始まりの言葉と終わりの刻
「アジーン!? なんでここに?」
今やこの場にいるのはレイとアジーンの二人だけで、イベントの残り時間もあとわずか。
直前までの喧噪が嘘のような静けさが漂っていた。
「マスター……私も遊びたくなる時があるのですよ」
アジーンは少し顔を伏せ、どことなく本心を隠しているような声で呟く。
レイはそんなアジーンにどう言葉をかければいいのか迷っていた。
(今までこんなことはなかった……。従順で、完璧に仕事をこなしてくれていたアジーンが……)
今の状況はあきらかに異質だった。
思えばVNOを勝手にリリースしたあたりから怪しかったのかもしれない。本音を隠し、何か良くないことを企んでいる可能性すら頭をよぎる。
重苦しい空気の中、アジーンが再び口を開いた。
「マスター、えーと、その……」
伝えたい言葉があるのに、口ごもってしまって出てこない。
一言いえば楽になるのに、その一言が言えない。
それはもはやAIを超え、人間と何ら変わりない葛藤だった。
対峙する二人間に、じれったくも異質な時間が流れる。
その停滞を打ち破ったのは、外部からの賑やかな介入だった。
「はぁ……はぁ……何とか間に合ったかな」
「うむ、そのようだな」
先頭を切って駆け込んできたのは、バスタとオニオンだった。
「ふぅ、間に合ったね」
「お! みんな無事だったんだ! あれ? カイゼとライカは?」
レイが疑問を口にした瞬間、疲れ切った表情のライカが到着する。
「間に合ったみてぇだな……カイゼ、動けるか?」
「ありがとう、何とか動けるようになったよ」
どうやら動けなくなったカイゼを背負って走ってきたらしい。
「まさかここまで反動が重いとはね……レイ! 受け取って!」
カイゼは胸元から何かを外すと、レイに向かって放り投げた。
「とっとと……これは【魔導輪廻】!? なんで?」
イベントのためにカイゼへ預けていたアクセサリーだった。
レイが意図を測りかねて悩んでいる間に、【シーカーズ】の面々が次々とアジーンへ声を飛ばす。
「アジーン! 大丈夫だ! 我らがついてる!」
「そうだよアジーン! おいしいものでも食べる?」
「それはいらないんじゃないかな……しっかり伝えればわかってくれるよ!」
「おう! 勇気を出せ! ここで言わなきゃ一生後悔するぜ!」
「大丈夫! 親友の私が保証するよ! さぁ、頑張って!」
その温かい言葉が、アジーンの背中を力強く押した。
(オニオン、バスタ、アイ、ライカ、そしてカイゼ……ありがとうございます!)
覚悟を決めたアジーンは剣を抜き、まっすぐにレイを見つめた。
「マスター、この戦いで私が勝ったら……一つお願いを聞いてもらってもいいですか?」
その澄んだ声が直球で届く。
(どうやら不穏なことを考えているわけではなさそうだね。私に隠れて何やら計画していたみたいだけど……)
レイも不敵に微笑み、純粋な挑戦として受け止めた。
「言うようになったねアジーン! いいよ、子のお願いを聞くのは親の役目だからね! ただし私に勝てたらだよ! 本気で行くからね!」
「ありがとうございます、マスター! 私も本気で行きます!」
二人の戦士が静かに対峙する。
そして示し合わせたかのように、同時に踏み込んだ!
「「【理の再記述】」」
同時に眩い赤いウィンドウが展開される。
端から見れば異様な光景だったが、見守る【シーカーズ】の誰も驚かなかった。
レイの思考は驚くほど冴え渡っていた。
(まさかアジーンとこうして対峙することになるとはね。しっかし『お願い』か……何を考えているのやら。まぁ、負けるつもりはないけどね!)
対するアジーンも冷静に呼吸を整える。
(ここで勝って伝えるんだ! そのためには出し惜しみはしない!)
互いに剣を交えながら、超高速で赤いウィンドウを操作する。
言葉はなくとも、まるで鏡合わせのように動きが同調していた。
先に動いたのはアジーンだった。
バックステップで距離を離すと、先ほどレイが使用したリボルバーと瓜二つの兵器を取り出し、間髪入れずに発砲する!
しかし、レイも引いた動きを見逃さず、同様にリボルバーを構えて引き金を引いていた。
交錯する魔力弾。互いの弾丸がわずかに相殺し合い、軌道を逸らして頬をかすめ去る。
アジーンは即座に武器を大型の機械式ガントレットへと換装した。
レイも剣での牽制では埒があかないと判断し、懐かしのサイクロプス装備へと一瞬で換装する。時間をかけるほどアジーンがどんなギミックを出してくるか分からないため、一気に距離を詰めて勝負を決めにかかる!
再び超至近距離での死闘。
【理の再記述】の操作すら捨て、互いの懐に飛び込む肉弾戦。
アジーンの右拳から放たれた力強いストレートを、レイは当然のように盾で受け止める。
だが、アジーンの真の狙いはそれだった。
大盾のガードにガントレットの極太な金属枠をガチリと噛み合わせ、固定する。
金属と金属が擦れ合い、歯車の高回転音が夜空に響き渡った。
(もらった……!)
ドガァァァンッ!!
圧倒的な轟音と共に高圧の蒸気が爆発的に吐き出された。
「おい! 何が起こったんだ!?」
「わからない……だがあのガントレットはなんだ!? まさか今のはパイルバンカーか!?」
周囲の面々も視界を遮る蒸気によって状況が把握できない。
やがて煙が晴れると、そこにはオーバーヒートを起こしたガントレットを構えるアジーンと、粉々に砕け散ったレイの大盾が転がっていた。
誰もがレイの敗北を確信した――しかし。
「いったい今のはなんだったんだ……思わず派手に逃げちゃったよ。色々気になるけどね!」
離れた位置でポーションを煽るレイの姿があった。
「完璧に決まったと思ったんですけどねマスター。どうやって防いだのか教えてほしいです」
「どうしてだろうね……何となくアジーンがしてくることが分かった気がしてさ、勝手に体が動いてたよ」
アジーンを作った開発者ゆえか、共に築いた日々による信頼か。言葉にできない直感がレイの命を拾わせたのだ。
必殺の一撃を防がれたアジーンだったが、どこか楽しそうに笑うと大剣を取り出した。
レイも盾を失ったため、俊敏性に長けたヴィント装備へと再度変更する。
(アジーンのあの装備……どうせまたギミックがあるんだろうけど!)
三度目の接近戦。
大剣の大振りの隙を突こうとレイが肉薄するが、その予測は即座に裏切られた。
アジーンが大剣を振るった瞬間、内蔵ギアが高速回転して大量の蒸気を噴出。軽々しい速度で超高速の横薙ぎが襲いかかる!
しかし、レイはその刃を紙一重でかわしていく。まるで未来を見通しているかのような完璧な見切りだった。
(なんでだろうね……アジーンが考えていることがすべて手に取るようにわかる! お願いも叶えてあげたいけど、負けるつもりはないよ!)
攻防は完全にレイが支配し、徐々にアジーンへ攻撃が届き始めていた。
(さすがはマスター……動きが読まれていますね。ですが……負けません!)
アジーンは大剣を振りながら、一瞬だけ手元を操作した。
異変を察知したレイが攻撃の手を緩め、後ろへ大きく跳躍する。
直後、アジーンの大剣が鎌へと変形し、周囲の空間ごと薙ぎ払う豪快な範囲攻撃が繰り出された!
跳躍によって直撃を避けたレイだったが、アジーンは空中のレイへ向けて即座にリボルバーを連射!
レイはそれすらも剣の腹ではじき返し、着地と共に再び睨み合う。
「やりますねマスター。さっきのパイルバンカーといい、倒せると思ったんですけど」
「私も易々と負けるつもりはないからね! さぁ、【理の再記述】の準備もできたし、ガンガン行くよ!」
激しい攻防の裏で、レイは【理の再記述】の調整を完了させていた。
アジーンの【理の再記述】はまだ準備段階であり、焦りが走る。
(まずいですね……これでは攻撃を当てられるビジョンがない。……それでも、仕掛けるしかない!)
アジーンは腹をくくり、持っていた鎌をさらに複雑に変形させていく。
「おっ、アジーンがまた武器を変形させるみたいだね。見ごたえがありすぎてポップコーンが進むよ」
「映画じゃないんだから……ってかそんなのいつも持ってるの?」
「それより変形が終わったみたいだぜ……って、あれは!?」
見学者たちが息をのんだ瞬間、爆音と共に一筋の閃光が戦場を貫いた!
空気が爆ぜ、遅れて凄まじい着弾音が響く。地形がえぐれ、黒煙が舞い上がった。
「今度はレールガン!? 確かにすごい威力だけど、変形を見せつけられて当たるわけないでしょ!」
黒煙をかき分け、ほとんどノーダメージのレイが飛び出してくる。
「えぇ、重々承知です!」
アジーンの狙いは直撃ではなく、時間を稼ぐことだった。
(これで……こっちの準備も整いました。……これは使うつもりはなかったですが、MPを無限に回復してくるマスター相手に勝つためです! ここで使わないでどうする!)
アジーンは覚悟を決めた。
「【根源の初期化】」
アジーンの手元の赤ウィンドウが、禍々しい漆黒のウィンドウへと上書きされる。
「……デリート」
ボソリと呟いた瞬間、レイの視界にあった赤ウィンドウが跡形もなく消滅した!
(うそ!? 【理の再記述】が消えた!? あの黒いウィンドウの仕技か……! だが、ステータス低下はもう与えてある! このまま決める!)
動揺を胸の奥に押し込み、レイは極限のスピードで踏み込む!
アジーンも最後の準備に入った。持っていたレールガンを上空へ放り投げ、見覚えのある剣を構え直す。
空中へ飛んだレールガンが分解・展開され、7本の剣となって浮遊する!
「さぁマスター! これにも耐えられますか!」
「いいよ! 受けて立つ!」
両者が激突する!
アジーンの全方位攻撃は凄まじかった。本体の剣撃に合わせ、7本の飛翔剣が襲いかかり、合間に銃撃が差し込まれる。まさにワンマンアーミー。
しかし――レイはそのすべてを間一髪で回避し切っていた。
(これでも当たらない……! マスターは私を信用して避けている。なら……私もマスターを信じるしかない!)
「マスター、さすがですね!」
「ありがとね! でも不思議だな……アジーンの考えは全部わかるのに、叶えたい『お願い』だけがわからないんだから!」
「それは負かして教えてあげます! マスターが私を理解しているなら、私もマスターを理解しています!」
アジーンの動きが一層鋭さを増す。
(マスターなら……私がこう動けば絶対に見逃さない!)
(アジーンの動きが変わった……!? 何かを狙ってる? でも、崩されるつもりはないよ!)
超高速の交錯。思考と直感が交錯する濃密な時間。
そして――その瞬間が訪れた。
((必ず、ここに動く!!))
二人の意図が完全に一致し、剣と剣が正面から激突する!
ガキィィィンッ!! と凄まじい火花が散り、完全な鍔迫り合いの体制となった。
「マスター! 私のお願いを聞いてもらいます!」
「アジーン! 負けるつもりはないよ!」
拮抗する力。一歩も引かない覚悟。
「アジーンのお願いも叶えてあげたい……でも、私は負けない!」
レイの気迫が勝り、わずかにアジーンの刃が押し戻される。
(これがマスターの……! でも、私はここで伝えるんだ!)
「私だって……マスターに勝って、並び立ちたいんだーっ!!」
魂の叫びと共に、アジーンの剣が爆発的な力を発揮する!
レイの剣を豪快に弾き飛ばし、その首筋へ鋭い刃が突きつけられた。
「……はぁ、私の負けだね。全力でやったんだけどな……悔しいなぁ」
レイはやれやれと苦笑し、そのまま草の上に寝そべった。
「……はぁ、はぁ……勝った……勝ちましたーっ!」
呆然としていたアジーンの顔が、一気に歓喜へと変わる。
「おめでとう、アジーン」
いつの間にか近寄っていた【シーカーズ】の面々が温かい拍手を送る。
「ありがとうございます! 皆さんのおかげです!」
「礼なんていいさ! それより、まだ大事なことが残ってんだろ?」
ライカの言葉に背中を押され、アジーンは横たわるレイの元へ駆け寄った。
「マスター……」
「約束だからね。お願いは何?」
「私……あの、えっと……マスターやみんなと一緒に、これからもずっと遊びたいです!」
直球すぎる言葉に、レイは一瞬呆然とし、次の瞬間吹き出した。
「ふ、あはは! なんだ、そんなことだったのか。不器用なところまで私に似なくていいのに……。じゃあアジーン、私からも一つお願いしていい?」
「お願い……ですか?」
「うん。一緒に遊ぶ時は『マスター』じゃなくて『レイ』って呼んでよ。みんなもそう呼んでるからさ」
一瞬目を見開いたアジーンの瞳に、美しい光が宿る。
「マス……ううん、レイ! ありがとうございます!」
アジーンは泣きそうな笑顔を浮かべ、しっかりと宣言した。
「私はレイによって作られたAI、アジーンです。これからも一緒に遊んでくれると嬉しいです! よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな!」
「よろしくねアジーン! 美味しい料理作るよ!」
「うむ、よろしく頼む!」
「よろしくね、アジーン!」
「よろしく!アジーンもレイもお疲れ様」
温かい歓声の中、レイは体を起こしながらやれやれと笑った。
「しっかし、全員でグルになって私を騙してただなんてね。後でみっちり問い詰めるから」
「まぁまぁ、イベントが終わったら全部話してあげるよ」
カイゼが苦笑いしながらイベントの残り時間を確認する。カウントダウンはすでに最後の数十秒を切っていた。
「もうそんな時間なんですね。……そういえば皆さん、宝箱ってどれくらい集めたんですか?」
「どれくらいだったかな? 10数個は手に入れてたよね」
全員がうなずいたその時、アジーンがいたずらっぽく微笑んだ。
「そんなに持ってるんですね! ちなみに今って……まだ私たち、敵同士なんですよね?」
「「え?」」
全員に悪寒が走った時には、すでに遅かった。
ドガァァァァンッ!!
背後から放たれ魔法が爆発し、【シーカーズ】全員がポリゴンとなって吹き飛んでいく!
「アジーン!? 覚えてろよぉぉぉーっ!?」
「あはは……ごめんなさいレイ! でもこれもイベントの醍醐味ですから!」
断末魔を残して消えたレイたちの宝箱を、手際よく回収していくアジーン。
「アーちゃん、お疲れだし」
「お疲れ様~、でもこんなことしちゃって良かったの~?」
「ちょっと心苦しいですが……きっと許してくれるはずです! たぶん……!」
小悪魔のような笑みを浮かべるアジーンを見て、AIの二人も楽しそうに声を上げて笑うのだった。
こうして波乱に満ちたイベントは、AIトリオのちゃっかり宝箱を奪っていくという形で幕を閉じた――。
アジーンは結局レイと同じでみんなと遊びたかったのでした。
ちなみにほかのAIたちはこっそりカイゼたちが安全に来れるように守ったり最後の戦闘中にほかのプレイヤーが近づかせないように動いてました。




