14。闇医者? ヤブ医者?
「巽さん?
お久しぶりです。リカコです」
『……。理加子が直接電話をしてくるなんて、よっぽどな事があったな』
「緊急度合いが分かっていいでしょ?」
三条橋の下、コンクリートの柱の基礎に腰を下ろしてリカコがにこりと微笑む。
足元ではカイリが手錠代わりのインシュロックをかけた黒スーツの身体検査をしている。
まぁ、大小取り揃えたナイフが出てくる事。
「この前はアコニチンのDNA鑑定ありがとう。今日本庁の鑑識で確認したんだけど、やっぱり合致したわね。
でね。ちょっと相談があるんだけど、その事がらみで犯人の身柄を引き取りに来てもらえないかしら?」
『例の黒スーツか?』
「ご明察」
以前公園で一戦交えた事はカイリ達が巽にも話している。
「しかも高富氏殺害の自供録音付き。」
『何⁉︎ あれはプロの仕業じゃないかって、本庁でも噂になってたやつだぞ。
……。見返りはなんだ?』
警戒した口調で聞いてくる。
「やだわぁ。巽さんにはいつもお世話になってるもの。検挙率を上げてもらいたいだけよ」
『今日は香絵と本庁に顔出したろ?』
「親子の会話がなされてるなんて、素敵ね」
『理加子』
たしなめるような巽の声に誤魔化すのは諦める。
「〈おじいさま〉にこの件からは完全に手を引くように言い渡されたの。なのに舌の根も乾かぬうちにこれじゃあね。
逆鱗に触れて組織解散になったら、学費出なくなっちゃうかしら?」
これが結構切実だったりするのだ。
『……。お前達が関わってない。なんて誤魔化し切れるとは思わないぞ』
「巽さんなら大丈夫よ。ありがとう。
陰で動くの得意だから、何かあったらお手伝いするわよ。声かけてね」
『お前達に頼むようじゃ、おしまいだよ』
重いため息をつく。
『みんな怪我は無かったのか?』
当然来ると分かっていた質問だけど。
「それはゴメン。
下の3人はドクターのところに行かせたの。みんな直ぐにどうって傷じゃないけど……」
『誰が一番重い?』
「……イチ。かな」
###
「せんせー。なんかヤバそうなの来ましたよぉ~」
あからさまに荒んだ感じのドアをくぐり抜けると、派手目な化粧をしたナースのミーナさんが奥の診察室に声をかける。
閑古鳥鳴きまくりの院内。
「ミーナさんひどぉい」
「香絵ちゃん新手のファッションセンスだね」
目を丸くしたミーナさんにジト目を返す。
「まぁね」
ここへの道すがらも、変な目で見られましたよ。
「うわっ。
ジュニア、なんだその腕は」
「痛い」
「当たり前だ。バカ。
ミーナちゃん縫合セット出しといて。
香絵は?」
奥から顔を出したのは無精ひげのボサボサ頭。
白衣の下のヨレヨレシャツ。
まさに闇医者。イヤ、ヤブ医者か?
「胸元さっくり」
ミーナさんに連れられて診察室に入りがてらジュニアが余計な一言。
「お。いいとこ切られたな?
見せてみろ」
「殴るわよ」
「医療行為だろぉ?
元気そうだな。まぁ、なんにせよジュニアの後だ。
イチは?」
「俺は付き添い」
「……ふーん。
請求はいつも通り、巽にツケとくからな」
「はーい」
待合室の古ぼけたベンチに腰を下ろし一息つく。
隣にイチが座る気配がして。
「?
イチ。どした?」
妙な違和感に言葉が口をつく。
「あ?」
あれ? 気のせい?
「なんか……」
イチの顔をジィッと見つめる。
なんだろう? おかしい。探せ。
グィッと顔をイチに近づける。
頭で警報が鳴ってる。
イチの顔。瞳。唇。
「カエ?」
「イチ」
「何見つめあってるの?」
唐突にジュニアの声。
「うわっ。イヤ、違うよっ。
イチ、なんか変じゃない?」
かぁぁっと赤面するのが分かる。
「えぇ?」
怪訝な顔で覗き込むジュニアの横から、ドクターがスッと割り込んで来る。
ポグッッ!
何の前置きもなく、イチに腹パンチ。
「え? なぜ今腹パン?」
あたしがドクターを見上げる横でイチが苦しそうに身体を2つに折る。
「えっ。何?
そんな強烈な感じじゃ無かったよっ?
イチっ?」
「ほら、腹出せ」
上から見下ろすドクターをイチが凶悪な形相で睨み返す。
「悪い顔だなぁ。
お医者様を誤魔化せると思うなよ」
横からあたしがTシャツをめくる。
お腹から脇腹にかけてが真っ青になっている。
「うわぁっ、ヒドッ。
いつやられたのよっ!」
「ったく、お前らはナイフ持ったムエタイ選手とフォークダンスでも踊ってたのか?
ミーナちゃぁん、エコー検査の用意しておいてぇ」
「は~い」
奥の処置室から返事が返ってくる。
「大丈夫だよ。ちょっとアザになっただけだろう」
額に脂汗が浮く。
「腹部外傷。内臓出血してたら今日は入院だ」
ぴこぴこっ。
緊迫した中にLINEの着信音。
「リカコさんだ。
イチは大丈夫だった?
だって。気づいてたんだ。リカコさん」
チラリとイチを見る。
「理加子?
ああ。もう1人スカした女がいたっけなぁ。滅多に病院に顔出さないヤツ。
とりあえず検査だ、行くぞ」
ドクターが、イチの襟を掴んで連行していく。
「カエ」
空いた席にジュニアが腰を下ろす。
「そんな悲しそうな顔しないの。大丈夫だよ」
引き寄せてくれたあたしの頭が、コツンとジュニアの肩にもたれた。




