12話 行きますか
「こっちで合っているんだな?」
「ああ。間違いないと思う」
ここはトローレの街を出て南側にある街道。
草や花がそよ風に揺れて、緑の香りが漂ってきそうである。
そこに二つの疾風が起こる。
その疾風は辺りの草花を散らし、街道に砂煙を立て、恐るべき速さで進んでいる。
疾風が目指すものはここからさらに南下した山。
普段なら走っても数時間掛かるところをこの二人は三十分で山のふもとにたどり着いた。
「ヤマト!」
「分かってる!」
ヤマトはふもとに着くと同時にすぐに目を閉じる。
この大きな山の中、普通に探していては時間が掛かりすぎるのだ。
故にヤマトはマストを発動させる。
実際に数々の場面で役に立ったマストはここに来てもその力を発揮した。
「こっちだ!」
「よし!」
ヤマトは直感の指示に従いカーラを連れて険しい山道を登る。
辺りは木々が生い茂り、落ち葉が降り注ぐその道を二人は悠々と進んでいく。
しかし、ここは今魔物が大量に発生している。
まさに当たり前の如く、二人は魔物の群れと出くわしてしまった。
「この急いでるときに……」
ヤマトは顔を顰めて前方の魔物の群れを見据える。
数はかなり多そうで、このまま進めば二人の力を持ってしても時間を食うだろう。
逃げる事も視野に入れてみるのだが、何しろヤマトの超感覚能力での効果は“直感”であるのでそれは面倒であった。
ヤマトは山のふもとで超感覚能力を使った。
そしてその超感覚能力による直感で表されるのは其処から何処に向かえばいいか……つまりは進む方向がその一瞬だけ示されるというだけである。
詳しい場所を知らないヤマトが道から逸れればさらに超感覚能力を使わないといけないのだ。
いくらヤマトが膨大な魔力を有していようと限界はある。
よって魔力を大量に消費する超感覚能力の使用は、今から起こるであろう魔物との戦闘を前にあまり多用はしたくなかった。
「仕方ないな。ここは私が受け持つ。道を開くから君は進め」
「いいのか?」
カーラの言葉にヤマトが眉を顰める。
確かにカーラは強いし、この魔物の一団を前にしても傷を追うことすら想像できない。
しかし、万が一という事もある。
ヤマトはその事を十分に理解している為に、カーラの身を案じる。
だが、そのヤマトの心配もカーラの前には杞憂であった。
「ヤマト。私を誰だと思っている」
カーラはその美しい顔に微笑みを浮かべて、レイピアを抜いては縦に振った。
その瞬間起こるのは雷。
カーラの放った魔法は地面を這って敵を縦断した。
「今だ。走れヤマト」
「ありがとな!」
ヤマトはそのまま高速で開かれた道を駆ける。
その姿はまさに黒い風。
カーラが周りの十体を一振りで片付けた頃にはヤマトの姿は見えなくなっていた。
「さて、貴様らは私の相手をしてもらおうか」
カーラはレイピアを構え、その切っ先を魔物の群れに向ける。
刹那、カーラの姿がぶれると同時に消えた。
その時にカーラの指輪から赤い光が淡く光っていた。
★★★
「みんな! 大丈夫か!?」
ツンツンした白髪に強い視線を周囲に張り巡らすのは青年ウルト。
その周りには二十人程の冒険者が深刻な顔で辺りを見回している。
「――なんでこんな事になったのでしょう……」
その中で今の状態を不安そうに呟く一人の女性が居た。
女性は灰色の髪と瞳を持ち、青のピッチリとした長ズボンと黄緑の絹の衣服を身につけ、その上からは黄色のローブを羽織っている。
その女性はハドーラ盗賊大襲撃より三年後のラーシアの姿だった。
「まさかここまで魔物が強いなんて……」
ふと隣を見ればローラは疲れきった顔で溜め息を吐いた。
最初にこの依頼を受けたときは他の冒険者も今の人数の三倍近く居て、予想される魔物の危険度もCランクがいい方であった。
しかし、いざ森に入ってみるとどうだろう。
危険度がBランクやAランクの魔物を数回も見つけられるではないか。
さらに驚くは魔物の数。
とても中級者の集まりであるこの一団では手に負えなかった。
「とりあえず助けを待つしか無いわね……」
リリーが虚ろな碧眼を下に向ける。
これは正直に国の損害を考えるのならば第一級の問題である。
何せ自国でこのような魔物の巣窟があるのである。
先ほど何人かの冒険者が決死の覚悟で街まで先行して行ったが、おそらく直に国が騎士団や軍をこの山に送り込むだろう。
よってここに居るものは下手に動いて全滅するよりも助けが来るまで素直に隠れる事を決断した。
いま現在、冒険者一行が身を隠しているのは山の奥にあった洞窟である。
山の中で偶然にも見つけたこの洞窟のおかげで何とか全滅は免れていたのだ。
しかし、軍や騎士団が動くのは大分先の話。
自分達が生きている間に助けが来る事は絶望的であるのは誰の目にも明らかであった。
ならば何故動かないか……それはこの洞窟の外が既に魔物だらけであるからだ。
この洞窟の入り口から少し離れたところは先ほど冒険者達が魔物に襲われた場所である。
そしてそこには何人もの死体が置き去りにされているのである。
魔物はこの死体となった冒険者を食す為にそこに群がっている。
洞窟の入り口には強いとはいえないまでもある程度の妨害魔法の結界を這っていた。
この妨害魔法の結界は魔物の進行を妨害するものではなく、あらゆる物音、気配を遮断するものである。
ちなみにこの妨害魔法をかけたのはラーシアだ。
とにかく、そんな訳で冒険者達はここから動けずにいた。
しかし、ずっと居座るにも食料、恐怖、持ち物から限界がある。
実際に助けが来るまでもつかは絶望的であった。
「ラーシアぁ~……。恐いよ……」
「大丈夫ですよ…。ミル」
ミルと呼ばれた少女がラーシアに身を寄せ震える。
それを自らも不安であろうにラーシアは精一杯慰めようとする。
この少女、ミラは今現在ラーシアと同じチームとして行動している。
オレンジ色のポニーテールに青い瞳をして、白と黄色が混ざったワンピースを着ている。
齢15の彼女にとって今の状況は恐怖で耐え切れないのである。
二年前に出会ったラーシアに魔法を教えてもらい、ある程度は習得しているがこれほどの魔物から怯えることは今だかつて無かったのである。
しかし、それは何もミラに限った事ではない。
「ねえ……。ホントに助けは来るのかしら……?」
「知らねえよ……。今は祈るしかねえだろ?」
洞窟の隅の方ではチーム<流離う者>が現状の不安を声に出していた。
最初に不安を漏らしたのは淡い水色の髪と瞳を持った女性、シーミ=ローカル。
年は二十後半程で、水色のシャツに青のハーフパンツのスタイリッシュな格好をしていた。
それに対して応答するはリーダーのコミュート=リリック。
青色と緑が混ざったような髪を逆立て、薄い黄色の瞳、服装は茶色のベストにベルトを襷掛けして、黒の長ズボンを着ている。
他にも数名居たが、全員がその場で力なく座り込んでいる。
「…………どうする? ローラ」
そんな状況下の中スレイはただリーダーの命令を待った。
スレイにとって己の存在を認めてくれた初めての人物がローラである。
故にローラの身を守る為にできる事をやっておきたかった。
しかし、スレイにも今の状況を打開する案は到底見つからない。
よってローラに訊ねたのだ。
「今はどうにもならないですね……」
だが、ローラは洞窟の外をただ見つめているだけであった。
第一力もあまり持っていないローラがこの状況を何とかする方が無理があるだろう。
そう……ローラはあの黒髪の青年のような状況判断能力も戦闘力も、さらには経験すらもかけていたのである。
「ヤマトがもし居たら……いえ、考えても仕方が無いですね」
ローラはふと呟く。
もし、ここにヤマトが居たらどれだけ良かったか。
ヤマトならばこのような状況でも対処できたのかもしれない。
しかし、今ここにヤマトはいない。
いない者の事を話しても仕方がないのだ。
「今……ヤマトと言いましたか!?」
その時、ローラの前に灰色の髪の女性、ラーシアが現れた。
ラーシアは先ほど出てきた名に瞠目している。
「はい……。ヤマトを知っているんですか?」
「はい。昔に会ったことがあるんです」
ラーシアは後ろに隠れて警戒して此方を除いているミラを引きつれローラ達のところまで移動する。
そして僅かな共通点について談笑を始めた。
この状況下でのんきな、と誰もが思うかも知れないが今の状況において誰かと話す事は重要である。
何故なら現状の厳しさからそうでもしなければ精神的に持たないのだ。
どんな些細な話でも気を紛らわさなければ頭がどうにか成ってしまいそうなのである。
そうしてローラ達はラーシアとミルを混ぜて六人でヤマトについて話していた。
それは三年前の魔物の大繁殖の事やハドーラの事件、師匠があの“魔道王”である事が真実だという事など様々。
「やっぱり本当だったのね……」
改めてリリーはヤマトに感嘆する。
一方のラーシアもヤマトの奮闘ぶりに嬉しそうに表情を緩ませた。
「でもヤマトがあの古代魔法を持ってたなんて……」
ローラはヤマトが身体強化を使える事に驚きであった。
今までそんな魔法を詠唱した素振りを見せていない。
もしかしたら無詠唱で唱えているのかとも考えるがローラは首を振るう。
(古代魔法を無詠唱なんていくらヤマトでも……)
古代魔法はその莫大な魔力の消費によって今の時代では無くなっていったのである。
それを無詠唱で唱える事はあまりにも難しい。
よってローラがこの推測を出すのは当然といえた。
「それにしても……。助けこねえなぁ……」
ウルトが何気なく呟いてしまった。
今現在考えないようにしていた事をあっさり言われた五人は一斉にウルトを睨む。
「い、いや……何というか……ね?」
睨まれたウルトは必死で弁解しながら後ろに後退。
しかし、ローラはすぐにウルトの首根っこを捕まえ、リリーと共に解体作業に入った。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!! 助けてくれーーーーーッ!!」
ウルトの断末魔の声が洞窟内に響いた。
その様子にラーシアがクスクスと笑う。
(まるであの子達みたいですね)
ウルトにとっては冗談ではないが、ラーシアやミルには笑顔が戻った。
これは今の状況では収穫と言えるだろう。
二人は心の中で静かに白髪のツンツン髪の青年に感謝を述べた。
「あれ……?」
その時、ミルが突然に声を漏らした。
それに五人が視線を向ける。
「魔物の数がいつの間にか減ってない?」
「……本当だな」
洞窟から外を見てみると確かに魔物の数が減っている。
しかもその場に居る魔物達も急いでどこかに走っていった。
「一体……」
ドゴォォォォォン!!!
ローラが目の前の現状に驚いているとき、突如辺りに爆発音が鳴り響いた。
「な、何が起こったんだ!?」
周りの冒険者が一斉に慌てふためく。
しかし、爆発音はそれ以上聞こえてこない。
あまりに静かになったので何かの気のせいかと思い始める者まで居たほどだ。
……しかしその瞬間、何百メートルもの先の方で一つの雷が落ちた。
「何で雷が!?」
誰かが驚き息を呑む。
今の空の状態はすこぶる快晴。
間違っても雷の落ちるような天気ではない。
……ならば考えられる事は一つであった。
「まさか助けが着たんじゃ……」
先ほどのチーム<流離う者>の一人である男がそんな淡い期待を口走る。
皆もそれに顔を輝かせる。
そして皆が次々と外に向かい飛び出した。
「これで助かるんだ!」
「もうこんなところから早く出たい!」
「とにかくあそこにいこうぜ!」
それぞれが希望を顔に表し雷の落ちた方向に走っていく。
しかし、この状況で少しでも助かる可能性が出てきたのならば危険を省みずに飛び出すのも無理はなかった。
「ダメです! 雷の落ちたほうには魔物が集まってるかもしれません!」
ローラの言うとおり、あの雷が冒険者によるものならば魔物も其処に集まっていると言える。
六人はとにかく走っていった冒険者達を呼び止める為に自らも洞窟の外にでた。
しかし、ローラ達が呼び止める必要は無かった。
なぜなら既に冒険者達はその場で立ちすくんでいるからだ。
ローラは驚き目を見開く。
他の者も同様である。
彼らの前には今だ魔物が十匹ほどいた。
しかし、ここに居るのはその倍ほどの数の冒険者。
しかもその十匹のうち八匹はワイルドウルフなどの高々D,Eランク程である。
ならば何故皆が驚き目を見開くのか。
それは残りの二匹に起因していた。
二匹のうち一匹は青と緑色の体に右手には大きな棍棒を持ち、顔には大きな目が一つと口だけの鬼。
頭の上には小さな角があり、その全長十メートルを軽く超えるであろう魔物はこちらを食い入るように見つめてくる。
そして二匹目は緑色の身体をした巨人で、その右手には大きな木が握られている。
大きさはその隣の鬼と変わらないほどである。
「サイクロプスと……トロール……」
誰かが呟いた。
そう彼らの目の前には危険度Aランクの魔物が二匹も雁首そろえて立っているのだ。
その二匹は圧倒的存在感で冒険者達をひれ伏した。
「こんな事って……」
誰かが崩れ落ちる。
また他の者は恐怖で涙を流しながらその場に座り込んだ。
皆は分かっているのだ。
ここに居る冒険者がどう戦ったところでこの二匹に勝てない事に。
「みんな! 引き返して!」
リリーは慌てて叫ぶ。
逃げ場も無く、戦っても勝てないのなら洞窟に戻るしかない。
勿論外に出てしまった以上洞窟に隠れても襲ってくるだろうが、この二匹は図体がでかい。
おそらくは洞窟の内部には入ってこれないだろうとリリーは予想した。
洞窟にさえ入れば後は残りの雑魚連中しか戦わないで済むのだ。
リリーはそれを冷静に考えていた。
しかし、それは甘かった。
突如トロールが持っていた木を叫んだリリーに向かい投げつけたのだ。
周りにいた六人は咄嗟に回避したが運が無いとしか言いようが無い。
何故ならそれによって洞窟の入り口が崩れ、ふさがれてしまったのだ。
「そんな……」
ローラはこの現状に絶望した。
到底自分達で打開出来る様なものではない。
皆もそれを心の中で理解するしかなかった。
グオォォォォォォォ!!!
魔物達は叫びだす。
その叫びが大地を揺らした。
その叫びで皆は恐れおののいた。
「終わった……」
誰かが呟いた言葉が空気に溶けた。
それと同時に周りの二匹以外の魔物が一斉に飛び出す。
「……いけない!」
ラーシアは慌てて魔法で水の槍を飛ばす。
それにあたった一匹の魔物が崩れ落ちた。
しかし、他の冒険者は動かない。
たとえ周りの魔物を倒したところで二匹が退く筈が無い。
最早諦めているのだ。
「ここで死んじゃうのかな……」
ミルがその目に涙を溜めて迫り来る魔物達を虚ろに見据える。
ラーシアはそんなミルをしっかり抱き寄せる。
そんな光景を見つめながらローラ達も崩れ落ちる。
(ヤマト……私達にもあなた程の力があれば……)
ローラは何も出来ない自分の無力感を悔やみながら、ミルと同じように目に涙を溜める。
「ここまで……ですか……」
ローラの言葉はそのまま空の中に静かに消えていった。
「オッケー。後は任せろ」
……そして“青年”は来た。
ドッカァァァァァァン!!!
一瞬だった。
一瞬で迫り来る魔物達は二匹の巨人を残して消えていった。
「何が……起こったの……?」
誰かが目の前の出来事に息を呑んだ。
魔者達が迫って来る瞬間に、何処からか暴風が吹き荒れたのだ。
その暴風は魔物達を吹き飛ばした。
そしてなにより驚くべきなのはその暴風によってサイクロプスとトロールがよろめき倒れた事だった。
「今の……魔法だよな……」
「――ええ。それも大量の魔力だったわ……」
<流離う者>のシーミとコミュートが冷や汗を流しながら目の前を見つめる。
それと同様に他の者も目の前に目を向けた。
そう……目の前の一人の青年に……。
その青年は周りの者とはどこか異質の雰囲気を纏っている。
ここらでは見る事の無い黒髪に黒い瞳をしている。
黒色に白のラインの入ったシャツにベージュのズボンを履き、その上から紺のロングコートを身に着けている。
手に持っているのは曲がっている細長い剣……刀。
それを構えて目の前の魔物をただ落ち着いたように見据えている。
その青年の名は……。
「ヤマト! なんでここに!?」
ローラは叫んだ。
目の前のこの青年が何故ここに居るのか。
「一応、助けに来たのさ」
ヤマトはローラの言葉にそう告げるだけ。
しかし、ローラにとって、ヤマトを知る者にとってその言葉だけでよかった。
「さっきも言ったけど後は任せろ。みんなは後ろにでも下がってくれ」
ヤマトはそう言い放って周りに魔力を漏れ出させる。
ローラ達はその言葉にただ従うだけである。
「――お前らはあいつと知り合いのようだが一人では自殺行為だぞ?」
先ほどのチームリーダー、コミュートがヤマトの身を案じているのかローラに寄る。
今ヤマトが対峙しているのは危険度Aランクの魔物、それも二体もである。
「確かあいつは“魔道王”の弟子とか言っていたが本当かどうかも疑――」
「大丈夫です」
しかし、ヤマトを知る者はただ笑顔で大丈夫と伝えるだけだった。
「まあ見てなさい! ヤマトは強いんだから!」
リリーが力強く言い切った。
ローラ達にとって、ヤマトが来た時点で勝利を確信しているのだ。
「あれが……ヤマト……?」
ミルは皆の言葉に不安げにもヤマトを見つめ、祈る。
「多分大丈夫ですよ。ヤマトなら……ね」
ラーシアはそんなミルの背中を撫でながら目の前の黒髪の青年を見つめた。
「さてっと」
ヤマトは息をふうっと吹いて刀を軽く振る。
そして三度ほど振ると起き上がってきた魔物を見据えて構えた。
それを見たヤマトは風となり走り出した。
「さて……行きますか!」
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