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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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21◇故郷

 小さな村を経由し、屋敷に戻った時、真っ先にマキシムが待ち構えていた。


「ご無事で何よりです!」


 心底ほっとしたように言ってくれた。エミーリエはとても申し訳ない気分になる。


「はい、すみません。ご迷惑をおかけしました」


 すると、マキシムはくしゃりと顔を歪めて笑みを浮かべる。彼の笑顔はパヴェルと違ってわかりやすい。


「あれはパヴェル様の言い方がよくなかったんですよ。僕たちは慣れていますが」


 恐れることなく堂々と言う。パヴェルは苦い顔をしていたけれど、咎めるつもりはないらしい。いつもの関係性が見えて、エミーリエは微笑ましい気持ちになった。


「怖い顔をしてきつい物言いをされますけど、慣れたら怖くなくなりますからね」


 それなら、エミーリエはもう慣れてしまったのだろうか。少なくとも、パヴェルを怖いとは思っていなかった。


「ええ、パヴェル様はお優しい方だと思います」


 それは本心だったが、当のパヴェルが一番驚いていたかもしれない。珍しく目を丸くしていた。



 そして、ルジェナと顔を合わせたら盛大に泣かれてしまった。黙って出ていくなんてあんまりだと。

 エミーリエは精一杯の誠意を込めて謝ったが、少しだけ彼女の涙を嬉しくも思った。


 その日は疲れを取り、翌日に改めてエミーリエは三人と机を挟んで対峙する。といっても、座っているのはパヴェルだけで副官の二人は立って後ろに控えていたのだが。


「ええと、まずどこからお話したらいいのか……。皆様はタロン公国をご存じでしょうか?」


 エミーリエが膝の上で手を組みながら切り出すと、三人とも不思議そうな表情を浮かべていた。


「過去にそういう国があったんでしたっけ? 詳しくは知りませんが」


 マクシムが首は傾げていた。

 カーライル王国の人々にとって、タロン公国の認識はその程度らしい。


「妖精や精霊と人が共存しているなんて話もありました。おとぎ話でしょうけど」


 シャールカまでそんなことを言う。

 辿り着けない幻の国だから、噂に尾ひれがついたのだろう。


「ただの閉鎖的な、何もないけれどのどかな国です。そこがわたしの故郷なのですが」


 これを聞いた時、パヴェルは眉根を寄せていつも以上に険しい顔をした。冗談だと思ったのだろうかと不安になる。


「お前は川のそばで倒れていたが、タロン公国からどうやってあそこに?」

「わかりません。でも、舟に乗って洞窟を通りました。わたしは人に騙されて舟に乗せられたのですが、わたしを連れていこうとした男の人たちは川の流れの激しいところで投げ出されて。雨のせいもあったかもしれませんが、行き来には危険が伴うみたいです」

「それは怖い思いをされましたね」


 ほぅ、とマクシムが息をついた。


「エミーリエ様はタロン公国でどういうお立場なのですか?」


 シャールカがその質問をしてくる。覚悟を決めて答えた。


「わたしはタロン公の末娘です。ただし、ほとんど人前に出たことはありませんでしたけど」


 机の上に置かれていたパヴェルの手がピクリと動いた。


「公女なのに家族が誰も捜していないと?」


 そんなはずはないとばかりに言われた。

 これは言いたくないけれど、すべて話そうと決めたのだ。


「わたしは幼少期に、禍をもたらす存在だと告げられました。ですから人前には出ないで閉じ籠って過ごしていたんです」

「神託か何かか? そんなものを信じる方が馬鹿げている」


 パヴェルは不愉快そうに顔をしかめた。出会ってすぐのエミーリエの態度を思い出したのかもしれない。


 だから、とエミーリエは語調を強くした。それは意図してのことではなく、ただパヴェルたちにわかってほしかっただけだ。


「だから、わたしは家の中で厄介者でしかなくて、いなくなっても困らないんです。いない方がいい、存在です」


 苦々しい思いで結んだ。

 これを言った時、パヴェルの目が微かに悲しげに揺れた気がした。


「このことを父上に報告するかどうか、しばらく保留にしておく。長い間幻だった国だ。暴き立てては悲惨なことになりかねない。エミーリエ、お前も祖国のことは俺がいいと言うまで他の誰にも話すな」


 パヴェルの父は国王だ。それを聞き、エミーリエは心底ほっとした。

 幻の国だと言うのならば、誰もが興味を示して踏み入ろうとするのではないかと危惧したことを見通してくれたように思えた。パヴェルにしてみれば、波乱の種となることを憂慮するのかもしれないが。


「ありがとうございます。パヴェル様に話せてよかったです」


 この人は、望めばたくさんのものを手中に収められる人なのに、多くのものは望まない。

 本当に必要なものだけを選び、欲に溺れない。尊敬に値する人だ。

 パヴェルに会えてよかったと、エミーリエは思った。



 ――それから二日ほど。

 ルジェナの大声に驚いて、エミーリエは部屋の中で転びそうになった。


「エミーリエ様! 仕立て屋さんがみえましたよ!」

「仕立て屋、さん?」

「エミーリエ様のドレスを仕立てるんだそうです」

「えぇっ?」


 ここへ来たのならパヴェルが言い出したことには違いないが、どうして急にドレスなどという話になったのだろうか。

 身分を明かしたせいで、略装でばかり過ごさせるのはいけないと考えたのなら、そんな心配は無用だ。エミーリエはいつだってワンピースばかりだった。


「パヴェル様はどちらに?」

「お出かけされています。エミーリエ様は多分要らないとか言い出すだろうけど、『要らないは無し』だと伝えるように仰せつかっております」

「…………」


 という流れで押しきられてしまったエミーリエは、仕立て屋に採寸され、好みを問い質され、へとへとに疲れながら一日を終えた。


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