1-7 大陸(2)
「人類と違う発展の段階ってありえるのかな」
『困りました、ここには人類史用のモジュールがありませんのでお答えしようがありませんよ』
「まあ、雑談というか」
『この観測結果であるにも関わらず非常に高度な文明を持っている可能性があるのか? という質問だと解釈すると、ちょっと難しいんじゃないでしょうかねえ。人工知能や情報ネットワークって膨大なエネルギーを使いますから、少なくとも原子力発電ぐらい発明していないと実現できません。それに、いま彼らにとっての異星人である我々が堂々と周回軌道で地表を見ているのに、なんの交信もありません。単に慎重なのかもしれませんが、電波技術を持っていないって捉えるのが自然じゃないですかね。……が、本当の質問は違いますね?』
「うん、あの区画だよ。コンピュータやロボット技術無しにあんな大規模で正確なもの、作れるのかな」
『それは宗教や権力などによる、強力な動員力を持った組織が存在すれば可能です。人類史でも、地球における古代文明は、火薬や機械なしに人工衛星からはっきり見える建造物を作っていましたからね。ピラミッドとか万里の長城とか』
宗教に強い権力、それはそれで厄介な気がするな、とルイは思ったが、話が脱線してきたのでタマに次を促す。
『南西。岩石が多く雨も少ない乾燥地帯ですが、大きな湿地帯があります。湿地帯はちょっと湿度高めでカビに悩まされるでしょうから、乾燥地帯との境目あたりは狙い目ではないでしょうか。きっと住みやすいはずです。ただ……ここでも複数の場所で都市の存在が推定されます』
「……ここもか。大陸全土に広がっているのかな」
『山脈を越えると樹木が多いのですが、こちらも都市の存在が疑われます』
「砂漠以外は居るって考えたほうがいいな」
『そう考えたほうが安全かもしれません』
村など小規模な集落は、おそらくセンサーで捉えられないのだろう。あまり過酷でない環境ならば、すでに生活基盤が存在していてもおかしくない。そこに、うっかりルイが住み着いたりしたら大騒動だろう。そこまで考えて、ルイはしばらく気になっていたことをタマに聞く。
「で、さ。やっぱりタマは、降下しろって思っているよね」
『ほー、流石に鈍感なルイでも気が付きましたか』
「当たり前だろ。さっきからずっと、住むことを前提に説明しているじゃないか」
タマが、高天原不動産へようこそ、などと冗談を言いながら満面の笑みでコロコロと笑う。
『いやー。だって仕方ありませんよ』
「だからなんでだよ。燃料はまだあるし、軌道上に居るぐらいだったら宇宙太陽光発電で十分だろ」
『そうなんですけど……』
「なんだよ」
『ご飯の余裕がそんなに無いんですよねぇ。随分落ち込んでいるようでしたので、ずっと黙ってたんですけど』
*
ルイは貯蔵室に来ていた。そこには大量の物資が並べられていた。それを見ながら、ルイはタマの先ほどの説明を思い出していた。
『ルイが最大限生存する方法を考えたところ、得られた答えはとても単純でした。いまから超長期冷凍睡眠に入ってずっと眠り続ける、です。周囲にハイパーレーン建設の可能性がある、或いはなんらかの理由で陳艦長やリン、あるいは御堂上級研究員と合流できると考えられるのであれば迷いなく推奨していました。ですが、ハイパーレーンの建設は早くて数百年後。一緒に旅していた船団は影も形も見えません』
ルイは食糧庫に足を踏み入れる。そこには緊急用のレーションが保存されていた。
『この案はルイを最大限生存させることに間違いはないものの、ルイの意識からすると眠ったら最後となりかねません。宇宙線に晒され続けて肉体が覚醒できないレベルに破損するのが先か、超長期冷凍睡眠機器の故障が先か。いずれにせよ、目覚めず死亡する可能性が極めて高いと推定されます。ちなみに、この船は技術の結晶たる播種船ではなく安物の量産品ですから、超長期冷凍睡眠に入ったら覚醒には専門施設での処置が必要です。ちょっと昼寝みたいな感覚では使えません。ただ、長く生きられることに間違いはありませんから、ルイがそれでいいというなら話はここでお終いです。ちょっと遊んだり、この興味深い高天原プライムを観察したり、残り少ない通常食を美味しく食べたら、寝ることにしましょう。どうです? それでもいいですか?』
ルイはレーションの1つを手に取る。小分けにされた菓子のようになっていて、包装を剥けば手を洗わずに食べることができる。包装を見ると様々な味があるらしいこと、破いた包装は燃やせることが書いてある。
『まあ、あんまり良くはありませんよね。では、もう1つの案をお話します。それは、地表でなんとかして生活基盤を築くことです。非常にリスクの高い方針ですが、早めに降下して始めることが重要です。なぜならば生活基盤を築くということは、食料を継続して調達できる目途を立てるということでもあります。そんなことを未知なる惑星でゼロから手探りでやってくのです。2年あるいは3年で達成できれば上出来でしょうか。もっと長引くかもしれません。だから、船から持ち込む食料が多ければ多いほど成功確率は上がるでしょう』
ルイは朝食を取っていなかったことを思い出し、レーションを1つ食べる。不味くはない。ただ、これを毎日食べる生活を想像しただけで、気が滅入ってきた。同時にルイは、深刻な飢餓状態となればレーション1つで殺し合いも辞さないような精神状態になるのだろうと考えてから、ここには食料を奪い合う相手もいないけどな、と自分で突っ込んで自嘲気味に笑った。
『タマが地表に降り、貴重な現地データをなんとか船にアップロードし、あらゆる手を尽くして葦原に届けることで人類史を発展させるよう動機付けされていることは否定しません。どのソフォンも人類の発展に寄与するよう設計されているのですからね。ただ、今そのことがタマの判断に影響を与えているという事実はありません。単に一石二鳥なだけです。結論をすぐに出す必要はありません。ゆっくり考えていきましょう』
ルイはタマの言葉を反芻しながら、他の物資を確認していく。食料の他にも様々なものがあるようだった。
ルイはなんとなく意識の外でもう答えは出ている気がしていたが、そのことから目を逸らすように、タマに聞けば詳細な目録が手に入るにも関わらず、自力で物資の中身を確認することをしばらく続けた。
タマは表示位置をルイの背後にして、しばらくルイの様子を見つめていた。そして、主要タスクを切り替える前に、ルイを見つめていたログをデータレコードの深海の奥底に移動させた。
[タマのメモリーノート]黒岩燐は、アバターを使って正体を隠したまま仮想電子戦の近接総合戦闘の野良試合に出場することがある。当初は、道場の看板を背負っていては試しにくい型破りな戦術を試すためだった。だが、刀・空手・合気といった珍しい古武術による独特の風格を持つ攻撃的な戦闘スタイル、勝利の為には手段を選ばないえぐい立ち回り、それと自作アバターのフェミニンな可憐さとの激しいギャップ、加えて調子に乗ってしまえばプロ相手にも完封勝利してしまう爆発力が話題を呼び一部においてカルト的な人気を誇るに至った。いまでは、ファンからの投銭が馬鹿にならない収入となっている。タマは、特定第二種ソフォンになり船内情報を調査した際にそのことを知ったが、個人情報ということでルイには伝えていない。





