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第二十七話「岩山の如く聳え立つ大黒柱」・1

今回は六部構成です。

 ついに、この時がやってきた。

 伝説の戦士の子孫――神聖の十戦士の十人は、各々決意を胸に、最後の決戦の地となるであろう最上階の主の間へ続く扉をくぐった。

 中はとても暗い。薄暗闇がどこまでも広がり、空間の端――壁が今いる場所からでは見当たらない。主の間と呼ばれるだけあって、相当広いのだろうか。ふと上を見上げてみるが、天井も見えない。吹き抜け構造になっているかどうかも分からないが、ここは最上階。これ以上の高さはないだろう。ともなれば、吹き抜け構造程の高さはないと見てよさそうだ。

 問題は、敵の居所だ。見た所、人影らしき物は見当たらない。この暗闇だ、シルエットの判別すらつかない。

 警戒心を強めつつ恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れていくと、突如彼らの体を凍てつくような凄まじい冷気が襲った。


「さ、さぶっ!?」


 堪らず茜が身震いし、ひしっと慌夜の腕にしがみついた。


「暑苦しいからやめろって!」


「ひどい! 可愛い幼馴染が寒がってるんだよ? 俺が温めてやろうかの一言もかけられないの!?」


「そんなキザな事言えるか!」


 幼馴染の慌夜と茜がそんなやり取りを繰り広げる中、光がやれやれと肩を竦め、光属性で周囲を照らし出そうと試みる。

 だが、その手を琥竜が止めた。


「な、何の真似ですか?」


「早まるな……敵はすぐそこにいる」


 そう口にする琥竜の言葉に、光が困惑した様子でこめかみから冷や汗を流す。


「おい、イチャコラしてねぇで、お得意の夜目ってやつで見てみろよ、嵐慌夜」


「イチャ――ッ!? ……わ、分かったよ」


 慌夜としてはそんなつもりは毛頭なかったのだが、傍から見ればそう見えてしまっていたらしく、思春期特有の恥ずかしさでやや顔を赤らめ、仲間に恥じらう顔を見られぬようにそっぽを向きながら、前へと進み出た。


「ったく……茜のせいで、とんだ赤っ恥だぜ」


 と、ぶつぶつ愚痴を零しながら、琥竜に言われるがまま目の前の様子を確認する。

 夜目の利く慌夜にとっては、この薄暗闇でさえ何と言う事はない。暗闇に広がる障害物から何まで、全てが彼の目には見通せた。そして、この主の間の中心に、とてつもなく巨大な障害物があるのも、無論視認出来た。


「で、でけぇ……な、何だよこりゃ」


 思わずそんな言葉が漏れ出てしまう。


「なになに、何が見えたん?」


 興味津々という様子で、フードを目深に被った霙が訊ねる。


「分からない……ただ、巨大な銅像みたいな、とても大きな何かだ」


「へぇ、まぁこーゆー屋敷だし、オブジェとして飾ってんじゃない?」


 慌夜の説明を聞いて、考えられる可能性を示唆する霙。だが、慌夜はどうにも嫌な予感がしていた。

 何か、この巨大なオブジェから不気味な威圧感というか、霊気を感じるのだ。

 そして、その嫌な予感はまさに的中してしまった。

 

【愚か也……伝説の戦士共よ……】


 身体を内側から震え上がらせるほどの重低音を響かせるしゃがれた声音。それは、どうやら自分達へかけられた言葉のようだ。

 と、例のオブジェの周囲に、次々と青白い炎が灯っていった。


【エール……トム……フォロトゴス……アンジェラ……ジャック……ドナルド……レイラ……ボブ……オリバー……ローラ……そしてジョン。主らの活躍、確とこの儂――ジャルトゥワ=アース=ディートヘイゴスが受け取った】


 ディートヘイゴス一家の名前を呼び終えた、ジャルトゥワと名乗る声の主。と、十一個の青白い炎がグルグルと回転して、オブジェのてっぺん――頭部と思しき場所に集結した。

 直後、眩い程の青白い光を発したかと思うと、オブジェ全体に青白い炎が灯り、オブジェが地響きを立てて動き出した。


【全く……主らのような小石程度に……儂自ら手を下さねばならぬとはなぁ。スヴェルカル様になんと報告すべきか……嗚呼、不愉快……実に不愉快である事よ……ッ!】


 と、地響きを立てていたオブジェの頭部に、青白い二つの光が灯った。それは、この声の主の瞳孔だった。


「こ、こいつが……ディートヘイゴスの大黒柱!?」


 暗闇に不気味に佇む、青白い炎を纏った巨大な岩石の怪物。

 どうやら、このジャルトゥワという冥霊族は、ゴーレムらしい。


【左様……如何にもこの儂が、ディートヘイゴス一家の大黒柱である。愚息共が大変世話になったようであるな……だが、主らの快進撃も此処まで……これ以上の狼藉は、この儂が許しはせぬッ!】


 そう言って、ゴーレムがその巨大な剛腕の片方を振り下ろす。

 巨大故、今までの敵に比べれば速度も然程速くはなく、躱すのは容易だったが、何分あの巨体だ。一撃で周囲に地震のような振動を生み出し、攻撃を躱して安全圏に着地していた神聖の十戦士達を転ばせた。


「んくっ!? くそ、攻撃の余波がデカすぎる……これじゃあ、躱したってあんまり意味ないじゃねぇか!」


 体勢を崩して四つん這いになっていた慌夜が、忌々し気に歯噛みする。


「ですが、攻撃に専念しても、あの攻撃をいなせる程私達は器用ではありませんよ?」


「ぐ……確かに、草壁先輩の言う事も一理ある」


【無駄だ……何を考えたとて、この儂に適うはずも無し! 僅かな希望等捨て去り、儂に頭を垂れよッ!】


 何か策はないかと案を考える慌夜達に、ジャルトゥワは容赦なく剛腕を両手とも振り下ろした。風切り音が空を切り裂き、この部屋にとてつもない振動波を生み出し、巨大なクレーターを作り出す。

 その尋常ではない揺れの大きさに、立ち上がりかけていた戦士達は、堪らず再度両手を地に突く羽目になった。これではいつまで経っても攻撃に転じる事が出来ない。

 それが敵の策とも考えられるが、単に相手の一つ一つの攻撃が異常なだけという可能性も十分に考えられた。


【つまらぬ、つまらぬぞ……所詮はその程度ということか? それでこの儂の倅共を殺したというのか……それほどまでに奴らが弱かったという事か、もしくは儂があまりに強すぎるという事か……なんにせよ、逃げ惑っているだけでは到底儂に勝つ事など出来はせぬぞ!】


 ジャルトゥワの言う通りだった。このままではいずれ足場が彼の攻撃に耐えきれず、崩壊しないとも限らない。

 特に似たような攻撃を受けて足場崩壊に巻き込まれた経験のある霙と茜は、内心そう考えていた。

 だからこそ、この場にいる誰よりも、二人は焦りを隠せずにいた。


「ねぇ、こー君! 何か手はないの!?」


「わ、分かってる……くそ、せめて敵の死角を取れれば……」


「あ! それなら、さっき蛇女の時に使ってた煙幕は?」


 茜に急かされて焦る慌夜の言葉を聞いて、すかさず霙が提案する。

 それを聞き、慌夜の浮かない表情が一気に晴れた。


「それだ! ナイス、氷威! よし、翼! 俺が奴の視界を奪ってる間に、あいつにとびっきりの一撃を頼む!」


「うん、任せて!」


 慌夜の指示に大きく翼が頷き、天使の羽を展開する。


【ふんッ、漸く動くか……然し、何をしようがこの儂に並大抵の攻撃は通じぬぞ!】


 確かに敵はゴーレムだ。その硬質化した肉体は鋼のように硬く、おいそれと攻撃が通るとは思えなかった。

 だが、慌夜はそれでもある可能性に賭けていた。それに一縷の望みを託し、拳を強く握って闇の黒煙を大量発生させた。


「旋斬、風だ!」


「……! そういうことね! ったく、お願いするんならもっと明確に指示しなさいよね!」


 と、いきなり名を呼ばれて指示された渚が、暫し考え込んでようやくその意図を察し、文句を言いながらもその手から旋風を巻き起こした。風が大きく舞い上がり、慌夜の想定通り闇の黒煙を天高く立ち昇らせる。


【ぬッ!? 小賢しい……このような煙幕程度で、儂をどうにか出来ると思うてか?】


 と、青白い炎を腕に纏わせて、ジャルトゥワが横薙ぎに腕を振るった。

 しかし、煙幕は晴れるどころか彼のその腕に纏わりついた。そして、彼の体に異変が生じる。


【ぐッ!? な、何だ……この倦怠感……この煙、ただの煙幕ではないのか?】


「ご明察……そいつは俺の闇属性で生み出した黒煙だ。触れてるだけじゃあ何も起きやしないが、敵対する相手の魔力を感知すると、そいつに纏わりつきその者の魔力を奪い取るのさ」


【抜かせ……儂に魔力などありはせぬぞ!】


「そうなのか、じゃあ俺も知らなかったけど、霊力も吸えるみてぇだな?」


 まさか魔力だけでなく霊力も闇の力で奪い取れるとは思っていなかった慌夜は、自身で技を出しておきながら驚きの表情を浮かべていた。

 それがどうにもおちょくられたように感じられたジャルトゥワは、悔し気に歯噛みして怒りに震えた。


【くぅぅぅぅぅ! 小癪な……たかがこの程度の霊力を吸われた程度で、粋がるなよ小童……儂にはまだまだ霊力があるのだ!】


 そう言って体中に霊力を集め始めるジャルトゥワ。そんな事をすれば、その分黒煙から霊力を吸われるだけだというのに、それすら構わず、ジャルトゥワは力を溜めていく。

 その一方で、完全にジャルトゥワの隙を突き、彼の背後を取っていた翼が指を鉄砲の形にして、その指先の照準をジャルトゥワの後頭部へと定めていた。


――身体はあの分厚さだし、今のぼくじゃあ力が足りないだろうけど……頭なら貫けるはず!



 そう考えた翼は、一気に力を溜め、周囲の空気を一点に集結させる。

 そして、ジャルトゥワがこちらの殺気に気づき振り返りかけた瞬間、指鉄砲を放った。


「いっけぇええええええ!」


 指先から一点に高圧縮した空気砲を放つ。その衝撃の反動で翼は大きく体を仰け反らせ、慌てて天使の翼を巧みに駆使して空中一回転を決め、体勢を立て直す。

 一方で、放たれた空気弾は、一瞬にしてジャルトゥワの石頭を穿ち、その頭部を貫通して横壁にめり込んだ。


【が……ぁ】


 脳天を撃ち抜かれたのだ。流石の頑丈な巨躯といえど、耐えられはしなかったのだろう。

 ジャルトゥワは意識を手放し、白目を剥いて地響きを立て、轟音と共に前のめりに倒れ込んだ。


「……よかった、無事に成功したよ」


「ありがとな、翼。俺の読み通りだったぜ」


「読み通りって~?」


 慌夜の言葉に、疑問を抱いた七海が首を傾げる。


「こいつの属性は空気。属性相性的には水や風、草属性の方が向いてるだろうが、なにぶんあの硬度だ……一点集中型の空属性なら、硬さすらどうにか出来ると踏んだのさ」


「にひっ、成程ねぇ……まぁ私の猛毒であの岩山を溶かすことも考えていたけど、君の作戦でどうにかなったわけだ。上々じゃないか」


「ああ!」


 慌夜の説明を聞いていた百合に褒められ、慌夜は得意気に頷いて返事をした。

 だが、まだジャルトゥワは完全には倒されていなかったらしい。

 ピクリと指先を動かし、またしても地響きを立てながらそのデカい図体を動かし始めた。


【……抜かったわ。よもや、主らの中にあのような力を持つ存在が居ようとはな……その純白の羽……天使族の者か。いや、この血の混じり……なるほど、混血(ハーフ)か】


「だったら何?」


 ジャルトゥワの言い方がどうにも癪に障った翼が、不快感を示す。


【なぁに、純血の天使でなくて良かったと、そう思うただけよ……純血の天使であれば、その力に儂も敵うかどうか、五分五分と言った所であったからな……しかし、混血という事であれば、話は別……儂が負ける道理はない!】


「天使族ってそんなに強いのか?」


「邪を払い、魔を滅する程の力があるって言われてるからね。巫女族と同じ、聖霊力が使えるっていうのもあって、冥霊族にとっては天敵みたいなものなんだと思う」


「そういう事か……」


 翼の説明を聞き、納得の頷きを見せた慌夜がジャルトゥワに向き直る。

 ジャルトゥワはすっかり態勢を立て直し、元の体勢に戻っていた。その左手には、あの青白い炎を灯している。


【聖霊力を使える者が居たとて、使用者が主のような若輩者であれば如何様にも戦える……。儂の勝利は確実ぞ! ガハハハハ!】


 勝利を確信したジャルトゥワは、そう言って高笑いをあげる。その笑い声すら周囲に木霊し、壁に反響して十人の戦士達に音圧となって届いてくる。


「……聖霊力ですか。王国にいる巫女族の方々をお呼びするわけにはいきませんからね……」


 顎に手をやった光が、唸り声をあげて何か良い手はないかと考え込む。そんな彼の言葉に、慌夜も声をあげた。


「当然だ、今あの人達は危険な立場にある。護衛対象にある彼女達に頼るのは無理だろう……」


「あ、だったら翼くんのお父さんに頼めば?」


 茜の質問だ。ふと思いついたアイデアを口にして、背後にいた翼の方に振り返る。


「そりゃあ、パパに連絡出来ればなんとかなりそうだけど……この状況じゃあ、連絡する余裕はなさそうだし……」


 不意にジャルトゥワの方に視線を向けると、今にも襲い掛かってきそうな気迫たっぷりのジャルトゥワが、口の端や頭部、その至る所から青白い炎を延々と燃え盛らせていた。


「それでしたら、私達が時間稼ぎをすれば、どうにかなりませんか?」


 土筆が胸元に手を添え、そう提案する。


「……でも、大丈夫なの?」


「心配しすぎよ、アタシ達は伝説の戦士の子供なのよ? そんな簡単にやられてたまるもんですか!」


 まだどこか懸念点の残る翼が首を傾げると、自信たっぷりの渚が威張ったように胸を反らした。

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