第二十二話「宵闇に紛れ深淵纏う吸血神父」・3
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【こうして奴は――ユーグリッドは、地位と名誉を手に入れた我に罪を被せ、我のありとあらゆる物を――全てを奪い去ったのだ。我を追放してさぞ愉悦に浸っていた事だろう。だが、あまりに杜撰な計画であった。すぐに他の教会の人間にバレるはず……そう思っていた。が、奴らとくれば、我ではなく向こう側について、我を口封じとばかりに断罪したッ!!】
生前の憎々しい記憶を想い起こしたせいだろうか、トムは今までにない程冷静さを欠いて全身から血走った血液を四方八方に放った。その礫は礼拝堂のあちこちに直撃し、十字架にも命中して倒壊し、轟音を立てて礼拝堂の床に散らばった。
【……我は教会の地下牢に捕らえられ、贄の捧げ物として血を抜かれ続け、やがて失血死した。こうして我は、教会の人間や聖職者に恨みを持つようになったのだ。そして、同様に嵐一族の人間にもな……だからこそ、我はリーヒュベスト帝国を襲撃した。本来ならば、千嵐の人間を殺す予定だったが、残念ながらあの場にはいなかったのでな、同じ六桁の嵐数である五十嵐家の人間――五十嵐青嵐を殺したのだ。だが、もう一つだけ赦せない奴がいる……何かをただひたすらに信じ続ける人間――そう、貴公のような男が死ぬほど憎たらしいッ! まるで生前の我を見ているようで、実に不愉快だッ! 虫唾が走るッ!!】
声を荒げ、トムは血走った真っ赤な双眸で慌夜を睨めつけ、片手を突き出すと同時、その手の平から血の刃を幾つも放ってきた。負傷していた慌夜は、瞬時に防御する事が出来ず、仕方なく咄嗟の回避行動に出た。礼拝堂に大量に並んだ木製の椅子に身を隠す。だが、それで攻撃の手を緩めるトムではなかった。
【隠れても無駄だ!】
先程よりも攻撃の数を増やし、障害物諸共慌夜に猛攻を続けるトム。それにより、慌夜を守っていた椅子は木っ端微塵になってしまい、片足に飛来した攻撃の一部をもらい受けてしまった。
「がぁああ!? ……っく!」
急ぎこの場から避難しなければと、移動を始める慌夜。だが、今しがた受けた攻撃によるダメージで足をもたつかせてしまい、バランスを崩して礼拝堂の床に敷かれた真紅の絨毯に転倒してしまった。
【終いだ……】
いつの間にかすぐ間近に迫っていたトムが、眼下にいる慌夜に向かって片手をかざす。血液が凝固していき、赤褐色の剣へと変形していく。
「ぐ、こうなったら……」
一か八かの賭け。雅曇皇圓邸へ向かう際、支給された例の品物。それを試す機会は今しかないと、慌夜は闇の中から何かを掴み取って引っ張り出した。その漆黒に染まった闇色の武器を目にして、トムは血液製の剣を振り下ろしかけていた手をピタリと止め、目を見開いた。
【そ、それは……ッ!?】
「どうやら見覚えがあるみたいだな? あぁ、そうだよ……こいつは親父が使っていた散弾銃さ」
そう言って素早く体勢を整え、照準をトムの胸元に向ける。
【ふんッ、武器を父の物に変えた所で何が変わるというのだ? それに貴公は大剣使い……使い慣れていない武器で我を倒せるはずもないッ!】
と、トムは慌夜のある秘密を知らず、高を括って武器を振り下ろした。
「……喰らいな!」
向かって来る斬撃に内心恐怖しながらも、慌夜は自身と父から受けた数々の試練を思い出し、引き金を引いた。
発砲音が礼拝堂に木霊した。硝煙の臭いが立ち込め、どこからか吹き込んでくる風が、散弾銃の銃口から立ち上る煙を揺らめかせる。
【な、ぜ……き、貴公は、大剣使い……いや、それよりも……何故、不死身の我が……ダメージを】
トムは不思議でならなかった。油断していたとはいえ、まともな攻撃を受けるとは考えもしなかったのだ。だが、手を触れずとも分かる。体中に走る今まで味わった事のない激痛。それは、生前の記憶を嫌でも思い起こさせる。彼の体のど真ん中には、見事な風穴が開けられていた。
身体をよろめかせ、トムは大の字に後方へ倒れた。
「ようやく、お前の余裕ない顔を見れたな……確かに俺は大剣使いさ。だけどな、俺にはある才能があるんだよ、親父と同じな」
【……ま、まさか……貴公も、あらゆる武器が使えるというのか……!?】
トムの言葉に、慌夜はそんな事まで知られていたのかと、改めて初代伝説の戦士があぁも容易くやられた理由に合点がいくと同時、悔しさに渋面を浮かべる。
「……あぁ、そうさ。そして、この銃弾。こいつは銀の弾じゃあないが、お前ら冥霊族には効き目抜群の特性の聖水弾さ」
懐から取り出した聖水を籠めた銃暖を親指と人差し指に挟んで、自慢気にトムに見せつける慌夜。それを目にして、驚愕の表情を浮かべたトムが声を荒げた。
【せ、聖水弾……だとッ!? ば、馬鹿な……教会は全て潰した。聖水を作る方法など――はっ!】
と、そこで何かに気づくトムが、突如黙りこくる。そして、そういうことかと震える口を開いた。
【……巫女族、そうか……奴らめ……月牙王、やってくれたな……巫女族を使うとは】
「巫女族? お前、聖水の作り方、知ってるのか?」
【忘れたか、我は元神父……聖水の精製法くらい、熟知している。だが、よくもまぁあの者達が協力してくれたなとは思うが】
「どういう事だよ」
腹部に大きな風穴を開けられているにしてはやけに元気のあるトムに、改めて冥霊族の厄介さを認識する慌夜が、苛立たし気にトムに訊ねる。
【ふっ、一体何者が最初にこの精製法を見つけ出したのかと思うくらいには、あまりに特殊な方法だ。教会関係者でも上層部の人間しか知らぬ、最重要秘匿情報。それを貴公にそう易々と教えるはずもあるまい? が、我にこうして深手を負わせた功績としてヒントを与えてやろう。これを精製する者は、相当な羞恥に苛まれるという。そしてこれを精製出来る人間は、聖霊力を備えた女子のみ。我が知る限り、それを持つのは空西の家系と冥霊界とこちらを繋ぐ者達、そして巫女族だ】
「よく分からねぇけど、巫女族も聖霊力を持ってるのか?」
ふとした疑問を口にする慌夜。そんな問いに、トムは含み笑いをしてゆっくりと体を起こして、小馬鹿にしたように慌夜を見上げた。
【……んっふっふっふ、貴公は何も知らぬのだな。巫女族の凄さも、彼女達の秘めたるあらゆる可能性も……道理であのようにメイドなどという奇天烈な恰好をさせて戯れている訳だ。まぁ、それをさせているのが月牙王なのであれば逆らえはせぬか……】
と、以前夢鏡王国を襲撃した際に出くわした、鈴華達の出で立ちを思い出して瞑目する。
「何言ってんだ……全然わかんねぇよ、俺にもよく分かるように説明しろよな」
巫女族は勿論、鳳凰一族もしっかり見た事がない慌夜は、置いてきぼりを食らってるような感じがして腹を立てた。
そんな彼を見て、嘆息してトムは口を開く。
【学徒でありながら、巫女族の始まりも知らぬのか。巫女族はとある一人の聖霊力を携えた女神と空間を操る一人の少女がまぐわって生まれた種族だ。女子しか愛せぬ呪いをかけられ、純血を重んじ近親内で繁栄してきた。そんな彼女らには特別な力がある。それが、聖霊力と間属性の力。そしてその力によって生まれた封印の力。さらには不死身の肉体、終いには巫女族の祖である燐廻によって生まれた七力……と、数えればキリがない】
「あの人達って、そんなに凄かったのか……」
少し前に翼と初めて会った際、彼女達の話を聞いた覚えがあるが、改めてその凄さを知った慌夜は、思わず感嘆の声を漏らした。
だが、それに付け加えるようにトムが続ける。
【だが、それはあくまで巫女族だった頃の話だ。ゴッド・レジスタンスの襲撃を受けて壊滅的被害を受けた彼女達は、鳳凰の加護を受けてその血を混血させていった。そうして生まれたのが、鳳凰一族だ。だからこそ、弱体化してあんなにも幾度となく襲撃されるのだ】
「それで……」
四大帝国の一つに数えられるフレムヴァルト。その割に襲撃頻度は他の三帝国に比べて歴然の差だった。その原因がようやく分かって、慌夜は納得の頷きを見せた。
【ついには鳳凰大社も落ちた……大勢が殺戮され、ほんの一握りが月牙王に匿われる形となった。恐らく、やがてはその血も絶えるであろうな】
ドルミラ龍鎧大戦の事だろう。この大戦によりフレムヴァルト帝国はエレゴグルドボト帝国に敗北宣言をし、大勢の鳳凰一族の巫女達が、フレムヴァルト帝国民の前で慰み者になったという。果てには帝国民の多くも残虐非道の限りを尽くされたらしい。
五大帝国の関係が崩れ、今やまともに帝国の機能をしているのはリーヒュベストとウォータルトのみ。特にリーヒュベストの人間である慌夜にとって、同じ四帝族の関係ではあっても、彼女達の経緯など殆ど知る機会はなかった。
「そんな……鳳凰一族だって不死身のはずだろ?」
【居所が我に知れた時点で、狙われる事になるのは周知の事実のはずだ。不死身の肉体……それを欲する人間は大勢いる。だからこそ、鳳凰一族は常に狙われ続けてきたのだ。そうであろう?】
トムの言う通りだ。命からがら生まれ故郷から逃げ果せ、夢鏡王国にやってきた彼女達。だが、滅多に争いの起きぬ平和な王国である夢鏡も、ああして襲撃を受けた。そんな今、彼女達の安全な場所などないのかもしれない。ならば、彼女達を狙う者達から必死に守り切るしかない。
「確かに、そうだが……だったらどうすりゃいいんだよ!」
内心では答えは出ている。だが、その役目は果たして自分達なのだろうか? 自分達に与えられた任務は目の前の敵を倒す事。巫女族の護衛ではない。
と、思い悩む慌夜の苦悶の表情に、トムがほくそ笑んだ。
【んっふっふ、精々悩むがいい、っく……それに、我はまだ死ぬわけにはいかない……】
ようやく傷口から全身に聖水の力が回ってきたのか、不死身の力を失ったトムは、大量に血を滴らせながらもその場に立ち上がると、体をふらつかせつつ、体中から吹き出した血液を宙に浮遊させると、一気に四方八方に放った。それは所構わず礼拝堂のあちこちを攻撃し、目の前にいた慌夜も例に漏れず攻撃した。だが、闇属性の特性である吸収の力を持つ慌夜は、それを吸収することで防御した。
【な、何ッ!?】
闇属性にそんな力があるなど露知らずだったトムは、完全に呆気に取られ隙を与えてしまった。それが、トムの最期だった。
「残念だがな、俺はお前を赦す事は出来ないんだよ……これで終わりだ、トム=ガーリ=ディートヘイゴスッ!!」
そう言って月牙は、大剣を大きく振るってトムに肉薄し、十字斬りにしてトドメを刺した。
【……見事、だ……貴公の名、聞かせてもらえないだろうか】
「……嵐慌夜だ」
【確と、その名、この肉体に刻み込んだ……その信念、貴公が貫けるか……否か、あちらで見届けさせてもらおう……精々、無様に足掻くのだな……嵐、慌夜……】
十字に斬られて尚喋り続けるトムの生命力の強さに、思わず畏怖する慌夜だったが、最期の言葉を言い残すとその肉体は蝙蝠ではなく灰となって風に散って霧散した。
「……あぁ、せいぜい足掻くさ。俺は俺の信念で戦う……」
拳を強く握り今一度覚悟を決めた慌夜は、大剣を背にしまうと礼拝堂を後にしたのだった……。
というわけで、今回で慌夜VSトム戦も決着です。多くの身内を喪った暗冷達ですが、原因はトムの生前にありました。夜影の暗殺隊と随分前に関わっていたという。信じていた周囲の人間に裏切られ、何も信じられなくなった彼との戦いの中で、今回嵐一族関連と巫女族関連を少し深堀りしました。青嵐だけトムに殺された理由も今回で判明です。
次回予告、中庭にてバトルします。今回あっさりめで終わったので、次回は過去回想も含めて少し長くなるかもしれません。




