身の丈に合わない期待
王城から西の橋を渡ってすぐ、守衛隊事務所の敷地内にそれはある。
長方形の平屋建築、石組みで頑丈な壁、高い板塀に周囲をぐるりと囲まれ入口は見当たらない。
王都内で罪を犯し、刑罰を待つ犯罪者達が入れられた牢屋である。
そして裁判前の容疑者もここへ収監される。
「ここへ来るのは久しぶりだ」
「私は教練の時以来です」
厚い灰色の雲が空の端まで続いており、まだ午前だというのに薄暗い。全体訓練の日とは違い、肌寒さを感じるほどだ。こうも気温差が激しいと体調を崩しそうだな。
「俺が聞き役になるから、ユーカは話を書きとめてくれ」
「わかりました」
守衛隊事務所へ入って一番奥、鉄柵の前で許可証と徽章を提示して検査を受け、地下道へ入る。暗い地下道を進み、再び鉄柵をくぐって階段を上がると、そこはすでに牢屋の内部だ。
窓には鉄格子がはめられ、やはり地上への出入り口はない。
一番手前の牢を覗くと憔悴しきった男が一人、寝台に座ってうなだれている。
年齢三十前後、痩せ型で筋肉質、肩に『無双』と書かれた刺青。黒髪の坊主頭に垂れ目。こいつだ。
「ルケだな。俺は騎士団の者だ」
声をかけるとルケはげっそりとした顔を上げた。こちらを見る眼に力は感じられない。
「……騎士様、あいつが来るんだ……。夜になると足音が聴こえて、段々近付いてくる。……鉄格子の前で立ち止まって、あの女がこっちを見てるんだよ」
相当やられているな。
だが、ただのうわ言と判断してはいけない。一言一句聞き逃してはダメだ。
「その女をなんとかするのが俺達、万象調査隊の仕事だ。事件のことをくわしく話してくれないか?」
「……わかった。どこから話せばいい?」
「始めからだ。何が起きたのか聞かせてくれ」
あの日、俺は調子に乗っていた。前の日の仕事が上手くいって倍の金をもらったんだ。ああ、俺、荷運びやってんだよ。それで、景気付けに女を買いに行った。
すげえ良い女だったよ。あの女を買うのは二回目だったんだけど、大して金を持ってない俺にも優しくしてくれた。……女とやってたら、あいつ、荷物から縄をとり出して自分の首に巻き始めた。で、「首をしめて」って言うんだ。始めは断ったんだけど、盛り上がってつい首をしめちまった。気が付いたら女は動かなくなってた。俺、怖くなって慌てて逃げたんだ。金だけ置いてさ。馬鹿みたいだよな、死人に金払うなんて。
……それで自分の部屋に戻った。そしたらさ、俺の寝台に誰か寝てるんだよ。毛布をめくったら、さっきまでやってた女だ。目を見開いてこっちを見てやがる。怖かったけど、それよりもやべえって思った。女の死体が他のやつに見つかったら、俺の人生がめちゃくちゃになるってさ。
それで、女を袋に入れて捨てにいった。バナリー川に捨てたんだけど、何度やってもあいつ浮いてくるんだよ。それで、なんか我に返っちゃってさ、どうせ家族もいないし、最後にやった女と死ねるならそれもいいかって、袋にしがみついて一緒に川へ入った。そしたら急に女が愛おしく思えてきちゃって。やっぱりちゃんと埋葬しようって、川から出て近くの林に女を埋めた。小さいけど墓も作った。街に戻って、……俺も死ぬつもりだったからさ、衛兵に全部話そう、話して罪を償ってから死のうと思ったんだ。
だから、その前に支度しなきゃ、って部屋に戻った。一通り支度してたら夜になって、ああ、こんな夜に行ったら衛兵も迷惑かなって思ってそのまま寝たんだ。
で、朝起きたら俺の隣にあいつが寝てんだ。あれ? 俺、埋めたよな? なんて思いながら小便して、顔洗って、メシ食って……ふふっ、その後に俺、いつも通り仕事に行こうとしたんだよ。何考えてんだろうな。
「それで、衛兵の所に行って全部話したんだ」
……ルケは本当に錯乱しているのか?
精神に異常をきたしているとは思えないほど、話がはっきりしている。内容に目立つ矛盾点もないし、記憶の混乱も起きていないように思える。
だが、事実とは違う。判明している事実は三点。
ルケは女を殺した。
女の死体はずっと定宿の一室にあった。
ルケはその日、自室から出ていない。
事実の中にすでに矛盾があるが、これが前提だ。
そしてルケの話と事実を照らし合わせれば、始めから矛盾している。
「ルケ、女を買いに行く時、どの道を通ったか覚えているか? その日の天気は?」
「あ? ……浮き足立ってたからな。道は覚えていない。天気は……たぶんその日は晴れてたんじゃねえかな。俺、薄着だったし」
宿の主人は何日も続く雨漏りの修理で部屋に入り、女の遺体を発見した。事件の起きた日とその翌日は雨だ。
二度も外出しているのに天気を覚えていないことなどあるだろうか?
それに川も増水しているから、流れの中に遺体を投げ入れれば回収するのは難しい。
ルケはその日、行動していない可能性が高い。だがそうなると、女を買った事実もなかったということになる。
しかしルケは女の窒息癖を知っている。現場にルケの仕事道具である縄が残されていた。証拠はルケが犯人だと示しているし、本人も殺害を認めている。
……ダメだ。一度、情報を整理してから出直そう。俺の方が混乱してしまう。
再び地下道を抜け、守衛隊事務所から外へ出ると正午の鐘が鳴り響いた。
覚悟はしていたがかなり難しい案件だ。だからツィーゼ隊長は俺の所へ話を持ってきたのか。
まったく、身の丈に合わない期待はつらいものである。
「リートさん私、考えれば考えるほど混乱してきます」
「俺もだ。なんかもう……お手上げだな」
「矛盾なく説明するにはどうすればいいでしょう?」
妄想に囚われているとすれば……、あるいは行動したルケと、行動していないルケが同時に存在すれば、一応説明はできる。それでも矛盾は残るが。
「ここはやっぱり、あそこへ行くしかないかな」
「そうですね。利用できるものは利用させていただきましょう」
「ユーカも言うようになったじゃないか」
後輩が着々と俺に似てきているが、本当に俺が教育係のままでいいのかね。




