1話 出会い
最初は勢いに任せてたけど、いろいろ大変ですよね…。
という訳で本日二話目です。
ユスターヌ暦1340年。
ここはユスターヌ大陸のバラン地方……フィーリア、スクムト、ガランの三大国やその他の小国とは違い、王や貴族がいなければ、軍や役人もいないような無法地帯である。
しかし無法地帯ではあるが、盗賊や悪人もやりすぎることはあまりない。
そういったものは、大抵他の国に居られなくなったものが多いので、なるべく目立たないよう地方のなかでも裏のほうにいる。
よってバランにおいても“表”のほうは裏と比べれば“比較的に”平和である。
そしてそうしたバランの表のほうのとある森に一人の老人と一人の少女がいた。
「おじーちゃん! はやくー!」
森の中で少女が老人を呼ぶ声が辺りに大きく響く。
呼ばれたその老人の姿は紺色のローブを纏った白髪で青の瞳を携えたものである。
その老人は肩を竦めつつ少女を見た。
「セラ、あんまり慌てなさんな」
老人にそう指摘された少女は頬を膨らませた。
少女の名はセラ、赤く肩まで伸ばした髪に茶色い瞳を持ち、ピンクのワンピースを身に着けている。
年は12辺りだろう。
少女は自分の持つその可愛らしい顔を不機嫌そうにして老人に向けた。
「アルおじーちゃんが遅すぎるの!!」
アルと呼ばれた白髪で紺色のローブを着た老人は少女に溜息をついた。
「ワシ……、もう年なんじゃが……。あんまり走らせんでくれんかのう……」
確かにアルは歳老いているを言ってもいいくらいに歳を食っている雰囲気がある。
そんな老人が元気いっぱいの活発な少女についていくのは骨が折れるものだ。
この老人の場合はそうでもないが。
しかし、精神的に疲れることはある
元気良く走るセラに困った顔を向けるアルは疲れた様に項垂れる。
「ここにきたのは薬草を取りにきたためじゃ……。走っとったら薬草がつめんじゃろ……」
そう、この二人は薬草を摘むためにこの森にきたのだ。
決してハイキングに来たわけではないとアルは言いたかった。
しかしセラは走って森の奥まで進んでしまったためその言葉を飲み込む。
やれやれ、と呆れながら歩いてセラの方に向かう。
するとかなり高音の声が聞こえてきた。
「……!!! おじーちゃん!! 誰か倒れてる!!!」
アルはすぐさまセラの下に駆けつける。
声を聞いて何事かと思うアルは次の光景に目を見開く。
何と叫んだセラの足元には少年が倒れていたのだ。
アルは急いでその少年に近づき、その様子を窺ってみる。
その少年の風貌は見た事も無い程の漆黒の髪をはねさせており、目は閉じられているが中々可愛らしい顔つきをしている。
服装はどうやら白い装束のようなものを着ていた。
……そしてその少年の右手は黒く細長い物を大事そうに握っていた。
「――――どうやら息はしてるようじゃな……セラ。すぐに村に帰るぞ」
「わかったわ!!」
セラがそう答えて、すぐに踵を返す。
最近の子供は本当に元気があるのう、と漏らしながらアルは少年を担ぎ、もと来た道を戻って行った。
★★★
――……ここは……?
少年は目を覚ました。
そして自分の身体を起こして周囲を見渡してみる。
木の板が敷き詰められた壁をみると、どうやら木造の建物のどこかの部屋のようだ。
どこかの古びた宿の一室のようなその部屋には窓から光が差していた。
ベットの上に居るところ見ると、自分は今まで意識がなかったようだと少年は悟った。
しかし何故自分がここで寝ているのかを思い出そうとするが、どれだけ考えてもわからない。
それどころか…
――……俺は……誰だ……?
記憶を辿るが思い出せるものが何もない。
自分の名前までもが思い浮かばない少年は困惑した。
そんな時、部屋の扉が開いて二人の人物が中に入ってきた。
一人は赤い髪に茶色の瞳を持ち、ピンクのワンピースを着ている自分と同じくらいの年頃の少女。
そして、もう一人は白髪の老人。
紺色のローブを纏い、青い瞳を此方に向けてきた。
「あっ!!」
「ふむ……。もうおきておったか……」
少女は驚いたように声をあげ、老人は表情を和らげ「気分はどうじゃ?」と聞いてきた。
「……一応大丈夫かな……。え~~と……?」
少年はこの二人についての事が全く分からずどうすればいいかに首を傾げた。
その様子を感じ取ったのか、二人は自己紹介を始めた。
「――私の名前はセラ、セラでいいわ……」
「アルと呼んでくれ。おじいちゃんでもいいぞい?」
そんな二人に、えらく簡単に済ませるなぁ、と少年は苦笑した。
そして少年は今までの経緯を二人に訊ねる。
話を聞いてみると自分はどうやら森で倒れていたらしい。
故にここまで運んで療養してくれた、という話を聞いて少年の二人に対する警戒心は一気に薄れた。
「――ねえ、どうしてあそこで倒れてたの?」
警戒気味のセラにこう聞かれて、少年はひどく困った。
「……ごめん。覚えてないんだ」
「……何も…………?」
少年の話を聞いて、訝しそうな表情で一つも思い出せないのかとセラは問う。
そのセラの問いかけに頷く少年を見て、アルは呟いた。
「……お前さん、もしや記憶がないのか?」
アルは少年が“何も”のところに頷くのを見て予感した。
…この少年は記憶が無いのではないかと。
そしてその予感は見事にあたった…。
「……うん」
「そうか……」
アルは少年に同情した。
彼が記憶を失ったのは頭を強く打ったからなのか、しかしそんな形跡は見当たらなかった。
記憶を失ったのはおそらく生き地獄のような環境に居た為か、あるいは壮絶な過去を持つのか…。
どちらにしても悲しいものである。
しかも、記憶がないのであれば親元に帰せないし…何よりここは無法地帯のバラン地方。
こんなところで見捨てれば間違いなく死んでしまうだろう。
「それじゃあ、しばらくワシらと共にいるか?」
アルの提案に少年は顔を輝かせた。
なにせ記憶がないのだ。
ここがどこかも、どこにいけばいいかもわからない。
アルの助け舟は少年にとって救いの神が舞い降りたようなものだった。
「ええっ!? なんでよ!!?」
しかし、これにはセラは驚いたように悲鳴を上げる。
まさか少年を保護する事になるとは思っていなかったらしい。
セラは少年を保護する事に声色から察して拒絶を示していた。
意外な拒絶の反応に少年は少しばかり悲しい顔を下に向けた。
「仕方ないじゃろう? 記憶がないのに、このまま見捨てるのはいかんじゃろ?」
「――それはそうだけど……」
セラは渋るがアルの言うことも的を射ている。
この無法地帯にたった一人でいれば、どうなるかは幼いセラでもよく分かっていた。
「――――おじーちゃんがいうなら……」
納得はいってないようだがセラは了承した。
これを見て、アルは良かった良かったと頷く。
少年はそんな光景を見て本当に良いのかと不安に思ったのだが、アルから大丈夫だと言われてとりあえず落ち着く。
これによって、少年がアル達と一緒に過ごす事が決まった。
「決まりじゃな。さて早速皆に紹介せねばな」
そう言って踵を返して扉に向かおうとするアル。
しかし、ふと何かを思い出したようにその足を止めた。
「そういえばお前さん、自分の名前はおぼえとるか?」
「……………………」
少年はなんとか思い出そうとするが中々思い出せない。
少年は頭を抱えた。
そんな少年の様子を見て溜め息交じりで無理に思い出そうとしなくても良いとアルは言う。
その言葉を聞いて悔しそうに表情を歪める少年。
すると…。
――ヤ……あ……して……。
頭の奥で声がした。
優しいその声は聞いていてどこか気持ち良く感じる。
そんな事を思っている少年をなにやら暖かいものが包み込んだ。
――ヤマト……あいしてるわ……。
「……ヤマト…………?」
「ふむ……。ヤマトか……いい名じゃな」
「……よろしく」
ヤマトが名前を名乗れた事に嬉しそうな表情を浮かべるアル。
不服ながらも言葉だけでも歓迎するセラ。
そんな二人は部屋の向こうに消えていった。
主人公は記憶喪失となっていますがプロローグですでに大体の事が分かるではないかと思われるでしょう。
しかし伏線の為に全てを隠すとどうしても混乱してしまうので了承して頂けるようお願いします。