21話 二回戦 スレイの秘策
「……今のはなんじゃ?」
「……………………」
ルリアの問いにゼウスは答えない。
上級魔道士十人分の魔力を使ったのにも驚きだが、それ以上に今しがたヤマトが出した魔法はただの人間ごときには到底できそうもない芸当だったのだから。
「あれほどの魔力を一撃に使ったというのか……?」
ルリアはそう結論づけたがゼウスは違うと心の中で断言した。
(その莫大な魔力さえもおそらく彼にとっては準備なのか……)
ヤマトのあの動き……というより魔法の真価は其処ではない。
あれはおそらく魔法を発動する為の魔力ではなく、その準備段階のものであるはずだ。
ゼウスが驚くところは其処である。
あれほどの魔力を一体何に使ったのかは、ゼウスにはわからない。
しかし、使いようによっては……そう思いゼウスは顔を顰める。
あの動き単体に魔力を込めているのであればそれほどに驚きはしない。
なぜならその魔法を連続で使えることは出来ず、一回きりだということになるからだ。
第一魔力を溜める時間もあるのだから戦闘ではまず使えない。
使えるのは一撃必殺の奇襲の時くらいであろう。
しかし、実際はヤマトは今の魔法自体にはそれほどの魔力を込めていないのである。
理由は分からないが、あれほどの魔力を“何か”に使用して、その“何か”の恩恵で魔法を使いあの動きを実現しているようであったのだ。
それはつまり、その“何か”しだいによっては連続で発動が可能かもしれないということである。
「末恐ろしい……」
ゼウスはただ一人そう呟いた。
★★★
『それでは続いて二回戦を始めるぜ!』
――ワアアアア!!!
武道大会は続いて二回戦を始める事になる。
今は二回戦の第一試合から第四試合までの出場者が準備を進めていた。
その中には凛とした佇まいのカーラもいる。
「まあ、カーラなら心配しなくとも勝つだろうけどさ」
「ヤマト兄!」
ヤマトが皆の下に現れひらひらと手を振っている。
どうやら一回戦を見事に突破した彼はいつの間にか観客席に帰っていたようだ。
その姿にその場に居た全員が殺到する。
「ヤマト! あの時何をしたの!?」
「全く持って謎すぎます!」
「おめえはホントにおもしれえもんだ!」
次々に言葉を投げかけられ、頭がくらくらしてくる。
とにかく皆をなだめながら試合を見るように促す。
「ほら! カーラ応援しないとな?」
「さっき心配しなくとも勝つって言わなかった?」
何のことかな、とヤマトは口笛を吹きながら視線をそらす。
皆もそこで問い詰めるのを諦めたのか、視線をカーラに向けた。
『それでは二回戦第一試合から第四試合まで――始め!!』
「あいつもすっかり板についてきたな……」
ヤマトが苦笑しながらガノンの言葉に頷く。
残念ながらウルトの司会っぷりは認めなければならないだろう。
何故ならばウルトの声と共に毎回観客から熱狂的な歓声が送られるのだから。
「――っと。そうしている間に勝負がついたみたいだな」
見ればカーラは既に相手の剣を弾いて首にレイピアを当てている。
あの四つの試合の中ではダントツの速さで勝負がついている。
「これで第三回戦進出だな」
「ああ」
ガノンとヤマトは当然のようにそんなカーラを眺めていた。
★★★
そうして二回戦の四つの試合は終わり今度はヤマトとスレイがコロシアム内に移動する。
階段を降りながらヤマトはスレイに頑張れと手を振り、そのまま自分の位置に着く。
そんな時、ヤマトは対戦相手の男と目があった。
目の前の相手は位置についたヤマトの姿にニヤッと笑みを浮かべる。
……ヤマトの対戦相手は――。
「ほう。怖気づかずに俺の前に立ったことを褒めてやろう」
「それはありがたいね、パンドラ」
「な……俺はパドラーだ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつけるのは自らも名乗ったパドラーであった。
ヤマトを見下ろす大男は背にかけたバスタードソードに手をかける。
しかし、ヤマトはそれに気にかける事もなく、他の試合の出場者を眺める。
ヤマトの隣には昨日に華麗な剣捌きで勝ち進んだザクロが立っている。
此方の視線に気付いたのかちらりと此方を見るが、それもほんの一瞬のこと。
すぐにザクロは対戦相手に意識を向けた。
その向こうではスレイが棍を構えて、静かに素振り。
それを黙って見ている対戦者はどうやらどこかの国の騎士のようである。
実力はそれなりにあるらしいが、まあスレイなら何とかするだろとヤマトは楽観的に考えた。
それよりもヤマトは一番向こうの面の男に目を向ける。
やはり今回も相手は眼中にないのか興味のない素振りを見せる。
そんな時、面の男が此方を向いた。
(狙いはやっぱ俺かな……)
その事実は疑いようがない。
面の男は間違いなく自分を狙っていた。
あの男に会えばおそらく自分の事が少しは分かるかもしれない。
そう思えば武道大会に参加したのも良かったと思える。
ヤマトは今まで武道大会にあまり興味はなかったが、面の男に会うまでは負けるつもりがなくなった。
『どうやら準備が整ったようだぁ! それでは本日最後の試合――始めいッ!!』
だんだん調子に乗り始めたウルトに不快感を覚えながらヤマトは刀を抜いた。
★★★
「覚悟!」
「…………」
試合開始の合図が鳴った瞬間、スレイの相手である騎士が飛び込んできた。
騎士は鉄の鎧を着ているのにも構わずダッシュでスレイに接近、そのまま剣で切りかかった。
スレイは剣を弾いてバックステップ。
そのまま棍を流れるように騎士に向かって振るう。
しかし、騎士はそれをたやすく弾いていく。
やはりそれなりの実力者で戦闘経験もかなりあるのだろう。
だがその事実に屈さずに無表情のままスレイは足払いを繰り出す。
それでも騎士はそれを見切ったように後方に跳んでそれをかわした。
騎士は鉄の鎧を身に纏っているには動きが軽い。
スレイから見てもこの騎士はかなりできるようである。
「――――なら」
スレイは今度は大きく踏み込み騎士に向かい棍を振り下ろした。
騎士はそれを剣で受け止めるが予想以上に強く打ち込まれた事で腕が少し痺れる結果になった。
スレイは其処にすぐさま棍の先端部での突きを腹にお見舞いする。
それが腹に当たって大きく仰け反るかと思いきや、どうやら違ったようである。
鉄の鎧がスレイが思ったよりも固く、仰け反らせるまでに至らなかったのだ。
スレイはそれに多少動揺した。
そしてそれが大きな隙となってしまった。
騎士が剣をスレイに向かって振り下ろした。
それを僅かに身を捻ってかわそうとするがかわせなかった。
剣が肩から腹にかけて浅く切られる。
身を捻った事で大きな傷を受ける事にはならなかったが、それでも動きに影響するくらいの傷を負ってしまった。
スレイは騎士にさらに剣を振られないように後ろに大きく下がる。
どうやら騎士も無理に追撃はしてこないらしい。
剣を構えながらじりじりと警戒しながら此方に近づいてくる。
スレイは僅かに舌打ちした。
もし、そのまま突進してくるものならカウンターもしやすい。
しかし、この騎士はそんなへまをしてくれはしないようだ。
スレイは息を吐いた。
それは諦め。
だがそれは試合を諦めたわけではない。
…このまま戦う事を諦めたのだ。
スレイはゆっくりとした動作である物を取り出す。
それは黒い腕輪である。
しかし、腕輪には何故か小さな四角のボックスのようなものが付いている。
スレイはそれをはめて集中力を高めていった。
★★★
「まずいわね……」
リリーがそう呟いて試合を眺めている。
ローラもその言葉に不安げな表情を浮かべながら試合を見つめる。
今、スレイが棍で攻撃を仕掛けていたのだが、それを防がれ逆に反撃を受けてしまった。
スレイはその後追撃されないように大きく下がったようだが傷から血は流れ続け、負けるのも時間の問題である。
「大丈夫だ。あいつならな」
しかし、ガノンはスレイの苦戦に焦る事無くそう断言した。
「何でそんな事が分かるんですか?」
ラーシアが不思議そうにそう訊ねた。
ラーシアから見てもスレイは絶体絶命である。
だがガノンは笑うように皆の疑問を一蹴した。
「あいつには秘策を持たせてあるからな」
★★★
「なんだ…?」
騎士は独りでにそう呟いた。
なぜなら今しがた戦っていたスレイの空気が一変したからである。
スレイは何故か此方に攻撃を仕掛けるどころか棍を構えて何かに集中している。
普通ならチャンスとばかりに飛び掛るのだが、今回ばかりは違った。
自らの勘がそれを拒絶したのだ。
「雷の鎧を纏え。雷鎧」
そしてスレイは詠唱した。
これには騎士は馬鹿な、と声にだす。
属性魔法を鎧として身に纏わせるこの魔法は上級魔法の一種、それも高度な魔法である。
この魔法は属性魔法を纏わせ、その属性の効果を身体に及ぼす。
そしてスレイが唱えた魔法は雷鎧。
自らの体に雷を纏わせ、電気により自分の反射神経、身体の身のこなしを向上させるのである。
ヤマトの身体強化のように身体を向上させるわけではないので動きが早くなるわけではない。
あくまで反射神経などの運動神経をあげる魔法である。
しかし、それでも戦闘には飛躍的に影響は出る。
「――――いくぞ」
スレイは雷を身に纏わせ、騎士に向かい駆け出す。
騎士はそれに同様しながらも剣を構えて迎え撃つ。
スレイが近づいて、懐に入るタイミングで騎士は剣を水平に振った。
タイミングは完璧に合わせたと確信できる振りを繰り出したのだ。
故に騎士は勝負が決まったと思った。
しかし、反射神経が上がっているスレイはそれを易々と避けて見せた。
その動きに無駄はまるでない。
ギリギリの位置で剣を避けたのである。
騎士はこれには驚きを隠せない。
何せ勝負が終わったと確信したのだから。
その驚いている間に大きな隙が出来た。
スレイは其処を見逃さない。
スレイは思いっきり棍を打ち付ける。
しかし、鉄の鎧を着ている騎士には致命傷を与えることは出来ない筈であった。
それでもスレイは躊躇なく棍を打ち付けた。
騎士はそれに安堵の表情を浮かべた……その途端、全身に痛みが走った。
騎士は身体が痺れたように動かず地に伏せる。
そして、その試合はスレイの勝利で幕を閉じた。
★★★
「何でスレイが魔法を使えるのよ!?」
リリーは驚きの声を上げる。
スレイは今の今まで魔法を使えなかったはずである。
それなのに魔法を使った事が不思議でならなかったのだ。
「ああ。それなら俺が魔道具をやったからな」
「雷鎧の……ですか?」
ラーシアは別のところで驚いていた。
何故なら魔道具で上級魔法の、しかも高度な部類の魔法を使って見せたのだから。
元々魔道具は魔法を使えないものの為に作られたものである。
だが魔道具の効果は魔道具に定められている魔法しか使えない。
さらに言うと武器や道具に魔法を組み込むのだから高度な魔法を埋め込む事は難しい。
要は中級魔法が限度といったところである。
しかし、ガノンは上級魔法を組み込んでいた。
これが出来るのはこのユスターヌ大陸においても三人もいないだろう。
ラーシアはその事実に改めてガノンの魔道具職人としての腕を思い知った。
「それよりヤマト兄の試合はまだ続いているよ」
ミルが呆気に取られているラーシアに声をかける。
それにハッと我に返ったラーシアは頷いてヤマトの試合に目を移した。
「これは……」
ラーシアはその試合を見て思わず声を漏らした。
周りを見ると苦笑を漏らしている。
「どういうつもりなんだ?」
カーラは不思議そうにそう呟いた。
★★★
スレイは試合を終えると他の試合に目をやった。
どうやら他の試合も終わっているらしく、右の方では面の男が、左には騎士のような男が立っていた。
その二人の前には対戦相手らしき人物が倒れていることからどうやら試合に勝ったようだ。
ふと自分も対戦相手である騎士に目を向ける。
実際に危なかったとスレイは思う。
もしガノンから黒い腕輪の魔道具を貰わなければどうなっていたか。
騎士が鉄の鎧を纏っているからこそスレイの最後の攻撃は生きた。
スレイの体に纏っていた雷は棍を伝い騎士に一気に流れた。
故に電撃を喰らう羽目になった騎士はそのまま痺れて動けなくなったのだ。
スレイは其処まで考えて足の力が抜けて地面に座り込む。
ガノンの言われた通り、今のウルトでは五分も使えば反動で動けなくなるようである。
すると奥の方ではなにやら怒鳴り声が聞こえる。
スレイはそちらの方に目を向けるとどうやら試合がまだ残っているらしく、二人の人物が相対していた。
一人は怒鳴り声を上げながらバスタードソードを大振りしている大男。
もう一人はスレイも良く知った人物、ヤマトであった。
「どうしたパノン。もう疲れてきたかな?」
「てめえ! ぶった切ってやる!」
一見するとパドラーが怒涛の猛攻を繰り広げているのであるが、実際は全然違う。
ヤマトは涼しい顔でその全てを避けている。
おそらく全く本気を出してはいないのだろう、全く刀を振るう素振りを見せない。
「どうした? 自称強い人」
ヤマトは振るわれたバスタードソードを避けながらパドラーに軽口を叩いていく。
これは相手の頭に血を上らせ動きを単調にすることが狙いである……わけではない。
実は以前パドラーにいきなり文句を言われた後に切りかかられた事をまだ根に持っていたのだ。
ヤマトも人間だ、我慢ならない事もストレスが溜まることもある。
そうした気晴らしの為にヤマトはパドラーを怒らせる事に集中していた。
「……飽きてきたな」
「ああ!!?」
しかし、かれこれこの作業を何十分も続けている。
さすがにヤマトは飽きてきた。
「もう終わらそう」
「何だと!?」
あれほど馬鹿にされて、さらには飽きたとまで言われたパドラーは激昂する。
最早パドラーの血管は張り裂けそうであった。
「死ねええええええ!!」
最早勝利のことなどどうでも良いパドラーはヤマトを殺す気でバスタードソードを振った。
しかし、それすらもヤマトにあっさり避けられてしまった。
「そら!」
ヤマトはそこで刀を振るう。
殺してはいけないので峰の部分でパドラーの後頭部を思いっきり叩いたのだ。
パドラーはそれを悟るまもなく白目を向いて地面に倒れた。
『おお~と! 決まった~~! 二回戦を勝利に治めたのはこの四人だ!』
その掛け声と同時に本日の試合が終わった。
スレイはふとヤマト目を向ける。
するとヤマトが爽快な表情でパドラーにバ~カと言ったのをスレイは目撃した。
……スレイは苦笑する他なかったのだった。
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