16。男の意地?
ガンガンガンガンッッ!
シトシトと雨の降る中、あたしは傘を持ったまま診療所のドアを叩きまくる。
昨日はあんなに天気が良かったのに、なんか心もパッとしない。
「ドクターっ! 開けてー!」
ようやく室内でごそごそと動き出す音がして内鍵が開いた。
「なんだよ」
頭ボサボサ、上下スエットのだらしない格好。
んー。あんまりいつもと変わんないか。
「おはよ。9時から診療始まるでしょう? ちょっと早いけど入れて」
返事は待たずにドアをすり抜ける。
「ふあー。
そもそも日曜は休診だっつーの。
しかし、もうそんな時間か?」
大あくびをして待合室の時計に目を向けた。
7時20分。
「なんだよ、まだ……。
っっ7時20分⁉︎」
「今、見本のような2度見だったね。
1時間40分くらい大目に見なさいよ」
傘をたたんでパタパタと服についた雨粒を叩き落とす。
「……だいぶ多めだなぁ」
「嫌な顔しないの。
ここ、病院食とか出さないでしょ?
イチにお弁当作ってもらったついでに、ドクターの分も作ってもらったから差し入れ。
せりかさんのお手製よ」
こそっと付け足して、お弁当包みを差し出した。
「せりかちゃんの?」
にやけ顔を隠せないまま包みに手を伸ばしてくる。
ぷぷっ。おっさん分かりやすっ!
「イチの分、病室に持って行ってもいい?」
「ああ。ついでにのたれ死んでないか確認してこい」
「最っ低っっ」
お弁当を持っていそいそと歩き出すドクターの背中を睨みつけた。
イチの病室の前に立ち、ちょっと深呼吸。
えと。昨日のこと、謝ることと、せりかさんのお弁当。
んー。捜査の進捗、後は……。
なんかあたし緊張してる?
昨日のジュニアからのカミングアウトも頭をよぎる。
……。ま。いいや行こ。
コンコンコン。
「カエだけど」
軽くドアをノックする。
起きてないかな? 朝弱いし。
「開いてる」
中からはっきりとしたイチの声。
「おはよ」
ドアを開けて顔を覗かせた。
「調子どう?」
「昨日よりだいぶいいよ」
室内に足を踏み入れベット際でイチの顔を覗き込むと、いつもの感じに少しホッとする。
「よかった。
なんか顔色もいいね。
で。えとぉぉぉぉぉ。昨日。その。調子悪かったのに気づけなくて。ごめん」
これ言うために早く来たようなもんだから。
「ああ。まぁ、俺も隠してたし」
昨日の会話もあったからかな、イチも控えめに口にするけど、ついビシッ! とイチを指差す。
「そうっ! それっ」
「何で隠すの? ちゃんと言ってよ。
昔っからイチは弱いとこ隠そうとする」
「いやまぁ、隠すだろ」
「分かんないっ」
「うっせーなぁ。痴話喧嘩は他所でやれ」
『違うっっ!』
割り込んで来たドクターの声に、あたしとイチの声が重なった。
「むぅっ。喧嘩しに来たんじゃないんだってば」
お弁当包みを、掛け布団を掛けたイチの膝の辺りに置く。
「せりかさんから差し入れ」
「メシ食う前に着替えて検査しちまえ。
香絵がいるとうるさくてかなわん」
腕を組み、入り口近くの壁にもたれかかったままのドクターがめんどくさそうに訴える。
「結果聞いたら帰るわよっ。
待合室にいるからね」
バタンッッ!
力の限りドアを閉めてやる。
「小娘には男の意地はわからんか」
「っっ! 立ち聞きしてんじゃねぇよ」
睨むイチにニヤリと視線を向ける。
「タイミングを見計らってやったのよ。
お前も苦労しそうだなぁ」
処置室に2人が入って行ってしばらく経つ。
昨日はジュニアが居てくれたけど、狭い待合室がすごく広くて寂しく感じる。
なんか怖い。
「香絵」
処置室のドアが開いて、ドクターが手招きをする。
大丈夫っ。
口の中で呟いて処置室のドアをくぐった。
昨日と同じエコーの画面。
「結果から言うと、問題無いだろう。
出血も広がってないようだしな」
「ぷはぁぁ」
いつのまにかするのを忘れていた息が、一気に肺に入ってくる。
「よかったぁぁ」
ヤバイ。泣きそう。
「みんなにLINEしてくる」
背を向けたあたしにドクターの声。
「しばらくは激しい運動は禁止だからなっ。
それも伝えておけ」
片手を上げて処置室を後にした。
目を上げるとまだ8時前。
流石に早いけど、とりあえずイチの検査結果を送信。
もちろんジュニアの腕も心配だけど、内臓系は目に見えない分何があるかわからない。
静かな待合室に軽やかなメロディが響き渡る。
聞き慣れた着信音はジュニアから。
「もしもし?」
院内だけど、休診日だから許してね。
『カエ? イチ大丈夫だったんだね。よかったぁ。
それにしても随分と早いじゃん』
「うん。朝ごはんにお弁当差し入れたの。
ドクターの病院食とかなんかコワそうだもん」
『へぇ……。カエが作ったの?』
なんとも不思議そうなジュニアの声。
「せりかさんですぅっ」
あたしがキッチンに立たないの知ってるくせに。
『よかった。内臓出血した上に食中毒になんかなったら、流石に目も当てられないよねー』
いつものにこにこ顔が目に浮かぶ。
「どう言う意味よっっ!」
腹立つぅぅ!




