小説における共感の力
人は共感を得られる相手に対し、親しみを覚える。
同じことで怒る人、同じことで悲しむ人、同じことで喜ぶ人。
小説に関しても同様のことが言える。
読者層に応じた価値感覚が、物語に対する親しみを生み出す。
共感の力を利用した物語として、いじめをテーマにしたものがある。
主人公がクラスメートがいじめられているのを目撃し、その後どう行動するか。
この時の共感には2種類ある。自分だったらこう行動したいという希望と、自分だったらこう行動するだろうという現実。
いじめを目撃してしまった場合、多くの人は傍観者の立場をとる。それが現実。
希望で言うなら、カッコよく助けてイジメっ子とイジメられっ子を和解させること。もしくはイジメっ子に自分の罪を思い知らせて復讐すること。
強い共感を引きつけるのは、希望の方になる。
やりたくでもできないジレンマを物語の中で解消できる。
希望通りのストーリーを見せることで、主人公への共感が生まれる。
自分だって、もしかしたらこうできたかもしれない、こうできるかもしれない。
そう思わせることこそ、希望通りに主人公を行動させることの意義である。
現実に沿った行動を主人公がする場合、理解はあっても共感にはなりにくい。
流れが自然であるがゆえに、そのこと自体に大きな関心を引きつけることができないからだ。
1つのインパクトある場面ではなく、全体を通して、主人公へ親しみを持ってもらうことになる。
どちらにも長所短所がある。
前者は継続性が足りず、後者はインパクトが薄まる。
熱いお湯に短時間浸かるのと、温いお湯に長時間浸かるのとの違いみたいなもの。
どちらが好きかはお好みで。




