カイン編3
「それは」
「わたし、聖女です。国を繫栄させ、安定させる、聖女です」
何を嘆願されるのか見当が付いたであろう母上が首を振る前に、彼女は言葉を重ねてそれを遮る。
「逆もまた、然りです」
強硬手段過ぎる言い分。しかし女神信仰の深いこの国では聖女という肩書は女神にも等しく、それは過去の文献も証明している。
聖女を蔑ろにした国は、衰退すると。
それが女神の祝福を得られなくなったが故の時代もあれば、聖女が国に酷使されていると民に表明し傾国した時代もあった。
その過去を何処で知り得たのかは知らないが、アリスは暗にそう言っている。
「……話を聞かせて頂戴」
深い溜め息を吐き、真っ向から否定することは諦めた母上に若干の申し訳なさを滲ませながらも彼女は言った。
「二人をわたしにください」
と。
「表では二人をいないものとしてもらって構いません。でも、本人はわたしにください」
「……公式の場で、貴女の側仕えとして等表に出す訳ではないのね?」
「はい」
深い深い嘆息の後、アリスの要望を受け入れることにした母上はそれさえ守ってくれるのならば良いでしょうと彼女の言葉に首肯するが、ただし、と付け加える。
「あの二人が逃げ出すような真似をしたり危害を加えるとこちらが判断したときは庇えないわよ」
「大丈夫です。そんなことはありえませんが、万が一そのような事態が起こった際には聖女アリスが独断で二人を逃がしていたと広めてくださって構いません。王妃様にご迷惑は掛けません」
「……わかったわ」
反乱など、裏切りなどありえないと言い切ったアリスに一度反論しようとした母上も、揺らぐことのないその眼を見てただ静かに、話を終わらせた。
「陛下には私から言っておくわ。今日中に牢の鍵を上げるから、その後に地下牢を訪れて頂戴。連れ出すときは私の騎士を連れて行って、通る場所は必ず指示に従って頂戴ね」
「ありがとうございます、王妃様」
無事、というか見事に交渉と言う名の脅迫を終えたアリスは母上を見送りくるりとこちらを振り返った。
「……」
あどけない、赤い瞳。上手く課題がこなせた日、出来ましたと微笑みを向けてくれたときと同じ目が一瞬だけかち合って、だけどもそれはすぐに隠された。
「最後まで、付き合ってくださいね。カイン様」
「……ああ」
既に向けられた背に、俯かれた顔を窺うことは出来ない。
だから、望み通りにすることだけが彼女への贖罪になるだろうと自分もまた、俯いた。