37.二人の距離
気づいたらキスされていた。
シアンに。
あの、シアンに――
「ん……ちょっと、どいてよ!」
ドンと突き飛ばすと、全く悪びれるの様子のないシアンが、されるがままに三歩ほど遠のいた。
「シアン、どうしちゃったの……なに、してるの?」
「なにって……俺が全く女に興味ないみたいな言い方するから、そうじゃないぞってところをだな」
「そんなことの為にワザワザ私を実験台にしてくれたの?」
「まあ、そういうことだ」
「そう――サイテーね」
事務的に淡々と会話が進む中、シアンの気持ちも手に取る様に分かった。
こいつは何も考えちゃいない。
女性の嫌がることはしないとタカをくくっていたけど、なるほど、私は別らしい。
「さっきの女性には気を遣うのに、一方の私には微塵もないのね。
なにが、女に興味ないことを証明しただよ、ふざけんな!」
壁をバンと殴り(かなり痛かった)、遠のいたシアンに近寄る。相変わらずの黒い姿だけど、ちょうど月が出てきて彼を照らす。雲から顔をだすように、じんわりとシアンの姿が鮮明になっていく様は、どことなく美しくも見える。
「金色の髪に、茶色い目……本当、顔だけはいいのにその心は真っ黒ね!
どうせあなたも、召使いなら何したっていいって、そう思ってるんでしょ?」
「あなたもって、他に誰がいんだよ」
「キンバリー準男爵みたいな最低な男もいるじゃない!」
「あんな奴と一緒にすんなよ!」
瞬間、目がキッとつりあがり、険しい表情になる。
だけど、一緒にするなと言われたところで、無理強いしているところは似ているのだから、同じレベルだ。
「シアンのこと、尊敬していたのに裏切られた気分。
もう私、今日はあがりだけど……あなたは帰ってこないでね」
「はあ!? むしろ、あれは俺の部屋だぞ!?
帰るに決まってんだろ」
「はい!?
襲われた男と一緒に寝られるわけないでしょ!?
そんなことも分からないの?」
「なんだよ、俺が悪いっていうのかよ」
「その通りでしょ!?」
他に何があるというの!
ってか、あまりにギャーギャーしすぎて、暗い路地にきたというのに、覗きこまれて見物客が増えている。しまった、これ、シアンだってばれてない!?
『シアン騎士、また女と揉めたか!?』
みたいな噂がたっちゃたまらないよ~! よし、ここはひとつ、穏便にことを済ませよう。耳にコショコショして、内緒話で済まそう!
「シアン、耳貸してよ」
「あ? まさか引きちぎるつもりじゃ、」
「そんなことしないわよ!」
いいから!
と強引にシアンの耳元に口を持って行く。
すると――
「ここでは目立つから場所を変え、ん!」
なんとなんと、またシアンにキスをされてしまったのだった。
「何度同じことをするのよバカシアン!!」
「いって!」
我慢ならなくなってグーで思い切り頬を殴る。
「誰かに見られてないでしょうね!? あんたがそんなことしてると、せっかく回復してきた騎士の名に傷が!」
「そっちかよ!」
「それしかないわよ!」
埒が明かないので、とりあえず二人の部屋まで移動するとする。その間は、もちろん、従順な召使いを演じて一歩引いて歩いているけど、誰の目もないならいますぐその尻を蹴飛ばして自転車でシアンの体の上を何往復もしたい。
「ほら、入るぞ」
「かしこまりました。鍵をあけますね」
ガチャ――バチン!!
扉が開いた瞬間に、渾身の力を込めて思い切り殴る。今度はパーだ。
「いってー! お前なぁ、さっきとギャップがありすぎるだろ!」
「うっさい! こっちは騎士の体裁を気にして気を遣ってるのに、あなたはなに!? どうして人前であんなことするの! 何の嫌がらせなの!?」
「嫌がらせって……そんなんじゃねーよ」
まるで怒られた犬のようにシュンとして、ベッドに座るシアン。もしかして、情緒不安定? 軽く鬱になってるのかしら……最近仕事が忙しすぎて、メンタルまでは見てやれなかったから……。
といっても、それで私にキスをしていい理由にはならないけど――
「シアン、ねえ。もう一回聞くわよ。
本当に、女嫌いじゃないことを証明するためだけに、私にあんなことしたの?」
「半分本当で、半分嘘だ」
「(あら、珍しい)」
素直に答えようとするシアン。
ここは刺激せず、ゆっくり待つとしよう。
「じゃあ、どうして?」
「したく……なったから」
「はい?」
「したくなったからした」
バチン!!
素直に話しを聞いた私がバカだった。
なにその理由! あんたは犯罪者か!
「じゃあ、もう一度誘快に入ってあのお姉さん頼めばよかったでしょ!
なんで私でするかなぁ~あぁもう! 完璧に流されてやってんじゃん!
あのお姉さんの気に流されて、私にやってんじゃん! 私流れ弾に当たってんじゃん!」
「それも半分は合ってる」
「全てでしょ!?」
「いや」
まるで「違う」という言い方。
でも、他に何の理由が?
やりたいときにやったんでしょ?
「あの女に口づけされたから、流れでそのままやったとかじゃないんだ。
フランの、その恰好見たら、その、無性に……お前としたくなったんだ」
「はい……?」
「お前と口づけしたかったんだ」
「……」
よく、わからなかった。
「シアンは、私のこと好きなの?」
「は? いや、違うと思う」
「はい!?」
好きじゃないのにキスしたくなったの!?
なんだそれは、発情期か!
「やっぱり誰でもいいんじゃないの?」
「いや、お前としたかった。
お前じゃなきゃ、ダメだった」
「……」
この人は、なんでこういうセリフを選んでくるかなぁ……。
天然のモテ男がしそうなさりげない言葉に、不覚にも胸が高鳴る。
というか、さっきから高鳴りっぱなしだ。
だって、ファーストキスだったんだもん!!
初めてのキスが異世界で、しかも今仕えている主にされるとは、誰も思わなった。もちろん、私が一番予想してなかった。だけど、シアンは望んで私とキスがしたいと言った。
それなのに好きじゃないって、どういうこと?
「からかってる?」
「いや、本音で話してる」
「じゃあどうして、そんな不純な動機なの?
それじゃあ、やりたくてやったって言ってるとおなじことよ」
「お前と、やりたかったんだって言ってるだろ。
あ~もう、いいだろこの話は」
それはこっちのセリフでしょ!
ってか何もよくないから!
「今日疲れたし、明日も朝早いから風呂入って寝る。
晩御飯は食べたのか?」
「ちょ、ちょこちょこつまんだ。シアンこそ食べたの?」
「お前が食べてればそれでいい。
じゃあな」
「おや、すみ……」
バタン
扉が閉まった後、しばらくしてシャワーの音が聞こえた。このままだと、本当に今日はこれでお開きになりそうだ。でも、私の気持ちの収集がついていない、まったく!!
「なによ、疲れるのはこっちだっての」
ポケットに手を突っ込むと、誘快を立ち去る時にくすねたお菓子が何個かあった。包装紙的にチョコレートかな? この世界のお菓子は格別に美味しいから、食べることを想像して少しだけ肩の力が抜けた。
「シアンこそ、何も食べたないんじゃないの?
仕事が終わってすぐ、駆けつけて来てくれたんでしょ?」
シアンの思考回路が分かるからこそ、私を訪ねに誘快に来てくれた理由も分かった。
だけど――今はどうだろう。
「やっぱり、シアンがわからない」
そう言って、お菓子を一つ口に含む。
甘ったるいカカオの香りが、鼻を通って脳に安らぎを与える。
あぁ、幸せだ――
こんな状況でも幸せを感じられるなら、シアンだってきっと同じだろう。
訳の分からない事を言う奴だけど、倒れられたら困る。
騎士は体が資本だ。
「チョコ、おすそ分けしてあげるから、今日はあなた床で寝なさいよね」
掛け布団を分けてやり、床に敷く。枕もおいてあるから、さすがに意味がわかるだろう。
「はぁ~つっかれたぁ」
まだお風呂にも入っていないのに、ゴスロリの服のままベッドに横になる。そうするとウトウトしてきて、いつの間にか夢の中に入っていたのだった。




