目指せ、町の駄菓子屋さん
【2ーB 目指せ、町の駄菓子屋さん】
時々、レジ前の台に商品が積まれているのを目にしないだろうか。それがお店のお勧め、一押し商品ということもあるし、値下げ商品の場合もある。最近は惣菜を置いてある店も少なくない、揚げ物が多いだろうか。『平台』と呼ぶのだが、ウチの店でもこの平台を使って売り込みを行うことになった。
今回は処分品対応ではなく、またスタンプラリーとも違う確実な売上げアップ、買い上げ点数アップ、客単価アップを狙ったものである。平台陳列するアイテムは温度管理を要しないものであれば原則なんでも良い。だからこそ難しいのだろう。過剰な選択肢は迷いを招く。我関せずという姿勢の俺様とは異なり、谷口店長は随分と悩んだようだ。織田SVにも相談していたが、さてさて、一体何が出てくるのやら。
昼休憩中、俺に声をかけてきた谷口店長with素敵な笑顔。嫌な直感が的中してしまった。
「駄菓子・・・ですか?」
「そう、駄菓子ですっ!どうです、いいと思いませんか!!」
うわ~、もう成功しか見えていないというか、自分のアイデアがグッドアイデアだと信じて疑うことを知らないというか、子供のような瞳を手向けてきた。ワクワク感に満ち満ちていた。
「それで、発注から売場作りまで竹田さんにやって頂こうと思います。」
「え、僕が・・・ですか。」
「あれ、反応が鈍いですね~。どうしました、不安ですか?」
ふん、この女は馬鹿か、俺様に不安などあろうはずがない。俺様が中心になって進めれば成功の確率がグンと高まる。これまでの仕事ぶりから担当に俺様を抜擢した点は評価できる・・・が。その前に・・・だ。
「あの、店長。ひとつ聞いてもいいでしょうか。」
「はい、どうぞどうぞ。」
「駄菓子って、何ですか?」
「へっ?」
「いや、その、駄菓子を見たことも食べたこともなくて――」
ということでその週の週末、俺は谷口店長に連れられて駄菓子屋へと足を運ぶことになってしまった。
土曜朝9時。・・・早くねぇか、谷口さんよ。休みの日くらいもう少し遅くまで寝ていればいいものを。まぁ、俺様は睡眠をほとんど摂らないので何時でも構いはしないのだが、それにしても、なぁ~。
「竹田さん、本当に駄菓子屋さんに行ったことがないんですか?」
店長は本気で驚いているようで、道中、どうやったら駄菓子をスルーした人生を送れるのか、という風な質問を投げかけ続けてきた。
「はぁ・・・すみません・・・」というしかないだろう。人間族の幼子にとって駄菓子とはそんなに大切なものなのか。駄菓子とは誰しも皆食すものなのだろうか。安っすい菓子だろう。小売業に携わっているからというわけではないが、原価いくらの菓子なのだ?大してうまいものでもないのだろう。そして駄菓子屋ということは、その専門店。経営が成り立つこと自体摩訶不思議なのだ。
古色を帯びた、などとかばうつもりはない。おんぼろもいい所ではないか。開いているのか、潰れていないか。築何百年だ、この店は。足を踏み入れるのが恐ろしくなる。
ガラガラガラ・・・そっとゆっくり扉を開ける。自動ではなく手動。立て付けが悪く結構な力がいる。さらには店がやっているかも定かではなく、不法侵入している気分だった。
「こん・・・にち・・・は・・・」お辞儀をしながら恐る恐る忍び足で店内に踏み込んでみるものの反応はない。誰もいない。気配もない。その代わりに俺様たちを迎えたのは所狭しと並べられた駄菓子の山だった。本当に狭い場所、六畳程の部屋に小さな菓子の数々がこれでもかと陳列されていた。いや、果たして陳列と言えるのかどうか、置いて、挟んで、引っ掛けて。多種多様の駄菓子が俺様と谷口店長を迎え入れるのだった。
狭く、ボロく、暗がりではあるが、様々な色に輝く駄菓子は、子供にとってはそれこそ宝石か財宝のように映るのだろう。確かに少しだけドキドキする。
「随分と色んな種類があるんですね。小振りなものが多くてカラフルで――」
「竹田さん、本当に駄菓子屋さん、初めてなんですね。」
だから何度もそう言っているだろう、と思いつつも
「はい。見たことも食べたこともありません。」
「へ~。不思議。ま、いいか。そしたら好きなもの買って食べてみましょ。」そう言うと谷口店長は入口に置かれた小さなかごを手に、好みの駄菓子を次々と選んでいった。俺様も同様に菓子を漁り始める。10円の棚、20円の棚、30円の棚、50円の棚・・・ということで値段を気にする必用はなさそうだ。
さくら大根、きなこ飴、ヨーグル、ソースせんべい、都こんぶ、カルパス、ラムネ、にんじんetc...手当たり次第、カゴに入るだけ駄菓子を詰め込んだ。カゴも小さいが菓子も小さい為、かなりの数の駄菓子が手の内に収まった。ただし、味には一抹の不安がある。谷口店長は大体の予想はついているのだろうが、俺様にはどんな味がするのか皆目見当がつかない。全く、困った買い物になってしまった。
良かれと思った所で谷口店長が声をかける。
「すいませーん、お会計お願いしまーす。」すると、
「はーい、はい、はい、はい、はい・・・」という返事が奥から帰ってきた。はい、が異常に多い。
「あらま~、な~に。お若いカップルが来るようなお店じゃないでしょうに。まぁ、懐かしさはあるのかもしれないけれど、駄菓子なんてそんなに美味しいものじゃあるまいし。」
駄菓子屋を経営しているとは思えないことを喋りながら会計を進めるおばちゃん。スキャナーというハイテクな電子機器などあるはずもなく、目で見て値段を確かめ電卓を打っていく。商品に値札は付されていないから全ての価格を、とは言っても10円、20円、30円くらいのものだが、この女主人は覚えているようだ。さして新しい商品が出るわけでもなく、同じ駄菓子を何年も扱っていれば難しいことではないか・・・ん?
「そしたらね~、向かいのお魚屋さんったらお刺身のすんごいのを持ってきてくれて、と~~~っても美味しかったのよ~。はい、どうもありがとう。これと、こっちの袋が彼氏さんのね。」
よく喋る女主人だことで、果たして会計に間違いはないのだろうか。それよりも、この短い時間でどうやったら魚屋まで話がすっ飛ぶのだろうか。谷口店長も楽しそうに話を聞いていた。
駄菓子屋の近くにある公園のベンチに座り試食を始めるのだが、我ながら結構な量を買ったものだ。安いからといって調子に乗りすぎたか。こりゃ食べきれない。・・・というか何を真面目に試食などと。適当に感想を述べて解放してもらうとしよう。休みの日にまで仕事、仕事とは馬鹿らしい。そう考えていた俺様の思考を20歩くらい踏み越えていく谷口という店長はやはり只者ではない。おもしろい、と言うか、ふざけた女だ。本当に勘弁して欲しい。
「さ、竹田さん。試食は家でやることにして、えーと、これこれ。このリストを見て下さい。」
はい?本当にふざけてんのか、谷口さんよ。何をはじめる気だ。
「このリスト、本当は持ち出し禁止なんですけど、内緒にして下さいね。月曜日の発注に間に合わせたいので持って来ちゃいました(ニコッ&テヘッ)。」
本格的に仕事が始まるようだ。はめられた。可愛らしいショルダーバッグからは可愛くも美しくもない商品リストが出てきた。リストの分類はもちろん駄菓子だった。
「駄菓子屋さんにあったような、いわゆる本物の駄菓子というのはほとんど発注できません。これは推奨されていないので仕方ないかなと思います。だから駄菓子売場というよりも小さなお菓子やさんというイメージで商品を選んでください。ほら、チロルチョコなんかは10円ですけれど、あとは50円から100円の価格帯が中心ですね。それと主軸となるターゲットは子供ではなくOLさんです。だからつまらないオマケが付いているようなお菓子はあまり動かないと思いますので注意して下さい。女子高生もターゲットにしたいのですが、立地上あまり学生の来店は期待できないので、メイン顧客をOLさんと考えて下さい。」
「OLさん・・・ですか。」
「はい。でも可愛い売場を作らなくてもいいですよ。目立つというか、レジ前の平台で目を引く駄菓子売り場を作って頂ければOKです。狙いは買い上げ点数と客単価のアップ。単価が安いので大幅な売上アップは難しいかもしれませんが、プラス1品、ついで買いを誘発していきたいですね。」
うーん、人間族の女というのは喋り始めると止まらないのだろうか。俺様、
「OLさん・・・ですか」しか言葉を発していないんだが。実に伸び伸びと、正直こちらがうんざりする位までよくもまぁ喋り倒す種族なのだな。そして俺様の回答そっちのけで俺様の仕事が決定されていった。
翌々日の月曜日。前日に発注する商品は決めていたので店長に確認をとり、あっさりOKが出たのでさっさとGOTで発注を終わらせてバックルームで陳列準備の仕上げを行った。枠組みは概ね日曜日に作ってしまったのだが、平台の幅に合わせて外枠を調整する必要があった為、店長に言って少し作業を行う時間をもらった。
「わわっ、凄い。いいじゃないですか。竹田さん、見た目よりも器用なんですね。ゆっくりとバックルームで仕上げて下さい。その間は私が売場にいますので。」作業途中の『駄菓子屋屋台骨』は店長のお気に召したようで何よりである。
平台に赤い布を敷いて菓子を並べて、だけでは寂しいだろう。寂しい、スカスカ、見窄らしいetc...売場に魅力がなければ売れるものも売れまい。見慣れない商品であればなおさらのこと。並べて、掛けて、吊るしてという駄菓子屋の陳列手法は店を訪れたひとつの収穫だった。駄菓子屋としては狭いスペースに沢山の商品を並べる為の工夫なのかもしれないが、立体的な売場はボリュームある売場、魅力ある売場に繋がるのだ。売り物は駄菓子。お世辞にも十分な商品力が備わっているとは言えない。目立たせて惹きつけて、手に取らせなくてはならないのだ。その為のモデルをおでんに求めた。おでん鍋を囲む屋台骨を手本に、屋台で売られる駄菓子をイメージした平台にする。いくらかは人目を引くことはできよう。
ちなみに、街路樹の枝を2、3本頂いた。上の方だからしばらくの間は気付かれまい。
平台はレジ前に設置されているので、精算する客の視界に入り易い。加えて珍しい駄菓子屋台。誰もが足を止め、駄菓子に目を留め手に取り、プラス1品2品、もしくはそれ以上をレジに持ってくる、と、そこまでは甘くなかった。我ながら悪くない陳列、わざわざ人間族の趣味に合わせてやって、駄菓子のチョイスも推奨されている商品群の中で価格、分類を考慮して選択したつもりである。けれども悔しいかな、谷口店長の言ったとおり、駄菓子を手にとっていくのは女性ばかり。確かにOLが買っていく。しかも大量に、これでもかと。チロルチョコの箱買いなどザラだ。買い上げ点数のアップという一応の成果は出ているようだ。ただ、大量の駄菓子を1個ずつスキャンするのは面倒臭い。小さいからバーコードも読み取りにくいものがある。しかも値段が安いことを考えるとな~、と考えてしまうこともある。け・れ・ど・も・・・である。
「竹しゃ~ん!」
また来たか。駄菓子に魅入られたガキんちょ3人組。剛、翔、拳。かつてカードを万引きした奴らが今では店長だけではなく俺様にまで懐いてしまった。普段は子供と関係をもつことが少ないこともあって、ガキはあまり得意ではない。疲れるが、仕事だ。仕様がない。無論過ちは繰り返していない。カードなんぞよりよっぽど盗り易い物が目の前にあっても。
がっちりした体格の剛。可愛らしい顔をした翔。お調子者の拳。剛・翔・拳。何か必殺技みたいな響きだな。
【2ーB 目指せ、町の駄菓子屋さん 終】