趣味人
「霊術師かあ、それは盲点だったね」
俺がトルテを切り分けると、アトリがトルテを口にする。俺が茶を淹れると、サーラ先輩が茶を口にする。
ああ、俺の臓腑に納まるはずだった菓子が三人の女達の腹へ消えていく。見た目麗しい菓子とはなんとも儚いものであるなあ。
「はいリートさんどうぞ。あーん」
両手が塞がっている俺のために、ユーカが俺の口へトルテを運んでくれる。うまい。クリームのくどい甘さがサクランボの酸味で中和され、最高の相棒を得た踊り子のように絡み合いながら舌の上で踊る。うむ、「あーん」は少々恥ずかしいが、背に腹は変えられん。
「ユーカ、わしにもそれやっとくれ」
「はい、あーん」
「先輩、霊術師ってあれですよね? リアソロン大使が持ってきた話の」
「そうだね。王都に霊術師はほとんど残っていないはずだよ」
霊術師とは主に心霊治療を生業とする医術師の一派だ。身体の不調は霊の不調によるものである、という言い分で活動している。
そして、レスターナには霊術師に関する有名でちょっと面白い……と言っては不謹慎だが、興味深い話がある。
今からおよそ十五年前、大陸北東の果てにあるリアソロン教の総本山、リアソロン教国にて、一人の枢機卿が病に倒れた。霊術師が治療にあたったのだが、その甲斐もなく枢機卿は死亡。枢機卿の弟子は「心霊治療に効果なし、霊術師に責任あり」として訴え出たのだが、宗教国家において霊の否定は簡単なことではない。
国を巻き込んだ喧喧囂囂の議論の末、何故か、遠い西の果ての小国であるレスターナに落とし所を持ってきた。大使の言い分はこうだ。
『レスターナ王室から心霊治療を否定する声明を出してほしい』
特定の国教を持たないレスターナならば、声明を発表できるのではないか、という打算と妥協の結果である。すぐに先王陛下と王室お抱え医術師の連名で「心霊治療の効果は疑わしい」との声明が国内へ向けて発表された。
当初は混乱が起きたそうだが、国が修行期間の資金を出す、という条件で霊術師の大半は占い師や薬師、医術師へ鞍替え、現在に至るというわけだ。
「詐欺師や新興宗教の教祖になった者もいるみたいだけどね」
「サーラ先輩は、今回の件に関する資料に心当たりはありませんか?」
「あることはある。百二十年前に伝染型神秘が戦争で使われた、とおぼしき記録が残っているんだ。役に立つかはわからないけど、王城書庫の戦時録の棚を探してごらん」
ちょっと足りないぞ、と訴える腹具合をなだめながら、俺達は王城へと辿りついた。アトリとサーラ先輩は「後で書斎へおいで」と言い残し自室へ、俺とユーカは書庫へ向かう。
王城入口広間から入ってすぐ左に伸びる廊下を進み、王城の角からさらに伸びる渡り廊下を進むと、敷地に増設された書庫と大きな飾り扉が見えてくる。
書庫へ入ると手前に大きな机と十脚の椅子があり、窓を隠すように並ぶ壁際の巨大な本棚が日光の量を調節している。奥は半地下となっており、古い文献や貴重な本が安置されているのだが、奥へ入るには国王陛下本人の許可が必要だ。
「ああ、涼しいな……」
「窓や隙間がほとんど塞がれているのに風が通るんですね。不思議です」
「風の通り道の内径差を利用して、外と地下道に吹く風を捕えて気温を一定に保っているんだそうだ。自分で言っていて意味が分からんな」
仕組みを考えたのはサーラ先輩だ。同じ仕組みが先輩の書斎にも利用されている。「カビ臭い書庫にこもるのは嫌なんだよね」と先輩は言っていたが、まあ、それはいい。
えーと、戦時録、戦時録の棚はどこだ……
「リート、仕事か?」
書庫へ来たときには気付かなかったが、先客がいたようだ。振り返ると見知った顔がそこにあった。
「これはアードロン陛下、御尊顔を拝し奉りわたくしめ恐悦至極に存じ――」
「やめろよ! リートお前、俺がそういうの苦手だって知ってるだろ」
「うす、陛下。調査資料を探しにきました」
馴れ馴れしく国王陛下へ挨拶をすると、ユーカが無表情のまま、びく、と一瞬動いて固まった。そうなるよな。うん、わかる。俺自身こうして接しているのが信じられないくらいだ。
アードロン、御年三十八才、年の割りに若い風貌、伸ばされた濃い茶色の髪を後ろで束ねている。平民とほとんど変わらない白いシャツと綿のズボンのみを身に付けた簡便な服装だが、歴としたレスターナ王国の統治者である。調査隊の結成を先王陛下へ進言したのもこの人物だ。
「陛下は何用で書庫へ?」
「ああ、鍛冶仕事の資料を調べにきた」
以前に仕事で謁見した際に、俺の改造装備を気に入った陛下と鍛冶談義で盛り上がったことがある。
王家には趣味人が多く、キャメリサ王妃は製本とパズル、長男のアーミオン殿下は酒造りと彫刻、長女のエリエット殿下は神秘話の収集、次男のコバイン殿下は楽器演奏と天文学、アードロン陛下は鍛冶を趣味としている。
そして何故か全員と話が合う俺は、王家と懇意にさせていただいている、というわけだ。
「陛下、こちらは万象調査隊に入ったばかりの新人隊員です」
「お初にお目にかかります、ユーカと申します」
ユーカが完璧な形で騎士の礼をすると、アードロンが首を傾げた。
「ん? 初めてか? どこかで見かけたような気がするが」
「リギン先生のお孫さんですよ」
「ああ、どうりで。アードロンだ、よろしく頼む。それで二人は何を調べにきたんだ?」
「百二十年前の戦争についてなんですが」
「それなら《北シニエカ会戦》だな。……あれは“戦争”というよりも“事件”といった方が正しい」




