第16話 歴戦のグローウォーム
アンジュは、怒りと戦場の熱に浮かされていた。
瞼に焼け付く、砕け墜ちる彗星の姿。
そして、今にも燃え沈もうとする信濃の姿を戦場に見た時、何かが弾けて切れた。
アンジュの――
兵器という、もう一つの本性が。
英霊という、もう一つの魂が。
咆哮を上げて、憤怒していた。
しかし、アンジュには、およそ兵装と呼べるものが備わっていなかった。
つまり丸腰である。
あるのは、煉瓦と石と鋼で編まれた古めかしい要塞の躯体だけ。
海の上へ生えた、異形の防衛拠点。
それなのにその姿は、戦場の誰の目にも、ひどく不気味に映った。
「なに…あいつ…うそ…」
ドーントレスが説明のつかない寒気に襲われ肩をさする。
「くそ…なんだってんだ」
いつもはがさつなサンダーボルトさえ、その感覚に呻いていた。
それは忌避感――言いようのない気持ち悪さに、心が支配されている。
兵器少女の中には、その名を冠する兵器の逸話や伝説にまつわる超常の力を持つものが存在する――恐らくその類か。
「…にャにかの、オカルトかにゃ…」
「ニューズの言ってる意味…わかった…あいつはヤバい…」
マスタングは青ざめた顔のまま、しかし瞳だけは鋭く細めた。
――今ここで始末する
理由は誰にも理解できなかったが、四人の認識は一瞬で一致した。
「相手がなにかする前に終わらせましょう!」
ドーントレスは即座に、高高度からの突入爆撃を捨てた。
一分でも惜しい。
そう判断して、最短距離での強襲爆撃を選ぶ。
「OKにャ」
「OK!!」
言うや否や、サンダーボルトはドーントレスの手を離し、ヘルキャットへと託す。
既に突入のフォーメーションに入った四人は、要塞の天辺に、一見すると要塞砲と見間違うサイズの砲門を見つけた。
「おい、アレ、戦車の砲だぞ、まじかよ。」
サンダーボルトが、むしろ面白がるように笑う。
「サンダーボルトが頼りなんだから…落とされないでね…」
この隊の中でも、特に対地攻撃においてサンダーボルトは厚い信頼を得ていた。
空には絶対の自信を持つマスタングでさえ、それを認めている。
「はっ!マスタング!
このオレが、あんな地べたからのションベン弾に当たるかよ!」
「威勢だけはいい…」
「言ってくれるじゃねーか!
だったら、見せてやるよ!」
サンダーボルトは爆装の投下準備へ入る。
マスタングは軽口とは裏腹に、そんなサンダーボルトを守るように前を取った――何も言わないが、サンダーボルトへの直撃コースであれば、自身の身を晒してでも、庇うのだろう。
ヘルキャットは爆撃の直前まで、ドーントレスの機動を補佐する構えを崩さない。
「千早さん!!」
アンジュが叫ぶ。
視線は遠い海へ向いていた。
遠く水平線、信濃を捉えた。
目の前には、爆撃態勢に入った敵機。
このまま千早の砲撃が止まれば、信濃への援護も途切れる。
迷わず強い口調で、空の四機を指さして言った。
「何があっても、絶対あいつらの相手はしないで!!」
「はァ!?なんやて」
「わたしは耐える!!千早さんも耐えれるよね!!」
――だから、信濃さんを助けて
千早が歯を食いしばって笑う。
「おっとこ前やなぁ!
……無茶言うてくれる!」
彼女の手はもう照準器から離れていなかった。
ついに砲塔の脇で着弾――千早は伏せない。
それが合図だったかのように、何発もの苛烈な爆撃が、アンジュの小さな体に撃ち込まれる。
「――っつ!!!!」
石と煉瓦が砕け、アンジュが声にならない悲鳴を上げた。
「アンジュちゃん!!」
「だめ!!!」
――こっちを見る暇があったら、信濃さんを援護して。
その言葉に千早は、もはや覚悟の決まったアンジュの固い決意を感じて、長砲身を抱えるように身を沈めた。
着弾のたびに肩で衝撃を受け流しながら、遠方の敵艦隊へと照準を詰めていく。
『ターゲットリンク更新』
『着弾予測修正』
『射角、〇・七補正』
『いつでもどうぞ――』
無機質なシステム音――次の瞬間、千早の砲身が火を噴き、衝撃でアンジュの頭上の瓦礫が跳ね、粉塵が舞い上がる。
それでも二射、三射。
千早は止めない。
爆撃に叩かれながら、鉄の意志で砲撃を続ける。
その執念だけで、信濃への援護線を細く、しかし確かにつないでいた。
アンジュもまた、歯を食いしばった。
城壁を閉じ、身を屈め、自分の躯体を盾にして、千早の周囲へ崩れ落ちる瓦礫を、爆風をせき止める。
守る――ただ、それだけを、ほとんど本能で繰り返した。
だが、相手は四機だった。
その中でも一機。獅子の鬣のような荒々しい髪を持つ爆撃機が、常識では考えられないほど苛烈で、途切れることのない爆撃をアンジュへ浴びせ続けていた。――他の三機とは明らかに違う量の爆撃――それが敵兵器少女の特殊能力によるものだと、アンジュの中の兵器少女としての本能が、鋭く警鐘を鳴らしていた。
防壁が崩れ、砕けた石材が弾け飛ぶ。
アンジュの身体にも、まるで自分の肉を剥がされるみたいな痛みが走った。
「ぁ……っ、く……!」
何があっても耐えてみせるつもりだった。
けれど次の一発は、その決意ごとアンジュの小さな体を吹き飛ばした。
サンダーボルトの打ち込んだ一撃とドーントレスの爆撃が重なる。
爆炎。轟音。崩落。
「ははっ!!こいつ大したことないぜ!」
「油断するにャ!サンにャボルト!!」
「お前!その呼び方やめろって!」
アンジュの小さな身体は、砕けた煉瓦と鉄骨と一緒に、そのまま崩れ落ちる瓦礫の下へ叩きつけられた。
息ができない――痛い、苦しい。
どれだけ埋まっていたのかも分からない。
アンジュはしばらく、瓦礫の下で動けなかった。
それでも、指先が動いた。
石をどけ、崩れた壁材を掻く。
血で滑る手で、必死に外へ這い出た。
頬を伝うのが血か涙かも分からない。
ようやく瓦礫の山から半身を引きずり出した時、アンジュは肩で息をしながら顔を上げた。
そのはるか先――遠い海上で、ニューポート=ニューズがこちらを見ていた。
傲慢を隠そうともしない、冷たい美貌。
その双眸が、傷だらけで瓦礫の中から這い出したアンジュを、まっすぐ射抜いている。
「…へへっ…、性格わるそっ…」
悪態をついて、アンジュも鼻で笑うように睨み返した。
満身創痍――理屈も何もあったものではないが、必ず信濃を助ける。
今そこに行くから待っていろと、折れない心で、金髪のいけすかない女にびしっと人差し指を刺した。
ニューポート=ニューズは、わずかに目を細めた。
敵空母を援護する砲撃が止み、海が静かになった――目の前の空母を即座に沈め、マスタング達の援護に向かう。つまり、こちらの勝利。
しかし、どうにも気持ちが落ち着かない。
はるか遠方、瓦礫の中から小さな体を起こす、要塞の兵器少女。
消耗し、立っているのもやっと。非力なうえに、反抗の力など残されていない。
その筈なのに、なぜか目が離せない。
鬱陶しい、と思った。
生命力――弱く取るにたらない存在のくせに、輝きを失わない、強い意志の瞳。
美しい、と思ってしまった。
「……気にいらないわね」
ニューズが低く呟き、信濃に止めを刺そうとした、その時だった。
≪ニューズ!!≫
緊迫したエセックスの通信が、ニューポート=ニューズの手を止めた。
≪ごめん!!レキシントンが!!!!≫
いつも飄々とした友の、悲鳴のようなその声に、思わず後方を振り返る。
「なっ…!!?」
ニューポート=ニューズは、今度こそ、驚嘆の声を上げざるを得なかった。
前線に寄った後方、二人の空母。その一方の影に重なるように、もう一人の人影。
先ほどの退却したグローウォームが、レキシントンの懐に飛び込んでいた。
目を凝らしてみれば、グローウォームの鋭く構えたレイピアが、レキシントンの肩のあたりを深く突き刺し貫通していた。
どのような手を使ったかは不明だが、信濃と自分の間に割って入るのではなく、その後方、二人の空母に狙いを定めた。
助けたい、という焦燥を鉄の意志で押さえこみ、最も深く敵陣に突貫した――見事という他ない。
≪ごめんなさ…っ、ニューズ…≫
レキシントンが痛みに、表情を歪ませなんとか口を開く。
(なぜ!?レーダーにも観測機にも反応はなかった――…)
そこで気付く。
(っ!?まさかっ!?)
水の滴る軍装、解けたずぶ濡れの縦ロール。
「――まさか…あなた、海の中を…!!」
恐らくだが、艤装を展開しないまま、水中を進んできたのだ。
いくらエセックス達が前線に寄っていると言っても、かなりの距離がある。
それをこの短時間で裏取りするなど、一体どれ程の速度で潜航し戦場を縦断したのか――その愚行は自殺行為に等しい。
艤装を展開しない兵器少女は、生身の人間だ。加えて戦場の漂流物にでも当たれば怪我どころでは済まない――無茶にも程がある。
≪そこの巡洋艦、あなたが指揮官とみました――≫
そんな敵駆逐艦は、大胆にもオープン回線で通信を寄越してきた。
この場に及んでも冷静、的確な分析。
ニューポート=ニューズはやむを得ず、砲塔を信濃に向けたまま応じる。
≪そうよ≫
焦りを相手に気取られないよう。務めて冷静に答える。
≪――武器を収めて、退却してくださるかしら≫
(なにをっ…!?)
熱くなり、咄嗟に叫びそうになるのを、なんとか堪えた。
≪何を馬鹿なことを…≫
努めて平静に答える――これは舌戦であり情報戦。
どちらが先に、相手の膝を折るかの勝負だ。
≪そうでしょうか?≫
≪ええ。
こちらは、引き金を引けば、今すぐにでも、この空母に止めをさせる――≫
≪それはこちらも同じですわ――≫
≪ハッタリもいいところね。
レキシントンは確かに、無事ではすまない、でも――≫
まだ死にはしない――そう言いかけた。
≪このレイピアは、片刃ですの――
刺すことにも優れていますが、刃も厚く、切ることにも長けておりますの≫
一見脈絡のないその言動に、話の先を読めず、ニューポート=ニューズは眉をひそめた。
≪…っぐぅ!!いやぁ!!≫
直後、レキシントンが強烈な痛みに呻く。
≪レキシントン!!≫
≪こいつ!!≫
≪動かないでください――いま、刃の角度を調節いたしました。
この位置、この場所、心臓から丁度13cm程といったところでしょうか。
引き抜く刃で、確実に心臓を抉り――殺しますわ。≫
凍えるような殺意。
肩ごしに半分だけ振り向いたグローウォームの目には、脅しではない確かな殺意が見て取れた。
≪――もちろん、そちらの空母も、同じ。
あなたの|速度≪あし≫では、間に合わない≫
エセックスを顎で指し、冷酷に言い切る。
なぜならそれは、グローウォームにとって一足一刀の間合い。
≪…≫
≪ニューズ!惑わされないで!
私の事はだいじょう――あぐっ!!!!≫
グローウォームが刃を深く沈ませ、返り血が飛ぶ
≪――おだまりなさい≫
何も言葉を返せなかった。
ニューポート=ニューズは、兵器少女同士の“戦い”の話をし、グローウォームは人同士の殺し合いの話をしている。
人とは、どのようにすれば死に、自分はどのようにこの二人を殺すのか――そういう話をしていた。
≪わたくしは、あなたとは違う。躊躇いなく、最速で、このお二人を殺しますわ≫
――歴戦の差
焦りを見透かされた気がした。
最強のスペックを持ちながら、戦歴自体は浅いニューポート=ニューズは、確かにその時、怖れを感じていた。
一瞬、しかし永遠にも感じられる沈黙。
≪一人、殺して見せればよろしいでしょうか――≫
――こちらには、人質は二人いて、そちらには一人だけなのですから。
どこまでも冷たい声が、殺意を実行に移そうとしたその時。
『レーダーに感あり!』
『新規反応二!高速接近!』
≪し、識別――紫電改と、もう一体は――たぶん、艤装展開前の兵器少女よ≫
エセックスは、自分の妹が危機に晒され、不安と焦りに支配されながら、自らの空母としての役割を失わなかった。
しかし、その情報によって、戦況が決定的になってしまった。
「――撤退するわ」
判断は一瞬だった。
≪これ以上は割に合わない。全機、離脱。負傷機の回収を優先しなさい≫
誰も反論ができなかった。
≪賢明な判断ですわ≫
それだけ言うとグローウォームからの通信は途絶えた。
――
四機と三隻はなお未練を残しながらも、海の向こうへ離脱していく。
その最後尾で、ニューポート=ニューズだけが、もう一度だけアンジュを見た。
瓦礫の中、満身創痍でなお立ち上がろうとする小さな要塞の兵器少女。
その姿に、言いようのない不安と心残りを残したまま、背を向けた。
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■名前:P-47 サンダーボルト
■スキル:米海兵の戦い方
P-47 サンダーボルトの逸話を核として、体力が続くかぎり間断なく、無制限に対地攻撃を行う。サンダーボルトの兵器少女としての能力。
■元となる能力・逸話:
――1944年、ノルマンディ上陸作戦から数週間後。ドイツ軍装甲反撃を受けた米軍戦車駆逐隊兵の回想より。
我々は、敵戦車を排除するために訓練された兵士だった。
しかし、あの時の私たちは、敵の機甲部隊に怖れ、自信を無くしていた。なぜならあまりにも敵が強かったからだ。
あの日もそうだった――苛烈な攻撃を受け、我々は死と隣り合わせの恐怖に怯えながら戦っていた。
そんな時だった。
≪もちこたえろ、こちらで敵は補足している≫
上空にいるP47から突然通信が入った。
直後、敵の機甲部隊は炎に包まれた。
12機編隊で現れたヤツらは、固まらずにまるで週末にラス&ドーターズの店先に列をつくるみたいに、代わる代わる、敵部隊に攻撃を与えていったんだ。そう――何発も何発も。
それは20分も続いた。
最後の12機目の攻撃が終わるころ、最初の一機が補給を終えて、また列の後ろに並んでる――さっきのじゃ足りなかったぜ、ってな。米海兵のタフな戦い方だった。
※実話を元にしていますが、かなり脚色しています。
※スキルの書き方、悩みます。
本文内に書くか、それともこうやって“外”に書くか。




