12◇彼女らしく
パヴェルがベルディフ領を治め始めて二年になる。
たった二年でこの土地の何もかもを知っているとは言えないとしても、こんなことは今までになかった。
「あれは……」
不意にシャールカが窓の外を見遣った。パヴェルは手にしていた書類から顔を上げる。
マクシムが窓を開けた。
「パヴェル様、鳥が!」
あの小さな白い鳥の名までは知らない。
小さくて無垢な小鳥たちが演習のように空を飛んでいた。その数、百を優に超えるだろう。
鳥は農作物を食べる。領地に何か被害があるかもしれないと危惧したのも束の間、鳥たちは雲に紛れて散っていった。
そして、その鳥たちが飛んでいた下にはエミーリエがいた。そばには侍女も一人控えている。
彼女は気晴らしに散歩でもしていたのだろうか。
世話係の侍女には、エミーリエは土地勘がないから一人で屋敷の外へは行かせないようにと言ってある。
パヴェルが窓辺に立つと、風が柔らかく吹いた。
あの鳥たちは一体なんだったのだろう。もうすでに跡形もなく消えていた。
鳥たちがエミーリエを祝福するように見えたと言ったら可笑しいだろうか。
自らを、不幸を呼ぶと言った少女。
ふと、エミーリエはこちらに気づいて首を向けた。そうして、ふんわりと笑みを浮かべる。
王子であるパヴェルに向け、ああいう微笑みを向ける女は少ない。そこには何も意図するものがないように思われた。ただ自然に微笑んだだけだ。
何もかもが謎のままのエミーリエだが、何かから解放されたようにも見えた。最初に会った時の手負いの子猫のような必死さがない。
このまま良いように進めばいいとは思う。
パヴェルがこの領地にいる間に解決してしまいたい。王族という立場上、王都にも戻らなくてはならないのだ。
そんなことがあった翌日。
エミーリエがパヴェルの部屋にやってきた。楚々とした娘だと思っていたけれど、この時は入室の許可を与えるなり部屋に飛び込んできた。
「あ、あの! お洋服がたくさん届いたのですが!」
顔を赤くしてそんなことを言う。
「ああ、頼んでおいたが。それが?」
「でも、わたしにはお支払することができません」
「支払えと言った覚えはない。ここで生活するにあたり、着替えのひとつもなければ不便だろう」
実際に、エミーリエは最初に着ていた服しか持ち合わせがないのだ。シャールカに頼んで手配させた、それだけのことだ。
エミーリエは勢いでやってきたものの、反論できなくなったらしい。服が必要なのも本当だ。
それとも、よく知らない男からの服など受け取りたくないと言いたいのだろうか。
パヴェルがエミーリエの真意を知ろうとその目をじっと見ると、エミーリエもパヴェルを知ろうとするかのように逸らさなかった。
男でもパヴェルの視線にはたじろぐが、エミーリエは正面から受け止めて見せたのだ。やはり、ただの大人しい娘ではないのかもしれない。
「ここにいればいいと言ったのは俺だ。余計なことは気にしなくていい」
すると、エミーリエは何度か目を瞬き、それから少し考え込むと渋々うなずいた。
「では謹んでお受け致します。ありがとうございます、殿下。お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした」
綺麗な所作で一礼してみせる。先ほど騒いでいた娘とは別人のようだ。
くるりと背を向けると、絹糸のような光沢を持った髪が広がる。
エミーリエが立ち去ると、マクシムが意外そうに言った。
「何か彼女、雰囲気が変わりましたね?」
「不安が彼女を悲観的にしていたのでしょうか」
シャールカもそれを感じたようだ。あれが本来のエミーリエなのかもしれない。
これからどんな顔を見せ、どんなことを語るのだろう。
パヴェルには少しも予測がつかなかったけれど、彼女が彼女らしく生きられたらいい。




