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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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33◇行軍

 エミーリエはシャールカに騎士の制服を用意してもらった。

 女騎士は少なく、制服の大きさがそれほど選べるでもなく、小柄なエミーリエには大きいものしかなかった。

 裾を折り、袖を捲る。それでもドレスで従軍するよりはましだろう。


 髪は後頭部でひとつに束ねた。

 そうしていると、自分がとても活発になったような気がした。


「本当にご一緒に向かわれるおつもりですか?」


 シャールカが心配そうに言った。

 足手まといなのは承知している。それでも譲れない。


「はい。皆さんにはご迷惑をおかけしないで済むように頑張ります」


 それでも、シャールカはエミーリエに来てほしくなかっただろう。パヴェルの手前、まったく気を配らないわけには行かなくなる。


「どうか、ご無理をなさいませんように」


 エミーリエなどは血を見て卒倒するためだけに行くようなものだと思われている。実際にそうかもしれない。

 けれど、パヴェルの姿を目に焼きつけていたい。勝手な願いだ。


 ヴァラフ王国は、カーライル王国につけ入る隙を探しているのだという。西のハルディナ領はルドヴィークの管轄らしいが、心優しい彼にはどうにも抑えきれないらしい。


 騎士たちと同じゼニスブルーの軍服を着たパヴェルは凛々しかった。パヴェルは誰にも害することができないという気がする。

 そうであってほしいと願うからかもしれないが。



 王都を出てハルディナ領へ向かう。

 パヴェルに任された兵は、本来であればルドヴィークが率いるはずだった。ただし、兵たちは貴族のようにパヴェルを軽視してはいなかった。パヴェルの資質を認め、敬意を払ってくれている。それがせめてもの救いだった。


 急なことではあったけれど、牽制目的のために部隊が小規模であることから支度は早かった。兵站は問題ない。もし何かがあった際には援軍も続々と送られる手はずになっているとのことだ。


 何も心配は要らない。



「エミーリエ様、お疲れではございませんか?」


 小休止、マクシムが木陰にいたエミーリエに声をかけてくれた。

 偉そうについていくと言ったものの、エミーリエは一人で馬に乗れず、物資を運ぶ輸送隊の馬車に同乗していた。


 そこには女性もいて、エミーリエにとって居心地が悪いということもなかった。ただし、馬車は揺れるので、乗っていない今でもまだ揺れているような気がする。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 笑って返すと、マクシムはクスクスと笑った。


「パヴェル様はエミーリエ様のことが気になって仕方ないんですよ。でも、それを出さないようにしておられます。士気に関わりますからね」

「わたしのわがままでついてきてしまって……」

「違いますよ。パヴェル様はああ見えて、あなたが一緒に行きたいと仰ってくださったことが嬉しいんです」

「そうでしょうか?」

「ええ。わかりにくいかもしれませんが」


 そんなふうに言われると、エミーリエも照れくさくなった。

 マクシムはパヴェルを一番近くで見守っている分、誰よりもその心の動きに詳しい。


「いつもは冷静な方ですが、エミーリエ様が絡むとちょっと判断を誤ることもおありなので、ご自身でそこは自重されているのではないか――と、この話は内緒でした。はい」

「えっ、なんですかそれは?」


 朗らかに笑って、マクシムは去っていった。とても気になる。

 マクシムはエミーリエの緊張をほぐしに来てくれたのかもしれない。気分が軽くなった。



 ハルディナ領へ向かう道中は平地が多く、天候もよく晴れていた。じわじわと暑く、夏も盛りへと近づいている。

 けれど、近いうちに雨が来るとヴァスィルが語りかけてきた。

 姿は見えないけれど、エミーリエを心配して見守ってくれているようだ。


 タロン公国から出て、より孤独になるはずだったエミーリエだが、むしろ今はいろんなところから見守られている。運命は不思議なものだ。これが今だけだとしても。


「この先は山岳地帯になる。馬で行くには不向きなところだが、だからこそヴァラフ王国の者が入り込む余地がある」


 一日の終わりにパヴェルと顔を合わせると、そんなことを言った。

 パヴェルのための天幕は皆と同じ大きさだったが、ここを使うのが一人だけなら広いだろう。


「もうすぐ雨が降ります。お気をつけください」


 エミーリエがそう進言すると、パヴェルは意外そうな顔をしたけれど、突っぱねることはなかった。


「お前がそう言うと本当に降りそうだな」

「ええ、降ります」


 空に近いところにいるヴァスィルが教えてくれたのだから本当だろう。

 パヴェルはエミーリエをじっと見て、それから目を逸らした。どうしたのかと首を傾げてしまう。

 すると、パヴェルはボソリと言った。


「いや、その恰好は見慣れないから妙な気分だ」

「シャールカさんみたいに似合わないのはわかっています」

「似合わないわけではなくてな」

「じゃあ似合っていますか?」

「そうだな」


 困ったように言われた。

 本当は似合っていないのだろう。わかっている。


「では、おやすみなさい、パヴェル様」

「ああ、気をつけて戻れ」


 すぐそこに、女性専用の天幕まで数歩歩くだけのことなのに、パヴェルは心配してくれた。

 それが少しくすぐったい。



     ◆



 パヴェルは就寝前にエミーリエと少し話した。

 騎士の制服を着て髪を束ねたエミーリエだが、少しも騎士には見えない。


 それなのに、ドレスを着ている時以上に女だということを意識させられる。騎士の制服は体の線がはっきりと出るような恰好だと改めて思った。シャールカが着ていた時はなんとも思わなかったのに。


 他の兵たちまでそんなエミーリエを見ているのが嫌だった。

 この天幕にずっと閉じ込めておきたかった。


 そんなことはとても言えないけれど。


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