〜第九章〜
忽然と姿を消した二人は別の世界に来ていた。
もの凄い加速と重力を感じていたのが急に和らいだ。
ジュリアは恐る恐る瞳を開いた。
瞳の中に飛び込んできた光景に絶句した。
一面真っ白の世界・・・・
ジュリアはふっと思い出した。
「これは・・・夢で見た場所と同じ・・・・」
嫌な予感を感じながら、雲に包まれた世界に降ろされた。
ミカエルはボロボロになった翼をしまい、少しほっとした表情を浮かべた。
ジュリアの頬にそっと手をあて切ない瞳で見つめた。
「すまなかった・・・・守ると言っておきながら・・・私は貴方を守りきれなかった・・・」
頬に触れられた手は、とても暖かく・・・愛しく思えた・・・
ジュリアはミカエルの手に優しく触れた。
「いえ・・・何度も助けて頂いて・・・有難うございます」
天使だと言う事を理解したジュリアは言葉使いを改め敬語で話した。
心の中で、天使と知らず・・・失礼な言葉使いをした・・・と、反省していた。
ミカエルは頬に触れていた手をそっと離し、強く拳を握り締めた。
「いや・・・自分の無力さが情けない・・・貴方にあの様な・・・・」
それは・・・ルシファーと交わってしまったことを言っていた・・・
それだけは、絶対に阻止しなければいけなかった事だったのに、
阻止し切れなかった自分の無力さにミカエルは肩をガックリと落とし、少しうつむいた。
ミカエルの様子を見たジュリアはニッコリを微笑み言った。
「大丈夫です!今はこんなに元気です!」
ジュリアは一生懸命励ました。
ミカエルはジュリアを愛しげに見つめた。
「貴方は・・・強くて・・・綺麗な魂をお持ちだ・・・」
「だからこそ、宝玉の力に耐えられたのでしょう」
ミカエルはジュリアを助けた時からずっと何かを感じていた。
それが何なのか・・・・・分からなかった・・・・
ルシファーに奪われた時、はっきりと何かを感じた。
その何かは、はっきりと姿を現した。
それは・・・・愛と言う感情だった・・・・
「私は目の前の普通の人間を愛してしまった・・・・」
ミカエルの心は渦巻く波の様にざわめいていた。
「人間を愛してしまったことを・・・神はお許しになるだろうか・・・」
「しかし・・・この止められぬ想いは・・・どうしたらいいのだ・・・」
心の中は葛藤と苦悩で一色になっていた。
「神よ・・我が罪をお許し下さい・・・この者を愛する事をお許し下さい・・・・」
想う心はどんな者でも止める事が出来ない・・・・
想いたくないと願っても想ってしまうもの・・・・
我はその想いを想うがまま受け入れよう・・・・
苦悩の末、ミカエルが出した答えだった。
目の前で見つめ続けるジュリアが愛しくて、愛しくて、堪えきれず抱き寄せた。
ジュリアはまた何か起こるのかと身を強張らせた。
しかし、一向に何も起きる様子がなく・・・ミカエルの抱き方にも違和感を感じた。
「何か・・・違う・・・」
ジュリアの脳裏に浮かんだ。
ミカエルは無言のまま愛しそうに抱き締め続けた。
「何だろう・・・この感じ・・・・・・」
「この安心感は・・どこから沸いてくるんだろう・・・・」
抱き締められながらミカエルの抱き方にも変化を感じ、
そして自分の心にも変化が起きていることに気がついた。
ジュリアもまた、ミカエルと初めて出会ってから妙な安心感を感じていたが、
それは助けられた為の安心感だと思っていた。
しかし、今こうしている時の安心感が何か違うと気がついた。
それは・・・まるで・・・愛する者に抱き締められた時の安心感の様だった・・・・
「ずっとこのままでいたい・・・・」
自分の気持ちに気がつきかけた瞬間!
「ドクン!!」
ミカエルにも聞こえる程、ジュリアの鼓動が大きく鳴った。
鼓動と共に激しい痛みがジュリアを襲った。
「うぅっ!」
ジュリアは胸元を押さえ苦しい声を出して身を縮めた。
その痛みは激しさを増し、ジュリアを跪かせた。
「どうした!ジュリア!!」
ジュリアは胸元を押さえたまま倒れ込んだ。
ミカエルは慌ててジュリアを抱き抱えた。
ジュリアの顔が苦痛で歪み、あまりの痛さに意識が朦朧としてきた。
その時!!!
「グサッ!!」
肉を刺すような音と共にジュリアの谷間から、血に塗れた手が飛び出してきた。
その手には宝玉が握られていた。
ジュリアの血はミカエルに飛び散った。
一体何が起こったのか解らなかった・・・・・
ミカエルの瞳は大きく開き、ジュリアの胸から飛び出している手を見つめるだけだった。
ゆっくりとその手がジュリアの体の中へ入っていくと・・・・
そこには・・・ぽっかりと穴が開いていた・・・・
「バタッ!」
ジュリアの全身から一気に力が抜け、音と共に手が白い雲に覆われた地に落ちた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ミカエルは天に顔を向け、悲痛な叫び声を上げた。
「クックックックック」
どこからか不気味な笑い声が聞こえてきた。
雲の隙間からゆっくりと不気味な笑い声を上げながら姿を現した。
「貴様のその無様な姿が、我を喜ばせる」
姿を現したのはルシファーだった。
ルシファーは血に塗れた手を美味しそうに舐めり、あざ笑う笑みと瞳を浮かべていた。
ミカエルの瞳から怒りが溢れた・・・
「ルシファーー!!!」
ミカエルはジュリアを寝かせ、勢いよく立ち上がり叫んだ。
「クックックック」
ルシファーは笑い続けた。
ミカエルは右手を高く天に掲げ、呟く様に詠唱した。
詠唱と共に、天から一筋の光がミカエルに注がれた。
次の瞬間、ミカエルの容姿が変化した。
金色に輝く甲冑をまとい、天に掲げた手には神々しい光を放つ剣、
そして左手には同じく神々しく輝く盾を持っていた。
これが本来のミカエルの姿であった。
『戦うための戦士』
怒り狂うままルシファーに向かって行った。
怒りで我を忘れ、無我夢中でルシファーに切りつけた。
ルシファーは余裕の笑みを浮かべ攻撃をかわし続けた。
「ルシファー!!!」
怒り叫びながら激しく切り掛かり、ミカエルは悲しみに打ちひしがれてもいた。
一筋の涙が頬を伝う・・・・
「アハハハハハ!!大天使ミカエルよ!貴様が玩具ごときに涙を流すか!!!」
激しく笑い続けるルシファーに更に怒りを覚えた。
「ズバッ!!」
余裕に笑い続けていたルシファーの表情が変わった。
ゴロンと白い大地に宝玉を握り締めた手が転がり落ちた。
噴出す血が大地を赤く染めた。
「貴様・・・・我が手を・・・・」
殺意の瞳でミカエルを睨めつけた。
ルシファーの強大な力がミカエルを吹き飛ばした。
ミカエルはジュリアの死体の側まで転がった。
ミカエルの視線にジュリアが入った。
時間が経ったジュリアの姿は、まったくピクリともせず、肌の色も青ざめ、
少し苦しそうな表情を浮かべ瞳を閉じていた。
ミカエルは神力を使い、落ちたルシファーの手を引き寄せた。
「させるか!!!」
片翼で風を生み出し、ミカエルの方に引き寄せられる自分の手を弾いた。
ミカエルはボロボロになった翼を勢いよく出し、
両翼を羽ばたかせ転がる手に向かって飛んだ。
ルシファーも黙って見ているはずがなく、同じ方向目がけて素早く飛んだ。
「バンッ!!」
激しいくぶつかり合う音が響き渡った。
ミカエルは盾を使いルシファーの体を弾き返した。
それと同時に落ちた手に握られていた宝玉を素早く取った。
ルシファーは勢いよく弾き返された。
強大な力を持つルシファーを弾き返せたのは神より授かりし盾の力だった。
「神の力か・・・・小ざかしい!」
12枚の翼をバサバサと音を立てながら立ち上がった。
ミカエルは宝玉を取った瞬間からすぐに飛び立ちジュリアの元へ飛んでいた。
ルシファーが立ち上がった時には既にジュリアの元にミカエルは到達していた。
ミカエルは急いで宝玉をポッカリと開いた胸元に入れた。
しかし、宝玉もジュリアも何も反応しなかった。
「何故・・・だ・・・」
ミカエルが必死に穴に手をかざし力を注ぎ込もうとした時・・・・
「メキメキ!!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
おぞましい音と共にミカエルが叫んだ。
後ろから近づいていたルシファーがミカエルの両翼をへし折ったのだった。
血を噴出しながら翼は折れ、大地に音を立てて落ちた。
「バサッ! ドサッ!!」
ミカエルはその場に跪き、苦痛に苦しんだ。
「クックックック、貴様など我が敵では無いわ!!」
苦しむミカエルを蹴り飛ばした。
悶え苦しみながらもミカエルはジュリアを見ていた。
「何故だ・・・何故・・・戻らない・・・早くしないと・・・」
「ジュリアの魂が消滅してしまう」
焦る気持ちはミカエルに力を与えた。
痛みに耐えながら立ち上がり、ルシファーに立ち向かった。
「貴様も無能だな・・・・我に勝てると思っているのか?」
ミカエルを見下しながら攻撃をかわした。
ルシファーはミカエルの背後に回り込み、折れた翼の付け根を掴んだ。
「ぐうっ!」
激痛がミカエルの体全体に走り抜ける。
掴んだままルシファーはミカエルを振り回した。
激しい痛みで手の力が抜け、振り回された勢いで剣と盾が吹き飛ぶように散らばった。
「ガシャーン! カラカラーン!」
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
痛みでミエカルが叫んだ。
ルシファーはそのまま大地に叩き付けた。
「ドサッ!!」
鈍い音を立てて地面に叩きつけられたミカエルは、もう意識が朦朧としていた。
ニヤリと笑みを浮かべながらルシファーがゆっくり近づいてきた。
「クックック、愚かな弟よ・・・・」
そう言いながら、大地に這いつくばっているミカエルを踏みつけた。
「うぅぅぅぅ・・・」
ミカエルは苦しみに声を上げ続けた。
ルシファーが残った片手を天高く上に上げた。
鋭く尖った爪が長くなりだし、まるで剣先の様になった。
「そろそろ終わりにしようか・・・」
「我には貴様と遊んでいる暇はない。あの憎き神を滅ぼさなければいけないのでね」
ニヤリと笑みを浮かべると天高く掲げた手をミカエル目掛けて振り下ろした。
「グサッ!!!」
辺りに真っ赤な鮮血が飛び散った。
「グッ!」
喉を詰まらせる様な声がルシファーから洩れた。
背後にゆらりと重なる影・・・・
ルシファーはゆっくりと胸元を見た。
そこには神々しく光り輝く剣先が自分の胸を貫いていた。
「ブハッ!!」
口から血を吐き、ルシファーは倒れた。
ミカエルは何が起こったのか分からず呆然とした。
ルシファーが倒れると、後ろから人影が見えた。
「!!」
そこには・・・・青ざめた顔のジュリアがフラフラとしながら佇んでいた。
「ジュリア・・・・」
ミカエルが力なく言った。
ミカエルは渾身の力を振絞って立ち上がった。
ジュリアは言葉無く青ざめた顔で必死に笑顔を作っていた。
ミカエルがジュリアの胸元に視線を向けると、宝玉が剥き出しの状態で埋まっていた。
ミカエルとルシファーが戦っている間に・・・
天から一粒の雫が落ちてきた。
その雫はジュリアの胸元の宝玉目掛け、落ちると・・・・
漆黒から赤へと色を変え、胸の傷を塞いだ。
そして、宝玉によってまた目覚めていた。
ジュリアの胸が塞がっているのを確認したミカエルはほっとした表情を浮かべた。
そんな中、ルシファーは霞んで行く瞳の中にジュリアを映していた・・・
「パリーーーーーン!」
音と共に、ミカエルの瞳に映る光景がスローモーションの様になった。
ジュリアの胸の宝玉に突き刺さっている・・・・
ルシファーの鋭く尖った爪・・・・・
粉々になって散り落ちる宝玉・・・・・
愛しい瞳で微笑みながら倒れて行くジュリア・・・・・
ニヤリと笑みを浮かべるルシファー・・・・・
「ドサッ!」
ジュリアが倒れる音が聞こえた。
ミカエルはその場で固まった・・・・・
目の前が真っ白になり・・・・
気がつくと血まみれな自分が二つの死体の前に佇んでいた。
ジュリアが倒れるとミカエルは怒りに我を忘れ・・・
ルシファーの胸に突き刺さっていた剣を抜き取り・・・・
ルシファーの首を刎ねたのだった。
「カランカラン・・・」
我に返ったミカエルは真っ赤に染まった大地に剣を落とした。
血まみれになった自分の両手をゆっくりと見て泣き叫んだ。
「神よぉぉぉぉぉ!!何故です!!」
「何故、何の罪も無い彼女が死ななければいけないのですか!!何故です・・・・・」
ガックリと膝を地面に付き、赤く染まる両手で顔を覆った。
「神よ・・・教えてください・・・・愛する気持ちは罪なのですか?・・・」
「堕ちた天使と言えど・・・実の兄をこの手で殺し・・・愛する者までも失い・・・・」
「私のこの手を見て下さい・・・・私の方が穢れた存在・・・神よ!お答え下さい!!」」
両手を見つめ、血に塗れた手を強く握り締めた。
神は何も答えてくれなかった・・・・
ミカエルは呆然と二つの死体を見つめていた。
それから青ざめた顔で微笑みながら眠るジュリアを優しく抱き上げた。
「神よ・・・・聞こえていますか?」
「私は・・・この人間を愛してしまいました・・・」
「神よ・・・私の罪をお許し下さい」
そういうとジュリアを強く抱き締め、冷たくなった唇に優しくキスをした。
一粒の涙がジュリアの頬にこぼれ落ちた・・・
ミカエルは自分の持てる全ての力をジュリアに注ぎこんだ。
ミカエルの力を吸い取るようにジュリアの冷たくなった唇が温もりを取り戻して行った。
ミカエルは最後の力を振絞った。
それは・・・・自分の命、そのものを彼女に注ぎ込むように・・・・・
「ドサッ!」
力を注ぎきったミカエルがジュリアを抱き抱えたまま倒れた。
その表情は穏やかだった。
ジュリアは温もりを取りもどしたが・・・
瞳を開ける事はなかった・・・・
静かに真っ白な雲が真っ赤に染まる大地を覆って行った。
惨劇となった場所を隠すように・・・・
全てを消し去る様に・・・・・
そして・・・・
全ては雲に覆われた・・・・
「ポタ・・・」
雲に覆われた大地に・・また天から一粒の雫が舞い落ちた・・・




