはずの多くの人が、僕の行方を心配し、支援し、僕が発見され、助けられ、一命をとりとめ回復した事に安堵し喜んでくれた。
それだけで終わらず、その影響が色んなところで現れていく。
当事者でありながら、不思議な気分になる。
報われたとか救われたとかじゃなくて、戸惑う。
だけど、たまに思う。
あの日。
普段にない深さまで降りて、そこから歴史を見せるようにして、チームにいた一人、ゴロウは僕にこう言ったはずだ。
地下で、こんな風に働いている人がいるとは、どの歴史にも残らないだろう、と。
研究所で生まれた人は、皆嘘をついて生きている、とも言っていたと思う。
だけど。
もう、歴史の1つになるだろう。皆が存在を知ったから。
歴史とかいうものは、意図して変えるものでは無く、案外、意図されず変わっていくものなのかもしれない、なんて僕には思える。
***
さて。ガーホイに返答をした翌日。今日はユリも一緒に、研究所へ。
ソウの部屋の扉が開いたら、ソウがニコニコ待機していた。
「あー!」
とユリに向かって手を広げる。
「ソウくん、おはようー! 元気ねー!」
ユリも嬉しそうに手を伸ばして頭を撫でてあげる。
「・・・」
僕はなんだかジト目になった。
僕、こんな風に迎えてもらったことが無いんだけど・・・。
ソウは男児だからか、女性にはとても愛想が良い。
拗ねるぞ。
ちなみにソルトも顔をのぞかせたけれど、ソウがユリと楽しく遊んでいる様子に、リクさんのお手伝いの方に行ってしまった。ガーホイが来たら戻ってくるらしい。
今日は、ガーホイも午前中に来るのだ。
合流できたらすぐ、ガーホイと僕とユリで、海に向かう予定。
***
有料の高速のルートを使わせてもらったので、昼食の時間を少し過ぎたころに海の町に着くことができた。
ガーホイを招いている町。
それにしても良い天気。
海も久しぶりだからテンションがあがる。ついでに宿をとって、海で遊んでから帰るのもいいかも。
さて、この町にはご老人のみ8人住んでいる。
そして、全員が自分の家の近くの空き家にガーホイを熱心に勧誘しているのだ。
結果、ガーホイは家を決められずに困り果ててしまった。
そして僕たちに、どう選べばいいかアドバイスが欲しい、と相談してきたのだ。
***
見て回ったのは4軒。
残りは、あまりにも古くて、ガーホイが歩いた時に、壊れる音が聞こえたらしい。だからすでに候補から外されている。
さて、確かにどの家も立派に見える。
1軒1軒、別のご老人が出てきて、自ら案内してくれた。
今も、この家の隣に住むというご老人が僕たちの感想を待っている。
うん、ガーホイが選びづらいという気持ちもよく分かる。
どう決めれば良いんだろう。困った。
僕がユリに視線を向けると、意外な事に、ユリは少し考えるようにしていた。
あれ?
「・・・あの、思うのですが、ガーホイさんは魚を取って、それを他の町に運んだりしますよね」
慎重な言葉に、僕とガーホイ、それから案内してくれたご老人の1人がユリを見つめる。
ユリは、ご老人に気を遣いつつも、勇気を出すように、顔を赤らめながらも言った。
「だったら、海にも行きやすくて、他の場所にも行きやすい場所にある家が良いと思います。あの、ごめんなさい、システムが、大分古いと思って・・・。ガーホイさんがこれから住むなら、もう少し、新しい方が良いと思うんです」
とても言いにくいらしい。けれど、ユリは勇気を出すように、ご老人にこう告げた。
「あの、これは私が思った事なのですが、皆さんがガーホイさんに快く『使って良い』って言ってくださったのなら、そのお家を全部、一旦回収して、その資源で、ガーホイさんに新しいお家を建てたらどうでしょうか。ガーホイさんのためにはその方が良いと思うんです。・・・そうしたら、皆さん全員の厚意で、ガーホイさんがこれから長く住めるお家ができると思います・・・」
僕とガーホイは、驚いてしまった。
ご老人はじっとユリを見つめている。
僕とガーホイは言葉もでない。
古い家を回収して、新しい家をなんて発想。
とはいえ、落ち着いて考えてみれば、それは可能で当たり前の手段だ。
使わない資源は回収し、他の必要なものに変えて使うのが普通だ。
「全部を回収して、なぁ」
とご老人が吟味するように呟く。
ユリはまだ顔を赤らめながら、ご老人に告げた。
「はい。私個人の感想ですが、皆さんがガーホイさんに提供しようとしているお家の、資源を、ガーホイさんに差し上げるという形で良いのじゃないかしら、って。8つの家の資源が使えるなら、思うように希望するお家を建てて、家具も揃えることができます。船だってレンタルじゃなくて持つことができるはずです」
「なるほど、のぅ・・・」
ご老人は、ユリから目線を外して、今見終わったばかりの、ご老人オススメの家を眺めた。
「なるほどのぅ」
と、もう一度呟いた。
***
そこからはとても速かった。
ご老人方の間で、ユリの案でまとめようと決まったらしい。
僕の運転で付近をドライブ中のガーホイに、ご老人の代表者からそう連絡が入ったのは、1時間後の事だった。
ガーホイは驚いていたが、ユリはホッと笑っていた。
そのまま、どの場所に家を建てると良いか、ドライブしながら探すことになった。
どうやらユリはそのつもりでドライブを希望していたらしい。
びっくりだ。
そして、その2日後。ガーホイの新しい家は完成した。
ガーホイの希望を汲み、ユリの友達が設計してくれて、分解物質から作り出された。
システムも新しいけど、何より、いろんな人に遊びに来てほしいという希望が詰まった大きな家。
中央のチームの人たちにも遊びに来て貰いたい。
僕とユリや、ソルトやソウやリクさんにも来て欲しい。
町のご老人も遊びに来て欲しい。
家はすぐにできるものだから、とユリが断言するので、近くの宿に泊まって海で楽しみつつ待っていたから、完成初日、僕たちもガーホイと一緒に見に行くことになった。
8人のご老人も車で迎えにいったので、揃っている。
外から見えた家に、ガーホイは茫然としつつ、感動していた。
ふるふると震えて、涙目になっていく。
家の中に踏み込んで、これは夢かよ、とガーホイは呟いた。
「ガーホイくんの家じゃよ」
とご老人の一人がガーホイに言った。
ガーホイが大泣きしはじめて、老人たちは囲んで、笑ったり慰めたりした。
僕たちももらい泣きしてしまった。
一息ついて、ガーホイは僕たちにも目を留めた。
「どんどん来てくれよ。俺一人じゃ大きすぎるからよ」
未だに涙の残る顔で、照れながらそう言ってくれたので、僕たちも、泣き笑いのまま、うん、と頷いた。




