Kアカデミア
シデハラは上級校で知り合った友人のカツイから1通のメールを受け取った。
学校の生徒が見つけた紙の本に「木変病」を治癒できる可能性のある「薬」のレシピが書いてあるが記述が曖昧で解読に協力してほしい、という内容だった。
8年前から「木変病」の原因究明と治療法はアカデミアの生物部門でも研究の最優先課題だ。医療部門と協力して幾つものプロジェクトが始まったが国内、国外を含めて成果は1つも上がっていない。シデハラも治療に関するプロジェクトに5年前から参加しているが「木変病」は謎だらけで研究は行き詰っていた。
5年前なら無視していた内容だったが失敗の連続による停滞感はアカデミア全体を覆い、怪しい呪術や民間療法、魔法使いの薬でも試してみては…などという絶望的な呟きさえ最近では聞こえるようになっていたから、気分転換、いや、藁にもすがるような気持ちでカツイに「OK」の返事を出した。すぐに、カツイからデータが送られてきた。
『木々の魔法と冒険者の話』ファンタジーだが魔法にかかった人間は「木変病」の症状とよく似ている。そして「薬」のレシピもカツイによると「カビ、菌床、シロアリ、カタツムリ」全てセルロースの分解能力を持っている。それらを紫外線や強い光に当てずに混ぜ続けることで細胞の硬化を解く未知の成分が生まれる…有り得ない話ではない…
シデハラはすぐにカツイに「この情報をアカデミアで共有していいか」と連絡した。カツイからは「情報は多いほうが助かる。ぜひ」と返事がきた。
シデハラは上司と仲間にこの話をした。
だが、無視された。
「疲れているんじゃないか」「そんな時間は我々には残されていない」「大丈夫か?」
シデハラに食い下がる気を起こさせないほどの冷たい視線と言葉だった…
「5つ目の『緑の敷物』は『コケ植物』『シダ植物』『種子植物』のどれなのかは特定は出来ないが、そのどれでもいいのだと考える。それら全てを食べる生物はある種の虫とカタツムリ、そしてシカがいる。旅人が森の外れで採取して『黒い塊』を排出するとなると、5番目の材料は『シカのフン』だと思う。問題なのは撹拌方法だ。アカデミアの施設で行おうと思ったが、軽く無視されて許可が降りない。方法を考えよう」
シデハラはカツイに決意のメールを送った。
…ほぼ真円に近い月が荒野を照らしている。オレは四角くて大きな機械を背負って歩いている。少し重たいが、声がオレに力を与えてくれる。
「歩きなさい。機械を止めてはいけません。歩きなさい。お前のその1歩が家族を友人を世界を救うのです。歩みを止めてはいけません。歩きなさい」
背中の機械は30秒に2回、唸り声を上げて動き出す。オレはバッテリーパックに電力を送るためひたすら歩いた…
太陽の日が終わった次の日、明るい月明かりに照らされながらオレは学校に行った。
昨日、カツイさんからメールがあった。「アカデミアの友人が協力してくれて、薬の材料は全て目星が付きました。明日、授業後に図書室に来てください」と。
始業前に図書室に行きたかったが、我慢して終業をまった。
小走りで図書室に向かうとカツイさんはカウンターで待っていた。彼女はオレの姿を確認すると
「キビタキさん、朗報です。私の友人、シデハラといいますが、Kシティーのアカデミアで研究員をやっていまして、彼女が5つ目の材料は『シカのフン』だろうと連絡をくれました」と嬉しそうに伝えてくれた。
オレは「シカってまだ存在しているんですか」と素朴な疑問を放った。
彼女は頷きながら「ええ、個体数は減りましたがKシティーやNシティーにはまだいます」と答えてくれた。続けて「だから、『紙の本』に書いてある薬の材料は5つとも全て手に入ります。ただ…シデハラによると『撹拌方法』が問題だそうです」
「かくはんほうほう?」
「はい、『本』には材料を『乾いてしまう前に混ぜること』と書いてありましたが、シデハラ曰く『この撹拌の維持が難しい』とのことでした」オレはよく分からなかったので率直に質問した。「なぜ、混ぜることが難しいんですか?」
カツイさんは「菌類やシロアリ、カタツムリ、シカのフンを乾燥させずに混ぜるには『混ぜ続けること』が重要らしいのです。『アカデミアの設備を使えば可能だが、許可は得られなかった』と頭を抱えていました」と申し訳なさそうに言った。
『混ぜ続けること』…
オレは今朝見た夢の話を彼女にした。
彼女は「その機械はどんな形をしていたか覚えていますか」と聞いてきた。オレはリード端末を取り出し、グラフィックモードに変換して四角い機械の絵を描いた。
カツイさんは「不思議な機械ですね。私の知識の中にはありません。調べてみます」といってオレの端末を自分の端末と繋いでコピーした。




