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第十五話 終息と休息


斯斯然然かくかくしかじかというわけなのだが……」


私が事の顛末を話し終えると、ゴロツキーは眉間に深く皺を刻んでため息をついた。

マギアガードは我々がゆっくりと休めるように、慣れた手つきで野営地を設営してくれ、熱いお茶に毛布を用意してくれた。

ゴロツキー自ら施した魔法のおかげで天幕の中は暖かい。

濡れた服なども、あれよあれよという間に乾かしてくれたのだ。

実にありがたい。


「……事情は理解した。お前さんが関わる事件は、何故こうも一筋縄ではいかん」



魔羊皮紙は迎えのために持たせていたのにだの、燻玉いぶしだまは護身用で持たせたが使う事になるとは思わなかっただの、ぶちぶちと小言を唱えている。

どうやらアレは結構値が張るらしい。

しかし私には使ってしまった便利道具の値段よりも気がかりな事があった。


「ゴロツキー警部、やはりノラ少年はワーガルフとして登録されてしまうのか?」


騒動の最中、ノラはいくら村人達に罪を着せられようと、捕縛されようと人狼の力を使おうとはしていなかった。

彼一人であれば、きっとその力を行使する事なく村から逃げ出す事が出来たのではないか?

彼は命を狙われている私やマミタスを連れて逃げんとしたがために、人を超越した力を使う運びとなったのだ。

これでノラの今後の未来が、その選択肢が狭まってしまうのは本意ではない。


「……そうだな」

「そんな……。ノラは誰も傷つけていないんですよ!私たちを助けるためだけに、力を使ってくれたんです!」


マミタスが必死に訴えるも、ゴロツキーは険しい表情を貼り付けたままだ。

私はまだ熱いお茶に口をつけて口内を湿らせ、ため息混じりにほうと息を吐いた。


「日本には緊急避難という法があってだな。命を守るためやむを得ず行ったならば、その責が免除されたりするのだが……」

「ワーガルフの姿を取ってしまったのであれば、如何なる理由があっても免れんだろうな。未だワーガルフに対する偏見も根強い。酌量も期待できんだろうな」


私は野営地の硬いベッドで気絶したように眠りこけているノラを見た。

まだあどけなさが抜けていない、少年の面影である。

彼の身に降りかかった理不尽に歯がみしてしまう。


「まぁそれも彼がワーガルフに変身していたなら、の話だ」


ゴロツキーはまるで悪戯を思いついた子供のように、にやりと口の端を吊り上げて笑った。

そして彼は椅子を軋ませながら立ち上がると、お茶を持って来た団員に何か指示をする。

天幕を捲り上げて出ていく団員を追うと、ゴロツキーはこちらへ振り返り、顎を軽くしゃくらせて、我々も追従させた。

冷たい風を身に浴びながら外に出ると、我々を救助したゴロツキーの部隊が揃い踏みで整列して待っていた。


「オホン。ロウエン村で起きたワーガルフによる殺人事件、その対応のために我々は雪の中はるばるサラブレスを繰ってやってきた訳だが、そこで起きた凄惨な顛末については皆すでに聞きしに及んだことだろう。その道中で我々は村から逃れた”三名”を保護した。違うか?」

『相違ありません!!』


ゴロツキーはこの寒い中、我々も連れ出して何をしようというのだろうか。

調査だの取り調べだのをするつもりか?


「村にはワーガルフがいるという話だったが……、お前らその姿を見たか?」

「自分は見てません!」


ーーー!?


そういう事か。

私は思わず緩んでしまいそうな口元を手で覆い隠した。

ゴロツキーは、ノラが人狼に変身していた事を誰も見ていないという事にするのだ。


「ッでも……!!」


マミタスがそんな事をしても大丈夫なのかと言いかけたのをゴロツキーは指で制する。

ほんの数分、いやほんの数秒出会った時間が遅ければゴロツキーが述べた状況も真実になり得たのだ。


「そうだ。村人は殺人事件がワーガルフによるものだと嘯いて、その罪を季節労働者の少年に着せようとしていた。それを知った探偵及び助手を殺害しようとしたところ、彼らは命からがら村から逃げ出した。我々は逃亡中に力尽きた三人を雪上で発見し、保護した。そうだな?」

『応!!』


ゴロツキーと志を同じくした団員達が、高らかに声を合わせて答える。

ゴロツキーは諸々の事情を踏まえて、情状酌量の余地がある、とそう判断してくれたのだ。


「何かあったならその責は全て俺が取る、いいな?よし、じゃあ後はロウエン村に行く班と保護対象を王都へ護衛する班に分かれて動け!」


この男は、何と情に熱く何と器の大きな男だろうか。

この世界の敬礼が如何様なものかは分からないので、私は日本式の敬礼を持って彼に敬意を表した。


「ゴロツキー警部、感謝する」

「まぁ、どうするかを選ぶのは彼だがな」


ゴロツキーはそう言って表情を緩めた。

その通りだ。

未来ある少年の選択肢が理不尽に狭められぬようにしてやるのが大人の勤めだ。

そこから先は、彼自身が考え選択すれば良い。

そうこう考えているうちに、びょうと風が肌を撫ぜたので、私たちはすぐさま天幕へと舞い戻ったのであった。




所変わって荷馬車の中。

我々はロウエン村の西から山麓を通り、大通りを大きく迂回して王都チッコロを目指している。

荷台には私と助手のマミタス、向かいには村で保護した少年ノラと、護衛としてマギアガードの隊長ゴロツキーが同室しており、車窓から移りゆく景色を眺めていた。

行きの時とは打って変わって、ゴロツキーが魔道具や魔法やらで車内を快適に保ってくれている。

実に心地の良い旅路だ。

環境が整うと、人間欲が出る。


私にはふつふつと湧き上がった小さな野望があった。


ロウエン村に向かっている時には、経路から大きく離れているために諦めていたのだが、迂回路を通るのであればその限りではない。

私は懐より手帳を取り出し、そこへ丁寧に折って挟んでおいた一枚の紙を抜き取った。

これは先日の夕刊、チッコロ通信の記事を切り取って保管しておいた物だ。

ゆっくりと開くとそこには白黒で湯気立つ水場の絵とデカデカとした見出し、そして位置図のようなものが記されていた。

私はこの世界に来てまもないのでろくすっぽ文字も読めないのだが、この見出しの二文字に何が書いてあるのかはお見通しだ。


蓋し、”秘湯”とそう書かれている筈である。


「ゴロツキー警部、迂回路を通るのであれば是非に寄ってもらいたい場所がある」


私は先ほどの記事の切り抜きを見開き、彼に見せつけた。

ゴロツキーが片眉を上げてそれを覗き込む。


「俺達はな、緊急通報を受けて仕事でやって来たんだ。観光しに来たわけじゃあないんだぞ」


彼は記事に目を通した後呆れたように手を振った。

答えはノーという事だろう。


「これは……!この間のチッコロ通信の記事ですよね?私、この放浪記のコーナーが大好きなんです!そういえば、このコンキリエ山の麓に、知る人ぞ知る温泉というものがあるって書いてましたね!」


マミタスが目を輝かせて記事の内容を紹介してくれる。


「オンセン?何それ。村じゃそんなの聞いたことないけど」

「温泉っていうのは、地中からたくさんのお湯が溢れ出ている場所なんだそうですよ!その湯に浸かると、病気が治るとか、無くした財布が見つかるとか、ドラゴニアスを倒せる、とか?と、とにかく色々な事に効くんだそうです!」


日本の温泉にも様々な効能があると言われていたが、殊この世界の温泉の効能は凄まじいな。

ドラゴニアスとは何なのか私には皆目見当もつかなかったが、マミタスが援護射撃を仕掛けている事は理解した。


「すっげ〜!おっさん隊長、俺もオンセン行きたい!」


ノラまでもが温泉に食いつくと、ゴロツキーは露骨に嫌な顔をして私を一瞥した。

要らぬことを言ったな、と言外に責めているようだ。


「まぁ、つまるところあれだ。我々は疲弊しているし、雪に風に揉まれて体温も下がっている。護衛対象が衰弱していては護送もできんだろう?この秘湯に寄る合理的な理由があると主張する!」

「俺も主張する!」


私が指差し声高高に宣言すると、ノラもそれに倣って復唱した。

濡れた衣服はゴロツキーが魔法で乾かしてくれたし、熱々の茶もご馳走になって、身体もぽかぽかしていたのだが、その情報は私のプレゼンが不利になるので伏せておいた。


「……はぁ。一寸だけだ。長居はせんぞ」


根くらべは我々の勝利。

伊達に社会に揉まれてきていない。

正当な理由を作るのは社会人の専売特許なのだ。


こうして我々は温泉の真髄を味わうため、コンキリエ山の秘湯へと向かった。




ーーーカッポン。


「すげ〜!!」

「ほ〜。中々のものじゃないか」


腰に手拭いを巻いたノラとゴロツキーが欧風の脱衣所を飛び出して行った。

渋っていた割にこのゴロツキー、温泉を目の前にしてノリノリである。

コンキリエ山の麓、その洞穴に位置するこの温泉は、衝立で男女に仕切られているのにも関わらずこの広さだ。

思わず感嘆の声が漏れるのも頷けた。

一方私はというと、


「あはれなり……」


久方ぶりの温泉という存在に、しみじみと感じ入っていた。


温泉は日本の心である。


水面がエメラルドグリーンに輝いている事を除けば、この温泉は日本のものとよく似ていて、懐かしい。

時折立ち昇った湯気が鍾乳洞の天井で冷やされ、水滴となって肌にぴちょりと落ちてくる。

それが不意に背中を撫でるものだから、色々な玉を縮み上がらせるのだ。


「ほらおっさん隊長早く行こうぜ!突撃〜!」


二人が真っ直ぐに湯船へと突き進みだした。

私の拳がわなわなと震え出す。

私は咄嗟に歩き出した二人の肩を引き止めた。


「待て待て待てぇいい!!」


彼らは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてこちらを振り返った。

自分たちが犯そうとした罪の自覚がないらしい。


「清める前に湯船に入るなァ!どうやら二人とも温泉は初めてらしいな……。ふはは、いいだろう。この名探偵アガサ……いや、温泉奉行アガサが!温泉の流儀を叩き込んでやる!着いて来い!!」


私は彼らの腕を引いて、不可思議にも天井から滝のように温泉が噴き出ている壁際へと導いた。


「浸かる前には身体を洗えィ!!」


腰の手拭いを勢いよく取り去って、持ち前の石鹸を泡立てる。

私たちは三人で背中を流して、水圧ばっちりの温泉滝でその泡を落とした。


「髪と手拭いは湯に浸けるなァ!」


ノラの腰巻きを剥ぎ取って頭に巻いてやる。少々不恰好だがこれがマナーである。


「最後はこうだ!」


私は手拭いをキツく絞って自分の腿に打ちつけた。

ぱしーんと軽快な音が洞穴に響く。


「遂には気が触れたか……」


ゴロツキーとノラが呆けた顔をしているのが目に入る。

全く、彼奴等温泉というものを何も解っちゃいない。


「血行だ!軽く叩く事で、血の巡りを良くして温泉の効能をその肌に存分に味わうのだ。試練を乗り越えた先に、至高の温泉にありつけるのだ!!」


私が解説すると、ゴロツキーは天啓を得たりという顔をして、すぐに私の隣に位置取った。


「こうか!?」

「そうだ!!」

「こうか!?」

「そうだ!!!」


ぱしーんぱしーんと、小気味よく肌を打つ音が響く。

ノラは巻き巻きの頭で遠巻きにこちらを見ていたが、その表情は私には知る由もない。


「完璧だ。では湯船へ」


皮膚の乱打が終わると、我々の顔つきは完璧なひとっ風呂を求める戦士のものになっていた。

全員で湯船に向かい、ゆっくりと足先から湯に入る。


『あ゛ぁ゛〜』


肌にほんのりと朱がさす程の熱めの温度で、手触りはとろっとしている。

身体の火照りを、外気のひんやりとした空気が落ち着かせてくれるのも快い。


実に素晴らしい温泉である。


三人でホゥと口を開けて堪能していると、湯気で曇りゆく緑の水面がごぞりと動いたような気がする。


……誰かの膝小僧なんぞを見紛うたか?


ーーーいや、確かに今、正に動いた!


それを確信した瞬間、その緑の水球が私の顔面へと目掛けて飛んできた。


「ががぼがぼがぼ」


水を溜めた袋を被せられたかのような状態になり、息ができない。

剥ぎ取ろうにも水を掴んでいるようでうまく剥ぎ取れない。

このままでは溺死してしまう!


「ファイア・シード」


ゴロツキーの低くて渋い声が耳元で聞こえたかと思うと、私を苦しめていた水球が弾け飛んだ。

水を吐き出すのと空気を吸うのと、身体が本能のままに咳き込んだ。


「何だったのだ!?今し方の攻撃は!」


漸く我に帰った私が声をあげると、ゴロツキーが指でちょいちょいと洞窟の奥を指した。

見遣るとそこには、緑の巨大なアメーバがのそのそとのさばり歩いている。


「グリーンスライムだ。この温泉の緑色は奴の色だったようだな」

「うげぇ!俺スライム汁に浸かってたのかよ!」


ゴロツキーがその正体を明かすと、ノラの顔が引き攣る。

私の顔もそうだったに違いない。


「おい、こいつらはお貴族様の美容品に使われるくらいだぞ?相当豪華な風呂じゃないか」


そう言ってゴロツキーはざぶりと肩までお湯に浸かりなおした。


「しかし何だってそんなモノが風呂の中にいるのだ」

「そりゃあれだろ。奴ら目や鼻がないから、熱源にむかって飛びつくのさ」


視覚や嗅覚がなくても、正確に私の顔目掛けて飛んできたのはそういう理由らしい。

そうして風呂のふちまで来たグリーンスライムを眺めていると、温かな湯目掛けて飛び出した。


「だが、奴らは熱に弱いという性質をもっている」


グリーンスライムは風呂に着水すると、忽ち弾け飛んだ。

そしてこれまでのスライムがそうであったように、風呂と一体化する。


「どうだ。アホだろう」

「……とんだ阿呆だ」


私は呆れ果て、ノラはスライムの飛び込みの一部始終を見て声をあげて笑っている。

この年頃の男の子には爆笑必須だな。


「しかし、先ほどの個体は風呂から出てきたように見えたが……」

「凡そ、奴らが飛び込みすぎて温度が下がっていた場所があったんだろうよ」


人や魔物を襲うのであれば、その体温で溶解していては世話ない。

この温泉は42度程度だとすると、スライムどもの融点もその辺りなのだろう。


「とんだ危険温泉ではないか」

「何を言う。グリーンスライムごとき、生活魔法でも倒せるぞ!魔法を使えん奴でもない限りな、ふははは」


ゴロツキーが洞窟に響き渡るほど豪快に笑う。

そうか、私やマミタスみたいに魔力が全くない人は、この世界では少ないのだったな。


……マミタス!?


私がそこに思い至ったと同刻ーーー


「きゃぁあああー!!」


衝立の向こうの女湯から悲鳴があがる。

マミタスの声だ。


「マミタス君!大丈夫か!?彼女は魔力なし《ノーヴ》なんだ!!」

「何ぃ!?待ってろ、今助ける!!」


男三人が温泉に波を立てながら勢いよく立ち上がる。


「だめです……。だめぇ!自分で、何とか、しますからぁ〜!」


しばらくマミタスの荒い息とスライムの格闘の音だけが洞窟内にこだまする。


「なんて激しい戦闘だ」


その間はとても長く感じたが、実際にはそれほど時間は経っていないだろう。


「はぁ……。やりました……。もう、だいじょぶです」


マミタスから試合終了の合図が出されるのと、ノラが鼻から血を垂らして直立したまま倒れるのは同時だった。


「しまった!ノラ少年には刺激が強すぎた!!」


私が慌てふためくのをよそに、ゴロツキーは華麗にその分厚い胸板でノラを受け止めて、この慌ただしい風呂物語は終了と相なった。


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