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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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32.告白の決意


 オルガの言葉と視線を真正面から受け止めたあと、悠真は少しだけ視線を伏せた。


「気持ちはとても嬉しい。俺もオルガのことは好ましく思っている。自分でも、驚くほどに。だが、俺には――」


 悠真の言い方はすでに一つの答えを提示していた。


「他に、好きな人がいるのですか」


 その言葉には悠真も驚く。しかも、今知った風な感じではない。


「気づいて、いたのか?」


 目もとを緩め、達観とも取れる穏やかな笑みを浮かべるオルガ。


「なんとなく、ですけれど」


 彼女がそんな素振りを見せた記憶はない。


 七崎悠真でいる時は”七崎悠真”として完璧に振る舞っているつもりだった。”彼女”を想う真柄弦十郎の顔は隠せていると思っていた。


 これも女の勘というやつなのか。


「だから気持ちを伝えて、本当かどうかを確認したかったのもあります。こうして伝えないと、いつまでもはっきりさせられそうにありませんでしたから」


 悠真はしかとオルガの澄んだ瞳を見た。


「もしその想い人がいなかったら……俺は、オルガの気持ちに応えていたと思う」


 先ほど口にした言葉。


『ああ、俺も楽しかった』


 あの言葉に嘘偽りはない。


 黄柳院オルガは一緒にいて気持ちのよい相手であり、楽しい気分にさせてくれる相手である。


 品性があり、気楽さもある。


 けれど”七崎悠真”としてオルガと一緒になることはできない。


 何より七崎悠真はもう一つ大きな問題を抱えている。



 この”七崎悠真”の物語は、一つの終わりへと近づいているのだ。



「すまない」

「ふふ、謝らないでください。七崎くんは何も悪くありませんわ。わたくしも玉砕は覚悟していました。それに……ちゃんと正直に答えていただけて、嬉しかった」


 オルガが自分の腕をギュッと掴む。込み上げてくる感情を抑え込もうとしているようにも見える。


「ざ、残念ながら恋人にはなれませんでしたけど……これからもわたくしと、友だちでいてくださいますわよね?」


 眉尻を下げてオルガが苦笑する。


「あ――もちろん七崎くんの好きな女性に誤解されないよう、異性の友人としてのつき合い方には最大限配慮しますわよ?」

「悪いが……それも、難しいかもしれない」

「え?」


 それはいずれ、言わなくてはならないこと。


「近いうち俺は、殻識学園を去ることになっている」



     □



 先日のことだ。


 ボディガードの依頼の大元である水瀬兼貞が現在、少し危ない状況に陥っていると久住から教えられた。


 ホワイトヴィレッジや黄柳院を巻き込んで起こった今回の出来事について、四〇機関が独自の調査活動を始めたというのだ。


 このままだとその調査が水瀬、久住、氷崎にまで及びかねないという。


 しかし現段階なら、まだ”逃げ切る”ことができそうだと久住は言っていた。


 幸い黄柳院オルガを狙っていた一派は一掃され、彼女の当面の身の安全も確保できた。


 水瀬は、このあたりが程よい引き際なのではないかと考えているようだ。


 となれば、七崎悠真としての任務も当然打ち切りとなり、あのマンションの部屋も引き払う必要が出てくる。


 殻識学園からも”転校”しなくてはならない。


 だから”七崎悠真”としてオルガと会うのは、もうしばらく経てばできなくなる。



     □



 悠真は表向きの事情をオルガに説明した。


「転校、ですか」

「ああ」


 七崎悠真は真柄弦十郎として活動するためにこのところ”家の事情”で学園を休むことが多かった。


 その”家の事情”を絡めて、実家のある地元へ戻る必要が出てきたとオルガに伝えた。オルガもそういう実家関係の事情で悠真がしばらくゴタゴタしていたという認識をもっている。なので、理由に対する不信感は抱いていないようだった。


 ただ、納得できていない様子ではある。


「で、ですが……年に何度かでも会ったり、SNSで交流したり、電話をしたりくらいは……できます、わよね?」


 どうだろうか。


 七崎悠真という架空の人物の情報をこれ以上増やすべきではないと水瀬が考えているのなら、今後そういった行為が認められる可能性は低い。


(いや、今の水瀬の立場であればそう判断をせざるをえまい……)


 オルガの顔に陰が差す。胸に刺さった小さなトゲの痛みを我慢しているかのような、そんな表情だった。


「それも……難しいの、でしょうか……」

「それは――」


(いや、違う)


 口もとをゆるく結び、足もとを見る。


(胸に棘が刺さったような気分になっているのは、俺の方か……)


 今後のオルガのことを考える。


 黄柳院オルガはこれまで様々なものを失ってきた。


 父親との生活。


 母親との生活。


 育ての母との生活。


 兄の冴や祖父の皇龍とも、家族としての正しい関係を築けなかった。


 今の生活を見る限り、学外に親しい人物がいるようには見えない。


 学園生活でも悠真が転入してくるまでは孤独な期間が長かったそうだ。


 クラスメイトたちとの交流がわずかながらも芽生えてきたのは、最近のことだと聞く。


 小さな一歩であっても、踏み出す勇気を持ってくれたのは素直に嬉しい。


『その次へ踏み出すための支えはおそらく七崎悠真の存在でしょう』


 それは以前、ティアがオルガを評した時の言葉。


「…………」


 失い続けてきた少女。


 また彼女は失うのか。


 何も真実を知らぬまま、ようやく得た支えをまた失ってしまうのか。


 転校後の交流ができない理由を知ることもできず、しばらくすれば彼女は奇妙な違和感を抱えたまま七崎悠真と別れる。


 任務は果たした。


(だが――)


「少し、ここで待っていてもらえるか」

「え? え、ええ……どうかしましたの?」


 悠真の表情に、オルガは何か感じ取ったようだ。


「ある人物に今すぐ、尋ねたいことがある」



     ▽



『あら、真柄君』


 氷崎はワンコールで出た。


「今、大丈夫か?」

『大丈夫よ。それにしてもアレね、七崎悠真の若々しい声だとやっぱりまた違った味わいがあるわよね。それで、どんなご用件かしら』


「黄柳院オルガに俺の正体を明かそうと思う」


『いいんじゃない?』

「……いいのか? いやにあっさり、了承してくれたようだが」


 通話口の向こうでカチッと音がした。ライターでタバコに火を点けた音だろう。煙を吐き出す音に、氷崎の声が続く。


『考えあってのことなんでしょ?』

「断っておくが、任務としての合理性はない」

『だけど真柄君って、仮に合理性がなくとも無意味なことはしないもの。いえ、むしろあなたの場合は合理性のない判断をした時ほど、意味のある行動って感じがするわ』


 昔から氷崎は、抽象的だが本質をついたようなことを言う。


「入れ替わるところを、オルガに見せても?」

『いいわよ』

「……自分から頼んでおいてなんだが、本当にいいのか?」

『ん?』

「例の技術は超極秘事項と聞いた。俺もそれに値する技術だと思う。だから、このことでおまえや久住に悪い影響が出るとなると――」

『アタシたちがヨンマルの上の人間から、大目玉くらうかもって?』

「ああ」

『アタシの予想では心配ご無用よ。それに……もし彩月に何かするっていうなら、四〇機関はとても大きな被害をこうむることになるでしょうし』

「どういう意味だ?」


 冷気的な妖しさを声にのせ、氷崎が微笑む。


『アタシを本気で怒らせると、怖いって意味よ』


 氷崎は一例を挙げて、その”怖さ”の一端を口にした。


 四〇機関の使用しているOSのまだ塞がれていない脆弱性をついたゼロデイ攻撃による一斉システムダウンや、大量のボット端末を用いたDDos攻撃など、サイバー攻撃方面だけでも四〇機関を数日”業務停止”状態に陥らせることくらいは可能だという。


「おまえの場合だと、いずれ細菌兵器すら持ち出しそうだな」

『あはは、真柄君ったら物騒ねぇ。さすがに細菌兵器までは使わないわよ。ま、やろうと思えばできるけど』


 できるらしい。


(今のは冗談のつもりだったんだが……)


『とにかくあなたが”七崎悠真”の正体をバラすのにアタシはストップをかけるつもりはないわ。まあ……いざとなったら彩月の方は責任もってアタシが守ってあげるから。そこは安心してちょうだい』


 こういう時、氷崎小夜子という人間の大きさを実感する。


「すまない、助かる」

『なら、今度ちょっと高いお酒でもおごってもらおうかしら?』

「わかった」

『楽しみにしてるわ』


 どこか満足げな氷崎との電話を終えると、悠真はオルガのもとへ戻った。


「オルガ」


 決意を固め、悠真は言った。


「これから俺の家に来てくれないか?」


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