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神の涙  作者: 森乃 雅
9/11

 〜第八章〜

      


西の空に名残惜しそうに日が沈む・・・・


空は朱く染まり、徐々に薄くなり・・・・


東の空から黒い闇が全てを呑み込む様に広がって行った。


少しずつ・・・東の空から・・・


異様な輝きを放ちながら月が昇る・・・・


一歩、一歩、着実にその時が迫って来ていた・・・・・


長い・・・長い・・・夜が始まった・・・・


悲しい瞳をだけを浮かべ、ベットに横たわるジュリア・・・


月が昇るにつれて・・・ジュリアの体に月明かりが照らされる。


段々と体が火照るのを感じた・・・・


熱くなって行く体に反応して意識が朦朧としていく・・・・


悲しい瞳はいつしか・・・ぼんやりとした瞳に変わって行った。


体の熱のせいでジュリアの息が荒くなる。


「はぁ・・・はぁ・・・」


月は完全に昇り・・・・体全部に光を浴びた。


その時!


暗黒の光に包まれた12枚の羽を持つ天使が、

不気味な笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてきた。


スーっと黒い影がジュリアを覆う。


「やっと・・・この時が来たぞ・・・」


歓喜に満ちた顔でジュリアを見つめる。

ジュリアは朦朧としながら吐息を吐き続けた。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


なぞる様にジュリアの体に指を這わせた。

熱い体とは対照的なルシファーの冷たい指に体がピクリと反応した。


「クックックック」


反応を楽しみながらルシファーは冷たい口付けをした。

朦朧としながら冷たさを感じたジュリアは瞳を瞑った。


今までとは違う濃厚な口付けは・・・


まるでジュリアの精気を吸い取るように全身の力を奪った。


ぐったりとうな垂れるジュリアの体を持ち上げ、抱き締めた。


ジュリアの体温がルシファーに伝わる。


全てが冷たいルシファーの体は徐々に温もりを持ち出した。


「この・・・暖かさは・・・・」


ルシファーは遥か昔の自分を思いだした。

堕天使になる前の自分の体温を思い出していった。


ジュリアを抱き締めたまま、満月がぽっかりと浮かぶ夜空に飛んで行った。


「クックック・・・神に近い場所で見せ付けてやろう」


「貴様が愛する玩具をこの手で汚し、破壊してやる!」


「貴様は上から指を銜えて見ているがいい!!」


暗黒の夜空が広がる空にぽっかりと浮かぶ月・・・


その月の中心にルシファーとジュリアの姿があった。

漆黒の翼でジュリアを包むと、抱き締めていた手を離した。

ルシファーはジュリアの細い首に手を掛け、気絶しない程度に締め上げた。


次の瞬間!!


朦朧とするジュリアに突然激しい痛みが走った。


今まで声一つ上げなかったジュリアが叫んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


暗闇に響きわたった声は・・・・必死に探し続けるエルの耳に届いた。


「!!! ジュリア!!」


エルは全身の力を入れて声のする方へ飛んで行った。


「あぁ・・・ぁ・・・ぁ・・ぁぁぁ・・・」


下から突き上げるように頭上まで激しい痛みが襲い続けた。

ジュリアは言葉にならない声を、苦しそうに出し続けた。

ジュリアの声はルシファーにとって甘美な歌声に聞こえた。


「アハハハハ!神よ見ているか!貴様の創りし玩具を、たった今汚してやったぞ!!」


ルシファーは天に顔を向け笑い続けた。

交われば交わる程、ルシファーの体に力が注ぎ込まれた。

その一方でジュリアは激しい下半身の痛みと同時に命そのものが吸われるのを感じた。


段々と強大な力がルシファーの中に溢れだした。


「この・・・力だ・・・・これで貴様に復讐できる・・・」


歓喜に体も声も震わせながら言った。


遂に!ルシファーの全身に力が漲った。


ジュリアは神に見守られながら・・・


ルシファーに喰われたのだった・・・・


「フフ・・・フハハハハハハハハ!」


邪悪で強大な力は月を赤く染めこの世の理を覆した。

ジュリアはやっと痛みから開放され、朦朧としながら首を掴まれ、宙吊りになっていた。


突然ルシファーの手からジュリアが居なくなった。


ルシファーは辺りを見渡した。


遥か後方に眩い光に包まれた白い翼が目に入った。


それは大きく翼を広げ、大事そうにジュリアを抱えるエルの姿だった。

エルは裸のジュリアに自分が着ていた真っ白の長いコートを羽織らせた。


ジュリアを抱き締めるエルの心は・・・・


無数もの針で突き刺されたかの様に痛く、苦しかった。


「ジュリア・・・・」


ポツリと呟き強く抱き締めた。

エルは自分の気持ちに気が付いた。


「私は・・・・私は・・・」


悲痛な表情を浮かべジュリアを見つめた。


ルシファーはエルの存在を確認すると、おぞましい憎悪の表情を浮かべた。

歯を強くくいしばり、腹の奥底から声を出すように言った。


「お・・・のれ・・・・ミカエル・・・・」


エルの正体は大天使ミカエルだった。


そして・・・ミカエルとルシファーは双子の兄弟でもあった。


二人の間には様々な因縁があった・・・


兄のルシファーはかつて、大天使長と言う最高位に君臨していた。


神からもっとも愛され、唯一神の王座の右側に侍る事ができた。

最高の気品と美しさを備えていたルシファーは、自惚れと嫉妬に駆られ『自分は神を越せる』と思うようになり、味方となる天使を集め神に反旗を翻した。


弟のミカエルは天使軍最高指揮官として在ったが為、兄との対峙を余儀なくされた。


ルシファーは神の軍に勝てる訳もなく・・・・


弟ミカエルによって天より追放され・・・堕天使となった。


兄を追放した時、ミカエルの気持ちは計り知れなかった・・・


双子の兄弟として産まれただけに、その苦しみは凄まじかった。


怒り、悲しみ、悔しさ、自分の無力さ・・・・負の感情がミカエルを苦しめた。


堕天使となったルシファーは神と弟に憎しみだけを抱き、復讐の為だけの存在となった。


ルシファーの体から邪悪な気が溢れだした。

強大な力を手に入れたルシファーの気は遠くにいるミカエルにも届く程であった。


ビリビリとミカエルの翼が強大な力を感じ取った。


12枚の漆黒の翼を広げ大きく羽ばたいた。

羽ばたいたと同時に遥か下にある海面が渦を巻くように波立った。

激しい憎悪を剥き出しにしてルシファーが近づいてきた。

ミカエルはジュリアを守りながら身構えた。

数メートル先でルシファーが止まった。


「ミカエル・・・・我が弟よ・・・・我を追放しときながら、まだ我の邪魔をするか!」


両拳をギリギリと握り締めて言った。

その顔は昔みたいな気品や美しさは微塵もなかった。


「ルシファー・・・・我が兄よ・・・・地に堕ちた哀れな天使よ」


「復讐など無駄な事を止め、神に許しを請え!」


神々しいミカエルの姿は余計にルシファーの憎しみを掻き立てた。


「我を・・・・愚弄するか!!」


怒りを顕にしたルシファーは片翼で激しい風を生み出した。

その風は二人に容赦なく吹き付けた。


「ゴォォォォォォォォォォォォォォ!」


吹き付ける激しい風にジュリアと自分の体を翼で包みこんだ。

パラパラと数枚の白い羽が舞い落ちた。


「片翼だけで・・・この力か・・・・」


ミカエルは力の差を感じた。


「クックックック・・・・・ミカエルよ」


「我に平伏すなら貴様を許してやろう。我と共に来い!」


「そしてあの無能な神に取って代わってやろう!!」


「我こそが全知全能なる神!!」


漆黒の翼を大きく広げ、天に両手を掲げ、天に向かって叫んだ。


「哀れな・・・我が兄ルシファー・・・・神を超えることなど無に等しい!!」


ジュリアは朦朧としていた意識が少しずつ戻りつつあった。


「あ・・・に?・・・・」


ぼんやりと頭の中に聞こえてくるエルの声。

虚ろげな瞳で自分を抱き締めてくれる人の顔を見上げるように見た。


はっきりとしない視界だったが、感じる温もり、甘ったるい声、時々していたあの香り、


そして薄っすらと見える顔・・・・


「エ・・・・ル・・・」


ジュリアが今にもこぼれ落ちそうな涙を瞳一杯に溜めて言った。

ルシファーと対峙しているミカエルはジュリアを見ることができなかった。


その代わり、ぎゅっと力強くジュリアを抱き締めた。


ジュリアの意識がはっきりしてきた時、エルの姿に息を呑んだ。


エルの背後に見える真っ白な大きな翼・・・・


ジュリアは混乱しながらも今の状況を把握していった。


ルシファーはミカエルの言葉に更に怒りを現し、

近くにいるだけで重圧の掛かるほどの邪気を出していた。

ジュリアは無言でエルにしがみついた。


「クックックック・・・よかろう・・・」


「それが貴様の答えとならば、せめて我の手で葬り去ってやろう」


両翼を大きく広げ力強く前方に振りかざした。

途端に荒れ狂う風が二人を包み込んだ。

ミカエルは必死に自分の翼で体を包み込んだ。


その風はまるで刃の如く、ミカエルの翼を切り刻んで行った。


真っ白な羽は夜空にヒラヒラと舞い上がった。


その羽は雪の様に舞い降り、月明かりが照らす海面に散乱した。


「うぅぅ・・・・」


ミカエルは苦しそうな声を上げた。

翼はボロボロになりながら二人の盾となり続けた。


「エルーー!!」


守られながらジュリアが泣きながら叫んだ。

ミカエルはまるで心配するなと言ってるように更に強く抱き締めた。


「このままでは・・・まともに戦えない・・・・」


ミカエルの頭の中に浮かんだ。

ジュリアを抱えたままでは守ることしか出来なかった。


ミカエルはボロボロになった翼を広げ風を起こし、舞い散る自分の羽を利用した。

その風は真っ白な羽を巻き込み、ルシファー目がけて飛んで行った。

飛んでくる羽はルシファーの視界を遮った。


ミカエルはその隙に天高く舞い上がった。


ジュリアはエルにしっかりとしがみつき、凄いスピードに怖くなって瞳を閉じた。


月が浮かぶ位置よりも、更に高く・・・・高く・・・・舞い上がり・・・・


どんどん上に昇って行った。

突然眩い光に包まれると二人の姿が夜空に忽然と消えた。


「ミカエルーーーーーーーーー!!!」


ルシファーは怒り狂い叫んだ。


二人にはもう、ルシファーの声は届かなかった・・・・・


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