旅立ち
次の日、カツイさんからまたメールがあった。
「キビタキさんが夢で見た機械が特定できました。Nシティーにいる司書仲間のフジオカが古いタイプの『洗濯機』に違いないと。彼女は今、データベースを検索してその古いタイプの『洗濯機』の所在を探しています。場所が分かり次第出発です。準備を始めてください」
先日カツイさんに「薬を作る旅に出かけるにあたって学校に『短期休学届』を提出しておいた方が良い。未来はどうなるか分からないが無断で1か月以上休むと退学になるかもしれない」と言われたので、事務局から送信された「休学届」に嘘の休学理由を記入して保存した。
それから、機械を背負うことを考えてごく少量の荷物、キューブ食、「紙の本と資料」、リード端末をバッテリーパックバッグに詰めた。検索端末も持っていくか悩んでいた時、カツイさんからまたメールが届いた。
「今回の旅には、シデハラが同行したいと言っています。また宜しければ私の妹(格闘技を長くやっていて頼りになります)も同行させたいのですが宜しいでしょうか」
「ぜひお願いします。1人で重たい機械を背負って薬の材料を探しに行くのは正直不安でした。同行者がいてくれるのは心強いです」オレはすぐに返信した。
機械を動かすには電気がいる。1人でそれを発電し続けることはかなり不安だった。どんな人なのか分からないけど、カツイさんの友人と妹なら何だか頼りになるのは間違いないと思えた。
カツイさんと話すようになってから「こと」は大きく進みだしてる。
これまでは、どうしていいのか分からないけどお袋とユナのために何かしなければならない、というモヤモヤした気持ちで過ごしていたがあの夢を見て、カツイさんに協力してもらってからは、オレの中からモヤモヤ感は消えて、なんというかちょっと気恥ずかしいけど「使命感」みたいなものが生まれた。
自信は無いけど、絶対にやるんだ!
そんな気持ちだ。
18の日、学校事務局に「短期休学届」を提出して、図書室に向かった。授業中なので図書室に生徒はおらず、カウンターの中でカツイさんはオレを待っていてくれた。挨拶もそこそこにオレはリード端末を開いて彼女に「旅の所持品リスト」を見せて意見を求めた。
「かなりコンパクトにまとめましたね。良いと思います。私も長期の旅は経験が無いので大きなことは言えませんが、移動の際、荷物は軽いほうが絶対にいいと思います。ですから検索端末はシデハラが所持するので必要ないでしょう。あとは『紙の本』ですが、やはり持っていきますか」
「はい、行動の指針になるものですし、端末の画面を見ている時より、なんというか想像力がより働くような気がします。シデハラさんにもぜひ見て欲しくて」
「なるほど、納得しました。自宅にプラスチックバッグか防水処理された袋はありますか」
カツイさんはよほど『紙の本』が心配なのだろう。オレに本の保存を念押ししてきた。
「はい、開閉可能なプラスチックバッグがあります。それに入れて持っていきます」と答えたら安心した顔をした。
「出発は明日、19の日9時発のOシティー行きです。トレインの切符は今、転送します」
カツイさんは自分の端末とオレの端末を繋いだ。転送が終わると
「受付で端末を差し出せば職員がチェックしてくれます。私も30分前には駅の受付前で待っています」と言ってオレにリード端末を渡した。それから、思い出したように
「キビタキさんのルームキーは預かりますので、明日渡してください」と言った。
「ありがとうございます。出かける前に一応、全電源はオフにしておきます。あ、あの、同行するって言っていた妹さんは明日一緒に来るんですか」
気になってはいたが、いつ聞こうか迷っていた事を聞いた。
「いえ、サラは、妹はNシティーに住んでいて明日はそこから同行します。キビタキさんの隣りの席を予約してあるので、Nシティーであなたの隣りに座った者が私の妹だと思ってください」
聞こうかどうか迷ったが
「二人はずっと別々に暮らしているんですか」
と尋ねたら、カツイさんは
「いいえ、私はNシティーの出身で今は仕事のために単身、この街に住んでいるんです。特に複雑な事情はありません」
と答えてくれた。オレは少しほっとして
「変な質問ですみません。カツイさんに格闘家の妹さんがいるなんて、なんだか不思議な感じがしてすごく気になっていたんです」
正直な気持ちを話した。
「格闘家ではなくて、幼いころから格闘技を学んでいて、趣味嗜好は違いますが今でも仲のいい妹です。よろしくお願いします」
カツイさんはいつもより優しく柔らかい表情で妹さんのことを話してくれた。
「こちらこそ、ありがとうございます。お世話になりっぱなしで」
カツイさんはいいんですよという顔で微笑んだ。
家に戻るとシャワーを浴びて久しぶりに洗濯をした。昔の洗濯機が四角い形をしていたなんて意外だった。物心ついた時から洗濯機は直方体と扇形が合わさった形でそれ以外のものは見たことがなかった。乾燥が始まると暖かい空気が室内に流れてくる。ヒートウェア無しでもホカホカする。乾燥が終わると洗濯したものをたたんで明日着ていくもの以外はしまった。バッグの中をもう一度チェックするとやることが無くなった。そこで、「紙の本」を取り出してまた最初から読み始めた。読み終えた後、ユナの部屋に向かった。
扉を開けると、ベッドには木変したユナが横たわっている。足元が硬化した時にお袋がベッドに運んだから彼女はそのまま横になって固まっていった。ベッドのそばにはお袋が膝をついてユナの顔を覗き込むような姿勢で固まっている。お袋の硬化が始まった時、ユナのそばに連れて行ってくれと頼まれたから、お袋に肩を貸してここまで運んだ。お袋は全身が硬化する直前、オレに
「ワタル、ごめんね。ひとりぼっちにして。あたしは悔しい。本当にごめん…」
と呟いて動かなくなった。
2人の体を何度もさすってから「母さん、ユナ、絶対に薬を完成させて2人を元に戻すから待っていて」と声をかけ、強く息を吐き出して部屋を出た。
…タイマーは7時にセットしてあったが、20分前に目が覚めた。ベッドからでるとすぐにヒートウェアを身に着けて身支度を整える。使い終わった歯磨きセットは水気を切ってバッグに入れた。石鹸は迷った末に入れなかった。ベッドを整えてキューブ食を食べ終えると時刻はまだ7時15分だった。することが無いのでバッグの中身と予備バッテリーの再チェックをしてみたが10分もたっていない。考えを変えて、早く家を出てゆっくりと駅に向かうことにした。全ての電源をオフにして扉にロックをかける。いつも通りに返事のない「いってきます」を残して。
通りはいつものように学校や職場に向かう人が効率よく発電するために1歩1歩強く歩いている。
オレのバッテリーパックは満タンだったがいつもの癖で強く歩いてしまう。学校を越えて駅に着いたのはゆっくり歩いたのに8時15分だった。
カツイさんが来るまでまだ時間がある。
ベンチに座って駅のホールを行き交う人を眺めた。手提げのカバンを持っている人もいるが、全員がオレと同じくバッテリーパックバッグを背負っている。ホールの正面にはトレインの発車時刻表が電光掲示されていて、オレの乗るトレインは8時50分着9時00分発と掲示されている。
掲示板の時計が8時25分になった時、ホールの右側にある受付の前にカツイさんが現れた。彼女は腕時計で時間を確認するとホール全体を見まわした。そして、すぐにベンチに座っているオレを見つけて右手で合図を送って来た。オレも右手で合図を送り、立ち上がって彼女のもとに向かった。
次回から第2章が始まります。




