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第二十三話「濃霧に融ける白銀の騎士」・2

 そんなあくる日の事。濃霧の森に襲撃者が現れた。宵闇に紛れたその襲撃者は何人かのグループで構成されているようだった。


《まさか……虚栄に紛れし殺戮者インビジブル・アサシン!?》


《何者なのだ、それは……》


《わたしも詳しくは知らないけど……課せられた任務は、必ず全うすると謂われる暗殺集団。彼らは血も涙もないとんでもない組織だって、聞いた事がある》


 既に幾人もの襲撃者を切り伏せていた桐香は、少し息を乱しながら敵の出で立ちを見て、思い当たる節からその名を口にして説明した。

 それを聞いて、剣丞は考えた。


《……よもや、濃霧の森の秘密が彼奴(きゃつ)等に漏洩したのか?》


 周囲を警戒しつつ、剣丞が背中合わせになっていた桐香に声をかける。


《わからない……だけど、こうなったからには悠長にはしていられないかも》


《くっ……拙者の修行の時間を邪魔立てしようとは、許せぬ!》


 握り拳を強く震わせ、恨めしそうに襲撃者に怒りを募らせる剣丞に、桐香は小さく笑って振り向いた。


《ふっ……剣丞は本当に強くなる事ばっかりだね》


《桐香殿には言われたくないな。貴殿も修行は毎日欠かさず行っておろう》


 嫌味を言われたように感じ、剣丞は不貞腐れたように文句を言う。


《まぁね……またいつこうして襲撃者が来るか分からないから》


 そう言って長剣に付着した鮮血を血払いし、周囲の敵を殲滅した事を霧で確認してから納刀した桐香は、ふとある考えを思いつき、剣丞に話しかけた。


《ねぇ、剣丞……ちょっとした相談なんだけど、いいかな》


《相分かった》


 桐香の言葉に二つ返事で頷く剣丞。そんな彼の脊髄反射のセリフに呆れ返って彼女は口を開いた。


《まだ詳細話してないけど……?》


《皆まで言わずとも分かる……これからの修行だろう?》


 自信たっぷりにそう言い切る剣丞に、思わず一瞬桐香は呆気に取られてしまう。それからやれやれと頭に手をやって否定の言葉を口にした。


《……ちがう》


《違ったか……であれば、何用か?》


 それ以外で思い当たる節が全くないのか、腕組して考えあぐねた剣丞が訊ねる。


《……わたしの下で、隠密稼業……してみない?》


 それが、後に『濃霧の辻斬り』と呼ばれ畏れられる事になる騎士ヶ谷剣丞の始まりだった。

 濃霧の森に立ち込める真っ白な霧。それは、標的の目を眩ませるのに大いに有効だった。そして、この霧の発生要因は桐香の力によるもの。つまり、彼女がいれば、常にどこであろうと濃霧を発生させる事が可能なのだ。だが、流石の彼女も一人では全ての脅威に対処しきれなくなってきた。そんな彼女にとって、安心自身の命を預けられるだけの存在となった剣丞。彼がいれば、もう少しその脅威に対抗出来る。

 だが、その代わりとして剣丞の修行内容はさらに苛烈を極めた。だが、彼はどれだけ辛い鍛錬も嘘のように果敢に立ち向かった。そうしていつしか剣丞は、彼自身の剣術を編み出していた。




《四剣霧中?》


 ある日、屋敷に駆けこんできた剣丞が桐香にそう告げた。


《左様……貴殿のように六本の剣を扱うには、今の拙者では膨大な時間が必要となる……そこで、拙者なりに何本までなら存分に扱えるかを模索した》


 そう口にする彼の腰には、左右に二振り――計四本の剣が提げられていた。


《その結果が……四本ということ?》


《ああ、ここまで到達する事が出来たのも、一重に桐香殿の協力あってこそだ。誠に感謝する……》


 深々と礼儀正しくお辞儀をして、剣丞が感謝の意を述べる。


《ううん、わたしは自分が使える技を見せびらかしていただけ……まさにあなたは、わたしの言う通り見て学んだ……それなら、その力はあなた自身で作り出したものだよ。剣丞……もしわたしがピンチになった時は……わたしの事、その剣で護ってね?》


 優しい笑みを浮かべ、小さな手を差し伸べてくる桐香。その手を優しく握り返して、剣丞は決心したように真剣な面持ちで口を開いた。


《心得た……貴殿からの頼みだ、無碍にはせぬ。必ずや、成し遂げてみせよう》


《ふっ、心強いよ……》


 桐香は静かに笑って瞑目した。




 それからどれほどの時間が流れただろうか。神と人との戦いに決着が着いた日。仲介に入った神王族の提案によって天界に力を還す事が決まったその日の夜。神族と人族、それぞれ相当な深手を負った。そしてそれは、桐香達皇族も同様だった。


《桐香殿……拙者の責任だ》


《そんな事ない……ぐっ、わたしがしくじったせいだから。だから……自分を責めないで? それより、包帯巻くの……手伝って?》


《お安い御用だ……》


 そう言って桐香から白い包帯を受け取る。すると桐香は、胸元のボタンを外し、上半身裸になった。それから、背を向けたまま長い紫がかった銀髪を手で胸元側に手繰り寄せる。瞬間、彼女の真っ白な日に焼けた様子のない色白の柔肌が露になる。ただその左肩には痛々しい風穴が空いていた。敵の一撃によるものだった。レーザーのような光線は霧を容易く消し飛ばし、そのまま勢いを留めたまま、桐香の左肩を刺し貫いた。

 剣丞が別の敵と対峙している、まさに一瞬の隙だった。


《……これは》


 ふと、傷口から目を背けようとして、もっと大きな存在感を放つものに目を奪われる。彼女の色白の小さな背中に刻み込まれた褐色の不思議な紋様。不思議と惹きつけられるその模様に我を忘れていると、桐香が声をかけてきた。


《どうかした?》


《あ、あぁ……桐香殿。つかぬことをお聞きするが、背中のこの紋様は一体?》


《あー……そっか、見る事ないもんね。普段服着てるし、服脱いでも髪の毛で背中隠れてるからね。これは……天使様に加護を受けた時に与えられた『天紋印』だよ》


《天紋印?》


《そう、皇族七家には天変地異の力を授けられたって言ったでしょ? ……その一つ、霧天を与えられた者は、代々背中に刻印を刻み込まれるの。逆にこれが、その人物が天変地異の力を持ってるっていう証……。わたしも他の人がそれぞれどこに刻まれてるかまでは知らないけど、身体のどこかに刻まれてるはずだよ》


 そう説明をくれた桐香に、なるほどと頷いて剣丞は包帯をしっかりと巻き付けていった。


《ありがと、剣丞……》


《お礼を言われる程の事はしておらぬ。それに、拙者は貴殿を護れなかったのだ。これでは約束を違えたのと同じ事……やはり腹を切って詫びる他――》


《それはダメ!》


《――ッ!?》


 切腹をしようとする剣丞の言葉に、珍しく声を荒げて桐香が待ったの声をあげたため、思わず言葉を失う剣丞。いつにない真剣な面持ち。いつも半眼の彼女がここまで目を綺麗に見開いているのは初めて目にする、剣丞はそう思った。


《……はぁ、はぁ、剣丞……もし、もしわたしに何があったとしても、この約束だけは破らないでほしい。わたしが死んだとしても……責任を感じて自害だけはしないで》


 桐香の必死なお願いだった。先ほど声を張り上げたせいで、傷に障ったのだろう、彼女は脂汗を滲ませて辛そうな表情を浮かべた。

 だが、それでも剣丞はそう易々と受け入れる訳にはいかなかった。


《なッ!? 何故!? そのような事! 拙者は約束しきれぬッ!!》


《お願い……お願いだから……はぁ、はぁ》


《……心得た。だが、万が一にでもそのような事……決して拙者がさせぬ!》


 内から焼くような痛み。その痛みに耐えるように肩を押さえながら、必死な思いでこちらを見つめてくる。そんな彼女の滅多に見ない顔つきに、流石に断り続けるのは胸が痛んだ剣丞は、大きくため息をついて自分の意志を伝えた。


《……ありがとう、あとこれ……もしもの時のために念のため受け取ってほしい》


 そう言って桐香に手渡されたのは、小瓶だった。よく見ると、その中には赤黒い液体が入っている。


《こ、これは一体?》


《それは……わたしの血。はぁ、はぁ……噂では、力を持つ者の血液を経口摂取すると、その者の力を得るとされてる……だからこれは、いざという時のための切り札に使って?》


《……承知した、出番が来ぬように努めるが、その時が来れば有効に使わせてもらう》


 桐香は無事にそれを手渡し終えると、その場にゆっくり立ち上がった。


《それじゃあ、わたし……この力返還しにいかないといけないから……》


 悲痛な面持ちになりながら、こちらを一瞥した桐香が外に歩みを進めていく。そんな後ろ姿を見て、様々な悔しさが募る。


《くっ、本当に返さねばならぬのか? 桐香殿があの力を失えば、相当な弱体化は免れぬ……もし恨みを募らせた者達に襲撃でもされれば……》


《……ふっ、だからあなたがいるんだよ、剣丞》


《――っ! そうであったな……》


 弱くなったのならば、その分自分が護ればいいだけの話ではないか、そう気づかされた剣丞は、改めて自身を強く鼓舞し、桐香を見送ったのだった。




 さらに時は流れ、皆既日食の日。あの真紅月日の粒により大勢に力が付与され、それは有属性者と無属性者を生み出した。返還の儀で天変地異の力を返還した皇族もまた、その力の付与の例外ではなかった。彼らもまた、かつての力までとは言わずともそれなりの力を得た。桐香もその一人だった。彼女は特別な力として風属性と霧属性を得ていた。濃霧の森レベルの広さの霧を発生は出来ないが、それでも数十メートルの霧を発生させる事が出来るのは、彼女が皇族の血を持っているからなのかもしれない。

 だが、有属性者といえどもまだ使い慣れぬ力。皇族の多くはその弱体化に相当な打撃を受けていた。そしてその弱体化の噂はあっという間に世界各国に流れ、それは神界にまで及んだ。

 神界には、良い神もいれば悪い神もいる。そんな悪神達は邪神族と呼ばれ、神界でも問題になっていた。そんな邪神達もまた、例の神人戦争で多くの被害を受けていた。そしてそれは、彼らの負の念を大いに増幅させた。

 そこに流れてくる皇族弱体化の噂。天変地異の力を失い、すっかり弱まった今ならば、あの時の恨みを晴らせるに違いない。彼らはそう考えた。

 皇族襲撃事件はこうして起きてしまった。皇族の殆どは弱体化の影響でまともに対抗する事も出来なかった。しかも、時刻は真夜中過ぎ。卑怯な事に、敵は寝込みを襲ってきたのだ。

 唯一の敵の誤算は、桐香達が朝方人間ではなく夜型人間であった事だろう。彼女は陽の光問題がある事から、夜に活動をしていた。だが、それも最初の内。時間は止まってはくれない。戦いが続く間も刻一刻と時は進み、気づけば日の出の時刻を過ぎていた。

 桐香達は既に多くの敵を退けた後で、体力も相当削られていた。そこに、陽の光の接近。こればかりはこちらでどうにか出来る問題ではない。

 だが、この濃霧の森内にいれば、既に張り巡らせた霧の中。鬱蒼と茂った森の木々のおかげで陽の光もそう易々と届きはしないはずだ。そう思っていたのだが、敵はどこから情報を聞きつけたのか、こちらの弱点を既に知り得ていたようで、神罰による力で周囲一帯を風の力で吹き飛ばした。木々は風の鎌鼬で斬り飛ばされ、霧も払われてしまった。瞬間、太陽の眩い光が桐香と剣丞を襲った。

 剣丞はどうという事はない。問題は桐香の方だ。彼女の肌が光に焼かれ、激痛に絶叫をあげた。


――すぐさま駆け付けなければ!



 剣丞は目の前の敵をねじ伏せ、踵を返して桐香の下へと駆けた。


《き、桐香殿ッ!》


《け、剣……丞――う゛っ!?》


《なッ……》


 あまりに一瞬だった。呻き声をあげる桐香の下へ走りながら叫ぶ剣丞に、必死に手を震わせながら伸ばす彼女の背後に、一人の黒い天使――堕天使が舞い降りたかと思うと、その手を用いて桐香の背中側から腹部を刺し貫いた。

 大量の血反吐を吐く桐香。剣丞はすぐに察した、もう手遅れだと。


《き、貴様……ッ!!》


【ふんッ……このような小娘一匹如きに何を手こずっているのです。力を失った雑魚など、このように一撃で終わりですよ。そもそも人間如きが、()の力を使うなどおこがましい……彼らには過ぎた玩具だったのです】


 桐香の腹部から手を一気に引き抜いた堕天使の男は、ふらつく桐香の体を後ろから蹴飛ばし、彼女の鮮血で血塗れになった手を黒い布切れで拭き取りながら、蔑んだ眼差しを向けてきた。


《……許せぬ、貴殿だけは……ッ!!》


 剣丞は青筋を立て、完全に冷静さを欠いて堕天使に突っ込んだ。


【愚かな……】


 手をかざした瞬間、その手のひらから漆黒の槍が顕現し、一気に射出される。その槍の飛来に気づいた剣丞は、咄嗟にそれを躱した。その動きには、流石の堕天使や周囲にいた他の邪神族も驚いている様子だったが、すぐ様構え直して剣丞を取り囲む。

 そして一斉に攻撃を放ってきた。

 だが、桐香との長き修行を経て己の剣を研鑽してきた剣丞は、既に神速の動きを手に入れていた。深く腰を落とし、腰に提げていた剣の一振りに手をかけ、刹那の内に周囲一帯の邪神族に剣戟を放ち、その攻撃を防ぎ切った。


【……な、馬鹿な、このような芸当……人間如きに出来るはずが】


《ならばその身に刻み込むがいい、我が切なる一瞬を――》


 そう言った刹那、剣丞は人間離れした素早さで周囲にいた邪神族を次々切り刻んでいった。四本の剣を巧みに使いこなし、まるで六本の剣を用いて戦っていた桐香の時のように。


【あ、ありえない……皇族でもない貴様が、まるで霧堂皇桐香のように……】


 動揺を見せた堕天使の男は明らかに狼狽している。この隙を突かない手はない。

 剣丞は素早い動きで相手の間合いに入り後ろを取ると、剣を二本持って十字斬りをお見舞いした。堕天使の漆黒の両翼は根本から切り落とされ、その背に大きな斬撃が入る。


【ぐぁあああああああ!? き、貴様ッ! よ、よくも私の羽を!】


《堕ちた天使なぞに斯様な翼は必要あるまい……それに、そう易々と逃がすと思っているのか? 貴殿らだけは拙者が全て斬り捨てるッ!!》


 鋭い眼光だ。殺意と怒り、負の念で溢れ出した彼から漂う雰囲気に、邪神族の堕天使や魔族達は畏怖して後ずさった。しかし、それを許す剣丞ではない。

 桐香は霞む視界とぐらつく意識の中、目の前で繰り広げられる光景に目を奪われていた。次々に切り裂かれる邪神族の数々。おびただしい数の有象無象が、断末魔の叫びをあげながら剣丞に殺されていく。だが、神族は不死身と聞いている。それならば、彼らも同様で、倒し切る事は出来ないのではないか? 桐香はそう考えていた。

 しかし、当の剣丞はそんな事構わないといった様子で動きを止める事はなかった。

 気づけば、周囲を取り囲んでいた敵は全て死骸となって地面に転がっていた。大量の血痕が広がり、大量殺戮の現場のような状態になっている。


《……はぁ、はぁ、片付いたか》


 剣丞は息を乱しながら周囲を見渡し、もう敵がいないかどうか確認する。あれだけ動いたのだ、相当体力も消耗しているだろう。もし再び襲われれば対処しきるのは厳しいかもしれない。

 と、そこに桐香が声をかけてくる。


《け……剣丞、急いで……こいつらは、不死身。すぐ、復活する……》


《何ッ!? くッ、拙者の剣では細切れにしたとて倒せぬという事か……相分かった。であれば、この場に長居は無用ッ! 桐香殿、済まぬが我慢して頂こう》


 桐香から彼らの秘密を聞き、剣丞は暫し考えると、横たわっていた桐香に一言断りを入れ、すぐにお姫様抱っこで持ち上げた。


《ひゃっ!?》


 あまりに突然の事に、桐香は痛みも忘れて恥ずかしさに顔を赤くする。


《急ぎ隠れ家に避難する》


 一言独りごちると、剣丞はその場から猛スピードで移動した。

 誰も居ぬ死体の山で溢れ返った無人の場。

 そこに、どこからともなく含み笑いが聞こえてきた。


【んっふっふ……あの致命傷では流石の皇族といえど助かりはしまい】


 逃げ去っていった剣丞達の方角を見やり、二人を襲撃したリーダー格の堕天使の男は悪辣な笑みを浮かべた。


――しかし、あの男……確か騎士ヶ谷剣丞とか言いましたか……彼は新たな脅威になりえませんね……例の情報屋に伝えておきましょうか。彼らもまだまだ利用価値はある。



【さて、役立たず共は捨て置いて、お暇しましょう】


 侮蔑の眼差しを死臭を放つ死骸の山に向け、浅黒く焼けた手をかざす。直後、その骸が忽ち黒い炎に包まれた。


――これで彼らは二度と生き返らない。全く、証拠を残さぬためとはいえ、この私がわざわざ死体処理まで行う羽目になろうとは……。



 内心で苛立ちを募らせ目元をひくつかせた堕天使は、黒い炎が数分もせぬ内に灰一つ残さず死体を綺麗さっぱり燃やし尽くした事を確認し終えると、その場から飛び上がってこの場から姿を消した。

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