〜最終章〜
「ピピッ!ピピッ!ピピッ!ピピッ!」
いつもの目覚まし時計の音で目覚めた。
「カチャ」
目覚まし時計を止めベットから起き上がった。
そこは、いつもの私の部屋だった。
「あれ?・・・・・夢?・・・・」
寝起きで頭が呆然としながら
眩い光が溢れる窓を開けた。
部屋一杯に光が勢いよく差し込んできた。
「ん・・・眩しい・・・」
額に手をかざし晴れ渡る空を見上げた。
清々しい風がそっと吹き抜けた。
風にのってどこから甘い香りが漂ってきた。
「いい香り・・・・これは・・・・」
ぼんやりとした頭を働かせようとしながら、ふと時計に目をやった。
「あっ!遅刻する!」
慌ててシャワーを浴びに行った。
急いでシャワーを終え、食パンを一枚頬張る様に食べ終え、制服に着替えて家を後にした。
遅刻しそうだった為に、嫌だったがあのいわくつきの道を走り抜けることにした。
「こんなに明るいし・・・大丈夫よ!」
自分に言い聞かせながら風に揺らめく木々の間を通った。
走り抜けながら夢のことを思い出していた。
「やけに・・・リアルで長い夢を見ていたな・・・・」
そう考えていると前方に人影があるのに気が付いた。
「え?・・・・こんなとこに人が・・・」
咄嗟に夢の事を思い出し、少し怖くなった。
そのまま走り抜ければ大丈夫だと自分に言い聞かせ、さっきよりも早く走った。
人影が近づいてくると急に激しく胸の鼓動が鳴った。
驚いて思わず立ち止まった。
「なに・・・今の・・・・」
普段運動していないから心臓に負担でもかかったのかと思い、
胸元を押さえながら走るのを止め、ゆっくりと歩き出した。
徐々に人影が近づいてくると、どこからか甘い香りが漂ってきた。
「この香り・・・・」
どこから漂ってくるのか分からず辺りを見渡した。
香りを辿ると・・・どうもその人影の方からしてくるのが分かった。
その香りに誘われるかの様に、思わず前方に立っている人の顔を無性に見たくなった。
近づくにつれて男だということが分かり、段々と顔が見えてきた。
その男は、黒髪のサラサラした前髪が瞳にかかり、少し邪魔そうに手で払っていた。
「普通の人だ・・・・はは、あれは夢よね・・・」
心の中で呟き、ほっとした。
男は風に揺れる木を見上げる様に見つめていた。
彼女はそのまま男の横を通り抜けた。
そして何事もなく会社に出勤した。
仕事をしながら彼女は時々、夢の事を思い出していた。
そして・・・・あの甘い香りも・・・・・
「ん〜、一体あの香りは・・・夢で感じたのと同じ・・・・」
「どこからか風に乗って部屋に紛れ込んだのかなぁ〜?」
「それでリアルな夢見たのかも・・・・」
そんな事を考えながら帰宅の時間を向かえた。
帰り道、何故かあの道を通りたくなった。
気が付くと薄暗い細道に自然と足を運んでいた。
「私・・・何やってるんだろう・・・」
今までならこの道はよっぽどの事が無い限り通ることは無かったのに・・・
何かを求める様に薄暗い細道を歩き続けた。
細道を抜けかけた頃、優しい風が彼女に吹き付けた。
「あっ・・・」
風に乗ってふわりとあの香りが漂った。
「この香り・・・一体・・・なんだろう・・」
無性に胸が締め付けられた。
風が通り抜けると、香りも共に走り抜ける様に消えていった。
胸の締め付けを感じながら彼女は自宅へ帰った。
「怖い夢だったけど・・・また見れるかな?・・・」
「会いたいな・・・ミカエルに・・・」
夢の登場人物に恋焦がれながら眠りについた。
あれ以来、二度と同じ夢を見ることが無く・・・
いつしか夢の事など忘れていた。
だが、あの香りだけは忘れられず・・・・
彼女は色々な店に行き、あの甘い香りを探し続けた。
しかし、どこにも同じ香りは見つける事が出来なかった。
そんなある日の休日、いつもの様にアロマ店巡りをしていた。
少し離れた町まで来てしまったと思いながら歩いていると・・・・
どこからともなく、あの香りが微かに漂ってきた。
「この・・・香り・・・・」
香りを辿りながら歩きだした。
段々と香りが強くなってくると・・・・
突如、目の前に真っ白な外壁でできた教会が現れた。
「うわぁ〜綺麗な教会・・・・」
中央の尖った三角屋根には金色に輝く十字架が飾られてあった。
暫くの間教会を見上げていた。
「あっ!また・・・」
甘い香りがさっきよりも強く香ってきた。
その香りを辿ると、教会の中から香ってくるのが分かった。
「ここ・・・の・・中からだ・・・」
ゆっくりと教会の扉に手を掛けた。
恐る恐るドアを開けると、立派な礼拝堂が目に飛び込んだ。
「うわぁ〜〜〜凄い!」
一歩ずつ足を踏み入れると、礼拝堂中に甘ったるい香りが漂っていた。
彼女はその香りにうっとりしながら祭壇に足を進めた。
真っ白なシルクの布に金の糸で装飾されたクロスを引いた長い祭壇が飾られていた。
その祭壇の中央の壁には立派なキリスト像が飾られていた。
像の左右には天使の像が飾られていた。
彼女は何故か天使の像に目を奪われた・・・・
「あ・・・あの像・・・夢に出てきた天使に似てる・・・」
大きな翼を背中につけ、鼻筋の通った整った顔をした像だった。
彼女はいつまでも像から目が離せなかった。
「何・・・この気持ち・・・」
そう呟いた彼女の瞳から涙が溢れ出した。
愛しくて、切なくて、苦しい気持ちがどんどん心の底から溢れ出した。
彼女は涙を止める事ができなかった。
「あれは・・・夢だよね?・・・何故こんな気持ちになるの?」
「おかしい・・・・涙が止まらない・・・・」
たくさんこぼれ落ちる涙を拭いながら祭壇の前に跪いた。
「どうしよう・・・止まらない・・・・・・・会いたい・・・・・ミカエル・・・・」
知らず知らずのうちに溢れ出す自分の気持ちを抑えきれず、
彼女は顔を覆いながら泣き・・・・
自然とミカエルの名を呼んでいた・・・・
「きっと・・・この香りのせいだ・・・」
彼女は何とか現実に戻ろうとしていた。
そんな時、教会の扉がゆっくりと開いた。
「ガチャ」
彼女は慌てて立ち上がり、列になって並んでいる長い椅子に座った。
「どうしよう・・・人が来ちゃった・・・早く涙止めなきゃ」
下をうつむきながら涙を拭い続けた。
「コツ コツ コツ」
ゆっくりと足音が祭壇に近づいてきた。
その足音は彼女の横を通り過ぎた。
彼女はうつむいたまま横目で通り過ぎる足だけを見た。
黒い男物の靴を履いた足が通り過ぎた。
「男の人だ・・・良かった気が付いてないみたい・・・」
心の中でほっとしながらゆっくりと通り過ぎた男を見た。
その男は細身の長身で、髪は黒く襟足くらいの長さだった。
「あれ・・・?あの人・・・・」
何となく見覚えがあると思い、記憶を一生懸命辿った。
良く考えるとその男は、前にいわくつきの道で出会った男だと分かった。
男は祭壇に跪き両手を組み合わせ、礼拝していた。
礼拝した後、何故か天使の像を見続けていた。
暫く見続けた後、像に向かって十字を切り、ゆっくりと振り返った。
彼女は慌ててまた下を向いた。
「コツ コツ コツ」
また足音がゆっくりと鳴り出した。
その足音が彼女の横を通り過ぎようとした時、突然音が止まった。
彼女は一瞬固まった。
「大丈夫ですか?」
男が彼女に声をかけてきた。
男の声を聞いた彼女は驚いて、勢いよく顔上げ男を見た。
彼女は目を見開いて男を見つめた。
鼻筋が通った整った顔・・・・そして薄い唇・・・・
前髪が少し掛かった瞳から覗かせる瞳は・・・・黒だった。
「・・・・・・・」
彼女は暫く沈黙しながら頭の中で考えた。
「鼻と口元は似てる・・・・だけど瞳は違う・・・・でも!あの・・・・声・・・・・」
男は心配そうに彼女を見つめながら、静かに床に膝を着き彼女の目線に合わせた。
「大丈夫ですか?何か・・・あったのですか?」
もう一度聞いた男の声に彼女は確信を持った。
「この声は・・・間違いない・・・こんな甘ったるい声を出すのは・・・」
彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あっ!申し訳ありません!何か失礼をしたようで・・・」
男は慌てて謝りながらポケットから白いハンカチを取り出した。
「あの・・・これ使って下さい・・・」
申し訳なさそうにハンカチを彼女に差し出した。
彼女の頭の中は夢の事で一杯になっていた。
「これは・・・どういう事?夢が現実になったの?」
混乱気味の顔をしながら涙している彼女を見ていた男は、
何か胸の奥から熱いものが込み上げて来るのを感じた。
「何だ・・・・?この感じ・・・・・・・・」
男はハンカチを差し出しながら自分の気持ちに違和感を感じた。
彼女がゆっくと差し出されたハンカチを手に取ろうとした時、男の手に少し触れてしまった。
その瞬間、突然あの香りが強くなった。
そして男の頭の中に一気に数々の映像が流れてきた。
「うっ・・・・何だ・・・・これは・・・」
男は思わず頭を押さえ蹲った。
彼女は驚いて男の肩に手を当てた。
「大丈夫ですか?」
男は彼女の声にピクリと反応した。
彼女に触れられた肩が妙に熱く感じた。
頭の中に流れ込んでくる映像・・・・それは・・・彼女が見た夢と同じ・・・
彼女の声と共に一気に記憶を取り戻した。
それは記憶なのか・・・前世なのか・・・・・夢なのか・・・
男は溢れ出る気持ちが何なのか悟った。
「そういうことだったのか・・・・」
ポツリと呟いた男はゆっくり体を起こし、肩に置かれている手を取り握り締めた。
男は真っ直ぐと彼女を見つめて言った。
「ジュリア・・・・覚えているかい?」
男の問いかけに息を呑んだ。
「え?・・・・・うそ・・・」
似てはいるものの、見知らぬ男に自分の名前を呼ばれ混乱した。
ジュリアには現実なのか・・・まだ夢の続きを見ているのか・・・
もう理解することは出来なかった。
しかし、数々の一致は確かに目の前に存在し・・・・実感し、現実のものだった。
握り締められた手の温もりが懐かしくてたまらなかった。
「ま・・・さ・・か」
男の手を握り返しながら呟くと、男は突然ジュリアを引っ張った。
香りに包まれながらジュリアは男に抱き締められた。
「私を・・・覚えているかい?」
驚きながらもジュリアは瞳をゆっくり閉じた。
瞳を閉じると抱き締められた感触や温もり、甘ったるい声は確かに彼だった。
「ミカエルなの・・・・?」
恐る恐る問いかけた。
男はジュリアの問いに強く抱き締め言った。
「そうだよ」
彼女の胸に激しい鼓動が鳴り響いた。
それと同時に張り裂けそうな想いを声に出した。
「ミカエルーーー!」
ジュリアは胸にしがみつきながら大声で泣き出した。
夢なのか・・・現実なのか・・・前世の記憶なのか・・・・
それは二人にも分からなかった。
ただ分かる事は、今あるお互いの存在・・・・
そして・・・お互いの愛する気持ち・・・・・
二人は神と天使が見守る教会で、互いの存在を確かめ合うかの様に・・・
熱い口付けを交わし・・・愛を誓い合った。
あの時、神は何も答えてくれなかった。
しかし・・・もしかしたら何も答える事も手助けする事も出来なかったのかもしれない。
それは・・・・神、自ら理を覆してしまうから・・・・
神は・・ただ涙を流した。
その涙は・・・あの時、天から落ちた一粒の雫だった。
神の涙は、ジュリアに再び命を与えた。
だが、尊い命はルシファーの手によって打ち砕かれた。
神はずっと見守り続けた・・・
ミカエルが命と引き換えにジュリアに力を注ぎこんだ姿も見続けていた。
罪の無い死、自己犠牲の死・・・そして・・・報われぬ愛・・・
神は、また涙を流した・・・・
その雫は二人の元へ舞い落ちた。
神の涙は、現世と言う世界に二人を蘇らせた。
見守る事しか出来なった神は最大限の慈悲を持って
二人を現世に存在させ、そして出会わせた・・・・
愛は・・・誰の上にも平等にあると・・・・・答える様に・・・・・
END