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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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10◇探し物

 エミーリエが去ると、パヴェルは副官たちに問いかけた。


「彼女をどう思う?」


 すると、マクシムは軽く首を傾げて考える素振りを見せた。


「やっぱり、シャールカが言ったように使用人ではないようですね。所作にも品がありますし」


 パヴェルの顔を知らずとも、王子の名前くらいはほとんどの国民が知っている。そして、副官の二人は騎士団の制服を身に着けていた。それでもエミーリエはそれらが意味するところをまったく察していなかったのだ。自国民であるとは考えにくかった。


「この国の人間ではないとすると、考えられるのはヴァラフ王国か、ペテラ王国か……」

「少し遠いですが、カイト公国からベルディフ領に入り込むこともできたかもしれません」

「どうしてベルディフ領に来て、わざわざ舟で川にいたのでしょう? そこに彼女を引き合わせたい人がいたとでも?」


 シャールカが疑問を持った通り、彼女を連れ去ろうとした男たちが何故川を使ったのかがよくわからない。人目につかずに遠くへ行きたかったとして、それでも舟を用意する手間があるのだから。


「メドゥナ川は、もともと流れが速く逆に進むことはできない。地元の人間ならあんな移動手段は使わないな」

「まあ逆に進んだところで岩だらけでしょうけど」


 こうして話していても、やはり結論へは辿り着けない。

 エミーリエが話すようになるまでは待つしかなさそうだ。


 無理に口を開かせることもできただろうかと考える。けれど、あの娘はか弱いようでいてどこか強情な気がした。

 力で押しきろうとすれば、どんなことをしても口を割らないだろう。

 あの時、屋敷の壁を伝ってでも逃げ出そうとしたくらいだから。


 ――自分が人を不幸にすると。妙なことを口走っていた。

 今日は幾分落ち着いて見えたが、そんなことを言うくらいには後ろ暗い過去があるのだろう。だとしても、それは彼女自身のせいではないような気がした。


 自らの命が危険にさらされている時に、差し伸べられた手を取れない。

 どんな暮らしをしていたらあんなふうになるのだろう。


 今は彼女にとって傷ついた心を癒す時であればいい。パヴェルはそう考えた。



     ◆



 パヴェルはカーライル王国の王子という、想像以上に身分の高い人だった。

 それなのに、行き場のないエミーリエがここにいてもいいと言う。

 詳しいことを何も話さず、得体の知れない娘を置いてくれるというのだ。どんなに感謝しても足りない。


 しばらく、エミーリエはパヴェルの客人として扱われるということになったとルジェナが教えてくれた。


「私が引き続き、お世話をさせて頂くことになりました!」

「客人だなんて、いいの?」


 エミーリエが戸惑っても、ルジェナは笑っていた。


「いいと思います。殿下がお決めになったことですから」

「でも、わたし、自分のことは自分でできるから。あなたの手を煩わせては申し訳ないし」


 そう思ったのだけれど、ルジェナはそれを残念そうに受け止めた。


「えっ、お世話させてください。エミーリエ様の御髪、大好きです。どんな髪型に結ってみようか模索中ですのに」


 髪のことではあるけれど、誰かから大好きだなどと言われたのは初めてだった。びっくりして二の句が継げないほど嬉しかった。


「あ、ありがとう」


 信じていたラドミラに裏切られたばかりなのに、今、また人を信じようとしている自分は愚かなのだろうか。


 ――いいや、信じることに臆病になることこそ愚かかもしれない。

 だってここは異国の地。何もかもエミーリエが知るものとは違うのだ。

 生まれ変わった自分になったつもりで過ごそう。それができるようになりたかった。


 ルジェナは楽しく語り、笑顔を振りまいてから他の仕事に戻る。

 彼女はなんて幸せそうなのだろうとぼんやり思った。



 そして、その晩。

 エミーリエが眠りについた頃。


 ほとんど深夜と言ってよい時間帯だった。月明かりがほんのりとカーテン越しに漏れるくらいでしかなく、室内は暗かったのだが、部屋の中で何かが動いている。


 ハッとして飛び起きたら、部屋の中でくぐもった悲鳴が上がった。そこにいたのは、とっくの昔に退室したはずのルジェナだった。それも、ネグリジェを着てナイトキャップを被っている。


「ルジェナ?」


 エミーリエがベッドから呼びかけると、ルジェナはその場に手を突いて低頭した。


「こ、こんな時分に申し訳ありません!」

「どうしたの?」


 時間を思えば普通のことではない。エミーリエは不審に思いながらもベッドから抜け出した。

 ルジェナは肩を震わせて泣いているように見えた。あんなに幸せそうにしていた彼女が何故泣くのか、エミーリエには少しもわからなかった。


 そうしたら、ルジェナはわけを語った。


「指輪を落としてしまって。もう探していないのはここだけなんです。失くしたと気づいたら、居ても立っても居られなくて。こんな夜更けに忍び込んで申し訳ありませんでした」

「よっぽど大事なものなのね?」


 ルジェナは涙を拭きながらうなずく。

 元気な彼女に泣かれるとエミーリエもつらくなる。


「でも、こんな時間に部屋を抜け出してきたら叱られるのではないの?」

「それは……」


 使用人たちはたくさんの規則に縛られながら働いている。ここが王子の屋敷であるのなら、それはエミーリエの生家以上に厳しいのではないだろうか。夜間に徘徊しているのが見つかれば、解雇される恐れもある。

 エミーリエは優しくしてくれたルジェナを護りたいと思った。


「大丈夫。この部屋にあるのなら、明日の朝、明るくなったら二人で探しましょう。ね?」


 スン、とルジェナが鼻を鳴らす音がした。


「そうですよね、こんな暗い中で見つかりませんよね。ありがとうございます、エミーリエ様」


 かぶりを振って見せたが、暗くてちゃんと伝わったかはわからない。

 それでも、エミーリエは指輪を絶対に見つけようと意気込んだ。


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