第八話「襲撃!伝説の戦士(中編)」・4
今回もちょっとグロいです。
「ハァ、ハァ……お姉ちゃん、霧矛叔母さんの方で何かあったの?」
激しく動いたためか、息を切らしながら水歌がそんな質問をする。
「ええ、しかし今はこの場を何とかしなければ!」
「そだね! よっしっ!!」
水恋の気合に自分も負けてられないとばかりに、水歌が得物を振って敵の方へ駆け出す。
「す、水歌っ!!」
「任せてお姉ちゃん! このキモいデブにお灸据えるんだからっ!!」
得物の棒の部分を腕と横腹の間に挟んだ水歌は、それで武器を固定し上半身を軽く捻って攻撃を放った。シャボン玉の様な幾つもの泡が、水歌の周囲を囲むように展開。手を前に突き出してそれらの泡がボブに向かって飛来する。
【うぷ~っくっくっく!! 無駄だよ、そんな弱っちぃ攻撃効くもんかぁ!!】
余裕綽々という様に、ボブが贅肉たっぷりの腹を突き出す。
が、その油断が仇となった。
「くらえっ!」
パチンッ!
【――っ!?】
タイミングを見計らって水歌が指を鳴らした瞬間、幾つもの泡が一気に破裂。中に仕込んであった粘着質の水がボブに降り注いだ。すると、ボブの体が急激に光り輝いて実体化した。
【ど、どうなってるんだぁ!? ボクちゃんの体をすり抜けない!?】
あまりにも予想外の出来事に、ボブが慌てふためく。
「今だよお姉ちゃん!!」
水歌が、敵が動けない今がチャンスだとばかりに姉に合図を送る。
「上出来です! 皆さん、一気に畳み掛けますよ!!」
『はいっ!!』
水恋の掛け声に全員が応え、一気に水属性の攻撃が繰り出される。
水の縄で縛り付けられ、硬水をさらに硬くした水の礫がマシンガンの様に放たれる。それらの攻撃が幾度となくボブの体を痛めつけ、全ての攻撃が終わる頃にはボブはズタボロだった。
「はぁ、はぁ……これで、どうですか?」
「多分、結構痛めつけられたと思うけど……?」
呼吸を乱す水恋に、水兎が膝に手を置いて息を整えながら応える。
【うっく……ヒドイじゃないかぁ、ボクちゃんをこんなにイジめてぇ。でも、何でだ? ボクちゃんは幽霊……ありとあらゆる攻撃をすり抜けられるはずなのに……どうして、実体化してるんだ?】
「幼い頃に鳳凰一族の子に話を聞いてて正解だったわ。幽霊などの邪なる存在は、聖なる物に弱い。分かる? 聖水よ」
【せ、聖水……だとぉ!? そ、そんなものでボクちゃんの体が!?
】
あまりにも信じられない出来事に、困惑せざるを得ないボブ。そもそも、霊体が聖水如きに負けると思っていなかったのだろう。そこが全ての誤算だった。
「では、あの泡には……?」
「聖水そのものを持ってくる事は出来なかったから、代わりに海水を用いたの」
【か、海水ぃ!?】
聖水ならまだしも、海水とまで来るとさすがのボブも憤慨せずにはいられなかった。それも無理からぬ事だろう。聖水ならば、まだ聖なる力が働いているとかどうとかで何とでも言えるが、海水などただの塩分濃度の濃い水ではないか。そんなもので霊体が実体化するなど、冗談じゃない。
が、現にボブの体は実体化している。そのために多くの攻撃を受けてしまったのだから。
「信じられない? 大昔には海水も清めに利用されていたとされてるわ。そんな事も知らないなんて、デブの上に無能なのね……ホント、ただのクズ」
「す、水歌ちゃん……さすがにそこまで」
「何よ、お姉ちゃんまさかあんなデブの肩持つ気? 気は確か? この惨状が目に入らないの!? あの美しい景観で有名なウォータルトが、こんな……すごく気に入ってたのに、大好きだったのに。それをこのクズがぶっ壊したんだっ!! 絶対、絶対許さないっ!!」
そう言って水歌は、視線を鋭くして武器を振るった。
【ぐわぁ!! ぐぬうぉッ!? ぐぼぁッ!?】
まるで私刑を受けているかのようにボブは一方的に攻撃され続けた。しかし、それも今までの行いを鑑みれば至極当然の事だった。まさしく自業自得といえよう。
この場にいる一族の少女達も、みんなざまあ見ろと言わんばかりの表情を浮かべていた。
と、その時、ボブの体が急激にぶくぶくと奇妙な動きを始めた。
まるで、何かが弾け飛ぶ前兆の様な……。
【……にゅふ、にゅふふふふふふ、うぷ~っくっくっく!! 図に乗るのも、いい加減にしやがれこの腐れ○○○がァアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!】
超大音量でそう叫ぶと同時、ボブの全身が眩い光を発する。真夜中を過ぎている夜更けのこの時間帯に、突然の光が出れば当然目が潰れてしまう。
この場にいた全員が、まるで閃光弾でもくらったかのように両手で目を覆い呻いた。
「きゃああああ!! め、目がぁあああああっ!!」
「み、見えないっ! な、何も見えないよぉぉ!!」
「み、皆さん……どこにいるんですかぁ!?」
「な、何よこれぇ!!」
突然の事態で事態は最悪に。特に、一番近場にいた水歌はその威力をもろに受けてしまっていた。
「ぐぅ……、くっそ、小癪な!」
【まだまだ、終わりじゃ……ないよぉぉぉぉぉぉッ!!】
姿は見えない。が、気配と声で分かる。そして何よりも、その野太く不気味な声が、一時的失明も相まって恐怖感を倍増させていた。
【大・爆・発ッ!!!!!!】
一文字一文字を区切り発音したボブ。そして、その言葉を言い終えた次の瞬間、大轟音と共にボブを中心として、半径10M全てを外側へと吹き飛ばす威力の大爆発を巻き起こした。
チュドオォォォォォォォォォォンッ!!
凄まじい大音量と、小刻みに震える大地。まさに大地を震わす程の威力だ。周囲の崩壊しかけの建物は全壊。さらに、ボブの1M付近にかけての地面には、蜘蛛の巣状の亀裂と共に見事なクレーターが完成していた。
無論、近場にいた霧霊霜一族の面々は皆周囲に吹き飛ばされ、各々建物の壁に激突したりなど、とにかく障害物にぶち当たって無事では済まなかった。辛くも生き延びた人間もいようが、惜しくも命を落としたものも無論存在した。打ち所が悪く、頭部損傷を起こしていたり、瓦礫の下敷きになったり、爆発にもろに巻き込まれたりなど、様々だ。ただ、奇跡的にも一番ボブに近い距離にいた水歌は、瀕死状態ではあるものの、無事だった。
「ぐあぁあああああ!! い、いったぁ、……ぐぅ! なんで、……まだ、あんな力が残ってた……って、言うの? てか、あれだと……自爆も、いいとこじゃ――」
右目や頭部、腕や足などから大量に出血する水歌は激痛を訴えながら、狼狽していた。
確かにそうだ。被害を受けた自分達もただでは済まないが、何よりも爆発した当人は、体自体が爆発したのだ。無事などありえない。
が、ボブがいた場所に視線をやった水歌が見たのは、信じられないものだった。
そこには、傷一つない襲撃しにきたばかりの時のボブの姿があった。
「そ、……んな、……な――で?」
声ももうまともに出せなかった。目も虚ろで、視界が霞む。と、ぼやける視界に巨大なシルエットが映った。ボブだ。まずい、殺られる。
そう思い、覚悟を決めていると。
「ひぎぃぃ!?」
傷口を抉るようにボブの人差し指が内臓をいじくった。
「ごぼぉっ!! ごほっ! うっ……っく、や、……めろ!」
【うぷ~っくっくっくっく! 何だってぇ? 聞こえないなぁ。ちゃんと喋ってよぉ、ほらぁ……さっきみたいにボクちゃんをキモいだのデブだの言ってごらんよぉ!! ま、無理だろうけどぉ? ぷっはっはっはっはっはっはっは!! 愉快だねぇ! さっきまで勝ち誇った様な態度だったのに、今の君の表情は惨敗した敗者そのものだぁ! なんとも無様で滑稽な姿だよぉ……分かったかい? 君達は絶対にボクちゃん達には勝てないのさぁ! ま、今回はボクちゃんも手痛い仕打ちをくらったから引き上げてあげるけど、次はないと思いなよぉ? 今度はもっと悲惨な世紀末が訪れる事になるだろうからねぇ!! せいぜい、楽しみに待ってるといいよぉ、じゃあねぇ? うぷ~っくっくっくっくっくっくっく!!】
「ま、……待て、待て……ぇ! 逃がすわけ……には、いか――い、のに……意識が……おね……ぇ――ゃ……」
そこで水歌は力尽き、倒れてしまった。
と、そこへ、誰かの足音が聞こえてくる。
「あっ、水歌叔母様!? 誰か、緊急救護担当の方をこちらにも回してくださいっ!!」
動きやすい軽装の格好をした少女――鳴海は、叔母である水歌の変わり果てた姿を見て、すぐさま医療チームを呼んだ。まだ微かに息はある。急げば間に合うかもしれない。僅かな希望をその胸に抱き、若き二代目帝王は声が枯れんばかりに大声をあげた。
「お母様……お願いです、どうか……どうかご無事でっ!!」
いざという時にてんで役立たずだった自分を恥ずかしく思いつつ、鳴海は母親である水恋の安否を切に願った……。
――▽▲▽――
ボブがウォータルト帝国から姿を消す数時間前。刻暗は轟く爆発音を耳にして水恋のいる場所へ赴いていた。
そこには、水の結界内で祈りのポーズを取っている鳴海の姿が見受けられた。
「鳴海!」
「……お父様。ご無事で」
水の結界内部から安堵の声をあげ、胸を撫で下ろす鳴海。刻暗としても、父親の立場から安心していた。
「ああ、ところで水恋はどこにいるんだい?」
残るは妻の安否確認だ。すると、鳴海が不安いっぱいの表情を浮かべて口を開いた。
「……実は、お母様は帝国民のみんなを助けに行ってしまって……」
「そうか……。まぁ、水恋ならそこまで心配はないと思うけど。それでも敵がどういうヤツか分からない以上、油断は出来ないね」
鳴海の説明を聞いた刻暗は、顎に手をやってふぅむと唸った。それから暫し思案してから娘に視線を送る。
「あの、私もみんなを助けに行ったらダメかしら? 一応、帝国を治める王として、これでは示しがつかないから」
少し畏怖してはいるが、それでも必死に勇気を振り絞った娘の言葉に、刻暗は感動した。
「さすが、僕達の娘だ。とても立派な勇気だと思うよ? そうだね、水恋は鳴海の事が心配でここにいさせたみたいだけど、そこまで言うのなら仕方ない。僕が許可するよ。けど、無茶は絶対にしては駄目だからね? 約束だよ?」
そう言って刻暗が許可を出すと、鳴海がゆったりとした歩調で水の結界から出てきた。すると、結界内に人がいなくなったためか、役目を終えた結界が泡が弾ける様に消失した。
「分かった! お父様も、絶対に死なないでね? 絶対……約束!」
刻暗と鳴海の父娘は、互いの小指を絡めて約束を交わした。それから視線を合わせて数秒経過すると、小指を離す。
「それじゃ、気をつけて。僕も後から向かうから!」
「ええ!」
父親と別れた鳴海は、外へ駆け出しながら片手を耳に添える。同時、連絡通信魔法陣が耳元に展開する。
「……救護班、聞こえますか!? 至急回復チームの人数を招集して被害の甚大な場所へ向かってください!」
二代目帝王として十分な動きだ。今後のウォータルト帝国を引っ張っていくに相応しいくらい、鳴海は立派な子に成長した。
娘の鳴海との距離がだんだんと離れていくにつれてその声が小さくなっていく中、刻暗はふとそんな事を思った。
そして、完全に建物内から出て行っただろう頃合で、刻暗は鋭い目つきで四面の壁の内、何枚かの鏡が横一列に並んだ壁の面を睨めつけた。
「そこにいるんだろう? 出てきたらどうだい?」
刻暗誰もいないはずの空間。しかし、どこからともなくそれは聞こえてきた。
【あれぇ? 驚いたな~、わたしに気づくなんて……。結構鈍感と思ってたのに】
まさか気づかれるとは思っていなかったようで、想定外と言わんばかりの口ぶり。しかし、その口調は気楽で別にバレてもさほど問題はなさそうだった。
「誰なんだ君は! 出て来いッ!!」
四方八方から立体的に聞こえる少女の声。どこか妖しげなその声音に、刻暗は内心畏怖しながらも声を張り上げた。
【うふふ、それじゃあ、ご希望にお答えして……鏡をごら~ん?】
先ほどからそちらに目を向けていたが、再度しかとその鏡を見る。数枚ある鏡の内、どの鏡に現れるのか……。
が、刻暗のその考えを覆すかのように、少女はありえない出現をした。というのも、まるで分身でもしたのかというように、全ての鏡から同じ容姿をした少女が現れたのだ。鏡の中から出てくるだけでも摩訶不思議なのに、その上全ての鏡からの登場。
「君かい、この大爆発を引き起こしたのは?」
刻暗は、派手な登場を果たした少女の容姿を見て、少し目を合わせづらかった。というのも、見た目十八くらいのその少女は、十分二次成長を果たしている訳で、体の起伏も激しく、全ての男を魅了するには有り余るほどの美しさだった。しかも、ほぼ裸に近い程、彼女の体を包み隠すには服の布面積の小ささは心もとない。胸にある豊満な二つの熟れた果実も、思わず転び出そうなくらい大きく艶やかだ。
【う~ん、違うなぁ。わたしはこんな荒っぽいコトしないもん♪ どうせなら、もっと煌びやかで美しい演出を試みると思うよ? ま、仲間っちゃあ仲間……かな~? ところで、こっち見てくれない? 人と話す時はちゃんと相手の顔を見なきゃ】
「君はどう見ても人間じゃなさそうだけどね」
皮肉めいた言葉を口にする刻暗。だが、それも無理からぬ事だ。彼女の頭部と肩甲骨付近からは、漆黒に近い紫色の翼が、尾てい骨辺りからも蛇のように独特のうねった動きを見せる尻尾が、それぞれ生えている。これらの理由から、刻暗はそう考えた。
【ほぉ~よく分かってらっしゃるぅ♪ んじゃ、話は早いね。鎖神刻暗……死んでもらえない?】
「は?」
突然の少女の発言に、一瞬刻暗は唖然とした。聞き間違えだろうか。いや、それ程文字数のないセリフを聞き間違えるとは思えない。だとすると、本当にそう発言したのだろうか?
刻暗は、一応の確認のために少女に問い返した。
「申し訳ないけど、もう一度言ってもらえないかな?」
【えぇ~? 一度でちゃんと聞き取ってよぉ……鎖神刻暗、死んでもらえないかな? もぅ、なんか最初に言った時の事思い出して馬鹿馬鹿しく感じちゃうよ。どうしてくれるの? 責任取ってよぉ……】
両手を各々頬に添えていやんいやんと体を左右に捻る少女。
「なかなか笑えない冗談を言うね。ちなみに名前を聞いておこうか?」
【あ、そういえば自己紹介してなかったね。わたしはレイラ。かわいいかわいい美少女夢魔ちゃんでぇ~す♪ よろしくね♪】
片手をグーにして腰元に添え、もう片方の手を目元に運んでピースし、それから可愛らしくウインクをする。一連の動作がどれも自然で、何度も行っているようだ。
「レイラ……夢魔ね。初めて見たよ」
【お、いい思い出になったね。ま、死ぬ前にいいもの見れてよかったじゃん♪ じゃ、死んでもらえる?】
どうしてそうなるのだろうか。どうやら、このレイラという少女は、余程自分に死んでもらいたいらしい。だが、そこまでこの少女に恨まれる理由が、さっぱり思い当たらない。
刻暗は必死に今までの自分の行いを思い出してみた。が、どの記憶にも他人に恨まれる行いは入っていない。まさか都合が悪い記憶だけ抜き去っているとも考えにくい。
「悪いけど断らせてもらうよ。僕は君に恨まれる覚えもないし、死ななきゃならない理由もない」
【ふぅ~ん。ほんっと、伝説の戦士ってどいつもこいつも自分に都合の悪い記憶は全部なかった事にするんだね。だから嫌いなんだよ、有属性者って。痛い目を見るのは、いつも何の力も持たない無属性者。哀れだよね……ほんと、マジありえない】
まるで過去に自分がそうだったかのような口ぶりだ。しかし、彼女は夢魔だ。とても何の力も持っていないようには思えない。それとも、何か秘密があるのだろうか?
と、刻暗がそんな事を思っていると。
【ちょっと、なに人の体食い入るように見てんの? 何、浮気? うっわ、これだから男って万年発情期なんだよね。ほんっと、動物と変わんないんですけど】
「べ、別に僕は君の体を見ていた訳じゃ――」
【はいは~い、男っていっつもそう。何で言い訳すんの? 素直に見とめりゃいいじゃん。あまりにもわたしが魅惑的過ぎるから食い入るように、舐め回すように見てましたって。誰も咎めないよ? ま、あんたの奥さんはどうか知んないけど。けど、知ってるよ? あんたの弱点……】
その弱点という言葉に、刻暗は酷く狼狽した。急激に冷や汗がとめどなく溢れ、こめかみから一筋の汗が顎に向かって伝っていく。
「な、何の事……だい?」
【ぷっ! 何それ? ごまかしてるつもり? マジウケるんですけど。でも残念。既にあんたの弱点調査済みなんだよね】
「頼む、やめろ……言うな、言わないでくれ」
【はぁ? 言うなって? そんなコト言われると、むしろ余計言いたくなっちゃうってゆーか?】
「やめろ」
【てか言っちゃうし】
「やめろ……。やめろ……! ……やめろッ!!」
【……ふふ、鎖神……奏・翠】
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
思い出したくない名前。そう、それは今から十六年前に起きた惨劇。大事な従妹――鎖神奏翠が憎き二人の怨敵に殺されたのだ。それも、刻暗の目の前で。ずっと心の奥底に封じ込めていた。思い出さないようにしていたのだ。全てを忘れ、女性恐怖症を克服する事で完全に忘れ去っていた。
それなのに、半ば強制的に刻暗は思い出させられた。そのせいで、あの忌まわしき症状が蘇る。
【うっふふふふふふ、これであなたは終りも同じだよねぇ。だってあなたは……女性恐怖症なんだもん♪】
そう言って妖しい笑みを浮かべたレイラは、口元を歪ませると同時、その青い双眸を薄紅色に輝かせた。
刹那――刻暗の体が硬直して動かなくなる。ただでさえ恐怖症のせいで動けない状態だったのに、さらに上乗せされてしまい、刻暗は微動だに出来ぬ危機的状況に陥ってしまった。
「っく……!? く、来るな……来るなぁあああああああああああ!!」
【きゃは♪ すっご~い、ほんとに女性が怖いんだぁ。余程小さい時に奏翠って娘にイジられてたんだね。でも、そのおかげであなたを殺せるんだし、その子には感謝しとかないと♪ それじゃ、あまり時間ないし……とっとと終わらせちゃうね?】
「な――」
言わせまいとするように、レイラが刻暗の唇を奪う事で言葉を遮った。目を見開き、照れるどころか恐怖で顔面蒼白になる刻暗。同時、その体中に鳥肌が立ち、挙句の果てには蕁麻疹が出始める。
【あむっ、じゅるっ……んちゅっ♪ っぷぁ……はむっ、ちゅぅ~♪ ……うふふ、さ・よ・な・ら】
啄ばむようなキスの連続攻撃の後、己の唾液を刻暗の喉奥に無理やり流し込んだレイラ。そして、再度あの妖しげな笑みを浮かべた後、口の端から垂れる涎を手の甲で拭いながら刻暗へ向けて別れの言葉を述べた。
瞬間、刻暗が大量の血反吐を吐いて膝から崩折れ、突っ伏すように倒れた。
【うふふ、何が起きたか分からないでしょ? まぁ、もうそのまま死んじゃうだろうから、ついでに教えとくね? わたしには洗脳魔法ってのがあって、動けないように魅惑の瞳で見つめた後、女性恐怖症の人は、女性にキスされて唾液を流し込まれると死ぬって洗脳をかけたの。それであなたは血反吐を吐いたってワケ。恐らく、内部はぐっちゃぐちゃじゃないかなぁ? どう? 内側からじわじわ蝕まれて死んでいく気持ちは?】
淡々とした饒舌な喋り。その解説を聞いても、刻暗は何も答えられなかった。
【ついでに、あなたの精気も頂いちゃうね? 死ぬ間際の精気って、どんな味がするのか……すんごく興味あるぅ♪】
そう言って舌なめずりしたレイラは、全く抵抗出来ない刻暗の瀕死状態の体を、好き勝手に弄び始めた。
――ごめん、水恋。僕、ここで死んじゃうみたいだ。鳴海も……ごめんね。僕、約束守れなかった……悪い父親、だよ。はは……。そうだ、奏翠にも悪い事、しちゃった……なぁ。ごめんよ、君の事を忘れるなんて……従兄として、失格かも……いや、失格だ。もし会えるなら、会いたいな……あの世で。
僅かに残る意識の中、刻暗はそんな事を考えながら徐々に闇によって意識を呑まれていくのだった。
――▽▲▽――
時刻は戻って、風浮がレイラに襲われている頃。相も変わらず空は分厚い鉛色の雲に包まれ、太陽の日差しが全くと言っていいほど届かぬ地、『ウノーファル・ティークル町』。ここは、ウォータルト帝国の領土内に位置してはいるが、全くといっていいほど人口がいない。というのも、気温が低すぎて大半の人間が住めないのだ。
そんなこの地には、巨大な山脈がある。グレートイクール……それが、この山脈の名前だ。その中でも一際極寒の地であり巨大な山で有名な、『UTサミット』と呼ばれる場所。
ここにはとある二人の兄妹が住んでいる。通称『氷雪の義兄妹』とも言われ、兄『氷威 氷雨』と、妹『氷威 雪羅』の二名で構成されている。二人は血が繋がっておらず、氷雨がある場所で捨て子(本人はそうは思っていない)の雪羅を拾った事がきっかけで、義理の兄妹になった。これらの理由が、二人が氷雪の義兄妹と言われる所以だ。
しかし、それももう昔の話で、今の世代の人間には殆ど理解してはもらえないだろう。それほどまでに時代は進み、二人の知名度は廃れていたのだ。というのも、氷雨と雪羅の二人が自宅のあるUTサミットから極力出たがらないのが原因だが。
「ふわぁ~あ。眠いなぁ……お兄ちゃん、そろそろ寝ない?」
首にあったかそうなマフラーを何重にも巻き、何かの毛皮で出来ているらしいコートを着ている少女が、眠気眼をこすりながら兄に催促する。
すると、その声に反応した兄が、口元を覆うマフラーを少し下に下げて口を開いた。
「そうだな……そろそろ寝た方がいい。それに、寝不足は雪の健康にも悪い。寝る子は育つってよく言うからな。今日は早く寝よう……」
顎に手をやり、妹の体に上から下まで視線を這わせていく兄――氷雨。しかし、その視線と言葉にどういう意味が込められているのかをどう受け取ったか、妹――雪羅はバッと己の体を覆い隠す。
「ちょ、お兄ちゃん! 今、雪のどこを見て言ったの!?」
明らかに視線が体のある一部に向けられていた気がした雪羅は、顔を赤らめて氷雨を問い質す。
「ん? いや、特に深い意味はない。お兄ちゃんとしては、雪には立派な女性に成長してほしい所ではあるが」
氷雨は、義妹の雪羅を愛称で雪と呼んでいた。元々、母親が娘を守るためだとかで置いていかれ身寄りのなかった彼女には、名前も存在せず、それを氷雨につけてもらった上に拾ってもらった恩などから、雪羅自身その愛称を喜んでいる。
が、今は少し不機嫌そうだった。
「もうっ! お兄ちゃん、少しはデリカシーを持ってよ! それと、雪はこう見えてもちゃんと成長してるんだからね?」
自身の胸に両手を添えて上目遣いで睨む雪羅に、氷雨は頭をポリポリとかきながらじ~っと妹の胸を再度眺めた。
「や、やだ……そんなに見ないでよ!」
「いや。やはり、そんなに成長してる様子が微塵も感じられないんだが……」
「してるもんっ! 確認してみてよ!!」
あまりにも氷雨が失礼な事を言うので、思わずムキになった雪羅は、後先考えずに兄の手首を掴んで己の胸へと導き触れさせた。
「んなッ!?」
突然の突飛押しもない妹の行動には、いつもそれほどリアクションを見せない氷雨も赤面してしまう。
そして、その反動のためか、無意識に妹の胸を揉んでしまった。
「ひゃぅん!? やっ……お兄ちゃん、ちょっと何……んっ、してるの?」
「ち、違うッ! これは、お前がオレの手を掴むから!!」
「もぅ、お兄ちゃんはムッツリさんなんだから……」
恥ずかしがりながらも、何故か嬉しそうな雪羅。
「……それで、どう? 昔に比べれば大きくなったでしょ?」
言われて感触を確かめる氷雨。確かに昔に比べれば成長したと言えるだろう。氷雨の大きな手にすっぽり収まる手頃なサイズのそれは、まだまだ熟しきってはいないものの、マシュマロの様にふわふわで柔らかい。
「そ、そう……だな、マシュマロみたいだ」
しかし、実際に触って分かったが、恐らく雪羅は着痩せするタイプなのだろう。巨乳とまではいかないが、それでも普通くらいのサイズだ。
「え、マシュマロ?」
「いやッ!! ち、違うぞ!? いや、その……触り心地というか、柔らかさというか……」
弁解するはずが、どんどん自身を追い詰めている気がした氷雨は、それ以上言葉を紡ぐのはやめにした。
一方雪羅は、氷雨の紡いだ言葉を耳にしてカァッと耳まで真っ赤にすると、今の今まで握っていた兄の手首を離して余っていたもう片方の自分の手で覆った。それから少し顔を俯かせて小さく口を開く。
「……えっちなんだから」
ぼそりか細い大きさで、雪羅はそう呟いた。何だか気まずい空気になってしまった。さっきまで睡魔に悩まされていた雪羅も、動悸が激しくてとても寝れそうになかった。
と、その時だった。
「雪、あの傷……どうなった?」
「……それって、あの時の?」
ふとした氷雨の問いに、雪羅は顔を俯かせて確認を取る。氷雨は黙ったままコクリと頷いた。
そう、雪羅は十六年前の第二次神人戦争の折、八体目の魔豪鬼神オドゥルヴィアによって大火傷を負わされたのだ。その時の痛々しさったらなかった。今でも氷雨の夢にあの時の事が時折出てくる。それがたまらなく辛かった。
だから、一応確認を取っておきたかった。もしも傷が残っていたら……自分は重い責任を取らなければならない、そう覚悟していた。
「……だ、大丈夫だよお兄ちゃん。あの時の傷はもう殆ど癒えたから!」
「駄目だ! 確認しとかなきゃならない!! もしも傷が残ってたりしたら、オレは……」
別段氷雨の責任ではない。そう雪羅は考えていた。あの時の攻撃は不意を突かれてしまったものだ。いや、そもそも氷雨の事を守りたくてやった事なのだから、勲章みたいなものだと自負している。
が、それでも氷雨は納得がいかないようで、執拗に傷跡が残っていないかの確認を催促してくる。
「はぁ、分かったよ」
そう言って雪羅は毛皮のコートの袖から腕を抜き、キャミソールワンピースを脱いで下着姿になると、傷跡を見せた。
「なッ――!?」
氷雨は驚愕で目を見開いた。何も雪羅の二次成長した姿に興奮した訳ではない。その傷跡に驚きを禁じえなかったのだ。
「これで分かったでしょ?」
「そんな……」
雪羅の背中には、丸い痣が出来ていた。その丸い縁を中心にして放射状に亀裂が入ったような痛々しい蚯蚓腫れが広がっている。
「んだよ……これ。これって、大火傷を負った時の傷じゃ――はッ!」
ようやく気づいた。そう、氷雨と雪羅は互いに別の事を口にしていたのだ。氷雨は十六年前の第二次神人戦争の時の事を、雪羅は同じく十六年前ではあるが、クロノスのチームJACKの一人、コルベッドに襲撃を受けた時の事を話していたのだ。
とどのつまり、この傷は――。
「そうだよ、お兄ちゃん。これはコルベッド=ニャコフに、擬似太陽の攻撃を受けた時に出来た傷」
「……残ってたのか、その傷。くっ、オレのせいで――」
「違うよっ!!」
悔いる氷雨の声を遮り、雪羅は声を張り上げた。
「……雪はね、お兄ちゃんを守りたかったの。雪がお母さんに置いていかれて死にかけてた、あの雪の降る寒空の日、お兄ちゃんは雪を拾って助けてくれた。そして、雪に……『雪羅』っていう名前をつけてくれた。とっても嬉しかったの……今まで、誰も見向きもしなかった。雪みたいな薄汚い子供は、あのまま凍えて死んでいく運命だった。けど、そんな雪に、お兄ちゃんは救いの手を差し伸べてくれた。とっても暖かかった。あの日から……雪は、お兄ちゃんが――」
「ん? なんか聞こえねぇか?」
その告白めいたセリフを口にしていた最中、突然眉を顰めた氷雨が妹の声を遮って問う。
「え? そう? 何も聞こえないけど……」
告白を遮られた事よりも、何だか氷雨の言う言葉に不安感を覚えた雪羅は耳元に手を添えて聞く耳を立ててみる。が、外から聞こえる吹雪のゴォォォという音のみしか聞こえない。と、暫し二人して聞く耳を立てていたその時だった。
ドスッ、ドスッ。
「――っ!? き、聞こえた! お兄ちゃん、雪にも聞こえたよ!」
聞いた事もない変な音に、雪羅は眉尻を下げて氷雨の服の裾を引いた。
「ああ、……足音、みたいだな。でも、なんでんなもんが?」
「誰か来るの?」
「こんな夜更けにか? それに、オレ達がここにいる事を知ってる人間なんて限られてる。そもそも、ここは極寒の地だ。炎熱系属性を持つ乱火や妖燕なら、話は別だがな。だが、ありゃ人間の足音じゃない。相当体重の重いヤツじゃないとあんな音はしない」
ゴクリと息を呑み、徐々に近づいてくる足音に冷や汗を流す二人。だが、その冷や汗でさえ、この極寒の地ではあっという間に凍ってしまう。
そして、ついにその足音らしき大きな音が、扉の前付近で途絶える。
その次の瞬間、轟音と共に雪と氷で造られた家の玄関扉が飛来した。
「雪、危ないッ!!」
雪羅を扉の枠から外れた玄関扉から守ろうと、氷雨が颯爽と駆けつけて妹の体を覆い隠すようにする。
ゴンッ!
「ぐッ!!」
少し扉の角が背骨より右側にぶつかってしまい、氷雨は呻いた。
「お、お兄ちゃん!!」
守ってもらえた事よりも、兄の体に大事がないかを確認する雪羅。が、苦悶の表情を浮かべながら苦笑いしてこちらを見てくる辺り、問題はなさそうだ。
「一体、何が来たんだ?」
そう言って、氷雨と雪羅が舞い上がる粉雪と煙が晴れるのを待っていると、そこにうっすらと巨大なシルエットが浮かび上がる。
「こいつは……!?」
「お、お兄ちゃん」
予想外の体格に唖然とする氷雨と、恐怖で氷雨の体にしっかりしがみつく雪羅。
と、そんな二人にしっかりと聞こえる大きさで、シルエットから野太い声がした。
【ウゥ? ようやく、見つけた。……伝説の戦士、探した】
やけに特徴的で抑揚のない喋りの男。そして、ようやくそのシルエットが取り払われる。同時、氷雪の義兄妹は目を見開き驚愕を露わにした。理由は至って単純。目の前に立つ巨躯の男の頭部に、ありえないものがついているからだ。
左側頭部から右側頭部にかけて貫かれているように、大きな漆黒のネジが刺さっているのだ。二つに割れた顎はややしゃくれており、おまけにその褐色肌の体のあちこちには、手術後の傷跡なのか、幾つもの縫い跡が残っている。さらに、両腕には重量を感じさせる大き目の鎖がついていた。緑髪に緑系統の服装と、緑ずくしの男は、小さな半眼の眼差しで瞳だけを下に向けて二人を視界に捉えている。
【……お前ら、殺す。オラ、仕事終わらせて、帰る】
独特な口調で男が声を震わせた。すると、氷雨が雪羅を自分の後ろにやって片手で庇う様にしながら声を発した。
「やいお前! オレ達に何の用だ!? それに、殺すってどういう事だよ!!」
【ウゥ? そのままの、意味。……オラ達のボス、お前ら、殺した。だから、その恨み。お前ら、殺して、ボス、蘇らせる!!】
そう言って男は、氷雨の全身くらいあろうかという大きな拳を振るってきた。
「雪羅、悪いッ!!」
「え――きゃっ!?」
先に謝罪し、大事な妹を攻撃圏から放そうと、氷雨が雪羅を突き飛ばす。それから両腕をクロスして、顔面をその圧倒的な拳から防御した。
【意外。まさか、受け止める、とは。オラの拳、止める。なかなか、やる】
「っ痛ゥ……! そりゃどうも……」
男の褒め言葉に、氷雨は皮肉めいた笑みを浮かべて顔をクロスしていた腕から遠ざける。その両腕は分厚い氷で覆われ、盾の様な役割を果たしていた。が、シュゥ~と白い煙をあげながら蜘蛛の巣状の亀裂が入っているそれは、既に使い物にならなくなっていた。
瞬間、その氷の盾がガラスの様にバラバラに砕け散った。
「チッ……厄介な野郎だ。コノ分厚い氷を砕くとはな。だが、オレの拳にまでパワーは届いてない……てことは、そこまでの力はないってコトだな」
【お前、一つ勘違い、してる。オラ、まだ本気、出してないッ!!】
そう言って男は、その巨躯全体をフルに活かし、タックルを仕掛けてきた。
「くッ!?」
慌ててその場から横へ飛びのく氷雨。なんとかギリギリ躱せた。男は、タックルの勢いを止めようともせず、そのまま誰もいない氷の壁に激突する。が、男は傷一つなく、その氷の壁に男の型がくっきりと浮かび上がる事になった。しかも、その縁からビキビキと幾つも亀裂が入っている。下手をすると、この建物自体が倒壊する恐れがある。そうなると、三人揃って生き埋めになってしまうだろう。まぁ、この男の場合、持ち前のパワーでどうにか出来そうだが。
「はぁ、はぁ……雪羅、平気か?」
「うん、お兄ちゃんこそ大丈夫なの? 随分息があがってるみたいだけど……」
雪羅の言うように、氷雨は大分息があがっていた。呼吸を乱し、額から汗が流れる。マフラーの端でそれを拭い、氷雨は敵の出方を窺った。
【……避けた、か。なかなか、やる。動き、俊敏。だが、『フォロトゴス=フケン=ディートヘイゴス』の敵じゃ、ない】
フォロトゴス……それがこの男の名前らしい。彼は、首をゴキゴキと鳴らして大きな拳を強く握った。それから軽く片足を後ろに引いて上半身を捻る。再びパンチを放つつもりらしい。にしても、先ほどから攻撃がどれも軽く感じる。まるで、力を抜いているような……。
【ふんッ!!】
裂帛の気合を込め、フォロトゴスが重い一撃を放つ。氷雨は、それを再度避ける。が、今度は連続攻撃だったようで、避けきったと思った途端にもう一撃を放たれ、さすがに避けきれずまともに攻撃を受けてしまった。
「がぁッ!!」
地面に背中を強打し、激痛に顔をしかめる氷雨。
「お兄ちゃんっ!!」
攻撃を受けてしまった氷雨の元へ、急いで馳せ参じる雪羅。だが、その背後にフォロトゴスがゆらりと立つ。それを視界に捉えた氷雨は、苦悶で片目を瞑りながら声を張り上げた。
「ゆ、雪……後ろだッ!!」
「え?」
【遅いッ!!】
氷雨の言葉に後ろを振り返る雪羅だが、既にフォロトゴスの重い拳が放たれた後だった。大事な妹に攻撃される訳にはいかないと、体を奮い立たせようとする氷雨だが、残念な事に間に合いそうにない。絶望を痛感して目をギュッと瞑る氷雨。直後、ボスッ!! という音が響き渡った。
しかし、どこか音が軽い感じがする。一体どういう事だろう?
そんな疑問が浮かんだ氷雨は、恐る恐ると言った様子で目を開けた。すると、彼の目の前に映ったのは、先ほど自分がしていた様に両目をギュッと瞑った雪羅が、フォロトゴスの拳を大量の雪の膜で防御している姿だった。
「雪……お前」
「あ、れ? 雪が……やったの?」
どうやら、自分自身無我夢中だったらしい。恐らく、反射的に防御本能が出たようだ。しかし、そのおかげで雪羅も動けない氷雨も助かった。
一方で、フォロトゴスは目を丸くしていた。
【な、に? また、防がれた? ウゥ……オラの力、まだ本調子じゃ、ないようだ】
自身の拳をグーパーしてそんな事を口にするフォロトゴス。まだ本調子じゃない。つまり、先ほどまでの攻撃は全て、手加減されたものだったという事になる。
この巨漢は、これまで以上のパワーを誇っているというのか。そう考えるだけで、氷雪の義兄妹が戦慄するのには十分だった。
今までの経験でこんなパワーを振るって来た敵は、一人しか知らない。あの魔豪鬼神オドゥルヴィアだ。彼は凄まじい豪腕で以って伝説の戦士三十一人を凌ぎ切っていた。普通ならば、一人VS三十一人などどちらが有利かすぐに分かるだろう。無論、三十一人の方が勝つと予想する。だがしかし、実際は違った。一人の方が勝ったのだ。いや、あの場合勝敗が決したかは分からない。
「……お兄ちゃん、立てる?」
フォロトゴスが、片腕を回したりして軽いストレッチをしている間に、背中を強打して自力で起き上がれそうにない氷雨を労わって、雪羅が心配そうに手を差し伸べる。
「すまない、雪羅」
「ううん、兄妹なんだし……困ってる時は助けないと」
妹に手を引かれ立ち上がる氷雨が礼を言うと、雪羅は満面の笑みを浮かべてそう言った。そんな妹の可愛さに、氷雨は笑みを浮かべて頭をくしゃくしゃと撫でてやる。それが嬉しいのか、雪羅は軽く握った両手を顔の近くに持ってきて小さく笑った。
というわけで四部です。霧矛視点verと水恋視点verで、少し異なりました。ボブは幽霊なので、清めの効果がある聖水に弱いっぽいです。これで二度目の実体化。無敵だと思っていた彼も思わぬ誤算でしょう。が、その怒りを買ったか、代償はデカいです。美少女だろうがボブには関係なく、大爆発して霧霊霜一族の女の子達全員を周囲にフッ飛ばしました。そして、挙句の果てには水歌の内部を弄繰り回すというクズっぷり、さすが悪役ですね。逆に言えば、それでも生きている水歌は生命の神か何かに守ってもらってるんですかね? すさまじい生命力!
また、ようやく救護の人達が。ちなみに、どうしてここに二代目帝王様がいるのかは、その後の刻暗視点の通りです。で、レイラに思い出したくない記憶を呼び覚まされ、発狂――そして、女性恐怖症のせいもあって殺されてしまう刻暗。
そして、次なる標的の場所へ。そう、氷雪の義兄妹です。この二人の場面だけえらい長くなってしまい、他の区切りが以上に悪くなってしまいました。まぁ、過去を入れたりなどが原因です。
てなわけで、五部に続きます。




