脆弱聖女
人間最後の砦、今その内部に俺はいる。
「ここが教会か?」
「はい……。こちらが、聖女様がおられる教会になります……」
この女は「魅力」の魔法で俺の下僕にした人間の一人だ。
「そうかご苦労、人間。褒美に貴様の血を吸ってやろう」
「……身に余る光栄でございます……。どうぞ……私の血で良ければお召し上がりください【魔王】様……」
目に光を失いながら、自ら上部を肌ける人間の女。
やはり、人間の作る国と言うのは弱者の寄せ集だ。
俺があの紙に等しい砦を破壊して町に入ると、人間共は敵意や恐怖の視線で俺を見た。
当然だ。
奴らジャリからすれば俺は絶望的な侵略者なのだから。
しかしどうだ?
人間共は俺の存在を知覚するやいなや、向けて来た憎悪の数だけ崇拝に変わる。
人間共の精神、魔法への耐性は俺が思っていたよりも弱い。
聖女がいる教会とやらの前に俺がいるのが良い例だ。
「魅力」をかけた全ての人間が俺を崇拝し、妨害の一つもない。
この女もそうだ。
吸血を受け入れれば死ぬというのに俺の吸血を拒もうとしない。
あまつさえ、嬉々として受け入れているようにもうかかがえる。
これでは本当に言葉を操るだけの家畜と変わらんな。
「燃えろ」
血が無くなり、吸い殻になった女を燃やす──
人間から吸血による魔力回復がまったくない。
元々人間は極端に魔力の低い生き物なのか。
これ以上血を吸っても魔力の足しにはならんだろう。
俺は改めて人間に失望し、聖女に対する期待も半分以下に低迷した。
とはいえ、そのためにここまで来たのだ、俺は教会のドアを押し開ける。
そこで、さっそうと眼に入って来たのは木漏れ日の様な光と、ふわふわと泡の様な球状で浮かぶ対魔エネルギー。
「……ほぉ……」
俺は二重の意味で感嘆し、思わず顔が緩んだ。
俺の目に飛び込んで来たのは、人間の女だ。
それを俺は、美しいと感じた。
教会の入口から正面の壁には、多色のガラスでできた芸術。
確か名をステンドグラスと言ったか?
そのステンドグラスから漏れ出た日の光が照らす、一体の像と人間の少女。
少女が祈りを捧げている像が、かつて俺に殺されたラフェルエルの像。
死んだ者に祈りを捧げる光景など普段なら滑稽に思えただろう。
だが、今は七色の光が注ぎ込まれている少女に見入り余計な考えも言葉も出ない。
ふむ、世界中のアートを見たこの俺を感動させるとは、人間も捨てた物では無い。
始めて奴らを餌以外に有効活用できそうだ。
さて、と俺は幻想的にすら見えるその少女、教会の聖女に向う。
すると、
「ちょっーーと待ったあああーーーーッッ!」
そいつは、教会の長椅子の影から両手を広げて飛び出して来た。
あろうことか、この俺の前にだ。
「そこのキミッ! これ以上キラに近づくのはこのボクが許さないぞ!」
飛び出て来たのはウサギ。
しかし、このウサギただのウサギでは無い。
二足歩行、二頭身で寸胴な体。
縦に伸びる耳も合わせて俺の膝程しかない。
ぬいぐるみの様なウサギだ。
ウサギは目の前で小刻みにシャドーをしながらステップを左右に踏むと、仮想の敵を殴る真似事で俺を威嚇してきた。
「どうだい、ボクが怖いかい? なら大人しく家に帰るんだ。今なら特別にキミがここにいたことは黙っていてあげよう」
「ふんすっ」と胸? をはるウサギは得意げな顔で俺を見上げている。
バガンッ
「ピョンがふーっ!」
とりあえず、俺は邪魔を排除した。
ウサギは俺に蹴り飛ばされると、教会の長イスを三脚ほど破壊しながらキリモミ回転で飛んで行った。
それにしても……「ピョンがふっ」とは──ククッ、可笑しな奴だ。
「キ、キミィ中々やるじゃないかボクをあそこまで蹴り飛ばせるなんてたいしたものだよ。でも次は無いよ? 次にボクを怒らせたら大変なことに ───」
バキッ
「ピョンぐふッ!」
戻って来たウサギをまた蹴り飛ばす。
しかし驚いたな。俺の蹴りをくらってもまだ息が有るとは、あのウサギかなり頑丈な生物のようだ。
「こ、このボクをここまで追い詰めるなんてキミが初めてだ。いいよ、キミにはボクの真の姿を拝ませてやる」
と
よろよろよろめきながら再び登場するウサギ。
いいかげんもう十分だ、蹴り飛ばすのも面倒になってくる。
しかし……、よく見るとこのウサギ、ぬいぐるみの様な見た目のくせに頑丈、加えて柔らかいとは。
――ふむ、中々に踏み心地が良さそうだ。
「さあ、かかってきなよ、これがボクの真の姿。超ウルトラスーパーハイパーラビッ……」
ぎゅむ
「ピョンぐえっ!」
さっそく俺は後頭部? を踏みつける。
足に帰って来る弾力とどんなに踏んでも壊れないという安心が良い。
飽きるまでは踏んでいられる。
「〜〜〜ーーッッ!!」
それにしても――クックックッ、踏まれてもがくさまがカメのそれだ。
短い手足では俺の足をタップすることもできまい。
――ククッ、笑わせてくてた礼として足を離すとよろよろと起き上がる。
だが、それでは俺の進行の邪魔なことに変わりない、ゆえに蹴り飛ばす。
む、傍から見れば俺が道化の様か? バカめ、王とは各ゆえこういうものだ。
バゴッ
「ピョンがはっ!」
――クックックッ、生き物の悲鳴というのいつ聞いても病みつきになりそうだ――……
「ホォ、俺の蹴りを三度もくらったがまだ立つか」
ウサギは満身創痍になりながら、まだ俺の前に立ちはだかる。
「貴様は何がしたい? なんのために俺の前に立ちはだかる?」
「ボ、ボクはキラの剣で盾だ……。それから……目でも耳でもある。だからっ……だからキミをこの先に行かせる訳には行かないんだッ!」
「フン、欲張りなウサギだ。だが、その殊勝な心がけは褒めてやってもいい。貴様があの女の剣であり盾であるなら……」
と、一つ、俺の頭の中にあり得ない疑惑が――
それは、ぬいぐるみの様なウサギ。
つまり、何者かの手によって作られたウサギ。
俺の蹴りを耐える頑丈さ、血の一滴も流れない機械的な頑丈さだ
こいつは言った自分は剣と盾だと……つまり、まさか──
「……まさか――貴様が聖女の聖天具か?」
馬鹿げている。
ぬいぐるみを武具だと思う自分自身が……だがしかし……
「そうだよ。ボクがキラの聖天具さ、まだまだ未熟でこんな体だけどね」
ウサギがハッキリと答えた。
「――クックックッ……まさか聖天具がここまでとはな。面白い、意思を持つ武具など初めて見たぞ。
クックックッ、さあ聖天具よ、聖女と共に俺と戦え、準備に時間がかかるのなら少しくらいは待っても良いぞ」
「悪いけど、それはできない相談だね。キラには戦う力も知恵も無い。ボクが一方的に彼女を守ってるだけなんだ、だから……」
「──そうか」
つまらん――。
一瞬だけ高揚した俺の中の熱は、だが直ぐに冷め。
なにかウサギが言い終わる前に、俺は耳を掴んでフルスイングで投げた。
「ピョンがはっ!」
ウサギは聖女が拝む像。
ラファルエルに激突すると、派手な音をたてて像と共に豪快に崩れた。
瓦礫の下敷きになったウサギはそれ以降微動だにしない。
――こいつらには失望した……
少しは楽しませてくれるかと思ったが、やはり人間か。
……まあいい、聖女は殺す。
また対魔の結界でも敷かれたら厄介だ。
そうだな、どうせなら血を吸ってやろう。
と、俺は目の前で依然として祈り続ける聖女に話しかける。
「人間の聖女よ今から俺はお前の血を吸う。結界で我軍を妨害したのだ、覚悟くらいはできているだろう?」
「……」
……こいつ、薄々感ずいてはいたが動けないのか?
先程からの騒音でピクリとも動かんのがいい証拠だ、対魔と何か関係があるの?
まあいい、
「テレパシー」
俺は不動なる聖女の脳内に直接語りかける。
『聖女よ、聞け』
『……?』
『問おう、お前には俺の声が聞こえるか』
『……あ、あなたは……誰? 神様?』
『違うな、俺は人間が言う所の魔王だ』
『……魔王……あの、吸血鬼の……』
『そうだ、俺は今から貴様の血を吸う。聖女よ、貴様は死ぬが構わんな?』
今は「魅了」がかかっているNOとは言えまい。
『どうして……あなたが私の血を?』
『単純に言えば、聖女という存在が稀だからだ。それと、貴様が俺の目を奪う美を見せた礼だな』
『美のお礼……?……そっか……魔王さんあのね、死ぬ前に一つ……お願が……』
『ふむ、言ってみろ聞くだけだがな』
『あの……あなたの力で私を――吸血鬼にして欲しいの』
『……無理だな』
『……そっか……なら、うん、いいよ吸っても』
聖女には「魅了」が効きにくいのか?
やけに自意識が強い。
その割には簡単に死を受け入れる奴だ。
『お前は死が、怖くは無いのか?』
『……別に……産まれた時から死んでるようなものだし……』
『そうか。つまらん事聴いたな』
テレパシーを切る。
それから俺は聖女の腰まで伸びる白銀の髪をどけて、白いうなじに牙をたてる。
聖女の血は普通の人間と味が変わらなかった。
それからしばらく興冷めに思いながら聖女の血を吸っていると、些細な違和感に気がついた。
最初は、小さな違和感だった。
飲料に固形物が混じり。
……?と思うような。
しかし、その違和感は俺の中でどんどんと不快感に変わっていく。
──これは世に言う“辛い”という味覚では無いか?
話でしか聞いたことの無い不快感に、血の供給を止めても口の中で“辛い”は暴れ回る。
耐えられない不快感に、思わず聖女の首から牙を抜いてしまった。
「ゔぁぁ!? っゔぁぁぁっ!!」
意味の無い奇声を発しながら痛む喉を絞めるように抑える。
部屋に充満した対魔エネルギーのせいで治癒が遅い。
辛いの感覚が治る気配が無い。
身体中が焼けているようだ。
たまらず、俺は床を転げ回る。
「ゔぁぁぁぁ!! なんだこれは!? がぁぁらぁいぃっーーっ!!」
辛い! 辛い! 痛い!
と聖女の近くでうめいているといると、突然教会の扉が開いた。
外にいたのは――我軍の参謀、レルガマだった。
「陛下、どうやら手遅れだったようですね」
「どぁいうごどだぁレルガマッ! どぉしておまえがぁぁーーっここにいるぅ!」
「残念ですが陛下、陛下にはこの世界から消えてもらいます」
「なにぃっ!?」
辛さの所為で発音も体の操作もままならない。
気がつくと、レルガマの背後にはエルフの魔術師が。
そいつらは、一斉に魔法を唱え始めた。
「レルガマぁごれはどぉいうごどだぁーーッッ!」
「グェッグェッグェッ、先程も申しましたでしょう。陛下にはこの世界から消えてもらうんですよ。全ては手はず通り、手の平の上で動いていますよ。グェッグェッグェッ――それでは陛下ごきげんよう」
「レルガマァアアアーッ、なぜだ!? 俺を裏切ったのかっ!? レルガマぁぁぁーーッ!!」
突然の反逆下克上クーデター。
レルガマに向かって走り出した俺の眼の前が、魔力の光で真っ白に染まった。




