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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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33.YOU


 悠真はオルガを自宅に招き入れたあと、一連の事件に関するいくつかの情報をまじえつつ、真実を語った。


「つまり……七崎くんはわたくしのボディガードを依頼されて、殻識学園に……」


 伝えたのは主に入れ替わりとボディガードに関する内容だった。


 純霊素の正体、ホワイトヴィレッジの目的、黄柳院良正の動機といった情報はとりあえず今は伏せておくことにした。


 なぜなら今のオルガに必要なのは”七崎悠真”に関する真実だからだ。


 依頼主については仕事の決まり上、今の段階では明かせないと説明した。


「では、御子神一也さんとのあの特例戦で、七崎くんがわたくしを助けたのも……わたくしのことを、気にかけてくださっていたのも……」

「ああ。最初は、それだけだけだった」


 オルガが顔を上げる。


「”最初は”?」

「公園でも言ったが、ボディガードを続けているうちに黄柳院オルガという人間に惹かれていったのは事実だ。こういった任務では、護衛対象への過度な感情移入は本来避けるべきなんだがな」


 月並みな理由としては、情が移りすぎると大事な局面で冷静な判断ができなくなるケースがあるためだ。


 そして、他にも感情移入を避けるべき別の理由がある。


 期限つきの護衛任務の場合、こちらが過度に感情移入してしまうと、逆に護衛対象の側も護衛役へ過度な感情を持ってしまうことがある。


 その場合、護衛期間が終わったあとで護衛対象が大きな喪失感を覚えてしまい、依頼主から苦情が入るケースもある。


(今回のケースはそれに近いかもしれないな。だが――)


「それをわかっていながら……黄柳院オルガの人間性に強く惹かれた俺は、学園内限定だったボディーガードの任務範囲をこえた行動をするようになっていった」


 説明を続けていく中で、話は先日のオルガの誘拐事件へ行き着いた。


 こうして、攫われた黄柳院オルガを救出した人物は五識の申し子ではなく”真柄弦十郎”だった事実を、オルガは知ることとなった。


 これを知ったオルガはしかし、思ったよりも驚いた反応を見せなかった。


「朱川さんがわたくしに誘拐事件の説明をしている時、どこか歯切れが悪かったのです……そう、まるで……自分の手柄ではないのに、自分の手柄として話していることに引っかかりを覚えているような……とでも言いましょうか。つまり、違和感があったのです」


 やはり黄柳院オルガには物事の本質を見抜く何かが備わっているのかもしれない。


 悠真の用意した緑茶をひと口飲むと、オルガは、幸福を噛み締めるような表情をした。


「ですが、ようやく違和感の正体がわかりましたわ」


 真実を次々と知っていくオルガから驚きの反応はこれまで何度もあった。


 転入時の悠真が積極的に関わろうとしてきたのも、任務ゆえだった――その点に対する反応も決してポジティブなものだったとは言い難い。


 しかし今のオルガには、そういったマイナスの感情を飛び越えたプラスの感情が見受けられる。


 オルガが微笑みを湛える。



「わたくしを救ってくれたのは、のですね」



『実は、誘拐されて薬で眠らされていた時、七崎くんがわたくしを助けに来てくれたという夢を見ていましたの』


 オルガの目尻に小さく光るものが滲んだ。


「あれは、夢ではなかった……今はただ、それをとても嬉しく感じているのです」


 悠真は複雑な気分で頭を掻いた。オルガが、目元をぬぐいながら聞く。


「七崎くん? どうか、しました?」

「いや……少し意外だったものでな」

「意外、と言いますと?」

「おまえの反応がな」

「わたくしの反応、ですか?」

「ああ」

「その……もっと悲しんだり、取り乱したりするかと思いました?」

「正直に言えば、そう思っていた」

「そうですわね……わたくしの中にあった違和感と照らし合わせると、今の話の方が色々と腑に落ちたというのもあります。ただ……裏切られたとか、騙されたといった感情が湧かないのは……キミが優しい人だと、わたくしが知っているからだと思いますわ」

「……罵倒される覚悟はできていた。しかし……その一方で、おまえが俺を罵倒するという未来も想像できなかった。想像できなかったのは、俺も――」


 自然と口もとに微笑みが浮かんでいた。あとになって、悠真は自分がこの時微笑んでいたのを自覚することとなった。


「黄柳院オルガの持っている優しさを、よく知っていたからかもしれない」


 オルガは目もとを和らげたあと、苦笑し、肩をすくめた。照れ隠しのためか、空気を変えようとしているようだった。


「ま、まあ……まだわたくしの目の前にいるのは”七崎くん”ですから、どこか夢見心地というのがあるのかもしれません。その……魂だけを別の身体に入れ替える技術については、いまいち今も現実感を持てていませんの」


 見慣れた七崎悠真から”実は自分は別の人間だ”と口で言われても、それをすぐさま実感として受け入れるのは難しいのだろう。


 それは悠真にも理解できる。


 悠真は、腰を浮かせた。


 百聞は一見にしかず。


 その目で見るのが、最も早い。


「隣の”部屋”に来てくれるか? おまえに、真柄弦十郎を紹介しよう」



     ◇



 槽の中で眠る男。


 七崎悠真の住む部屋は隣の家の部屋と隠し扉でつながっていた。


 隣の部屋はほぼ住居の体を成していなかった。研究所の一室のような場所だ。見慣れぬ機械類が並んでいる。


 透明な槽の表面にオルガはそっと手で触れてみた。


 液体の中で眠る男を眺める。


 大人の男性だ。


 名を、真柄弦十郎というらしい。


「オルガ、これを頼めるか?」


 悠真に手渡されたのは衣服だった。


「俺が真柄弦十郎として目覚めたら、手渡して欲しい」


 と、オルガは、自分が目にしているのが成人男性の裸体であることをそこで初めて自覚する。


 カッと顔に熱が灯るのを感じ、慌てて視線を逸らす。


「は、はい……」


 慣れた手つきで悠真がコンピュータを操作する。


 彼によれば”七崎悠真”は情報の秘匿のためにこれから長い眠りにつく可能性が高いそうだ。


 だから、七崎悠真は”転校”するのだ。


 彼がなぜ真実を明かす気になったのかはわからない。


 わからないが、自分を想うがゆえの行為だというのはわかる。


 悠真が空の槽に入る。


 蓋がしまり、槽が液体で満たされた。


 装置が作動し、液体が発光し始める。


 そうして発光がおさまると、真柄弦十郎の入っている槽の液体がなくなって、その蓋が開いた。


 数秒すると、真柄弦十郎が目を開いた。その視線がオルガをとらえる。


「あ、あの……」


 呼吸器のような機器を外し、真柄弦十郎が上体を起こした。恐る恐る、なるべく裸体を直視しないようにして衣服を差し出す。


「……これを」

「すまない、助かる」


 真柄弦十郎は礼を述べてから、衣服を受け取った。


 あっ、と思った。


(この、喋り方……)


「……驚くのも無理はない。ある意味でとは、今日初めて会った赤の他人だからな」


 目的は果たしたという顔をしてから、彼は視線を隠し扉へ飛ばした。


「向こうの部屋へ先に戻っていてもらえるか? まず俺は服を着ないとだからな。着替えたら、俺も向こうの部屋へ行く」

「はいっ……わ、わかりました……」


 部屋に戻り、クッションに座り込む。


 しばらくぼんやりした気持ちで待っていると、服を着た彼が戻ってきた。


(あっ――)


「そうだな……一応、改めて自己紹介をしておくか」


 オルガは立ち上がった。


 彼は深く穏やかな瞳でオルガを見つめ、改めて名乗った。



「真柄、弦十郎だ」



 七崎悠真も長身だったが、それよりも背が高い。


 口の周りやあごには無精ヒゲが生えている。


(日本人、なのかしら?)


 そう思うほど彼の彫りは深く、どちらかというと西洋人に近い顔立ちに思えた。


 あごを上げ、もっとよく顔を眺める。


「あなたが、七崎くんの――」

「ああ」

「不思議な……感じです」


 だけど確かにこの目で、入れ替わる瞬間を見た。


(何より――)


「俺も今は妙な感じだ。七崎悠真ではなく真柄弦十郎として、こうしておまえとしゃべっているのは」


 硬く低い声。


 だけど、優しい響き。


「真柄さん、と……そうお呼びして、いいのかしら?」

「ああ、好きに呼んでくれていい……、――――オルガ?」


 視界が滲んできた。


 けれど自分の口もとは、綻んでいた。


 溢れるように、目もとに熱いものが込み上げてくる。


「わかります」


 オルガは無意識に、彼の頬へ両手をのばしていた。


 彼が何か察した目をした。


 すると、彼は膝を少し曲げ、顔の位置を下げてくれた。


 彼の両の頬にそっと、手を添える。


 やっぱり同じだ、と思った。


 温かく気遣うような、そのしゃべり方も。


 淡々としているけれど優しい、その物腰も。


 いつも静かに見守ってくれているような、その瞳も。


 嬉しさでかすかに揺らいだ声で、オルガは”彼”に呼びかけた。





「間違いなく、です」





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