14. 6V個体のトランペット
烏丸家、食卓にて。
「和也、そういえばあんた楽器は買わなくていいの?」
母親のその言葉に、和也の鼻の下がみょ〜んと伸びる。
「っはぁ〜〜〜!こいつ鼻の下伸びてる!!隠そうとしてるけどバレバレじゃん!!弟のくせにかわいいなぁ!」
「うるさい姉貴うるさい」
そう、和也は自分の楽器、いわゆるmy楽器というものを持っておらず、学校楽器を使っていた。
中学の頃は欲しい欲しいと両親にねだってみたりもしたが、なかなか了承を得ることができなかった。
それゆえに楽器屋に出向いては片っ端からカタログを集め、トランペットの知識だけは身についたのだが。
「中学の頃は続ける保証がなかったからな。安易にOKとは言えなかったんだが、ここ最近のオタクっぷりを見ているとお前が楽器を辞める未来を想像する方が難しいと思ってな。何か欲しいモデルはあるのか?」
「あ、でもあんまり高すぎるのはだめよ?そうね、、、和也が基準って言ってた50万円までを予算にしましょう。」
50万。50万だとあのモデルとこのモデル、、、と和也は脳内にダウンロードされたカタログから必要な情報を収集する。
「ありがと。とりあえず明日コーチに相談してみる。」
冷静さを装ってはいるが、内心は今すぐにでも踊り出したいくらいだ。
自室に戻ったら電気の紐でシャドーボクシングをし始めそうなくらいのテンション感だ。
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「コーチ、親から楽器買っていいって許可が出たんですけど、何かおすすめとかありますか?」
「お、ついにか!うーん、そうだなぁ、、、」
「あ!私も楽器買っていいよって言われました!でも私あんまりメーカーとか詳しくなくて、、、」
大宮も和也と同じく楽器を購入するようだ。
やはり少し顔が綻んでいる。
「梨江もか!そうだなぁ、、、まず1本目と考えるとオーソドックスなメーカーかな?オタクなら色んなモデルに手を出したいって気持ちは分かるけど、周りのプロ見てても結局は王道メーカーの王道モデルに落ち着くから、とりあえず主要2メーカーかなー?もしよかったら私が選定するけどどう?」
「いいんですか!?お願いします!」
プロにその場で選定してもらえるなら願ったり叶ったりだ。
トランペットにはかなり個体差があると言われてはいるが、和也でも正直そこまで細かく目利きできるかどうか不安であった。
「オッケー!じゃあ楽器屋に連絡して本数用意してもらっとくわ!」
1週間後、和也と大宮は東京の楽器屋で嵐山コーチにトランペットを選定してもらうことになった。
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そして1週間後
指定された駅に和也・大宮・嵐山コーチの3人で集合した。
「うー、眠い、、、」
「ボクも、、、」
「なんだ?2人とも興奮して寝れなかったのか?」
コーチが笑いながら聞いてくる。
全くもってその通りである。
和也にとっては3年以上待ち望んでいた日なのである。
「そうです、、、、」
「ボクはそもそも楽器屋が初めてなので緊張して、、、店員さん怖かったらどうしよう、、、」
「はっはっは!確かに楽器屋の店員さんって無愛想な人多いからね!特に学生相手だと。でも今日行くところは全然大丈夫だよ!私もめちゃくちゃお世話になってて、いっつもそこで楽器買うんだよ!」
「プロってどのくらい楽器買うんですか?」
和也のイメージだと、SNSで見るスタジオ系プロトランペッターはかなりの高頻度で楽器を買い替えている印象だ。
「うーん、人によるけど、プレイヤーは年に1本か2本は買ってる印象かなー?もっとコロコロ買い替えてる人もいるし、そうじゃ無い人もいる。ちなみに私は一時期年に3-4本買ってたけど、ここ最近は買ってないかな!借金もあるし!あともう自分の音楽が固まったし!」
「コーチ、借金あったんですか、、、」
「プレイヤーさんって結構買い替えるんですね!お金持ち!」
まさかのコーチが借金をしてまで楽器を購入しているという事実に、2人は(あぁ、これが音楽家かぁ〜)と実感した。
私生活より自分の音楽に投資をすることに全てを注ぎ込むあたり、非常に音楽家らしい。
「そうこう言ってるうちに着いたぞ〜」
駅を出発してからものの5分くらいで楽器屋に到着した。
「ども〜っす!」
「嵐山さん!お久しぶりです、お待ちしておりました。」
(この人が今日担当してくれる人か。優しくて丁寧そうな人で安心した。)
和也自身も、大宮が言っていたような無愛想な楽器屋店員に何度も出会ったことがあり警戒していたが、とても笑顔で物腰の低そうな店員さんの姿を見て安堵した。
「うわぁ〜〜〜〜〜〜!すっごーい!!!!!一面トランペットだらけだ〜!!」
そう、今日訪れたのはトランペット&トロンボーン専門店。
壁のショーケースには様々なトランペットが50本以上所狭しと並べられている。
楽器屋自体が初めての大宮にとっては感動ものなようだが、和也にとっても東京の専門店は初めてなので、夢のような場所である。
そしてテーブルの上にはこれまた所狭しと大量のトランペットたちが並べられている。
「今回、お電話頂戴した際に仰っていた主要メーカー2社から、それぞれ主要モデルを10本ずつ用意させていただきました!ごゆっくりお試しくださいませ。」
「ありがとうございます〜!今から絞り込むから、2人ともちょっと待ってね。すぐ終わるし」
コーチはそう言って片っ端から試奏し始める。
意外にも1本当たりにかける試奏時間はかなり短く、ものの2-30秒ほどで次、次と仕分けされていく。
「違う」「これいいな!」「まぁ合格」などと言いながら、ものの10分でコーチによる仕分けが終わり、各メーカー共に4本ずつ残された。
「今のはピッチの良し悪し、鳴りムラ、レスポンスを基準に仕分けしてて、残った個体はその合格ラインを超えた個体になるね。正直ここからは個人の好みになるんだけど、和也は結構体格もあって吹き込める体力があるから、こっちのアメリカ産の方が好きだと思う。で、梨江は小柄だから、コンパクトに軽く鳴らせる国産メーカーの方が合うかな。どっちのメーカーもそれぞれ個体ごとにハッキリ個性が分かれてるから、自分に合う子が見つかればいいね!」
そう言って和也と大宮はそれぞれ勧められたメーカーのトランペットの試奏を始めた。
(果たして俺に個体差なんて判断できるのか?いや、意外とできちゃうのかもしれない!)
そう思いながら吹く1本目、うーん。
2本目、うーん。
3本目、うーん。
(わっかんねぇ、、、全部一緒だろ、、、)
コーチの方を見ると、こちらを見ながらニヤニヤしている。
そんなに楽しいのだろうか?
そして4本目を手に取る。
(あれ、なんか手に馴染むな。全く同じモデルなのに。)
そして息を吹き込んでみる。
「うわすげえなにこれ!!」
(今までの3本は正直学校楽器と同じような感じで、わざわざ50万かけて買う必要があるのか?という感じだったけど、これは違う!同じモデルなのに、もはや全く違う楽器のように感じられる!言わば6V個体のような感じだ!)
「うわぁめっちゃいい音、、、」
大宮もその差に驚いたのか、目を見開いている。
「さすが!やっぱり分かるよね。今回ずば抜けてたのはその個体。ピッチだとか基本的なところも申し分なくて、その上でのその反応速度と音の密度。倍音のバランスも素晴らしい超大当たり個体だ。和也が気付かなかったら私が持って帰ろうと思ったんだけどね〜」
(嵐山コーチが太鼓判を押すほどだ。もうこの個体に決定でいいだろう。しかし、なんだこの個体。自分が何段階も上達した感じがするし、何より吹いていてめちゃくちゃ楽しい!)
「俺、これに決めます!!」
(楽器との出会いは一期一会だと聞いていたが、まさにこういうことなんだろうな。)
「いい子に出会えてよかったな!梨江はどんな感じだ?」
「ボク、正直それぞれの違いがあんまり分からなくて、、、でも学校楽器より格段に吹きやすいと思います。」
「まぁ確かに仕方ないっちゃ仕方ないか。国産メーカーは品質がしっかりしている分、海外メーカーと比べてもそこまで個体差の幅は広くないんだよね。無理に今買う必要はないよ〜」
「でもボク、、、この子にしたいと思います!」
そう言って指を差したのは、銀メッキの本体にピンクゴールドのパーツが散りばめられている個体だ。
ベルの内側もピンクゴールドがかかっており、いかにも女の子が好きそうな見た目だ。
「嵐山コーチが大丈夫って言ってくれた楽器なら信頼できるし、何より見た目が可愛いので!!」
「見た目か!いいね!確かに毎日触るものだから、見た目が好きだと練習するときにテンション上がるからね!その選び方もいいと思うよ!」
そうして和也と大宮は無事に楽器を購入し、3人はホクホク顔で楽器店をあとにした。
、、、ん?ホクホク顔が3人?
行きは手ぶらだったはずのコーチの右腕には、黒くてシックな楽器ケースが抱えられていた。
「コーチ、腕に抱えているそのケースは一体何ですか?行きは持ってませんでしたよね?」
「あ、これ?さっき2人が手続きしてる間に試奏してたら欲しい個体と出会っちゃってね〜。買っちゃった。」
「そういえば最近は買ってないって言ってましたけど、最後に買ったのはいつなんですか〜?」
「、、、2ヶ月前、、、、」
「コーチ、ボクさっき自分の音楽が固まったとか言ってたのを聞いた覚えがあるんですけど?」
「若者たちよ、、、夢は大きい方がいいだろ?」
「負債の方が大きくならないようにしないとですね」
「全くもってその通りでございます、、、」




