表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/358

1-7 大陸(1)

『おはようございます、ルイ。惑星探査プログラムによる調査は先ほど終了しました。名前、ちゃんと考えてきましたか?』


 通常睡眠から戻ったルイは、タマの呼びかけで昨日出された宿題を思い出す。ユースモアの白布の向こうにある、稀有な惑星を持ったこの星系をどう呼ぶのか。いつまでも当該星系だとややこしい。そう言い出したのはルイだったが、逆にタマから『そんなら明日までに命名してくださいな』と言われてしまっていた。


 普通、莫大な数の星系すべてにわざわざ名前をつけたりはしない。別名をつけるのは、航路の経由地であるとか、非常に珍しい特性を持っているとか、何らか重要な特徴がある時だけ。当該星系には、海と知的生命の痕跡を持つ惑星があると分かった今、別名を持つべき資格を十分に満たしていた。

 星系の名付けは少し複雑で発見者だけでなく政府や学会の意見も考慮することになっているのだが、この状況においては『誰にも相談などできないのですから勝手に決めてしまえばいいじゃないですか』とのタマの意見にルイは頷くほかなかった。


高天原(たかまがはら)にしようと思う」

『地球時代から伝わる神話では、現世を葦原と、神々が住む天国を高天原と呼ぶのでしたね。星系の名前としては珍しいですが、いいんじゃないでしょうか。どうせ誰も文句言えませんしね。まったく、名前通り天上のようなところだと良いものですねえ』


 タマは一般的な天国のイメージを語るが、地球時代の雑学に強いルイは神話における高天原にも混乱や争いがあったことを知っていた。ただ、タマの願いはもっともであったので何も言わなかった。特にあのクレーターを見た後だと、少しでも良い世界であってほしいと願わざるを得なかった。


 それから、ルイとタマは詳細に名称を確認していった。まず先ほど決めたように、今後この星系を高天原星系と呼ぶ。6つの惑星はそれぞれ高天原Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵとする。こぶ付きの白く美しい惑星は高天原Ⅱで、スイングバイに使ったガス惑星は高天原Ⅳだ。知的生命の痕跡がある高天原Ⅲは、特別に高天原プライムと名付ける。高天原プライムの2つの月は、惑星に近く小さいほうを白月、遠くて大きいほうを蒼月とする。これは見た目の色をそのまま採用した。


 続けて、ルイは惑星探査プログラムが纏めたばかりの分析レポートを見るため、高天原プライムの概要を表示するよう船に指示すると結果はすぐに現れた。


 軌道:問題なし。(僅かに楕円だが、気候への影響は小さい)

 自転:およそ25時間。

 公転:およそ366日。

 重力:葦原の1.06倍。

 地殻:安全と推定。(噴火中の火山なし、地震未計測)

 大気:呼吸可能。(窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素が中心の大気組成)

 気温:摂氏0度~50度。

 日光:滞在可能。(紫外線、赤外線ともに正常値範囲内)


「――マジで?」

『いいじゃないですか。免疫系だけちゃんとして未知の病気に気を付ければ一生暮らせるんじゃないですか?』

「いや、なんか出来すぎてない? これじゃ紀ノ国よりずっと過ごしやすいよ。ていうか、これ地球とほぼ一緒だよね。というか地球でしょ?」

『そんなこと言われましてもね。他の惑星の形態があまりにも違いすぎるので、ここが地球とは言えないと思います。なんていうか、どういう環境なら生命が存在できるか、というテーマには幅広い予測が存在しますが、案外と地球と似た環境じゃないと駄目なのかもしれませんね』

「そうなら紀ノ国に現地生物がいないってのも分かるけど、ちょっと出来すぎている気がするなあ」


 そう言いつつルイはタマと高天原プライムの詳細データも見ていくが、人類の居住の妨げになるような項目は見つからなかった。


 今見ているデータのひとつひとつは特段珍しくない。例えば気温が0度~50度の惑星はいくつか既に見つかっている。ただ、すべての項目がここまで好都合の惑星が見つかることは天文学的な確率とされていた。そうであるから、葦原人類は播種船で非常に長期に渡る航行をした末に、惑星ではなく衛星をテラフォーミングするという苦渋の選択をしたのだ。それでも葦原の科学者たちは、人類と葦原星系との出会いを「大いなる僥倖」と評価している。ギリギリの妥協をしても住める星が見つからず、永遠に近い旅の末に乗客や遺伝子バンクのすべてが宇宙放射線で塵になる確率のほうが十分に高かったと見做す研究者も多い。


『次は大陸の調査結果です。比較的大きい陸地が2つあります。1つは北極に近く、雪と氷で閉ざされているため調査の優先順位を下げています。ちなみに南極に大陸はありません、これも地球と違うところですね。で、もう1つは北半球にあるこちらです。先ほどの格子状の地域もこちらにあります』


 中空に先程の分析レポートに代わって(くだん)の大陸が映し出される。タマは続けて詳細なデータを述べていく。遠目で見れば上辺が少し短い台形に見えるだろうか。海岸線は非常に入り組んでおり、人工的な面影はない。


『便宜的に中央、それと北東、北西、南西、南東に分けて順に概要を述べます』


 ルイは改めて大陸のイメージ映像を見る。相変わらず解像度は低いままだが、それぞれ地形が違うのか色合いが異なり、タマの分類には説得力があるようだった。


『まず中央ですが、常に黒い雲に覆われていて地表を伺うことはできません。雷鳴と暴風が四六時中続く、居住には向かない厳しい地域です』


 映像では、確かに大陸中央が黒っぽくなっている。時折、雲が光っているのは雷鳴なのだろう。そうであれば常時雨が降っているということかもしれず、水が豊富ということであれば生命には住みやすいかもしれない。だけども、人間には少々厳しいだろう、と注意深くタマの言葉を聞いていく。


『次に北東。広大な砂漠です。大気中の鉄分が多いことから、赤い酸化鉄が砂に多く含まれているのでしょう。定期的に砂嵐が発生するぐらいしか特徴は見られません』


 ルイが映像に目を向ける。タマが言うように、他と違ってこの地域は一面が赤く、複雑な地形にはなっていないようだ。


『北西。こちらは少し多様です。森が広大に広がっていて河川があります。植生は豊かです。つまり、とっても住みやすいってことですね。もしかしたら、素敵な農耕生活ができるかも。ただですね、そんな環境なので……知的生命体が活動していることが推定されます』

「……やっぱり居るのか!」

『都市の存在を思わせる熱源が確認できます。かなり弱いので火力発電や工場はないでしょう。ただ、焚火(たきび)の水準は大きく越えていますから、なんらか化石燃料のようなものをほそぼそと使っているとすれば辻褄が合います。文明水準は産業革命前ぐらいではないかと惑星探査プログラムは推定しています。肝心のどんな生命体がいるのかですが……この解像度だと全然わかりません。残念ですけども』


 ルイは学生時代の記憶を引っ張り出す。人類史の授業は、地球における人類誕生から葦原文明を築くまでの流れを技術の視点から学ぶという側面が強い。葦原では技術こそが人類発展の要であり、異星人の恐怖を振り払い今後の未来を切り開く鍵だと教え込まれる。そのため、産業革命という言葉は教科書に繰り返し登場してくる。


「確か石器から始まって、青銅器になって……それなら、もうちょっとしたら石炭とか石油とかを使うようになるのか」

『教科書によればそうなりますね。もちろん化石燃料が採掘できれば、の話ですが。この高天原文明でも、農耕革命が始まりつつあり、都市部では大量生産が始まりつつあるかもしれませんね』

「人類と同じ順番なら、ね」

『そうです。ま、根拠は何もありません』


 そういえば人類史のことは最後まで好きになれなかったな、とルイは学生時代を思い返す。当時はなんとなく嫌いという程度の感覚しか持っていなかったが、改めて考えてみると、ルイは葦原で教えられる人類史に2つ欠陥があると思った。


 1つは人類がなぜ地球を離れどのように葦原星系を開拓していったのか、という肝心の部分がすっぽり抜け落ちていることだ。


 ――人類の一部が未知を求め播種船に乗って宇宙の果てに飛び立ちました。そして幸運にも葦原星系を見つけて播種が成功しました。


 これだけだ。詳細は何もない。もちろん、この欠陥は誰もが分かっていることで、後期地球史や葦原開拓史が別の学問として成立している。ただ、あまりに資料がなく細かいことは分かっていない。このことをルイは不思議には思うが、いまさらのことであるので特に気にしてはいない。

 ルイが気になるのはもう1つの理由、それは過去存在した思想とか哲学といった多様な考えについて、あまり触れられていないと感じることだ。地球時代の作品を見ることで、過去にはいろいろな考えがあったことをルイは知っていた。もちろん、それらは娯楽作品だから、そこに表現されていることが現実である保証はまるでないことも分かっている。


 とはいえ、昔はいまほど人類の考え方が均質ではなく、それによるトラブルも多かったんじゃないか。そこに葦原の教育者たちが関心を持たないのは何故なのか。ここにルイの疑問があったし、ルイが人類史のことを人工的というか、温かみの無い冷たいもののように感じる原因となっていた。





 [タマのメモリーノート]残存する地球時代の娯楽作品の資料は、西暦と呼ばれる当時の紀年法で2000年代前半までのものが中心だ。地球時代はその後も続いているはずなのだが、記録がほとんど残っていない。なお、2000年代前半以降の記録が少ないことは、娯楽作品に限らない傾向である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ