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第19話 策謀と陰謀

 俺は杖を、男は短剣を互いに突き付ける。

 しばらくの静寂。何かを察したのか、大通りから声が消えた。

 ――来る!


「……クッ!」


 男が一歩踏み込んだ次の瞬間、俺の懐まで近づいていた。

 『ワープ』を使って接近されてしまったようだ。

 半ば反射的に杖を胸の前に構え、相手の攻撃をいなす。

 俺はすぐさま攻撃を加えようとする男に『ファイア』を唱えた。

 異常を察した男は、すぐさま後ろへと跳んで魔法を避けようとする。


(予想通りだ)


 しかし火球は男の足元へと落ち、彼が着地するのとほぼ同時に爆発する。

 男は絶叫とも奇声とも判別のつかない声を上げて地面に転がった。

 両足に火傷を負っている。もっとも、回復魔法を使えば何事もなかったかのように再生する程度ではあるが。


 さて、なぜ俺がこのような手段に出たのか。

 見たところ、相手の装備は軽さを重視したものだ。

 さらに市街地という場所を考えると、守るのではなくかわす方を選ぶのではないかと踏んだ。

 結果としては、見事成功したようだ。

 男は戦闘経験がないのか、パニックになって周囲を転げまわり、そのたびに足を襲う激痛に悲鳴を上げている。

 これ以上戦うことはできないだろう。


(撃退はできたみたいだが……)


 俺は【鑑定】を使い、周囲を見渡す。

 男を探すのも理由の1つだが、他にも追手がいないか確認するためだ。

 今のところ、周囲に怪しい人影は見られない。


「さて、子どもと大人になったばかりのひよっこならどうにかなると思ったんだろうが、相手が悪かったな」


 足に思い切り爆風を浴びて悶絶している男の前に座り、相手を見下ろす。

 確かにとてつもない痛みだが、これだけで動けなくなっているあたり、実戦経験のないただのゴロツキだったのだろう。それもしたっぱの。

 男はヒッ、と喉を引きつらせ、そのまま気絶した。

 この程度で気絶してしまうような胆力で誘拐――しかも貴族というリスクの高い層を――などという大事を起こそうとしていたのかと、俺は呆れて肩をすくめた。

 エルンストへと視線を移すと、今度は戦いの凄惨な様子に当てられておびえてしまっているらしい。

 仕方ないこととはいえ、これは俺が出ても逆効果だろう。


「……アン、来てくれ」


 俺が呼びかけるとほぼ同時に、どこからともなくアンが背後へとあらわれる。

 突然の登場にエルンストが驚いていたが、いつも世話をしてもらっているメイドだと気づいてすぐに落ち着きを取り戻したようだ。

 男を見るアンの視線は冷たい。想定こそしてはいたものの、主君を傷つけられたのだ。彼女はエルンストを大事に思っていたようだから、怒るのも当然だろう。


「あまり表沙汰にしても似たような者があらわれるかもしれません。屋敷に連れて行って記憶を消しておきましょう……坊ちゃまの前ですので今回は許しますが、次はありませんよ」


 アンは片手で男を持ち上げると、そのまま屋敷へと戻っていく。

 ふと空を見上げると、太陽が地平線へと沈んでいくのが見える。もうそんな時間らしい。

 エルンストも今日はおびえて勉強にならないだろうと、俺はエルンストを連れ、アンの後を追うことにした。


                  ◇


「坊ちゃま、まずは言わなければならないことがございますよね?」


 屋敷に戻ってすぐ、エルンストはアンからの説教を受けていた。

 ゴロツキに向けていたものと比べると天と地ほどの差だが、それでも子どもに向けるものではない気迫だ。

 とはいえ、それが心配ゆえであることは理解しているのだろう。

 エルンストは落ち込んだ様子で、アンの説教を大人しく聞き入れていた。


「……僕の不用意な行動で、セーレを危険な目に合わせ、2人を心配させた。すまない」


 エルンストが俺たちに謝罪する。

 確かにその発想は悪くない。悪くないのだが、ある程度そう仕向けた側面もある俺としては非常に気まずい。

 フランも同じ気持ちなのか、どこか居心地悪そうにその謝罪を受け取っていた。


「ええ、それでよろしい。……このアン、坊ちゃまが誘拐されかけたと聞いてどんなに心配したことか」

「アン……」

「さあ、今日はお疲れでしょう。早くベッドへ」


 アンに促されるまま、エルンストは己の寝室へと戻っていった。


 それからしばらくして、エルンストに付き添っていたアンが戻ってくる。

 どうやら彼を襲ったゴロツキについて話があるらしい。


「さて、件のゴロツキですが、どうも気になることを吐いておりました」

「気になること? ただのゴロツキじゃないの?」


 フランはアンの言葉に疑問を持ったらしい。

 一応俺は目途が付いているので彼女の言葉を待つつもりだが、アンが口に出すまではその異様さに気が付かなかったのも事実だ。

 やはりというべきか、アンの情報収集能力はとてつもないもののようだ。


「ええ、良いでしょう。彼は確かにただのゴロツキです。しかし、あ奴に坊ちゃまの位置を提供しているものが居ました」

「提供?」

「はい。当然ながら私たち以外はこのことを知らないはずなので、屋敷内にスパイがいると、そう考えたほうが自然でしょう」

「俺が怪しいとは思わないのか?」

「仮に自作自演だとしても、わざわざこのような危険な策を取るとは思えません。それにフラン様もそこまでする必要がありませんものね。むしろ坊ちゃまに危害を加えたとして処罰される危険性の方が高いのですから」


 アンの言うことはもっともである。

 仮に俺たちに目的があったとして、確かにここまでずさんな計画を立てる必要はない。

 より巧妙な形で遂行しているだろう。

 油断できないとは思っていたが、それでもなおアンのことを見くびっていたらしい。

 心の中で、彼女に対する評価を1つ上げる。


「現在は『防音(サイレント)』を掛けて対策しているので、情報が漏れる危険性はありません。しかし、このことについて気付いたスパイが報告に向かってしまえば、対応は一気に難しいものとなるでしょう」

「つまり、アンはこの屋敷に潜り込んだ者の中にスパイがいると、そう考えているわけか」

「ええ。幸い、この屋敷にいる使用人の数はそう多くありませんし、そもそも王室の主流派と対立している以上、王家と関わりの深い使用人もそうここには来ません。ですから、王室と関係を持っている者を絞り込めば簡単に尻尾を出してくれるでしょう」

「なんでだ? 今までの召使いに取引を持ちかけることだってありえるだろう」

「ありえません。先ほど申しました通り、ここの使用人は王家との関りが薄い者がほとんどです。さらに言えば、わざわざ坊ちゃんを選ぶということもあって王室に対する悪感情も高い。わざわざ己の矜持を捨ててまでそのような愚行を行う者はいないでしょう」

「なるほど……期限は?」

「日が昇るころまで、でしょうか」


 俺は部屋に備え付けられた大きな窓を見る。

 すっかり夜も更けたこの時間帯から明日の朝までとは、中々重労働のようだ。


「……フラン、どうする?」

「助けるわよ。確かにいけ好かない奴だったけど、今は違うし、それに死んでほしいわけじゃないもの」


 俺の質問にフランが即答する。

 最初こそ彼のことを嫌悪していたが、変わっていこうとする様子を見るにつれて、その心境にも変化が訪れたらしい。


「そうだな……さてアン、召使いのリストはもう用意してあるんだろう?」

「ええ。こちらが王家と関係の深い者、こちらがつい最近入ってきた者になります」


 待ってましたと言わんばかりにアンが2冊の冊子を渡してくる。

 王家と関係の深い方は言うまでもないとして、最近入ってきた方は自分たちの知らない取引を警戒してのものだろう。


(……まったく、ここまで織り込み済みとはな。本当に食えない女だ)


 半ば恨めしそうな、半ばおもしろいものを見る目でアンをにらむ。

 俺の心境を知ってか知らずか、彼女はふわりと、知的な顔を柔らかく微笑ませた。


「……セーレ、こんなことをしている場合じゃないでしょう?」


 フランがいかにも「不機嫌です」という声色で俺を責める。

 まるで俺が自分以外に興味を持っているという事態が気に入らないかのようだ。


「ああ、そうだったな。フラン、行くぞ」

「ええ」


 俺はフランを連れ、スパイの捜索に向かった。

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