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十二属性戦士物語【Ⅴ】――幽霊屋敷の亡霊と四神龍――  作者: YossiDragon
裏一章:過去『癒えぬ心と忘れられぬ記憶』篇
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『――Breakfall・Jade――』

今回、長いです。

 六年前のあの日から、私は――。




 私――鎖神(さがみ)奏翠(すい)は、一人寂しくある人の帰りを待っていた。私の従兄であり、私がす――って、これはどうでもいいか。

 場所はタルマルーク王国の城内。その自室に私はいた。天蓋つきのベッドに座り、両手をつく。

 ふかふかのベッドが私の体重で沈むが、多少反発して私の体を押し上げる。寝心地がいいのが、このベッドの取り得でしょうね。

 部屋の電気は点けていない。小さい頃から暗がりには慣れていたので、別段怖くはない。なので、停電なんかもへっちゃらだ。まぁ、滅多な事では停電など起きないが。

 現在城内には国王――つまり、私のパパはいない。あの時突然現れた鎧の巨漢に襲撃を受けて、攫われてしまった。

 あいつ――刻暗や、月牙くんがパパを取り戻してくれるかまでは分からないけど、少しだけ期待はしている。ただ、あまり期待しすぎると、期待外れだった場合の落胆っぷりが予想されるので、ホントにほんのちょっぴりだ。


「はぁ……パパからもらったペア懐中時計、壊れちゃったなぁ」


 ふと首から提げていた金色の懐中時計を見下ろす。それは、原型を僅かながらに留めている状態で、長針と短針はひしゃげていて、ガラスも砕けている。豪華に造られていた装飾も削れており、気品が失われていた。


「……くっ、絶対に許せない。あの男」


 私は今も脳裏に焼き付いているあの大柄な巨漢を、憎んでいる。私のパパを奪い、大切な物まで壊したあの男――確か、名前はスパイダーとか言ったはず。

 でも、私には刻暗みたいな特別な力はない。神王族が計画したプロジェクトS.O.L……。その影響は、多くの人族に影響を与えたが、実際に力を得たのは民族のみ。

 確かに帝族である水恋さんも力を持っていたが、あれはまた別の理由らしい。

 そうなると、最早どういうきっかけで力を得るのか分からない。


「はぁ、刻暗のやつ……帰り遅すぎじゃない?」


 さっきからため息ばかりついている気がする。でも、気が気でない。今は収まっているが、数時間前までたくさんの爆発音が聞こえていた。レースカーテンを閉めた状態で窓の外を見たが、空は暗雲に飲み込まれ、稲光も激しく轟き、多くの黒い影が地上に降り立っていた。

 多分、神族だろうとは思う。確証はないけど、人間に空を飛行する力はないから、十中八九間違いないだろう。

 と、その時、城の扉が開く音がした。あの扉は無駄に大きいため、普段は小さい扉から入ってくるはずだけど。まさか、刻暗? でも、あいつにそんな馬鹿力はないはずだし……え、まさか敵!? もしかして、神族とか!?

 ベッドから立ち上がって部屋の扉を開けかけた私は、ふとそんな事を思って停止する。

 私は恐怖した。今まで暗がりなど平気だったくせに、急に震えが止まらなくなる。後ずさりして窓付近まで後退する。

 刹那――。


ビガァァァッ! ゴロゴロゴロゴロゴロ!!!


「きゃああああああああああああ!?」


 突然雷鳴が轟き、私は悲鳴をあげる。窓に背中を向けていた私は、稲光によって一瞬照らされて、部屋に私の影を大きく映した。その姿が怪物に見えて私は畏怖したのだ。

 足がすくんで動けなくなり、思わず尻餅をつく。この齢でさすがに漏らしはしないが、油断すれば危なかったかもしれない。

 べ、別に驚いたとかじゃない、不意を突かれただけだ。誰しも不意打ちには勝てない……と思う。

 足音が近づいてくる。まさか、この部屋に来る? でも、敵が私の部屋をどうして知っているの!?

 この城は結構大きい。部屋も多く、身内の人間でも迷ってしまうくらいだ。なのに、ここを目的地としているかのように、その足取りは確かなものだ。にしても不思議だ。防音は結構いいはずなのに、足音が聞こえるだろうか? わざと? それとも……。

 私は窓枠を手すり代わりにようやくその場に立ち上がる。若干震えているものの、歩けなくはない。

 どこかに隠れようか? あれ、そう言えば城内にも見張りの衛兵がいるはずだ。それなのに、どうしていないんだろう?

 タルマルーク王国には腕の立つ衛兵が何人もいる。確かにスパイダーの襲撃で激減したものの、それでも手足の指が足りないくらいの人数はいるんだから、異常を伝えに来ないのはおかしい。

 何かあったのだろうか?


「……ごくっ」


 乾く口内を、唾液を飲み下すことで湿らせる。息をのんだ私は、足音を立てない様にゆったりとした歩みで、クローゼットに隠れた。中は結構な広さがあり、二人は入れるスペースがある。小さい頃、よくパパと刻暗と私の三人でかくれんぼをした際、刻暗とくすくす笑いながら隠れていた記憶がある。あれも、今となってはいい思い出だ。

 それなのに、あいつったら一向に私の好意に気付いてくれない。いや、多分気付いていて距離を置いているのだろう。女性恐怖症を患っている刻暗は、異性である私に近づけない。無理に近づけば私を拒絶し傷つけると思って、敢えて距離を置いているのかもしれない。

 そうだといいな、と少し願望を抱く。


コンコン。


 ノック音が聞こえて私はハッと我に返る。逃げ出したいが、生憎とこの部屋に逃げ道は存在しない。こんなことなら、この部屋に辿り着く前に部屋から脱出すればよかったと、今更ながら後悔する。

 そして――。


ガチャ。


 部屋の扉が開いた。鍵をかけておこうとも思ったが、そうすると部屋の中に誰かいるとバレる可能性がある。いや、留守だからかける可能性もあるわね……そうだわ! 何で私、鍵をかけなかったの!?

 自分の失態に気付き、私は頭を抱えて唸る。無論、心の中で。


「ふんッ、誰もいないようだな……」


「くく……よく探せ、オドゥルヴィア。お前は感じないのか? 僅かながらに人の気配がする」


 まるで獣が獲物を探す時に用いる嗅覚の様に、一人の男が言う。どうやら敵は二人のようだ。姿が見えないのが悔やまれるが、物音を立てれば危険性があがるので、私は必至に息を潜めた。

 すると、二人の男は部屋の詮索を始めた。


「本当にここにいるのか?」


「ああ、スパイダーの馬鹿が命を取らなかったと言っていたからな。逃げる場所などない姫君は、唯一の居場所である自分の家にいるはずだ。くく……研究材料は多いほうがいい。偉大なる七冠(セブンズ・クラウン)がいなくなった今、出来る限り駒数を増やす必要がある。そのためには、後二つ……駒を揃える必要がある。伝説の戦士、神族の神崎斬覇の心の残骸によって誕生した彼らは、神王族の神崎王都の一部から生み出された神将が、皆既日食と同時に散り、民族の一部に力を与えたのと似ている。これには何か深い意味合いがあるはずだ。それに、プロジェクトS.O.L。これの全容もまだはっきりと解明できていない。詳しく調べる必要がありそうだ」


「我にはほどほど興味がないな。


「くく……そういうな。お前の持つ魔豪鬼神の力、この計画にはそれが必須だ。分かるだろう?」


「ふんッ、いまいち乗り気がしないが……レイヴォルの頼みだ、聞いてやる」


「よく言ってくれた。さすがは、俺の息子だ」


 不思議な言葉を延々と喋り続ける二人の男。どうやら二人の関係は父息子(おやこ)のようだ。にしても、駒って何の事かしら? 後二つって言ってたわね……。それに、魔豪鬼神って……お伽話のアレ? それが実在するって、どういうこと!?

 私は頭が混乱でいっぱいだった。しかし、教えてくれる人物はここにはいない。ただ、危険のみが私の頭の中で警鐘を鳴らし続けている。

 今すぐクローゼットを開け放って逃げる事も可能だろう。だが、すぐに追いつかれて捕まるのがオチだ。

 その後は? 嫌だ、怖くて想像できない。いや、したくないというのが本音ね。もう二度と、スパイダーにされたようなことはされたくない。

 と、その時。


「ん? レイヴォル、これは何だ?」


「ああ、それか……それは女が穿く下着だ」


 息子に対して父親が淡々かつ冷静に教える。

――って、もしかしなくても私の下着よね!? ちょっと、何勝手に女の子のタンス開けてるワケ!? 信じらんないっ!! 刻暗にも見られたことないのにっ!!

 私は顔を真っ赤にして内心叫んだ。耳まで熱くなっているのが、触れなくても理解出来る。


「女物の下着……か。興味ないな」


 ちょ、絶対に今どっかにポイ捨てしたでしょ!! ああ、ホントに顔が見れないのが悔しいっ!!


「くく……オドゥルヴィア、お前はもう少し異性に対しても興味を抱くべきだぞ?」


「ふんッ、女などうるさいだけだ。無駄にグループを作りたがり、そして気に入らない人間を排除する。そうして作り上げられる人間関係に何の価値がある? やはり、求めるべきは最強の力のみだ。女は、その踏み台に使えばいい」


「おいおい、それはなかなか最低なコメントだな。女全てがそうではないぞ? くく……今は知らないだけだ。お前とて、男の悦びを知れば女が好きになる。現に、七体の魔豪鬼神とてそうだったのだからな」


「女に溺れるから、隙を突かれて殺される。我はそのような末路には至らん」


 何よ、オドゥルヴィアってやつ! 腹立つわね!! 私達を明らかに物同然にしか見てないじゃないっ!! ますます許せない! 父親のレイヴォルってやつもそうよ! 一体どういう教育してるわけ!?


「くく……仕方ない。ここの姫君を捕らえたら、そいつで教育してやろう」


 え?


「……いいだろう、俺は絶対に負けん」


 ちょっと、何だか私……別の意味で危なくない? これはいよいよ、見つかるわけにはいかなくなったわ――いっ!?


ガタンッ!!


「ん? 今、クローゼットの方で音がしたな」


「ああ、我にも聞こえた」


 し、しまったぁああああ!! くっ、こんな時に足がつるなんて、サイアクぅ~!! どうしよ、このままじゃ見つかって何されるか分からないっ!! お願い、刻暗助けてぇ!!


 ゴォン、ゴォン!!


 突如鐘の音が鳴る。この城に設置されている時を告げる鐘『八鐘奏音階《オクトベル・エンセンブル・スケールス》』だ。でも、これではただの時間稼ぎにしかならない。


「……開けるか?」


「くく……そうだな。そこにいるのは分かっているぞ、タルマルーク王国姫君?」


 観念しろと言わんばかりの口調。こうなったら、せめてもの抵抗で出てやるもんですか!


「出て来ないな」


「まぁ、当然と言えば当然だな。くく……残念ながら救いのヒーローは――間に合わなかったようだなッ!」


 途中言葉を区切り、残りの言葉をクローゼットを開けるのと同時に発する。


「くっ!」


「くく……お初にお目にかかるなぁ、タルマルーク王国の鎖神奏翠姫?」


「ほう、こいつが……」


 声から判断して、白銀の髪の毛に黄土色の双眸を持つのがレイヴォル。白銀の髪の毛に紅蓮の双眸を持つのがオドゥルヴィアだと判断する。


「こんな所に何をしにきたのっ!? パパは何処に行ったワケ!? もう用はないはずでしょ!?」


「そういっぺんに喋るな。貴様のパパはじゅうぶんに働いてくれた。だが、今は俺の手元にはいない。あの我侭幼女姫が連れて行ったからな。行方は知らん……くく」


 レイヴォルが、小さな丸メガネを通して私の瞳を見据える。


「くく……綺麗な目をしている。これは教育のし甲斐がありそうだ」


「はんっ! あんた達の会話は聞かせてもらってたわよ!? 私の下着、返してよ!!」


 こうなったら自棄(やけ)だとばかりに、私は強気に出る。手を前に突き出し、返却を申し出る……が。


「ああ、これか? これは研究材料に使用させてもらう」


 ニヤニヤと笑いながら私を下劣な瞳で眺める。まるで、舐め回すかのような視線に、私は怖気を感じて身震いした。


「研究……材料? ふざけないで! あなた、人を何だと思ってるの!?」


「ただの実験動物だ。それ以上でもそれ以下でもない……分かるか? これが現実だ。貴様は力を持たんただの人間……それも女だ。くく……神族には変わり種がいてな? 女を大層大切に扱うんだ。理由は何だと思う?」


「はぁ? そんなの……好きだからじゃないの?」


 突然の質問に、私は直感でそう答えた。すると、レイヴォルは面白おかしそうに笑ってから口を開いた。


「不正解だ。理由……それは、子供を産むための大事な道具だからだ」


「は……!? 何よそれ! そんなの間違ってるわっ!!」


「そう言うだろうと思っていた。だが、恐ろしいかなそれも現実だ。男には子を産む事は出来ん。だが、女には出来る。種の繁栄には、女が必須だ。だからこそ、その神は女を大事にする。女も、最初は道具にしか扱われていないと嘆いていたが、大切にされている内、精神がおかしくなったのだろうな……徐々に、愛されていると勘違いしだした。哀れなものだ。生き物とは実に不可思議だ。特に獣は本能に忠実だ。盛りがついたり、命の危機に瀕した時、すぐに子作りに励む。種を途絶える訳にはいかないからだ。だからこそ俺は、生きとし生けるものに興味がある。まぁ、優先事項は常に最強の地位だがな」


「何よそれ……散々熱弁しておいて、結局はそんな馬鹿げた地位が目的!?」


「貴様に何が分かるというのだ。世の中金だというが、金では買えないものも存在する事を忘れてはならない……。だが、俺にはそのようなもの必要ない。力さえあればいい。金など、力さえあればいくらでも強奪出来る。くく……時は金なりとはよくいうものだ。時間はサッと流れていく。そのスピードは目に見えないから実感出来んが、体感すると恐ろしくなる」


 レイヴォルが突然くつくつと笑って何かを口にする。


「オドゥルヴィアには、まだまだ教育が必要だ。それは、貴様も聞いていて知っているのだろう?」


 どうやら、先程の会話を私が聞いていた事は知られているらしい。まあ、無理もないわね。


「くく……さぁ、捕らえろオドゥルヴィア!」


「はぁ、分かった」


 やれやれと嘆息しつつ、オドゥルヴィアがレイヴォルの命令で私を捕らえにかかる。

 そう簡単に捕まってたまるもんですか!


「くっ!」


 すっかり震えも止まり、私は動けるようになっていた。急いでその場から逃げ出す。部屋の入口へ向かい、開いたままの扉を抜けて外へ――。


「そうはいかんッ!!」


 サッと私に手を伸ばしたオドゥルヴィアは、容易く私の襟首をつかむと自分の方へと引き戻す。

 一瞬だが、首を絞められる圧迫感を感じた私は、思わず咽(むせ)返って咳込む。


「ごほごほっ! ちょっと……何、すんのよ!」


 首を押さえ、私は涙目でオドゥルヴィアを睨む。が、射すくめても無駄なようで、オドゥルヴィアは平然とした顔をしている。


「逃げる貴様が悪い。我を手間取らせるな。レイヴォルによれば、貴様を使って教育してもらえるのだろう? さあ、我は貴様のような無力な人間に負けるつもりはない。とっとと勝敗を決するぞ」


 明らかにこちらの意見は無視の様子。これは、お願いも聞いてもらえそうにない。


「くく……そう焦るなオドゥルヴィア。何事も準備が必要だ。それに、駒は二つ必要だと言っただろう? ただし、今回はクイーンが二名だがな」


「何? キングとクイーンではないのか?」


 予想外と言わんばかりに、オドゥルヴィアが片眉を吊り上げる。私には何の事だか分からないが、その二名のクイーンとは、私が含まれているに違いない。でないと、ここに来た理由にならない。

 でも、だとすればもう一人は一体?

 と、不思議に思っているとレイヴォルと視線が合った。


「……貴様には少々調教が必要となる。何せ、魔豪鬼神の力を全身に受けてもらわなければならないのだからな。安心しろ、ちゃんと耐えられる肉体に育ててやる」


 完全に私を奴隷(ペット)扱いだ。とても屈辱的な思いになる。早く来てよ、刻暗!


「さて、そろそろ来る頃か……。鎖神奏翠姫、貴様にはちょっとした芝居に付き合ってもらう」


 え?


 この時の私は、何も理解できていなかった。こいつらの本当の恐ろしさを。


「一体、何をするつもり?」


「なぁに、ちょっとした礼だ」


「ああ、あの男には不覚を取られたからな。このままでは我の気が収まらん。そのためも含めて貴様の所に来たのだからな」


 私の質問に、レイヴォルとオドゥルヴィアが答える。その目つきはとても恐ろしい。目を合わせるだけで殺されそうな雰囲気だ。あの男というのは恐らく刻暗の事に違いない。

 じゃあ、もしかして……ここへ刻暗が帰って来る事を見越して!? まずい、刻暗に知らせない――と?


「うっ!?」


 突如チクッとした痛みに襲われる。そちらを見やれば、首筋に注射器が刺されていた。中身の薬液を注入し終わり、レイヴォルがそれを抜き取る。


「くく……貴様には少々自我を失っていてもらおう。安心しろ、意識までなくなるわけではない。ただ、思い通りには言葉が出ないというだけだ」


 つまり、私が刻暗に直接危機を伝える事は不可能ということ。そんな……!


「あ、……う」


「ほぅ、さすがだなレイヴォル。もう効果が出始めたらしい」


「くく……当たり前だ。俺はクロノスの二代目所長だぞ? このくらい造作もない」


「それで、手筈は整っているのか?」


「ああ、そのためにここにいる衛兵全員をお前に皆殺しにさせたのだろう?」


 レイヴォルの衝撃発言に、私は目を見開く。声の自由は効かないが、表情を変えるくらいは出来るらしい。本当に歯痒い。


「ああ、あれは本当に清々しかった。ちょっとした憂さ晴らしにはなったな」


 まるで、衛兵をストレス発散のための道具の様に言うオドゥルヴィア。本当にこいつは魔豪鬼神なんだ。人間の成りをした――いや、皮を被った化け物。規格外の力を持った存在しえない怪物。

 と、その時、足音が聞こえてきた。カツカツではなく、タタタという感じから走っているようだ。先程二人が衛兵を皆殺しにしたと言っていたから、私にも何かあったのではないかと、刻暗が急いでいるのだろう。

 本当は嬉しい。でも、今は駄目……きちゃダメよ、刻暗っ!! お願い、気づいてっ!!

 必死に声を振り絞るが、う~とかあ~とかしか出ない。

 まずい、このままじゃ刻暗が殺されてしまう。


「……ぃ~、奏翠ぃぃぃぃぃ!!」


 刻暗の叫ぶ声が聞こえてくる。どんどん声のボリュームがあがっていき、足音もそれに平行して大きくなっていく。

 そして――。


「奏翠ッ!!」


 来てしまった。幼馴染が……従兄が、私を助けに……。バカ、遅すぎるのよ。


「刻暗っ!」


――っ!?

 突然自分の意思とは関係なく発する言葉に、私はびっくりする。


「奏翠、大丈夫かい!? お前達、僕の従妹に何をしているんだ!!」


「くく……先程ぶりだな、鎖神刻暗。待っていたぞ? 貴様の到着があまりにも遅すぎるから、このまま愛しの姫君を貪り喰う所であった」


 そう言ってレイヴォルが、私のウェーブがかった亜麻色の髪の毛を引っ張り上げる。


「うくっ!」


「おい、乱暴するな!! 奏翠は関係ないだろう!! 僕に文句があるのならば、僕に攻撃すればいいじゃないか!!」


「……正論だな、しかし……それでは俺達の鬱憤は晴れないのだよ」


 そう言ってレイヴォルは目を見開かせ、手を振り上げる。いつの間にかその手元には、小型のナイフが握られていた。

 刹那――。


ビシャァアアアア!! ビリビリッ!!


 私の服が、無惨に切り刻まれた。一瞬であられもない姿になる私。


「きゃああああああああ!!」


 悲鳴が、ちゃんと自我のある私の声と被る。


「み、見ないで……刻暗」


 オドゥルヴィアに手首を掴まれているため、手で隠す事が出来ない私は、必死に声で悲痛な思いを伝える。

 にしても不思議だ。相手に罠だと言う事を教えなければ、他のセリフは普通に喋れる。


「……お前達、一体何が目的なんだ!」


「くく……目的か。簡単なことさ、貴様の前でこの姫君を辱めようと……な?」


 レイヴォルがニヤッと嫌な笑みを浮かべて言う。そんな、刻暗の目の前でなんて……いやっ!!


「や、やめて……」


 必死に声をあげるが、その声は弱々しい。小動物が命乞いしているように感じなくもない。


「くっ、許さないぞレイヴォル、オドゥルヴィア!!」


「ほう、ならば貴様はどうする? 一人で我を殺すか? だが、それは無理だ。全員の力でようやく我に瀕死を与える程度の力……。それでは我には勝てん」


 そう言ってオドゥルヴィアは驚くべき行動に出た。なんと、私の頬をペロッと舐めたのだ。


「い、いやぁ……」


「き、貴様っ!!」


「くく……悔しかったら助けに来い」


 白衣に手を突っ込んだレイヴォルが偉そうに言うと、刻暗は歯噛みしてこちらに駆けた。

 だめ、来ちゃだめなの!! くっ、なんで声が出ないのよっ!!


「無駄だッ!!」


 一瞬だった。私が目の乾きを潤すために瞬きすると、次の瞬間には刻暗がその場に蹲っていた。

 腹部周辺を押さえている事から、どうやら拳でも貰い受けたのだろう。

 その傍に歩み寄ったレイヴォルは、足を刻暗の背中に乗せた。それから体重を乗せて行き圧をかける。


「うぐッ!」


「ふっ、苦しいかぁ? ん? くく……」


 白い歯を見せて不気味に嗤うレイヴォルは、グリグリと足のつま先を動かす。

 そして、それに飽きたかと思うと、手で頭と顎を押さえつけ、こちらに強引に向かせた。

 そんな……今のこの格好を、見られちゃうっ!」


「い、いや……お願い、もう……やめ、て」


 気付けば目から熱い物が流れる。これは恥ずかしくて流れるんじゃない。悔しくて流れているのだ。こんな鬼畜な二人に辱められるなんて、悔しい。でも、無力な私には勝てない。

 どうすればいいのか、私には分からなかった。


「奏翠……ッ! っく……、今行くよッ!!」


「くはははは! どこからそのような自信が来るのだ? 貴様は俺に馬乗りになられて身動きが出来ない状態なのだぞ? 不可能だ!!」


 刻暗の言葉を戯言だと嘲笑するレイヴォル。刻暗のあんなに怒った顔、初めて見た……。それも、私のために……うれしい。


「刻暗……ぁ」


 私は手を伸ばそうとするが、無駄だった。オドゥルヴィアの力は尋常じゃない。無理に動かそうとすれば、手首をへし折られるかもしれないくらい、痛い。さらに、圧迫され過ぎて指先の感覚が失くなりつつある。


「鎖神刻暗……まだ貴様には負の念を抱かせきれていない。この我に不覚を取らせた事、後悔させてくれる」


 そう言うと、オドゥルヴィアは私の顔を手でつかんだ。

 え? どういうこと? こいつの腕は既に私の腕を掴んでいて使えないはずじゃ……。

 ふと自身の腕を見れば、そこにはいつの間にか触手が出現していた。私の腕に巻き付き、自由が利かない。


「きゃああ! な、何これっ!?」


「くく……オドゥルヴィアの持つ力の一つだ。こいつはありとあらゆる神族を殺し、多くの神罰を得た。それはその神族の内の一人の物だろう」


 小さな丸メガネの先についたチェーンをジャラジャラと鳴らしながら、レイヴォルはくつくつ笑う。

 一方で、オドゥルヴィアは信じられない行動に打って出る。


「貴様には、鎖神刻暗に受けた屈辱を同じ――否、それ以上に与えてくれよう」


「え? んむっ!?」


 同時だった。私が疑問の声を洩らす前に、オドゥルヴィアは私の唇を奪ってきた。強引に差し込まれる舌が、私の口内に割り入ってくる。必死に拒絶するが、どんどん奥に入ってきて、入口がこじ開けられる。更に彼は、私の中に己の体液を送り込んでくる。その体液は、私のと混ざっていく。口内に溜まり切れなくなった物を思わず飲み込もうとするが、どうしてもそれだけは我慢できなくて、必死に耐えていると、口の端から流れ出て行った。

 すると今度は、私の舌を器用に引っ張り出して、唇で吸い出した。


「んむぅぅぅぅぅぅ!?」


 驚愕と拒絶で声をあげるが、舌を引っ張られていて喋れない。最悪だ、私の口内は完全にこいつに蹂躙された。このままだと全てこいつに奪われてしまう。そんなの耐えられない。


「くく……そろそろ仕上げにかかれ、オドゥルヴィア。時間が無い」


「……了解だ」


 啄(ついば)んでいた私の舌を放し、レイヴォルの指示に従うオドゥルヴィア。もしかすると、これで終わったのかもしれない。だが、それは間違いだった。


「こちらを向け、鎖神奏翠ッ!!」


「ふぁ……」


 口がふやけてだらしなく唾液を垂らしていた私は、朦朧とする視界の中でその言葉を理解する。

 そしてオドゥルヴィアの紅蓮の双眸と目が合った瞬間――。


「しまった、奏翠ッ! そいつの目を見るなッ!!」


「こ……あ……」


 朧気な意識の中、私の聴覚が刻暗の忠告を耳にする。が、時既に遅し……。


「……精神支配《マインド・コントロール》ッ!!」


 刹那、私の意識は闇に飲まれた。何かが心の中に侵入してきて、無防備な私の体を拘束する。絡め取られた私は、なんとかもがいて脱出を試みるが、もがけばもがく程雁字搦(がんじがら)めになっていく。


「くく……準備は整った」


「さぁ、鎖神刻暗……その耳で、しかと聞くがいい。愛する姫君の最期の言葉を」


 言葉の意味が分からない。最期ってどういうこと?


「くっ、何を――」


 次の瞬間、私は私が予想だにしない言葉を紡いでいた。


「もっと、もっとキスしてぇ……オドゥルヴィア様ぁ~!」


「なッ!?」


 う、嘘っ!? そんな、私……違うっ! 違うの、刻暗! 私は!!

 必死に否定の言葉を述べるが、声には出ない。私の体に絡みつく闇は、どんどん私を覆い隠そうとしてくる。その闇は、ついに私の顔にまで接近していた。


「ふんッ、仕方ないな。んちゅ」


「ぷはっ、あはぁ~嬉しいっ♪」


 そう言って私は啄むようなキスを繰り返した。あられもない姿でいる私は、ほぼ裸に近い。無論、胸も露出している。その胸を、オドゥルヴィアの手が鷲掴みにした。


「やめろッ! 触るなッ!! 汚らわしい怪物が、僕の……従妹に、っく……奏翠に、触れるなぁあああああああああああああああああああああッ!!!!」


 聞いたこともないような刻暗の絶叫が、私の部屋に木霊す。


「くく……うるさい小僧だ。オドゥルヴィア、思い知らせてやれ……最狂の存在に抗えば、どんな末路を辿るのかを……な」


 ニヤッと嫌な笑みを浮かべ、レイヴォルが刻暗の体を羽交い絞めにする。


「しかと、その目に……心に、記憶に……刻み付けるがいいッ!!」


 刹那――


ザシュンッ!! ブシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 え? 何? 痛い……イタ、イ? い、たい……。

 真っ赤な血しぶきがあがり、私の部屋を汚していく。出血源を探れば、私の頸動脈が切られていた。

は? 嘘でしょ? ……私、まだ……言ってないことが、謝りたいことが……あって……。いや、だ……。

 嫌――。

 

「ぐふふ、ぐふははははははははははははは!! 素晴らしい、見ろ真っ赤な鮮血で染め上げられる姫君をッ!! 美しい!! 白い肌を月明かりが照らし、そのあちこちを赤い鮮血が彩る……まさに芸術ッ!! 幻想的だなぁ!! がはははははははははは!!」


「くぅッ、貴様らぁああああああああああああああああ!! よくも、よくも奏翠をぉぉぉぉぉぉッ!! 絶対に許さないッッッ!!」


「くははははは、許さないならどうする? 貴様にはどうする事も出来んッ!! 哀れな小僧!! 貴様は弱い、例え力を持とうと女性恐怖症を持つ貴様には、絶対的な力は得られない!! 思い知れ、そして恥じろ!! 貴様の力が行き届かなかったばかりに、貴様の大好きな従妹は死に絶えるッ!! くく……この肉体は俺が頂く! 安心しろ、ちゃんと丁重に解体してやる……。何せ、この姫君は大事な駒の一つなのだからなぁ!! いい実験動物になってくれる……いや、既に死んでいるのだからただの人形(おもちゃ)だな! ふっはははははははははは!!」


 遠ざかる意識の中、私は哄笑する二人の怪物と獣の様に雄叫びをあげる声を聴いていた。

 そして、闇が完全に私の顔を包み込み意識は暗闇の底へと沈んで行った……。




 虚ろな視界で何かを見た。それは人影。何か白い物を身に纏う人影が二つ。おかしい、ここは天国か地獄のはずだ。なぜなら、私は死んだはずなのだから。


「……くく、目覚めたか鎖神奏翠姫?」


 声に聴き覚えがある。が、思い出せない。

 刹那――やけに冷たい水が私の体を包み込んだ。どうやら、水の中に入れられたらしい。しかも、手足が動かない。このままでは溺れてしまう。すると、ようやく息が出来るようになる。水の中から引き揚げられたらしい。にしても、体勢がおかしい。足の感覚がない。地面に足をつけていないような……。体中のあちこちが痛い。


「酷い衰弱だ。まぁ、無理もないな。あれだけ拷問――もとい、調教を受ければそうなる。安心しろ、食事はちゃんと与えてやる。ペットの飼育は飼い主の使命だ。貴様には後一つの駒が揃うまで待っていてもらう必要がある。それまで死んでもらうわけにはいかん」


 そう、私は死んでいなかったのだ。徐々に思い出してきた。タルマルーク王国からどこかへ連れてこられた私は、謎の小部屋でずっと拷問のような行為を受け続けている。電気、水、針、鞭、刀、あらゆる拷問危惧で嬲られ続けた。もう、すっかり涙も枯れて目が赤く充血している。

 服装もただの布を纏っているだけで、両手は金属製の手枷を、足にも枷を嵌められ鉄球つき。首にも首輪をされた。何でもこれは、奴隷の首輪(カラー・スレイヴ)というらしい。レイヴォルが自慢していた。

 刻暗はどうなったんだろう。もう、二度と会えないのかな……私、何かしたの? 別に悪い事なんて何もしてないのに……ただちょっと謝らなかっただけ。刻暗に、大好きな従兄に対してついムキになっちゃって謝るタイミングを間違えただけなのに……それで、この仕打ち?

 こんなことなら、死んだ方がマシ……。


「くく……その運命に抗う事も出来ぬまま、ただ死へ誘われるのを待ち望む姿、まるで砕け散った翡翠のようだ……」


 何も聞こえない。全て、私の敵だ。運命さえもが私を苦しめるのなら……私は苦しまぬ道を、探し続けるのみ……。

 こうして私の苦悩は、永遠に続いていくのである……。

というわけで、Ⅳの時以来の登場を果たした奏翠。皆さん、覚えていますか? 刻暗に女性恐怖症を植え付けた人物です。で、今回はその奏翠の視点でお送りします。何故この話をやるのかは、刻暗の事とか本編の今後に関わる人材だからです。まぁ、それは内容を読めばお分かり頂けるかと。

にしても、ⅢもⅣもⅤもオドゥルヴィアは最低ですね。なかなかのゲス。まぁそれはレイヴォルも同様ですが。

てなわけで、奴隷の首輪をつけられて実験動物になってしまった奏翠姫の今後の登場予定は、一応あります。

次回予告、ドルーミラ龍鎧大戦についてやります。今回みたいな感じでお送りします。誰かの視点でやる予定。更新は、今月中を目指す!

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