第十話 それぞれの思惑
第十話 それぞれの思惑
≪アリーシャ≫
気が付くと、私は女官長の膝枕で眠っていたようだった。
なぜ、と思う瞬間、激しい音が聞こえてくる。
まぶたを開けると護衛頭ダルスとヴェリオスの攻防が見えた。
「女官長、あれは?」
「アリーシャ様、気づかれましたか。あのヴェリオスと言う男、私の失態からとはいえ、姫様の正体に気づいてしまいました。その為に拘束させているところです」
女官長の言葉に、私は眉を顰める。
恩人に対してそれはどうかと。
しかし、この年配の女官長がすることは、私を思い過ぎてのきらいがあるが、まず間違いはない。
今の私は、ヴェリオスという一個の武人に対し、憧れか好意を抱いている。
ならば正確な判断も下せないと見るべきだろう。
「良いでしょう、その判断。褒めて遣わします」
微かに嬉しそうに、しかし、さも当然と言った風に大人の笑顔を見せる女官長。
ぼやける頭で、必死に今回の真相を探らねばと思いを巡らせる。
そもそも、この警戒態勢の中、どうやって屋敷に侵入できたのか。
やはり、配下の者の中に手引きした者がいると考えるのが妥当か。
親しき供回りなどは、私が女であることを知っている。
(私が女の身でありながら、ガラニア家という北方最大の家を――、家督を継ごうとしていることに不満を覚える者がいるということか……)
今までは外であったが、今回は邸内。
身内に手引きした者がいるとしか考えられない。
(それとも、私よりも更なる影響力がある者か……?)
そうなると今回の襲撃は誰が主犯か気になる。
今は雪深き季節。
私が倒れたところで、隣国であれば兵を起こすことは難しい。
中央と違い、農民兵が主体のこの北方では、家を長期に離れてのこの厳冬の時期への出征は、間違いなく領民の不満を生む。
そしてそれができないとなれば、この時期はガラニア家にとっては最良の時期とも言えた。
跡取りの私が消えたところで、戦争が無いのであれば、安心して時期後継者を選ぶことが出来、短期間とはいえ、新しき者を中心に家を固めることができる。
ならば隣国の者が理で裏切り者を誘ったという線も薄くなる。
(濃厚な線は……。いや、消去法でいけば残るのはただ一人、あの人だけ)
今まで幾度か襲撃はあったが、そのうちの何割かは、あの人の可能性が高い。
私に従う者の中で、ガラニア家を悲観的に思う者であれば、あの人の誘いに乗ってもおかしくはない。
理ではなく、忠から動いたのであれば、それは有り得ることだ。
あの人が家の権力を手中に収めれば、間違いなくガラニア家は盛り返す。
しかし、それは今までの家の方針が守勢の立場から攻勢に転じることも意味していた。
それはガラニア家にとっては版図拡大と隆盛を意味していても、戦争の繰り返しにより度重なる重税や戦役により、塗炭の苦しみを民が味わうことを意味していた。
(あの人が当主になれば、間違いなく際限のない戦の始まる)
重臣たちも、父に心服して父の方針には従っているが、根は武人。
元々は“北方の雄”であったガラニア家を盛り返そうと、心の奥で思っていてもおかしくない。
今でこそ勢力は往年に比べて劣るが、ガラニア家自体、元は力で北方全土を抑えていた家柄。
その残滓で、今の北方は平和を保つことができているにすぎない。
ガラニア家の力が弱まるたびに、独立した数々の家。
あの人は力が残る今のうちに、独立した家を力で潰そうと考えている節がある。
(家臣にしてもその思いが無いとは言えない。父を信奉するが故に甘んじて抑えて来ているところが時折垣間見える……。それは何としても阻止しなければならない)
戦はどういう理由であろうと戦。
その戦によって割を食うのは、いつも民なのだから。
考えがまとまり、私は意識をしっかりと取り戻し、乱れた服を整える。
支える女官長の手を優しく払うと、ヴェリオス達を見た。
(なんとまあ……! あきれを通り越して賞賛しかないわ)
ヴェリオスは、あれだけ賊との死闘を繰り広げた後にもかかわらず、その疲労を感じさせない戦いをしていた。
それは激しく、あの山賊頭との戦いを彷彿させるものがある。
激しくて、それでいて人の意識を奪う闘い。
人とはこうまで動けるのだ、やりあえるのだと、美しさすら感じそうになる、命のやりとり。
それを見続けているうちに私は気づいた。
(悔しいが、私は決して彼らのようになれない……。戦いを好む者だけが、さらなる高みに登れるのだわ)
ならば、そんなものは必要ない。
(私が欲しいのは、領民の安寧のみ。争いなど、望んではいないし、争いの元になるようなものもいらない)
武を求め、さらにその高みを求めること――、それはそのまま戦いを求めることに繋がり、強さはその上に築かれるものでしかないことに気付いたからだ。
(憧れは憧れのままにしておけばよい……。上に立つ私がそれを欲すれば、それはガラニア家に争乱を求めることになりかねない)
武とは、矛を止めるという文字から成るという。
武を求めることは、この時代、逆を求めかねない。
ましてや私は将来ガラニア家という武人達を束ねる、上に立つ存在。
(武などというものは、自身が欲せず、部下に任せればよい。自分は彼らと立場が違う武を求めるのではなく、武の文字が表す意味を求めるべきなのだ。私は父に続いてガラニア家から戦を遠ざけてみせる……!)
中央の苛烈な戦などが、遠い風聞のように。
この北方に平和を求めるために。
自然と私は、ヴェリオスを睨むように見つめていた。
(でも、今のままではだめ。道半ばにして、そのうち殺されてしまうかもしれない。生き残れたとしても、今以上に私を守る護衛達が散っていくかもしれない。でも、彼がいれば……)
私はヴェリオスに視線を向ける。
目の前には運よく、この世でも数少ない二つ名を持つ“千突のヴェリオス”がいる。
これこそ、天啓か。
(欲しい。ぜひとも欲しい……!使ってダメならばそれまでの事)
どんなに卑怯と言われようと私は民の為に、私は生き残らなければならない。
(ヴェリオス、私は貴方を手に入れます)
彼を睨みながら、私はそう強く思った。