ローゼ・メロン
「……ここがギルドですか? 全然人がいませんが?」
「みんな出稼ぎに行ってるのかな?」
辺りを見回すクロワやアクルナの言う通り、このギルドには人の気配が全くしない。肉眼で確認できる範囲にいるのはロンとクロワと俺だけだ。
まあせいぜい肉眼で見える範囲には、だかな。
「全然いないと言う事は無いようだぞクロワ。少なくとも1人、あそこにいるぞ」
「「………?」」
俺が枝の様に細い指で天井の一点を指し示すと、クロワとアクルナが揃ってその方向を見上げた。
するとどうだ。俺に指し示された一点だけが天井から剥がれ、グニャグニャ歪みながら、音もなく床の上に落ちて来たのだ。さながら巨大な雨漏りのように。
「ひえ⁉ な、なにこれ⁉」
「け、結界っ!」
天井から落ちて来た歪んだ何かを見たクロワは目を丸くし、アクルナは即座に結界を発動する。傍にいるロンは柔和な笑みで俺を含めた3人(2人と1匹)を眺めるだけで何も言わなかった。
「ん〜ばれたか〜」
床に落ちた歪みは徐々に人の形を取る様に五体を生やしていく。
「お前よく分かったな。俺のことが見えてたのか?」
今だグニャグニャに歪む空間。
否、空間を眩ませる「幻影」の魔法から幼子の声が発せられた。
「姿が見えていたという訳では無い。俺には魔力の流れが見えていただけだ」
「魔力の流れ? そんなもん見るのか」
溶けるように消えた「幻影」から現れたのは人間の年齢的に少年。聖女とクロワの間位だと思われる茶髪の子供だった。
「へー、やっぱりローゼが連れて来る奴は、他とは違うな。俺よりもちっこいくせに」
「幻影」から出て来た少年は驚いた声をあげているが俺も「幻影」を使う人間を見るのはこれが初だ。昔はチャッキーの奴が奇襲やら隠密やらに良く使っていたが、確か闇魔法系の練度がそこそこ必要なはずだ。それを人間が使える事に俺も少なからず驚いている。
まあそれ以上に俺は不快に思っているのだが。
「おい、俺をちっこいと言うな。ぶっ飛ばすぞ!」
「……こぇ……」
ふん、やはりこの姿では威厳が全く足り無いか。相手の反応から見ても効果は期待できない。
「っと、ごめんごめん。謝るからそう言うこといぅ、痛でっ⁉」
これは全く関係の無い、はぶいてもいい余計な余談だが、ここ数十年、チャッキーが「幻影」を使う事は無くなった。以前にも言ったように魔法探知、つまりは俺の様に魔力の流れを探知出来るものからすれば「ここに補助魔法を使って隠れていますよ」と動かずに主張している事と同じだからだ。魔法探知ができず、結界に顔をぶつかるような人間からすれば「幻影」はこれ以上ない隠密だろうがな。
「ロンさん、えっと……あの子は……?」
あの子、とは当然「いつぅ、なんだこれ⁉ さっき言ってた結界ってこれのことか⁉ すげぇ‼」と騒ぎながらコンコン結界を叩くあの子供のことだ。
「紹介しますわ。この子もギルドメンバーの1人ですの。ほらジャック自己紹介をしなさいな」
アクルナが結界を解くと、少年がロンの元へと小走りに向ってから振り返る。その姿は親子やら、ギルド内の先輩やら後輩やら、と言うよりはロンとの主従関係に見える。無論、下部は子供の方だ。
「俺の名前はジャックポット! 名前が長いからってジャックとか言うなよ。俺の名前はジャックポットだからな!」
「……えっと、クロワの名前はクロワ・クリーム。気軽にクロワって呼んで。よろしくジャックポット君」
「おう! 」
「ボクはアクルナ。それでこの子の名前はキラだよ。よろしくねジャックポット」
「おお、よろしく! って言いたい所だけど、お前ら、今何歳だ? 13歳より下だったら俺のことちゃんと敬えよな!」
「クロワは14歳だからジャックポット君よりお姉ちゃんだよ〜。んふふ〜♪」
「……ぐぬぬ、キラ! お前はどうなんだ?」
「ふむ、年齢か……」
ここで言う年齢と言うのが聖女の年齢である事は一目瞭然だ。だが、こればかりはアクルナに聞かんとわからんな。
「アクルナ」
「えっとね、キラが3才の時にボクと出会ったのが今から2777日前だから……キラは今10歳かな」
「ふふふ、それじゃあこれからは俺に敬意を持って接するようにな! わかったかチビ……」
「ああん?」《怒》
「……だからこぇって」
子供の戯れだ。寛大である俺はこれくらい快く許そう。ああ許すとも。勿論許すとも……。
「キラ、顔が怖いよニコニコしないと。ほら、にこ〜」
「黙れウサギ」
「……はい」
俺が上から睨むとアクルナは諦めたように黙るのだった。
†
「ギルドメンバーは他に2人いるのですが、どうやら今はいないみたいですわね……」
「あの2人なら今は買い物だ。まだ必要なもんが全然ないってボヤいてたぜ」
「折角の新メンバーですのに準備が悪いですわね」
「それもこれも含めてあいつらは全部ローゼのせいだって言ってたぞ」
「まあ! 心外ですわ」
「いやまぁ間違っちゃいねぇけどな」
「あの……」
クロワが申し訳なさそうに少しだけ手を上げた。
「いくつか聞きたい事があるんですけど、ローゼさんってロンさんの事でいいんですよね?」
「ああ、おま……クロワも知ってるだろ。ローゼ・メ ─── も、ももごご」
ジャックポットがローゼ。ロンの本名を語ろうとした所で、咄嗟にロンがジャックポットの口を塞いだ。
「ローゼ・メ、も、ももごご?」
「ローゼ・メ……そう! 私、ローゼ・メロンと言いますの。ですからこれまで通りワッちゃんもウサちゃんもロンで結構ですわ」
「ローゼ・メロン? なぜ初めからそう名乗らなかったのだ?」
「ロンと言う名前が元々好きなんですの」
「ローゼ・メロン……さんですか……」
「どうかしましたの? ワッちゃんは私の名前になにかありまして?」
「ローゼ・メロン……ローゼ・メロン……。あの、失礼だと思うんですけど……」
「な、なんですの?」
「ローゼ・メロンさん……のメロンって性……
実はロンさんの祖先の人もメロンパンから取ったパン屋さんだったりして」
「あ、ああ〜、うんうん。た、確かにありそうですわね。私の祖先が実はパン屋さんで、それでしたら祖先から受け継がれる性がメロンなのも納得できますわね。こうしてクロワというクロワッサンからとった名前が実在するのですから。
いいえ、もしかしたらメロンをそのままとって実は果物農家だったと言う可能性も……」
「ねぇだろ。いや100%有り得ねぇだろ。だってローゼはおう……」
「お、お黙り、ジャック!」
「おう……お、おう」
なんだ? ロンのテンションが先程から明らかに異常だぞ。
「はい。この話はこの辺でいいでしょう。ワッちゃんもギルドの事で色々と聞きたい事がありそうですし、ウサちゃんも遠慮無く聞いてくださいませ」
「はい! キラならともかく、クロワがこのギルドに連れてこられた意味が分かりません!」
「何がともかくなのかは分からないけど、ボクもキラを勧誘した理由を聞きたいな。勘とか抜きで」
「良い質問ですわ。その答えは至って簡単、人員不足によるものですの」
「人員不足? ギルドに人員不足とかあるんですか?」
「当然ありますわ。私のギルドは最近開業したばかりでして人員も少ないんですのですからワッちゃんは主に事務のお仕事をお願いしたいと思っていますわ」
「な、なるほど」
「ワッちゃんがどうしても、武器を手に取り戦場を駆け回りたいと言うのであれば、勿論ギルドとしてバックアップはかかしませんわ」
荒れ狂う戦場を剣を持ったクロワが駆け回り、一線の元にバッタバッタと敵をなぎ倒す……。
うむ、全く想像ができんな。
「どうでしょうワッちゃんは事務と戦闘、どちらが良いでしょうか?」
「クロワは今日から事務担当になりました。今後とも末長くよろしくお願いいたします」
コンマ0秒、つまり即答だった。
「はい、こちらこそよろしくお願いたしますわ」
これでクロワはこのギルドで事務担当で決まりになったようだ。
「ウサちゃんは何か有りませんの?」
「そうだな……まずこのギルドはなにをする所なのだ? そこを詳しく教えてくれ。戦闘系ギルドだけでは要領が得ない」
「そうですわね。取り敢えずは依頼を募集し、その依頼をこなすというギルドになると思いますわ。主軸は冒険者ギルドと同じかもしれませんわね」
確か冒険者ギルドはダンジョン探索をメインに据え、その他依頼された雑用などもこなす。というスタンスであったと記憶している。
「このギルドもダンジョンとやらを探索するのか?」
「それは無いかと思いますわ。私、洞窟とかああ言ったばっちい所は嫌いですの」
「ああ、極めて同感だな」
「俺は行きてーけどなダンジョン探索。面白そうじゃん」
「ジャックが行きたいならそれは止めないですわ。だけど門限の6時にはちゃんと帰ってくるんですのよ?」
「おう!……ってそれ要するに探索するなって事だろ!」
図書館の書物によれば、メルメリッサから1番近いダンジョンは街から往復1時間。ダンジョンがどこまで広いかは知らんが、地下1〜5階までに最低でも一泊はするとあった。そうしてそんな1〜5階など既に探索されきっていると考えれば、門限など守っていたらダンジョンで宝を探索など夢のまた夢だろう。
「要さなくてもそういうことですわ。あんな罠も有る穴ぐらでモンスターと戦うなど正気では有りませんわ。相手の土俵にわざわざ上がるなんて早死にも良い所ですの」
ふむ、要するにジャックポットに死んで欲しくない。という事だろう。本人には全く伝わっていないがな。
「……ちぇ……ケチんぼ」
「はいはいケチんぼで結構ですわ。ウサちゃん、他に何かありませんの?」
「そうだな……このギルド、名はないのか? 冒険者ギルドというのは戦闘系ギルドの中の冒険者ギルドというのだろ? ならばこのギルドは戦闘系ギルドの何という?」
「あら、まだ言ってませんでしたか?」
「ああ」
「はーい、クロワも聞いてません」
「そうですのではご静聴を」
ロンはそう言うと、わざとらしく咳払いをした。
「私のギルド……いいえ、皆さんのギルド。そのギルド名は《テロストライ》。意味は儚い人生への挑戦ですわ!」
皆の視線を一身に受けるロンがかなりの得意顔だ。
ふむ、○○○ギルドと言う感じではないのだな。
「なんか、カッコいいです! カッコいいですよロンさん!」
何かに心打たれたクロワが褒めちぎり。
「ふふん、そうでしょう!そうでしょう! このギルド名は私の自信作ですのよ」
ロンは鼻を高く伸ばし。
「よっ! 一週間引きこもって考えた至高の命名!」
ジャックポットはそれ褒めているのか?
「うわぁカッコいいです《テロストライ》! これがローゼ・メロンさんのギルドですか。カッコいいです。もういっその事くっつけて《テロストライ》メロンですね!」
「なるほど! うんうん、儚い人生、いいえ、儚い果物生に挑戦するメロンですか、うんうん良いですわね。実に良いですね……って!それ全部台無しじゃありませんの⁉」
「よっ! 儚い至高 《テロストライ》!」
「それでジャックはさっきからなんですの⁉ 私を煽ってんですの⁉」
「え? うん」
「キッー! この表に出なさい!」
「無駄だぜ、俺は儚い人生、ローゼに挑戦し続ける。
よっ! 《テロストライ》メロン、銅貨三枚!」
「煽りの挑戦なんていらないですわ! 《テロストライ》メロンもそんな安くはありませんの! その億倍はするはずですわ!」
スカートを履きながらも流れるようにスタートをきったロン。それと同時にジャックポットは放たれた弓矢の様に駆け出した。
「なんか……騒がし人達だったね」
「あはは、さすがにあの子のお姉ちゃんはクロワじゃ無理かも」
「む? それは俺のお姉ちゃんとやらになったと遠回しに言っているのか?」
こうして俺とクロワが、ギルド《テロストライ》に新規加入するのはそれから2時間後の事だった。
キラ様がギルドに新規加入した件について本当に深く考えていませんただの愉悦です。調べ物に飽き始めたという訳ではありません。多分。




