利益ゼロのサービス
【2-A 利益ゼロのサービス】
スタンプラリーなるものを知っているだろうか。説明はしないぞ、面倒くさい。分からん奴は誰かに聞くなり調べるなりしてくれ。ちなみに俺様は知らなかった。鉄道ではなくコンビニエンスストアでスタンプラリーが行われるのだ。駅構内ではなくコンビニ店舗でスタンプを押す。確か景品はスタンプ4つでステッカー、8つでポスターシールだったかと思う。正直言って安っちい景品ではあるが、何やら大人気アニメとのコラボレーションらしく、毎年結構な人数の親子連れがスタンプラリーに参加するのだそうだ。まぁ、勝手にするがいいさ。このキャンペーンは店側も楽なのだ。単に台紙とスタンプを置いておけば良いだけ。楽チンだ。
直ぐに立ち去るつもりだったから人間族の紹介は店長とSV位で間に合うかと考えていたが、もう暫く世話になることが決まってしまったからには共に働く従業員のひとりでも記さねばなるまい。
水谷 怜。もうこの店舗で働いて3年になるそうだ。既婚者で小学生の息子が2人いる。主に俺様と同じ時間帯のシフトに入っている先輩という奴だ。谷口店長曰く、9:00~17:00の時間帯であれば分からない業務、知らない仕事、やったことのない作業はほぼない。迷ったり悩んだり戸惑ったら水谷さんに聞けばいい、9割5分は解決するから、ということだった。大した信頼であるが、蓋を開けてみれば確かにその通りだった。俺様も分からないふりをして幾つか意地悪な質問も含めて聞いてみたが、ふ~む、まぁまぁ、悪くはないかな。それなりに見事なものだったと言っておこうか。経験の成せる技という部分も多分にある。習うより慣れろという言葉が人間界にもあるようだし。ただそれ以上に、基本性能の高さと接客業に向いている性格。加えて知的で美的。外見とレジでの接客のみで評価を下す来店客からの評判が良くないはずがない。こういう従業員がいると店長としても大変楽なのだそうな。
さて、コンビニで行われるスタンプラリーとはどのようなものか。参加費は無料。スタンプは各店舗に1個ずつ設置されていて、台紙も一緒に置いてあるので好きな店舗から始めることができる。鉄道と違って電車に乗っていれば着くというわけではないので、事前に地図で店舗の位置を下調べしておくことを勧めておくぞ、父上、母上よ。スタンプ4個で景品①、スタンプ8個で景品②をもらうことができる。さらに物好きな連中は台紙に記された応募先にハガキを出すという。抽選に当たると景品③が当たる。スタンプラリーの主な宣伝は小学生向けの月刊誌や対象アニメの時間帯に流れるコマーシャルくらいだろうか。決して情報量は多くない。大量に出回ってはいないはずだが、結構な人気を博する。どれほどのものかといえば、各店舗に本部から送られてくる台紙が無くなってしまうほどだ。
「水谷さん、スタンプラリーのセットはどこに置きましょうか?」
「そうねぇ・・・雑誌ラックの奥に置いちゃおうか。」ちょっと悪戯な笑顔が覗く。
「入口から見えないですけれど、平気ですか?」俺様の中の素直な疑問をぶつけた。
「うん、その方が楽しいのよ。多分、店長もいいって言うわ。それと、スタンプラリーの台紙は少しずつ出した方がいいわね。余った分はバックルームに保管しておいて、無くなりそうになったら少しずつ補充しましょう。」
「わかりました。」
もう何度も同様のキャンペーンを経験している水谷氏の指示は明確だった。何気無い会話ではあるが、水谷氏から受けた2つの指示が後々見事な結論をもたらすことになる。その内容を話すかどうかはもう少し考えるとして――
話が逸れるぞ。景品はステッカーとポスターシールなのだが、少年少女よ、間違ってもシールをノートや机、壁、椅子などに貼ってはいかんぞ。人によってはゲームソフトやCDジャケット、PCなどに貼り付ける訳の分からん行動に出るようだが。剥がさずファイルに美しく保管するのだ。折ったり水濡れは厳禁である。それがコレクションの基本。それがコレクションの鉄則である。
むか~し、昔、社会現象にもなった超絶人気の驚くべきシールがあった。値段が30円だったということもあって小学校低学年、それ以下の子供でも買ってもらいやすく、男の子を中心に皆熱中したものだ。第1弾に始まり、5弾、10弾・・・一体どれくらいまで続いたのだろう。もちろんアニメやゲーム化もされて一世風靡した。俺様もシールを集めていて、コンプリートした。詰まる所、全種類を集めたのだよ。ただし保管方法が問題で、ノートに貼ってしまっていた。きれいに美しく、左上から右下へ順々と1ミリの狂いもなく貼り付けられるシール・・・これでは価値がないのだ。正しい保管をしていれば今頃はビックリするくらいの値段がついていたのかもしれないのに―――
・・・だから、何なのだこの幼少期の記憶は。しかも下界の記録。全くもって鬱陶しい・・・
スタンプラリーの店内設置時間は決まっていて、それは9時~17時の間。少年少女の健全育成ナンタラカンタラ・・・だから俺様は出勤すると、9時の業務引継ぎと同時にバックルームからスタンプラリーを店内に設置し、通常の業務をこなすだけ。スタンプラリーにかかる手間はこれだけだ。それなりに人気のあるキャンペーンということではあるが、さすがに開始と同時に親子連れがズラリということはない。果たして客数にも影響があるのかどうか。数えられる程度スタンプラリー目的の客はいるのだが、これだけでは売上げにならないし、正式に客数としてカウントされることもない。客数はレジで精算した際に勘定される。だからスタンプラリー目当ての客、スタンプを押していくだけの客は店に何ももたらさない。
「こんにちは―!!」元気な男の子が来店だ。普段は見ない顔である。後ろから車を降りて母親が追ってくるので、スタンプラリーで店舗を回っているのだろう。ちなみに店舗間が近ければ徒歩で、とは言わないまでも4店舗くらいならば人間族でも自転車で回ることができる。しかしこの地域は車社会。店舗間の距離がかなり離れていて、1店舗、2店舗、記念にスタンプを押すだけならば子供だけでも可能だろう。けれども4店舗以上回って景品を手に入れるのであれば親と車の力が必須なのだ。
「ねぇねぇ、スタンプどこ~?」
「さぁ、どこかしら?探してごらん?」
「うん!」男の子と水谷さんの会話が終わると即座に男の子は走り出し、その尻拭いをするように母親が
「すみません。」と軽く会釈する。そんなことを気にすることなくお目当てのスタンプを探し駆け回る少年。
「あったー!!」発見したときはほとんど半狂乱だった。よっぽどスタンプラリーのアニメが好きなのだろう。他の客が少なくて良かったが、いい迷惑である。しかしこの少年意外と、というか騒いだ割にとてつもなく冷静で、母親を呼ぶと自分ではスタンプを押さないで、母親に押してもらっていた。美しくスタンプを押すことがまだ子供には難しいのだろう。そして大事に台紙を胸に抱える。水谷氏でなくとも微笑ましい場面である。その後この親子はペットボトルを2本買っていった。
「バイバーイ。」と、水谷氏に手を振ってまず子供が出て行き、母親と水谷氏が互いに頭を下げる。スタンプラリーで最も大変なのは準備する店側ではなく、子供でもなく、店を回るための足である親御さんのようである。
その後もふと目を遣ると結構な確率でスタンプラリー目的の客が雑誌棚の横でスタンプを押していた。中には4ヶ、8ヶのスタンプを集めてレジに景品を貰いに来る者もいる。俺様も数枚景品を渡したが、どうもその魅力がわからない。欲しいか、コレ?といった感じである。まぁ、接客用の笑顔で宝物を渡してやるのだが、子供たちは本当に嬉しそうな顔をする。コイツを目当てにスタンプを押してきたのだから当たり前なのかもしれないが。そして気を遣っているのか、母親は何かしらの買い物をしていく。もちろんスタンプラリー参加者全員が何かしらの買い物をするわけではないし、訪れる全ての店で飲み物を買っていたらお腹がタプンタプンになってしまう。せっかく安く済ませられる子供のおねだりにわざわざ金を落とさなくてもよかろうて・・・
そうか。なるほど、そういうことか。
忙しくて旅行ができない、遠出ができない、家を空けられない。どうにか頑張って半日くらいがやっとか。子供のことを考えると何かしらの物と思い出を残してやりたい。学校でもやれどこ行った、やれ何を買ってもらったという話題に乗れなければ申し訳ない。そんな時、スタンプラリーは都合の良いイベントなのだ。子供の大好きなアニメ、車の中で培う親子の時間、スタンプを集めて手にする景品という物、そしてお金がかからない。だから財布の紐も緩くなる。飲み物、おにぎり、お菓子。普段ではダメというものでもこの日ばかりは、子供のおねだりのままに買ってあげてしまう。
「え~、またお菓子買うの?仕方ないわね、今日だけよ。」
「うん、わかった!」まぁ、大概のガキんちょは分かっていないのだが。
「水谷さん、スタンプラリーって店はほとんど儲かりませんよね。」
「んっ?フフフ・・・そうね。手間がかからない分儲けもほとんどゼロかもしれないわね。」
「ねぇねぇ、スタンプどこ~?」
「探してごらん。」
「でも小さい子が楽しそうにしてくれるならいいんじゃないかしら。」
「水谷さんのお子さんもスタンプラリーやりましたか?」
「スタンプありますか?」
「さ、どこでしょう。」
「うちはやってないのよね。2人とも野球ばかりで、休みの日はいつも試合なのよ。私は早起きして、お弁当作って、子供起こして、送り迎えと応援かな。あと洗濯地獄ね。」
「スタンプの台紙、余分にもらってもいい?」
「ゴメンネ、残りが少なくなっちゃったから1枚で我慢してくれるかな。」
「ま、旦那と子供が笑って帰ってくるなら泥だらけでも許してやるか、ってとこね。」
ふむ。人間族の母親というのはどこか頼もしいものだ。
【2-A 利益ゼロのサービス 終】




