その3
滞納者のオルガンから奪った依頼達成証明に書かれた金額をチラリと見て満足げに口許を緩ませる。
「なかなか、頑張ってるじゃない」
それに書かれている金額は通常の護衛にしては高額であり、元冒険者のアリスには金額から彼が請け負った護衛経路が手に取るように理解できた。
この世界には対立する神々が産み出した存在、魔の者達が闊歩する世界が存在する。人類を含む十二種族が対立する魔の者達との境界領域での護衛、それがオルガンの受けた依頼である。
常に命の危険が伴い自らの命だけではなく護衛対象も護らなくてはならない。
必然的にその報酬も高額となる。
オルガンは高額滞納者であるものの、この護衛依頼を達成できるだけの技量を持っており冒険者としては堅実な存在であることを示している。
…だが、なにぶん運が悪い。こうしてアリスに鉢合わせして報酬を奪われるほどに--。
「まぁ、多少は待ってあげようかねぇ」
将来有望と言うには多少、歳を取りすぎている感は否めないが有能な冒険者である事実ははギルドにとって非常に重要な事柄である。なにせ、冒険者家業は死亡率が高いため常に人材不足であるからだ。
鬼だの悪魔だの謂れのない悪評が闊歩するアリスではあるが決して冒険者を軽んじたりする事はしない。
なにせ彼女も元冒険者であり、最高峰のSランクを所持していた経歴を持っているため彼等の境遇を理解できるからだ。
だからこそ彼等の生活や家族を守るためにギルド保険を設立したアリスは楽しげな表情で殺気に満ちた通路を見つめる。
「おぉ、やる気に満ちてるわね。あの子は生きてる?うぅ~ん、ちょっと分からないわねぇ…」
普通の冒険者なら脱皮のごとく逃げ出すほどの殺気に満ちた通路をまるで散歩でもするかのように飄々とした足取りで歩きながら周囲の気配を探査する。
けれども充満する殺気の濃さにより、アリスは探し人の気配を見つけることができないでいた。
この噎せかえるような殺気の原因は勿論、この建物の主であるギルド総長ヴィオラ・ブライストのものであり原因を作ったのは実の妹であるソニア・ブライスト。つまりは身も蓋もない言い方をすれば非常にはた迷惑な姉妹喧嘩なのだ…。
ただヴィオラは元Sランクの最凶冒険者であり妹のソニアも資料によれば現役最強のSランク冒険者である。その二人がぶつかり合えば…この状況になるのは必然でしかない。
「全く…ブライスト家は」
口を開けば溜め息しか出てこないアリスではあったが口許は楽しげで本人的には常識人のつもりでも世間から見たら彼女も紛れもなくあちら側な人間なのだ。
そんなアリスが通路を闊歩する頃、ギルド本部の最奥では--ソニアは虎の子の精霊術を発動させヴィオラの隙を付いて脱走を図っていた。
ドッカァァ-----ン!!
何かが盛大に壊れる音が通路に響き渡る。
「うんっ?なにかしら?」
音のした方角へと視線を向けたアリスは何かが急速に近づいてくる気配を感じとり小首を傾げる。
魔力のようでどこか違う感覚、それが尋常でない早さで通路を駆け抜けて来るのだ。
疾風のような早さで逃げ遅れた冒険者の側を駆け抜けると彼等は何が起きたか分からず不思議そうな表情を浮かべていた。
けれどアリスの瞳にはその存在の姿がはっきりと認識できており、彼女の目的の人物であろうと確信した。
「おっとと?なになに?どうしたの?」
アリスの側を疾風のように駆け抜けたソニアは、その声を聞いて少し離れた場所で急制動をかけて停止すると訝しげな表情で彼女に視線を向ける。
警戒するような瞳でジイーッと見つめる姿にアリスは口許に笑みを浮かべてソニアに向けて手を振ってみるとジト目をさらに細め警戒心を露にしてきた。
その姿にアリスは確信して声をかけた。
「はぁ~い、ソニアちゃん」
アリスが自分の名前を知っていることに少し驚いた表情でソニアは彼女を凝視するが誰か分からないのか少し首を傾げていた。
「あっ…」
不思議そうにアリスを見つめていたソニアが何かに気付き小さく声を洩らすと先ほどまでの警戒心から一気に恐怖の表情へと様変わりして彼女の背後を絶望に満ちた瞳を浮かべ見つめるのだった。
それが何なのかはアリスにも直ぐに分かった。
先ほどまで通路を埋め尽くしていた噎せかえるような殺気が更に濃厚な圧迫感となり逃げ遅れた冒険者が無様な姿で失神してしまうほどの殺気を放つ存在がゆっくりと近付いてくるのだ。
最凶の元Sランク冒険者【狂乱戦姫】の渾名を持つ現ギルド総長ヴィオラ・ブライストが黒いオーラをその身に纏わせながら二人の元で立ち止まる。
「あら、どぅしたの?そんな狂乱モードで?」
楽しげに二人を呑気な瞳で交互に見つめるとソニアがイラッとした表情でアリスを睨みつけるが彼女は余裕の表情で受け流す。
「…久しぶりね。けど、たとえアンタでも今の私の邪魔をしたら………殺すわよ」
殺気に満ちた瞳でアリスを睨み付ける。
「ふふっ、怖い怖い」
けれどアリスは瞳を細めて余裕の表情で答え、その光景にソニアはただ唖然とした表情で彼女を見つめるのだった。




