22◇踊るふたり
そんなことがあってから半月ほどすると、ドレスが出来上がってきた。
ピンクのモスリンを重ねたドレスで、本当に花が咲いたように可憐だった。
「とりあえず一着だけでも急ぎで仕上げてほしいとのご要望でしたので、まずはこちらをお納めさせて頂きます」
仕立て屋は相当に急かされたらしい。
急ぐ必要などどこにもないのに。エミーリエは首を傾げたくなった。
わかっていなかったのはエミーリエだけだったのか、ルジェナはそのドレスを抱えて目をキラキラさせている。
「さっそくお支度を」
「えっ? 何かしら」
「皆様お待ちです」
「???」
エミーリエは急き立てるルジェナに身を任せた。
ドレスを着るのにコルセットを着けたが、話に聞いていたのと実際に装着してみるのとでは大違いだ。こんなに苦しいとは。
しかし、段々とその締めつけにも慣れてきた。ドレスを身にまとうと、自分でも驚くほど気分が上向きになった。
よくわからないけれど、綺麗なドレスを着られて嬉しい。
「さあ、これでどうです?」
ルジェナはエミーリエの髪を三つ編みで結ってそれをまとめてから造花で飾った。ドレスを引き立てる白い花だ。
「うわぁ、すごい。上手ね!」
自分ではこんなふうにできない。ルジェナは髪を結うのが上手だ。
ルジェナは嬉しそうに笑ったかと思うと、エミーリエの座る椅子を自分の方に向けた。
「さあ、仕上げです」
顔をササッと柔らかいもので撫でられたかと思うと、今度は唇をルジェナの指がなぞる。
「これでよし! できました!」
鏡の中のエミーリエは、ほんのりとした薄化粧が施されていた。頬の血色がよく、唇がいつもより艶やかになっている。
それだけで、誰か別人になったような気分だった。恥ずかしいけれど、嬉しくもある。
「とってもお綺麗ですよ。サルーンまで向かいましょう」
「え、ええ」
サルーンは社交や娯楽のための部屋だ。そこに何があるのだろう。
ドレスの裾を踏んでしまわないように恐る恐る廊下を歩く。すれ違う誰もがエミーリエをじっと見つめた。
あまりに皆が凝視してくるので、エミーリエが不安になっていると、ルジェナが得意げに言った。
「エミーリエ様がお綺麗だから、皆見惚れているんですよ」
「まさか」
笑ってしまった。そんなはずはないと思うけれど、ルジェナがエミーリエの緊張を和らげようとしてくれた気持ちだけ受け取った。
サルーンは開け放たれていて、他のどんな部屋よりも調度品から壁紙に至るまで豪奢だった。そこにパヴェルが立っている。
エミーリエはこんな格好だが、パヴェルもこのまま夜会に繰り出すかのような恰好をしていた。詰襟のジュストコールが驚くほどよく似合っている。
そういえば王子様だった、と改めて思った。
目を瞬いて立ち尽くしているエミーリエに、パヴェルはどこか気まずそうな顔をした。
「お前が言い出したんだからな」
「えっ?」
「踊りたいと言ったのはお前だろう?」
エミーリエは、あっ、と声を上げた。
言ったけれど、まさかそのためにドレスまで仕立ててくれるとは思わなかったのだ。
「ドレスまで仕立てさせてしまって、申し訳ありません。ほんの出来心でした……」
今になって自分の発言を悔いたが、パヴェルは大股で近づいてくるとエミーリエの手を取った。
「ほら、始めるぞ」
部屋の奥には黒く艶やかなピアノがあり、その椅子にシャールカが座っていた。そして、その手前にはヴァイオリンを手にしたマクシムがいる。マクシムは微笑んで一礼すると、調律のために何度か弓を動かした。
「二人とも貴族として教育を受けているから、多少の楽器は扱える」
マクシムとシャールカが奏でたのは、カドリルだった。ほとんどが歩いているに等しく、手始めには打ってつけだ。
踊った経験はないと事前に伝えておいたからか、パヴェルはそっと、エミーリエを気遣うようにリードしてくれた。
それでも、エミーリエはきっと不格好な動きをしていた。こんなに立派なパヴェルと踊ってもちっとも様にならなかったはずだ。わかってはいるけれど、今だけは自分が特別な存在になれたような夢見心地でいられた。
カドリルが終わって、次の曲目へ移る。エミーリエはこの時、かぶりを振った。
「一曲のお約束でしたから、もう十分です。ありがとうございます。一生の思い出にします」
「一曲くらいでは練習にもならない。もう少しつき合うが」
パヴェルはエミーリエの手を放そうとしなかった。音楽はまだ止まない。
気持ちはありがたいけれど、エミーリエは下手な自分につき合わせているのが申し訳なかった。
それでも、パヴェルは円舞曲の曲調に合わせてクルリと回る。エミーリエは足がもつれて転びそうだったが、パヴェルがしっかり支えていてくれるので転ぶことはなかった。
これは踊っているというよりも踊っているように引っ張ってもらっているような。
わかってはいたけれど、下手すぎて恥ずかしかった。
「わたし、サムエルとしか踊ったことがないので、本当に下手で――」
言い訳のように余計なことを言ってしまい、エミーリエはあっ、と声を漏らした。
パヴェルの顔から表情が抜けた。
「サムエル?」
しっかりと拾われてしまった。エミーリエは必要以上に狼狽え、パヴェルの手をすり抜けた。
「い、いえ。パヴェル様、今日はありがとうございました! あと、このドレスも!」
赤い顔を隠しながら逃げるようにして立ち去る。パヴェルは怪訝そうな顔をしていたが。
エミーリエはあまりの恥ずかしさに見悶えながら部屋に逃げ込んだ。
――サムエル。
それはエミーリエが初めて自分で作り上げたクマのぬいぐるみである。
自作のぬいぐるみを相手にダンスの真似事をして遊んでいた。今思い出しても結構痛い。
サムエルについては忘れてほしいとエミーリエは切に願った。




