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第二十話「嫉妬に嗤い狂う妖艶なる夢魔」・1

今回は三部構成です。

 他の仲間と別れてしばらく。

 七海と霙は、雅曇皇圓邸二階の別室を捜索していた。照明はあるものの電気が点かず、外も曇天に包まれて暗がりの為、別室は薄闇ですっかり覆われてしまっている。


「霙ちゃん、足元気を付けてね~。ここ結構暗いからぁ~……」


 おっとりした雰囲気を醸し出し、七海が柔らかい表情を浮かべて後方を歩いていた霙に注意喚起する。


「りょ! てかてか、ななみんこそ気を付けなよ~? そのでっかいモンぶら下げてたら足元見えなさそうだしさ」


 フードを目深に被った霙が、棒付きキャンディーを口に咥えたままウィンクなどしながら、顔の真横でピースをしてセクハラ混じりの返事をする。

 それを苦笑しながら流して、七海は再び周囲の捜索を再開した。

 と、捜索を始めて数十分が経過した頃。霙が手探りで薄闇の中を進んでいると、化粧台を見つけた。最初はこの薄闇の視界の悪さに参っていたものだが、目が慣れてきたのもあってか、それなりに周囲の様子が判別できるくらいには見えてきた。


「これは、化粧台……?」


 ぼそりと呟く霙は、視線を化粧台の鏡へ移した。そこには、背後で別の物を捜索している七海の後ろ姿がぼんやり映っていた。だが、じっとそれを見つめていた霙はふと違和感を覚えた。先入観のせいでここには自分と七海の二人しかいないと思っていた。だが、ここは敵の根城。誰が潜んでいてもおかしくはないのだ。

 そして、ようやく鏡の中に映っている人影が七海の後ろ姿ではなく、夢魔であったと気づいた時には既に手遅れだった。


【かかったわね……氷威霙♪】


 夢魔の声が響き渡る。同時、鏡面が水面のように波紋を広げ、その中心が盛り上がって夢魔が姿を現した。いきなり眼前に敵が姿を現した事で、霙は完全に不意を突かれてしまった。

 反射的に身体を仰け反らせたものの、相手の妖しく光り輝くピンク色の双眸に目を奪われてしまった。この暗闇で唯一光る光源があれば、そちらに目を向けても致し方ない。

 霙はまんまと夢魔――レイラの魅惑の双眸の瞳術にかかり、身体の自由を奪われた。


「み、霙ちゃん? どうしたのぉ? だ、大丈夫~?」


 異変を察知した七海が霙の下へ駆け寄り、彼女を振り向かせようとした次の瞬間、霙がさっとこちらに振り返ったかと思うと、いきなり七海の豊満な胸を両手で鷲掴みにしてきた。


「ひやぁんっ!? み、霙ちゃ……んっ、何を――」


 と、苦悶に顔を歪ませた七海がふと霙の目を見ると、その虚ろな目が淡いピンク色に光り輝いているのが見えた。

 一方で、レイラに操られ、彼女の抱く負の感情の成すがままに鷲掴みにしている両手に力を籠めていく霙。


「痛っ! ……ごめんねぇ、霙ちゃん!」


 胸を力強く掴まれて激痛に顔を歪めた七海は、霙が何者かによって操られているのだと確信し、苦痛を必死に我慢して彼女の腹部に水の波動を命中させて強引に引き離し距離を取った。


「はぁ、はぁ……っくぅ」


 衣服の上からでも感じる程の鷲掴みにされた痛み。放されても尚続く、鈍いじんじんとした痛みに、七海は痣でも出来てやしないかと冷や汗をかく。

 と、自身の体を気遣っていると、その隙を逃さぬと言わんばかりに霙を操っているレイラが追撃を繰り出してきた。彼女の体躯よりも大きな大太刀を両肩に背負い、鍔に親指を宛てがってゆっくりと抜刀していく。そして、引き抜き終えたと同時、それを横薙ぎに一気に振るった。

 凍てつくような氷で出来た鞘から引き抜かれると同時に発生する大量の冷気は、振るわれると同時に一層強い冷気を放出し、周囲に波状の氷柱を形成した。

 真上から見ると三日月状に見えるその氷柱の先端は恐ろしいほどに鋭く、すんでで後ろに跳び退いた七海の脇腹を僅かに掠めた。


「あぐぅっ!? ……み、霙ちゃん……し、しっかりして~!」


「うっふふ、無駄よ……そんな呼び掛け、聞こえやしないわ」


 霙の声に混じって、レイラの声が聞こえてくる。

 このままでは防戦一方でやられてしまうと踏んだ七海は、霙を倒す訳にはいかないと思いつつも、武器のハルバードを手に取った。


「……許して、霙ちゃん」


 下唇を噛み締め、ぼそり一言謝罪の声を漏らすと、形成された鋭利な氷柱を次々ハルバードの刃を用いて破壊していった。

 そうしてどうにか霙の下へと近づこうと試みる七海。

 しかし、霙はすかさずその場に氷柱の山を作り出して飛び移り、そこからジャンプして縦回転。全身を用いた回転斬りを繰り出してきた。長い刀身はリーチも相当なもの。歯車状に形成された氷柱が七海を襲うが、間一髪横に跳び退いてそれを躱した。

 それから身を捻ってハルバードを突き、一気にその氷柱を突き壊す七海。

 だが、崩壊していく氷柱の陰に隠れていた霙に気づかず、今度は背後を取られてしまった。


――くっ!? ま、間に合わない!



 咄嗟に後ろを振り向き、後ろに跳び退こうとするが、先手を取られてしまい、霙の異様な力で突き飛ばされ七海は床に強かに背中を打ち付けて倒れた。


「いったたぁ~……」


 背中から走る痛みに苦痛の表情を浮かべる七海。そんな仰向けに倒れている七海に、霙は馬乗りになってきた。

 彼女は妖しい笑みを浮かべて不気味に笑い、またしても目の前に広がるふっくら盛り上がったたわわな膨らみに吸い寄せられるように鷲掴みにした。


「くふぅ……んんっ!」


 先程力任せに掴まれた時の痛みも相まって、七海の顔が痛みに歪む。

 と、霙越しにレイラの恨めしい声が聞こえてきた。


「……こんな、無駄にデカイ脂肪なんかつけて。この贅肉で、さぞかしたくさんの男を魅了してきたんでしょうね……あぁ、憎らしい!」


 そう言って顔をずいっと近づけてくる霙。彼女の冷たい鼻息や吐息が顔にかかってくすぐったい。

 そう思っている間にも、レイラは霙の体を操って七海の体を好き勝手に弄んだ。

 首筋に顔を近づけ、鼻先をくっつけて鼻を鳴らし匂いを嗅いだかと思えば、ゆっくり口を開いて小さな舌を出すと、首筋に舌を這わせて胸鎖乳突筋をなぞるように胸元へと下り、はだけさせた彼女の鎖骨の中心付近までたどり着くと、そこに食むように吸い付いた。

 こそばゆさとも少し違う得も言えぬ初めての感触に、七海は体を身震いさせ、顔を徐々に赤らめて身じろいだ。

 が、逃がさないとばかりに霙は冷気を纏った両手で七海の両手首を掴んだ。瞬間、冷気が強まり、簡易的な氷の手枷が生成。七海は完全に手足の自由が利かない状態になってしまった。

 そんな彼女にさらに追い打ちをするように、舌なめずりして制服のボタンを上から次々外していく霙。

 どんどんはだけていく胸元に、さぞや恥ずかしい思いをしていることだろうとほくそ笑むレイラだが、当人はというと、身動きが取れない事の方が煩わしいようで、羞恥心に関してはそこまで感じていない様子だった。

 流石に計算外だったレイラが次の一手を講じようと思案していた、その僅かな隙。それを狙って、七海は両手から粘度の高い水を霙の顔面に向かって放った。


「きゃっ!?」


 いきなり視界を奪われた霙は、慌てふためいてその場に立ち上がり狼狽えた。

 その絶好のチャンスに、七海は両手を強く握ってその拳に水泡を纏わせた。すると徐々に水泡が泡立ち始め、直後手首の氷の枷が融けていった。水属性を持つ人間の中でも、霧霊霜一族のみが扱える水の温度操作で氷を溶かしたのだ。

 と、仰向けから脱出したところで、どこからともなく敵の声が聞こえてきた。周囲を見渡し、気配を察知してそちらに顔を向ける。そこにいたのは、先ほどの化粧台の鏡面に映るレイラの姿だった。

 彼女は鏡面を水面のように波打たせて素早く飛び出すと同時、未だに視界を奪われてよたついている隙だらけの霙に、跳び蹴りを食らわせて吹っ飛ばした。

 何も見えない状態でいきなり不意打ちを受ければ受け身など取れるはずもなく、霙は壁に激突して砂埃を舞い上がらせた。


「み、霙ちゃあん!」


 仲間の名前を呼び、慌ててそちらに向かい容態を確認する。どうやら霙は気絶しているだけのようだった。

 一応息はある事に少し安堵しつつ、事前情報から敵の姿がディートヘイゴス一家の一人、レイラであると認識する七海。

 彼女はおっとりしつつも、大事な仲間をやられた事に怒りを覚えたのか、やや眉尻を吊り上げた。


【ふふんっ、温厚そうに見えて案外そんな顔もするのね……】


「わたしだって、怒る時は怒るわよ~?」


 そう言って、七海はハルバードを回転させながら八の字に振るって水の魔力を練り上げた。


【そんなこけおどし、効かないわよ!】


 レイラは両手の爪を鋭利に伸ばし、七海に向かって飛びかかってきた。

 七海はその攻撃をハルバードの回転攻撃で上手く弾き返し、時折見せる敵の隙を突くように、ハルバードを突いた。水の魔力を纏わせたそれは、衝撃波となってレイラを襲うが、それを軽やかに飛んで躱して見せるレイラ。

 爪攻撃とハルバードの激しい攻防を繰り広げながら、二人は部屋の奥の大浴場へと移動していた。


――ここなら、水場だし~……水属性のわたしには、地の利的に有利よね~



 少し息が上がって呼吸を乱す七海は、内心そう考えながらさらに水の魔力を練り上げる。

 だが、正直な所敵の攻撃の激しさも相まって体力が奪われつつあった。というのも、先ほど捕らえられた際、霙越しにレイラの幻惑の双眸の瞳術にかかり、彼女の幻影に翻弄されていたのだ。

 敵の攻撃の数が多いのではなく、幻影によってそう思い込んで実際は誰もいない虚空を攻撃していたというわけである。

 そして、すっかり疲れ切った七海の背後に再びレイラが接近し、彼女を羽交い絞めにして捕らえた。

 両足を腰に巻き付け、左手で細い首を締め上げ、右手で全身を艶めかしく弄っていく。


【あぁ……女のわたしでも興奮する程いい体してるわよねぇ、あなた……。うっふふ、殺してしまうのが惜しいくらい。だけど、あなたみたいな女を見てると虫唾が走るのよ。だから、ここで死んでちょうだい♪】


 そう言ってレイラは心臓側の胸を鷲掴みにし、その指先から爪を鋭利に伸ばし、心臓を突き挿して殺そうとした。

 刹那――勢いよく扉が開け放たれ、声が聞こえてきた。


「七海ぃ! ここにいるんでしょー!」


 その大声に、七海もレイラも動きを止めて思わずそちらに目を向ける。そこに現れたのは、別行動を取っていた渚だった。

 彼女は目の前に広がる光景を見て、瞬時に七海がピンチなのだと察知し、彼女を助け出すために風刃をお見舞いした。

 が、レイラは七海から離れることもせず、尾てい骨から生えた尻尾で容易くその攻撃を相殺した。


【お楽しみの邪魔しないでくれるぅ? これからトドメを刺す所なんだから、水を差さないでちょうだい】


「んなっ!? くぅ~、あったまきた!」


 まるで蚊帳の外とでもいうように簡単にあしらってくるレイラに、渚は考えもなしに目の前の敵に向かって突っ込んだ。風を身に纏い、防御力を高めている今ならば可能だと、そう考えたのだ。

 だが、既に戦闘が繰り広げられた大浴場の足場は大分崩れていて足元が悪く、躓き癖のある渚は、例によって足を躓かせ、勢い余ってそのままタックルするようにレイラに激突した。しかも、ぶつかると同時にまたもラキスケのように彼女の胸を鷲掴みにして。


【あぁんっ! んっく、こんのマセガキ……! そうまでしてわたしの邪魔をするというのなら、あなたもただじゃおかないわ】


 完全に想定外の行動を取られたレイラは、渚を罵って体勢を整えると、七海を解放して瞬時に渚の眼前に現れ彼女の顔を両手で挟みこみ、目を見開いた。キスしてしまうほどの至近距離の上、顔を固定されては視線を逸らす事も出来ず、渚はレイラの幻惑の術にかかった。


【ふふっ、これでこいつはわたしを七海と認識するようになったわ】


 まんまと術にかかった渚を嘲るように笑ったレイラは、怪我を装って渚にしなだれかかった。


「ちょっと、本当に大丈夫なの七海?」


【え、ええ……ありがとう、渚ちゃん】


 心配そうにこちらを見上げてくる渚に、優しく微笑みかけるレイラ。そんな彼女は、肩を貸してくれる渚の隙を見て、背後から彼女の首を切り裂こうとした。


――これで……終わ――り……っ!?



【――え?】


 内心でタイミングを計り、攻撃を繰り出そうとした刹那、ズキリと腹部に鋭い激痛が走り、思わず疑問の声が漏れる。

 ゆっくりと視線を下ろして見れば、渚が短剣でレイラの腹部を突き挿していた。


【は? うぐぅっ……な、ぜ】


 訳が分からず、腹部を押さえて後退するレイラ。彼女の腹部から得物を抜き取った渚は、苛立った様子で口を開いた。


「はぁ~、バカじゃないの、あなた。本物の七海じゃないことくらいすぐに分かるわ、どんだけの付き合いだと思ってるのよ」


【あっぐ……そ、それほどの間柄だったとはね……油断したわ、はぁ、はぁ……ごっく、ごく、ごくっ……ぷはぁ! せっかく蓄えた精力をこんなところで消費する事になるなんてね。旋斬渚……侮っていたわ】


 腰に提げていた小さな袋を幾つか掴み取り、中に入った光る液体を一気に飲み干していったレイラ。するとどうだろう、彼女の腹部の傷は瞬時に癒え、心なしかその肌艶が良くなったではないか。

 見た事もない回復方法を目の当たりにして、思わず呆気に取られてしまう渚だが、すぐに我に返って目の前の敵に敵意を向ける。


【ふんっ、これならどう?】


 そう言うや否や、レイラは渚に魅惑の幻術をかけた。


――ふふっ、これならば、仲の良さなど無関係だもの。さぁ、わたしの魅力で今のあなたはわたしを仲間だと認識しているはず。



 ほくそ笑んだレイラは、今度こそとばかりに渚に切りかかった。

 だが、元々七海以外の周囲の存在を全て敵とみなして生活してきた渚は、魅惑にかかったとしても彼女に信頼感まで寄せる事はなく、近づいてきて不意打ちを繰り出す彼女を返り討ちにした。


【ぐはっ!? ば、バカな……どうして、どっちの幻術にもかかってるくせに……】


「何度も言ってるでしょ? アタシは七海しか信頼してないの。それ以外は全て敵……敵に攻撃されそうになったんだから、やり返すのは当然じゃない」


【……んなっ、そんなのでわたしの幻術が破られるだなんて、ありえない……ありえないっ!】


 流石に立て続けに二度もしてやられたレイラも後に引く訳にもいかず、なによりここまでの信頼を寄せる親友なんてものが許せなかった彼女は、怒りに肩を震わせて激高した。


【親友が相手を本当に裏切らないなんて……そんなこと、ありえないのよっ!!】


 そう叫ぶと、彼女は幻惑にかけていた七海に、自身の姿が渚に見えるようにした。


【は、はは……これでどちらが本物か分からないはず! さぁ、霧霊霜七海……どちらが本物の旋斬渚か、当ててみなさい!】


「ふんっ、七海はアタシのボディーガードなのよ? 偽物なんかと間違えるはずないわ」


 腰に手を添え、自信満々に威張って見せる渚。

 七海当人はというと、やや頭を揺らしながら虚ろな表情でゆったりとレイラの下へと歩き出していた。その行動に、思わず渚も困惑して動揺を見せ始める。


「え? ど、どうしたのよ七海? あ、アタシはこっちよ?」


――ふふ、まんまとかかったわね、旋斬渚。魅惑の瞳術にかかっている霧霊霜七海を操るなど造作もない。分かったかしら? 信頼なんてもの存在しない、裏切られる絶望に打ちひしがれるといいわ! ふふっ、あっはっはっはっはっは!



 内心したり顔でレイラは高笑いをあげる。だが、ここで諦める渚ではない。彼女は負けじと強気で声を張り上げた。


「三本勝負よ!」


【はぁ?】


 思わず呆れた声が出てしまうレイラに、渚は続ける。


「これで負けたらあなたの勝ちでいいわ。アタシ達の事は好きにするといい」


【……ふん、簡単にそれを承諾するはずないでしょ? でも条件は悪くないわ。勝負内容はハグ、マッサージ、キス……これで勝てれば、あなた達を"本物"と認めてあげるわ】


「……な、何よその勝負内容……そんなの」


 思わず正気を失っている七海を見て、顔を赤らめた渚は視線を逸らした。


【なに? 一丁前に恥ずかしがってる訳? 別にやめてもいいのよ? まぁその場合棄権負けって事でわたしの不戦勝であなた達には死んでもらうけどね】


「くっ! ひ、卑怯者!」


【あら、敵であるわたしにとってはこれ以上ない誉め言葉ね。まぁ、例え勝負を受けたとしてもあなたが勝てるとは到底思えないけどね】


「……分かったわよ、言われっぱなしじゃアタシも悔しいもの」


【そうこなくっちゃね、先攻は全部譲ってあげる】


「なめられたものね。今に吠え面かくんじゃないわよ!」


 渚とレイラは互いに煽り合い、三本勝負を開始した。

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